88 / 144
魂の還る惑星 第五章 Sothis-水の上の星-
第五章 第二話
しおりを挟む
祖父の他に兄までいた楸矢ですらそうなのだから、祖父しかいなかった小夜は甘えることなど出来なかっただろう。
大体、甘やかされて育っていたらこんなに人に気を遣いすぎるような性格にはなっていないはずだ。
常に祖父の負担にならないようにと、いつも気にしていたから人に何かしてもらうのは申し訳ないという発想に繋がって遠慮ばかりするようになってしまったのだろう。
柊矢にセレナーデを弾いてもらうのも、小夜がねだっているわけではないから厳密には甘えているのとは違う。
だが柊矢がやりたくてやっていることだからこそ小夜には申し訳ないからと断る余地がない。
けれど自分のために弾いてくれているから嬉しい。
特に二度目からのセレナーデは最初のときに嬉しそうにしていたから喜ばせるために弾いてくれている。
それが嬉しい。
これが今の小夜にとって精一杯の甘えなのだ。
柊矢がそこまで考えて弾いてるかどうかは分からない。
単に偶々セレナーデを弾いたら思いの外小夜が感激してくれたから喜ばせたくてしょっちゅう弾いてるだけかもしれない。
柊矢に嬉しいという感情があるのかは分からない――ムーシコスも人間だからあるとは思う――が、もしあるとしたらセレナーデを弾いてるのは小夜が喜んでいるのが嬉しいからだろう。
楸矢も聖子が甘えさせてくれたときは嬉しかった。
楸矢は男だからいくら年下とは言っても堂々と甘えることは恥ずかしくて出来なかった。
だから何度かふざけてる振りで甘えただけだったが。
…………。
「楸矢、友達が呼んでるぞ。俺達は先に帰ってるからな」
振り返るとクラスメイトが手を振っていた。
「分かった。なるべく早く帰る」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。今日は時間がかかりますから」
小夜が言い添えた。
楸矢のクラスメイトのほとんどは同じ大学へ進学するから学校へ行けば会える。
留学などで会えなくなる友人にだけ別れの挨拶をすると、スマホを取り出してメールを送った。
楸矢が喫茶店に着くと聖子はもう来ていた。
「楸矢、話って?」
「俺、聖子さんにちゃんとお礼言ったことなかったから。きちんとお礼と、お詫びを言わないといけないと思って」
楸矢は聖子の顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「俺、大人に甘えたこと、ほとんどなかったから、聖子さんが甘えさせてくれてホント、すごく嬉しかった。当たり前になりすぎて感謝すること忘れてた。ごめん。今までありがとう」
「…………」
「だけど、感謝やお詫びの気持ちだけで結婚は出来ない。沢山愛情もらったのに全然返せなくてホントにごめんなさい」
楸矢は頭を下げた。
聖子は僅かな間、楸矢を見つめた後、バッグを手に取ると席を立った。
楸矢の横を通り過ぎるとき、
「さよなら」
と言って店を出ていった。
柊矢と小夜が歩いていると家の前に中年女性が立っていた。
「何か?」
二人は立ち止まると柊矢が訊ねた。
「言っておきますけど、義母の遺産は全て義父が築いた財産で、あなた方には一切関係ありません! 鐚一文渡したりしませんからね!」
女性は前置きもなくいきなり捲し立てた。
「欲しいとも思ってないが。どなたですか」
「あなた方とは関係ありません!」
女性がヒステリックに叫んだ。
「だったら遺産とやらも関係ないでしょう」
「そんなこと言って、娘の事故も遺産の取り分を増やしたくてあなた方が仕組んだんじゃないの!?」
「遺産を要求する気はないが、言い掛かりを付けるなら名誉毀損の訴えは起こさせてもらう。それだけ大きい声なら近所中に聞こえてるから証人はいくらでもいる」
女性は言葉に詰まって柊矢を睨み付けた。
柊矢はジャケットの胸ポケットに手を入れて名刺入れを取り出した。
「うちの弁護士だ。遺産を放棄するという書類を作成させる。ここに連絡してくれ」
そう言って名刺を手渡した。
「封筒も返して頂戴。相続権を主張するとき、あなた達に都合が悪いから盗ったんでしょ!」
「違います! あれは……」
言いかけた小夜の肩に手を掛けて柊矢が止めた。
「祖母の遺産が貴女のお義父上のものだというなら、封筒は祖父のものだ。祖母が無断で持ち出したんだし、祖父はそれを返すように要求していた。貴女に返せと言われる筋合いはない。用件がそれだけならお引き取りを」
柊矢が毅然として言い放つと女性は憤然とした足取りで帰っていった。
「なんであんなプライベートなものを勝手に見せたのか不思議だったんだが、祖母さんが亡くなったことを知らせるためだったんだな」
柊矢は女性の背中を見ながら呟いた。
小夜は柊矢を見上げた。
「あの……」
「悔やみの言葉なら必要ない。俺が生まれる前から縁が切れてた人間だ」
柊矢はそう言うと門を開けて小夜を通し、自分も中へ入った。
翌日、楸矢が喫茶店に入っていくと、先に来ていた椿矢が手を上げた。
椿矢の向かいの席に座ると紙袋を渡した。
「これが日記。あと、日記じゃないけど個人的なことが書いてあるものだって」
「悪いね」
椿矢は紙袋を受け取ると隣の座席に置いた。
「いいよ。俺、いつも相談に乗ってもらってるし。まぁ、これ、探したの柊兄だけど。呪詛のこと知りたいんだよね? でも、祖父ちゃん、ムーシコスだってこと隠してたし、参考になるようなこと書いてあるか分からないよ」
「そうかもしれないけど、リストに書かれてた名前が気になってね」
大体、甘やかされて育っていたらこんなに人に気を遣いすぎるような性格にはなっていないはずだ。
常に祖父の負担にならないようにと、いつも気にしていたから人に何かしてもらうのは申し訳ないという発想に繋がって遠慮ばかりするようになってしまったのだろう。
柊矢にセレナーデを弾いてもらうのも、小夜がねだっているわけではないから厳密には甘えているのとは違う。
だが柊矢がやりたくてやっていることだからこそ小夜には申し訳ないからと断る余地がない。
けれど自分のために弾いてくれているから嬉しい。
特に二度目からのセレナーデは最初のときに嬉しそうにしていたから喜ばせるために弾いてくれている。
それが嬉しい。
これが今の小夜にとって精一杯の甘えなのだ。
柊矢がそこまで考えて弾いてるかどうかは分からない。
単に偶々セレナーデを弾いたら思いの外小夜が感激してくれたから喜ばせたくてしょっちゅう弾いてるだけかもしれない。
柊矢に嬉しいという感情があるのかは分からない――ムーシコスも人間だからあるとは思う――が、もしあるとしたらセレナーデを弾いてるのは小夜が喜んでいるのが嬉しいからだろう。
楸矢も聖子が甘えさせてくれたときは嬉しかった。
楸矢は男だからいくら年下とは言っても堂々と甘えることは恥ずかしくて出来なかった。
だから何度かふざけてる振りで甘えただけだったが。
…………。
「楸矢、友達が呼んでるぞ。俺達は先に帰ってるからな」
振り返るとクラスメイトが手を振っていた。
「分かった。なるべく早く帰る」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。今日は時間がかかりますから」
小夜が言い添えた。
楸矢のクラスメイトのほとんどは同じ大学へ進学するから学校へ行けば会える。
留学などで会えなくなる友人にだけ別れの挨拶をすると、スマホを取り出してメールを送った。
楸矢が喫茶店に着くと聖子はもう来ていた。
「楸矢、話って?」
「俺、聖子さんにちゃんとお礼言ったことなかったから。きちんとお礼と、お詫びを言わないといけないと思って」
楸矢は聖子の顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「俺、大人に甘えたこと、ほとんどなかったから、聖子さんが甘えさせてくれてホント、すごく嬉しかった。当たり前になりすぎて感謝すること忘れてた。ごめん。今までありがとう」
「…………」
「だけど、感謝やお詫びの気持ちだけで結婚は出来ない。沢山愛情もらったのに全然返せなくてホントにごめんなさい」
楸矢は頭を下げた。
聖子は僅かな間、楸矢を見つめた後、バッグを手に取ると席を立った。
楸矢の横を通り過ぎるとき、
「さよなら」
と言って店を出ていった。
柊矢と小夜が歩いていると家の前に中年女性が立っていた。
「何か?」
二人は立ち止まると柊矢が訊ねた。
「言っておきますけど、義母の遺産は全て義父が築いた財産で、あなた方には一切関係ありません! 鐚一文渡したりしませんからね!」
女性は前置きもなくいきなり捲し立てた。
「欲しいとも思ってないが。どなたですか」
「あなた方とは関係ありません!」
女性がヒステリックに叫んだ。
「だったら遺産とやらも関係ないでしょう」
「そんなこと言って、娘の事故も遺産の取り分を増やしたくてあなた方が仕組んだんじゃないの!?」
「遺産を要求する気はないが、言い掛かりを付けるなら名誉毀損の訴えは起こさせてもらう。それだけ大きい声なら近所中に聞こえてるから証人はいくらでもいる」
女性は言葉に詰まって柊矢を睨み付けた。
柊矢はジャケットの胸ポケットに手を入れて名刺入れを取り出した。
「うちの弁護士だ。遺産を放棄するという書類を作成させる。ここに連絡してくれ」
そう言って名刺を手渡した。
「封筒も返して頂戴。相続権を主張するとき、あなた達に都合が悪いから盗ったんでしょ!」
「違います! あれは……」
言いかけた小夜の肩に手を掛けて柊矢が止めた。
「祖母の遺産が貴女のお義父上のものだというなら、封筒は祖父のものだ。祖母が無断で持ち出したんだし、祖父はそれを返すように要求していた。貴女に返せと言われる筋合いはない。用件がそれだけならお引き取りを」
柊矢が毅然として言い放つと女性は憤然とした足取りで帰っていった。
「なんであんなプライベートなものを勝手に見せたのか不思議だったんだが、祖母さんが亡くなったことを知らせるためだったんだな」
柊矢は女性の背中を見ながら呟いた。
小夜は柊矢を見上げた。
「あの……」
「悔やみの言葉なら必要ない。俺が生まれる前から縁が切れてた人間だ」
柊矢はそう言うと門を開けて小夜を通し、自分も中へ入った。
翌日、楸矢が喫茶店に入っていくと、先に来ていた椿矢が手を上げた。
椿矢の向かいの席に座ると紙袋を渡した。
「これが日記。あと、日記じゃないけど個人的なことが書いてあるものだって」
「悪いね」
椿矢は紙袋を受け取ると隣の座席に置いた。
「いいよ。俺、いつも相談に乗ってもらってるし。まぁ、これ、探したの柊兄だけど。呪詛のこと知りたいんだよね? でも、祖父ちゃん、ムーシコスだってこと隠してたし、参考になるようなこと書いてあるか分からないよ」
「そうかもしれないけど、リストに書かれてた名前が気になってね」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる