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魂の還る惑星 第五章 Sothis-水の上の星-
第五章 第八話
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「そう」
新宿駅に近い喫茶店で椿矢は楸矢から前日の顛末を聞いていた。
「それで、お医者さんは異常ないって言ったらしいけどホントに大丈夫か、柊兄があんたに聞いて欲しいって」
「つまり、呪詛のムーシカで普通の検査では分からないようなダメージを受けてないかって事?」
「うん」
「呪詛が聴こえてなければ大丈夫だと思うけど……」
椿矢が自信なさげに答えた。
「はっきり分かんないの?」
「呪詛なんて興味ないから、君が入院したときに調べた程度なんでね。それに僕が調べられるのはあくまで雨宮家で使ってる呪詛だけで、よその人が使ってるものは知りようがないし」
「そっか」
「けど、ムーシケーが伝えてきたんだから大丈夫なはずだよ」
「だよね」
楸矢が安心したような表情を浮かべた。
「柊兄が脅かすからちょっと怖くなっちゃってさ」
「どういうこと?」
「前に柊兄も呪詛で眠らされて事故ったじゃん。小夜ちゃんは学校にいたんだから寝ちゃっただけなら急いでムーシカ奏でさせるわけないから別の呪詛じゃないかって」
「…………」
柊矢はついこの前までムーシケーやムーシコスのことを何も知らなかったとはいえ手持ちの知識で仮説を組み立てて推測するくらいのことは出来るのだ。
楸矢の言う通り、確かに柊矢は頭が良い。
今までよほどのことがない限りクレーイスを通さずに意志を伝えてきたことはなかったし伝えてくるにしても小夜にだった。
いくら小夜が倒れたとはいえ柊矢や楸矢に直接ムーシカを伝えてきたのはそれだけ急を要したということだ。
恐らく急がなければ命に関わるような呪詛だったのだろう。
実際、小夜は救急車で搬送されて病院で目を覚ましたと言っていた。
椿矢の知っている呪詛はどれも払われたらすぐに意識を取り戻すものばかりだ。
払っても目覚めるまでに時間が掛かったということはかなり危険な状態だったのだ。
柊矢もそれを察したからダメージが残ってないか心配しているのだろう。
ムーシケーにすらどうにも出来ないムーシカがあるとは思えないし、もしあったとしたらそれを払うためのムーシカは存在しないということだから霧生兄弟に伝える事は出来ない。
払えるものだったからこそ直接伝えてきたのだ。
「この前のノート、あれからどうしたの?」
椿矢はムーシケーを信じて話題を変えた。
「ノート持ち出したこと気付かれる前に早く返してやれって言われたからすぐに返したんだけど、バレておばさんが乗り込んできたんだって」
楸矢が柊矢から聞いた経緯を話した。
「そっか。お祖母さんが亡くなったってこと知らせたかったんだ」
柊矢と同じく椿矢も不思議だったのだ。
祖母自身から頼まれたならともかく、何故親の反対を押し切ってまで勝手に楸矢達にノートを見せたのか。
「いきなり遺産がどうのとかって怒鳴りつけてきて、封筒返さなかったのも遺産もらうのに都合が悪いからだろ、なんて言い掛かり付けられたらしいんだよね。それで小夜ちゃん、自分が封筒燃やしちゃったせいで柊兄があんなこと言われたってすごく落ち込んじゃっててさ、可哀想だった」
確かに小夜なら封筒を燃やしてしまったせいで柊矢が悪く言われたと自分を責めそうだ。
「その上、交通事故まで俺達のせいにしようとしたんだって。いることすら知らなかった人の事故に関係あるわけないのに」
「事故?」
椿矢が聞き咎めた。
「あれ、あのとき言わなかったっけ? ノート渡されたとき、彼女、腕と足に包帯巻いてたんだよね。ホントはもっと前に会うはずだったんだけど来なくてさ。そしたら、事故に遭ったから来られなかったんだって」
また交通事故?
「……その子、従妹……なんだよね?」
「そうだと思うよ。あの子、何も言ってなかったけど、祖母ちゃんのこと、お義母さんって言ってたおばさんの娘らしいから。……親戚って優しいもんだと思ってたよ。あ、ゴメン、あんたも親戚だよね」
「気にしなくていいよ」
椿矢は苦笑しながら手を振った。
実際、雨宮家の連中も〝優しい〟親戚とはほど遠い存在だ。
柊矢達のことを知っていたのだから七年前、未成年の霧生兄弟が二人だけで遺されたことも把握していたはずだ。
柊矢が私立の音大に通っていたくらいだから経済的には困ってなかったにしても未成年の子供達が保護者を失ったのに雨宮家の連中は誰一人手を差し伸べようとしなかった。
当時、楸矢はまだ小学生だったのに。
「夢を壊すようだけど、親戚って単に血縁者かその血縁者の配偶者を指す言葉であって、人間性とは何の関係もないよ。あくまで僕の個人的経験だけど、親戚だからって理由で優しくしてくれる人なんかほとんどいないよ」
まぁ、椿矢の場合ムーシコスの血筋だのクレーイス・エコーの家系だのと寝言を言う連中に辛辣なことを言うから親戚達と折り合いが悪いというのもあるが。
「そうなんだ。友達が皆お正月に親戚の家回ってたのは、てっきり親切にしてくれるからだと思ってた」
それはお年玉を回収しに行っていただけじゃ……。
お年玉の存在を知らないとは思えないし、柊矢が多額の小遣いを渡しているとは考えづらいが、欲しい物もあまりなく、フルートの練習に忙しくて金を使うことがほとんどないのだろう。
金銭欲がない上に、お年玉を貰った経験がほとんど、もしくは全くないから正月の挨拶回りは小遣い稼ぎだと思い至れないのだ。
お年玉を貰ったことがないなんて……。
雨宮家が霧生兄弟と親戚付き合いをしていれば貰えていたはずだ。
楸矢に金銭欲が無く小遣いが欲しいと思ったことがないとしても子供は皆お年玉を喜ぶものだし地球人らしさの強い楸矢もきっとお年玉を貰えば嬉しかったはずだ。
雨宮家が霧生兄弟を無視していなければ楸矢はその楽しみを経験することが出来ていた。
また一つ自分の出自を呪いたくなる要因が増えた。
椿矢は密かに溜息を吐いた。
新宿駅に近い喫茶店で椿矢は楸矢から前日の顛末を聞いていた。
「それで、お医者さんは異常ないって言ったらしいけどホントに大丈夫か、柊兄があんたに聞いて欲しいって」
「つまり、呪詛のムーシカで普通の検査では分からないようなダメージを受けてないかって事?」
「うん」
「呪詛が聴こえてなければ大丈夫だと思うけど……」
椿矢が自信なさげに答えた。
「はっきり分かんないの?」
「呪詛なんて興味ないから、君が入院したときに調べた程度なんでね。それに僕が調べられるのはあくまで雨宮家で使ってる呪詛だけで、よその人が使ってるものは知りようがないし」
「そっか」
「けど、ムーシケーが伝えてきたんだから大丈夫なはずだよ」
「だよね」
楸矢が安心したような表情を浮かべた。
「柊兄が脅かすからちょっと怖くなっちゃってさ」
「どういうこと?」
「前に柊兄も呪詛で眠らされて事故ったじゃん。小夜ちゃんは学校にいたんだから寝ちゃっただけなら急いでムーシカ奏でさせるわけないから別の呪詛じゃないかって」
「…………」
柊矢はついこの前までムーシケーやムーシコスのことを何も知らなかったとはいえ手持ちの知識で仮説を組み立てて推測するくらいのことは出来るのだ。
楸矢の言う通り、確かに柊矢は頭が良い。
今までよほどのことがない限りクレーイスを通さずに意志を伝えてきたことはなかったし伝えてくるにしても小夜にだった。
いくら小夜が倒れたとはいえ柊矢や楸矢に直接ムーシカを伝えてきたのはそれだけ急を要したということだ。
恐らく急がなければ命に関わるような呪詛だったのだろう。
実際、小夜は救急車で搬送されて病院で目を覚ましたと言っていた。
椿矢の知っている呪詛はどれも払われたらすぐに意識を取り戻すものばかりだ。
払っても目覚めるまでに時間が掛かったということはかなり危険な状態だったのだ。
柊矢もそれを察したからダメージが残ってないか心配しているのだろう。
ムーシケーにすらどうにも出来ないムーシカがあるとは思えないし、もしあったとしたらそれを払うためのムーシカは存在しないということだから霧生兄弟に伝える事は出来ない。
払えるものだったからこそ直接伝えてきたのだ。
「この前のノート、あれからどうしたの?」
椿矢はムーシケーを信じて話題を変えた。
「ノート持ち出したこと気付かれる前に早く返してやれって言われたからすぐに返したんだけど、バレておばさんが乗り込んできたんだって」
楸矢が柊矢から聞いた経緯を話した。
「そっか。お祖母さんが亡くなったってこと知らせたかったんだ」
柊矢と同じく椿矢も不思議だったのだ。
祖母自身から頼まれたならともかく、何故親の反対を押し切ってまで勝手に楸矢達にノートを見せたのか。
「いきなり遺産がどうのとかって怒鳴りつけてきて、封筒返さなかったのも遺産もらうのに都合が悪いからだろ、なんて言い掛かり付けられたらしいんだよね。それで小夜ちゃん、自分が封筒燃やしちゃったせいで柊兄があんなこと言われたってすごく落ち込んじゃっててさ、可哀想だった」
確かに小夜なら封筒を燃やしてしまったせいで柊矢が悪く言われたと自分を責めそうだ。
「その上、交通事故まで俺達のせいにしようとしたんだって。いることすら知らなかった人の事故に関係あるわけないのに」
「事故?」
椿矢が聞き咎めた。
「あれ、あのとき言わなかったっけ? ノート渡されたとき、彼女、腕と足に包帯巻いてたんだよね。ホントはもっと前に会うはずだったんだけど来なくてさ。そしたら、事故に遭ったから来られなかったんだって」
また交通事故?
「……その子、従妹……なんだよね?」
「そうだと思うよ。あの子、何も言ってなかったけど、祖母ちゃんのこと、お義母さんって言ってたおばさんの娘らしいから。……親戚って優しいもんだと思ってたよ。あ、ゴメン、あんたも親戚だよね」
「気にしなくていいよ」
椿矢は苦笑しながら手を振った。
実際、雨宮家の連中も〝優しい〟親戚とはほど遠い存在だ。
柊矢達のことを知っていたのだから七年前、未成年の霧生兄弟が二人だけで遺されたことも把握していたはずだ。
柊矢が私立の音大に通っていたくらいだから経済的には困ってなかったにしても未成年の子供達が保護者を失ったのに雨宮家の連中は誰一人手を差し伸べようとしなかった。
当時、楸矢はまだ小学生だったのに。
「夢を壊すようだけど、親戚って単に血縁者かその血縁者の配偶者を指す言葉であって、人間性とは何の関係もないよ。あくまで僕の個人的経験だけど、親戚だからって理由で優しくしてくれる人なんかほとんどいないよ」
まぁ、椿矢の場合ムーシコスの血筋だのクレーイス・エコーの家系だのと寝言を言う連中に辛辣なことを言うから親戚達と折り合いが悪いというのもあるが。
「そうなんだ。友達が皆お正月に親戚の家回ってたのは、てっきり親切にしてくれるからだと思ってた」
それはお年玉を回収しに行っていただけじゃ……。
お年玉の存在を知らないとは思えないし、柊矢が多額の小遣いを渡しているとは考えづらいが、欲しい物もあまりなく、フルートの練習に忙しくて金を使うことがほとんどないのだろう。
金銭欲がない上に、お年玉を貰った経験がほとんど、もしくは全くないから正月の挨拶回りは小遣い稼ぎだと思い至れないのだ。
お年玉を貰ったことがないなんて……。
雨宮家が霧生兄弟と親戚付き合いをしていれば貰えていたはずだ。
楸矢に金銭欲が無く小遣いが欲しいと思ったことがないとしても子供は皆お年玉を喜ぶものだし地球人らしさの強い楸矢もきっとお年玉を貰えば嬉しかったはずだ。
雨宮家が霧生兄弟を無視していなければ楸矢はその楽しみを経験することが出来ていた。
また一つ自分の出自を呪いたくなる要因が増えた。
椿矢は密かに溜息を吐いた。
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