歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
94 / 144
魂の還る惑星 第五章 Sothis-水の上の星-

第五章 第八話

しおりを挟む
「そう」
 新宿駅に近い喫茶店で椿矢は楸矢から前日の顛末てんまつを聞いていた。

「それで、お医者さんは異常ないって言ったらしいけどホントに大丈夫か、柊兄があんたに聞いて欲しいって」
「つまり、呪詛のムーシカで普通の検査では分からないようなダメージを受けてないかって事?」
「うん」
「呪詛が聴こえてなければ大丈夫だと思うけど……」
 椿矢が自信なさげに答えた。
「はっきり分かんないの?」
「呪詛なんて興味ないから、君が入院したときに調べた程度なんでね。それに僕が調べられるのはあくまで雨宮家うちで使ってる呪詛だけで、よその人が使ってるものは知りようがないし」
「そっか」
「けど、ムーシケーが伝えてきたんだから大丈夫なはずだよ」
「だよね」
 楸矢が安心したような表情を浮かべた。
「柊兄が脅かすからちょっと怖くなっちゃってさ」
「どういうこと?」
「前に柊兄も呪詛で眠らされて事故ったじゃん。小夜ちゃんは学校にいたんだから寝ちゃっただけなら急いでムーシカ奏でさせるわけないから別の呪詛じゃないかって」
「…………」

 柊矢はついこの前までムーシケーやムーシコスのことを何も知らなかったとはいえ手持ちの知識で仮説を組み立てて推測するくらいのことは出来るのだ。
 楸矢の言う通り、確かに柊矢は頭がい。
 今までよほどのことがない限りクレーイスを通さずに意志を伝えてきたことはなかったし伝えてくるにしても小夜にだった。
 いくら小夜が倒れたとはいえ柊矢や楸矢に直接ムーシカを伝えてきたのはそれだけ急を要したということだ。

 恐らく急がなければ命に関わるような呪詛だったのだろう。
 実際、小夜は救急車で搬送されて病院で目を覚ましたと言っていた。
 椿矢の知っている呪詛はどれも払われたらすぐに意識を取り戻すものばかりだ。
 払っても目覚めるまでに時間が掛かったということはかなり危険な状態だったのだ。
 柊矢もそれを察したからダメージが残ってないか心配しているのだろう。

 ムーシケーにすらどうにも出来ないムーシカがあるとは思えないし、もしあったとしたらそれを払うためのムーシカは存在しないということだから霧生兄弟に伝える事は出来ない。
 払えるものだったからこそ直接伝えてきたのだ。

「この前のノート、あれからどうしたの?」
 椿矢はムーシケーを信じて話題を変えた。
「ノート持ち出したこと気付かれる前に早く返してやれって言われたからすぐに返したんだけど、バレておばさんが乗り込んできたんだって」
 楸矢が柊矢から聞いた経緯いきさつを話した。

「そっか。お祖母さんが亡くなったってこと知らせたかったんだ」
 柊矢と同じく椿矢も不思議だったのだ。
 祖母自身から頼まれたならともかく、何故なぜ親の反対を押し切ってまで勝手に楸矢達にノートを見せたのか。
「いきなり遺産がどうのとかって怒鳴りつけてきて、封筒返さなかったのも遺産もらうのに都合が悪いからだろ、なんて言い掛かり付けられたらしいんだよね。それで小夜ちゃん、自分が封筒燃やしちゃったせいで柊兄があんなこと言われたってすごく落ち込んじゃっててさ、可哀想だった」
 確かに小夜なら封筒を燃やしてしまったせいで柊矢が悪く言われたと自分を責めそうだ。

「その上、交通事故まで俺達のせいにしようとしたんだって。いることすら知らなかった人の事故に関係あるわけないのに」
「事故?」
 椿矢が聞き咎めた。
「あれ、あのとき言わなかったっけ? ノート渡されたとき、彼女、腕と足に包帯巻いてたんだよね。ホントはもっと前に会うはずだったんだけど来なくてさ。そしたら、事故に遭ったから来られなかったんだって」
 交通事故?

「……その子、従妹……なんだよね?」
「そうだと思うよ。あの子、何も言ってなかったけど、祖母ばあちゃんのこと、お義母かあさんって言ってたおばさんの娘らしいから。……親戚って優しいもんだと思ってたよ。あ、ゴメン、あんたも親戚だよね」
「気にしなくていいよ」
 椿矢は苦笑しながら手を振った。

 実際、雨宮家の連中も〝優しい〟親戚とはほど遠い存在だ。
 柊矢達のことを知っていたのだから七年前、未成年の霧生兄弟が二人だけでのこされたことも把握はあくしていたはずだ。
 柊矢が私立の音大に通っていたくらいだから経済的には困ってなかったにしても未成年の子供達が保護者を失ったのに雨宮家の連中は誰一人手を差し伸べようとしなかった。
 当時、楸矢はまだ小学生だったのに。

「夢を壊すようだけど、親戚って単に血縁者かその血縁者の配偶者を指す言葉であって、人間性とは何の関係もないよ。あくまで僕の個人的経験だけど、親戚だからって理由で優しくしてくれる人なんかほとんどいないよ」

 まぁ、椿矢の場合ムーシコスの血筋だのクレーイス・エコーの家系だのと寝言を言う連中に辛辣しんらつなことを言うから親戚達と折り合いが悪いというのもあるが。

「そうなんだ。友達がみんなお正月に親戚の家回ってたのは、てっきり親切にしてくれるからだと思ってた」

 それはお年玉を回収しに行っていただけじゃ……。

 お年玉の存在を知らないとは思えないし、柊矢が多額の小遣いを渡しているとは考えづらいが、欲しい物もあまりなく、フルートの練習に忙しくて金を使うことがほとんどないのだろう。
 金銭欲がない上に、お年玉を貰った経験がほとんど、もしくは全くないから正月の挨拶回りは小遣い稼ぎだと思い至れないのだ。

 お年玉を貰ったことがないなんて……。

 雨宮家が霧生兄弟と親戚付き合いをしていれば貰えていたはずだ。
 楸矢に金銭欲が無く小遣いが欲しいと思ったことがないとしても子供は皆お年玉を喜ぶものだし地球人らしさの強い楸矢もきっとお年玉を貰えば嬉しかったはずだ。

 雨宮家が霧生兄弟を無視していなければ楸矢はその楽しみを経験することが出来ていた。
 また一つ自分の出自を呪いたくなる要因が増えた。

 椿矢は密かに溜息をいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

処理中です...