影の弾正台と秘密の姫

月夜野 すみれ

文字の大きさ
10 / 47

夏 一

しおりを挟む
藤浪ふじなみの なみたつ想ひ ちりぢりに よするみぎわは 恋にれなむ〟

由太ゆうた、これを管大納言かんだいなごんの大姫に届けてくれ」
 貴晴たかなりはそう言って文を由太に差し出した。
 由太が文に目を落とす。

「あの……姫ということはこれは懸想文けそうぶみですよね?」
「当たり前だろう」
 貴晴がそう答えると由太が深い溜息をいた。

「なんだ?」
「懸想文をこんな色気のない紙で出す人がいますか!」
 由太はそう言ってから、
「読んでも?」
 と訊ねると、貴晴が許可する前に文を開いた。

「このお歌なら紙は薄色うすいろがよろしいでしょう。それに藤の花を添えた方がいいですね。若様は清書していてください。花をって参ります」
 由太は貴晴の返事を待たずに花を採りに行ってしまった。

 仕方ない……。

 貴晴は侍女に薄色――薄い紫色の紙を持ってくるように言い付けると、清書のために部屋に戻った。


「五月待つ……う~ん……」
 庭で歌を詠んでいた織子しきこは首を傾げた。

 そのとき邸の中が騒がしいことに気付いた。
 今日は宴や歌会などをもよおす予定はないはずだ。
 少なくとも織子は聞いていない。

 織子は北の対――北の方のいる建物に向かった。

「お義母様、何かあったのですか?」
 織子が義母に訊ねると、
「警護の者を増やしたのです」
 義母が答えた。
 近衛府から派遣されてくる随身の人数は決まっているから、それ以上増やしたければ自分で雇うことになる。

「急にどうなさったのですか?」
 織子が驚いて訊ねると、
「なんでも左大臣様の……」
 義母が話し始めた。


「左大臣の邸に群盗が押し入ろうとした!?」
 隆亮から話を聞いた貴晴は声を上げた。
 貴晴は隆亮の邸に来ていた。

「そうらしい」
 隆亮が答える。
「それで被害は……?」
「随身や家人けにんの何人かがケガをした程度で済んだとか……」
 家人というのは使用人のことである。

「〝鬼〟の仕業ではないかという噂があるそうだ」
 隆亮が付け加えた。

 鬼……。
 つまり群盗か……。

「盗まれた物は?」
 貴晴が訊ねた。
「詳しいことはまだ……」
 隆亮が答えた。

 左大臣の邸なら高価なものが色々あっただろう。
 海を越えてきたような品もかなりあったはずだ。
〝鬼〟が売りさばいた物を見付けることが出来ればそこから出所をたどることが出来るかもしれない。
 もちろん、盗品は普通の市には出回らない。
 売られるとしたら闇市という事になるだろう。

「そうか……」
 貴晴は頷くと、
「ところで今日は何か用か?」
 と隆亮が訊ねた。

「邸を調べさせてもらいに来た。せっかく右大臣の息子と友達なんだからな」
 貴晴が答えた。

「ちゃっかりしてんな」
 隆亮は呆れつつも邸の中を案内してくれた。

 右大臣家の邸には怪しいところはなかった。

 少しでも疑わしければ祖父が貴晴の手伝いに隆亮を付けるはずがないから当たり前と言えば当たり前だが。
 それでも隆亮は念のために都にある右大臣家の別邸も見せてもらったがやはり何もなかった。


 帰り道――


の花の……」
 貴晴が呟いた時、
「若様!」
 郎党の声に我に返ると剣戟けんげきの音が聞こえた。

 由太が御簾から外を覗いたかと思うと即座に身を引く。
 突き込まれた刃が際どいところをかすめる。

「敵襲か!?」
 貴晴は太刀を掴むと御簾みすね上げて外に飛び出した。
「若様!」
 由太が慌てて追い掛けてくる。

 外では郎党達と男達が戦っていた。

「若様! 狙いは若様なんですから引っ込んでてください!」
 由太が太刀を抜きながら言った。

「敵が見えないとけられないだろ!」
 貴晴が言い返す。

 牛車というのは薄い板を編んだ箱を荷車の上に載せているだけだから矢や刃などは簡単に突き抜けてしまって防げない。
 その割に外が見えないから攻撃をけようがないのだ。

「だからって出てくる人がありますか!」
 由太がそう言った時、敵の一人が牛車の側面に刀を突き立てた。

 貴晴が「ほら見ろ」と言う顔を由太に向けて太刀を抜くと槍を突き立てた男の脇腹をく。

「ーーーーー!」
 男が叫び声を上げて転がる。
 由太が苦々しげに襲撃者達の方を向く。

「うぉぉぉ!」
 別の男が雄叫びを上げながら勢いを付けて腕を振り下ろす。
 貴晴からかなり離れている。

 こいつも槍か……。

 長い槍というのは武術の心得がない者に使いやすい武器なのだ。重い物を振り回せる力だけのがある者なら。
 重さと勢いでかなりの破壊力が出せるからである。

 貴晴は僅かに仰け反ってける。
 槍が貴晴の脇を落ちていく。横に払ってこない。すぐに次の動作に移れないようだ。

 武術の心得のない者か……。

 貴晴が槍が下に落ちきる前に踏み込む。
 勢いよく地面にぶつかった衝撃で男がよろける。
 貴晴はそのまま太刀を抜きながら懐に踏み込もうとした。

「若様!」
 由太の声に視線を上げると、よろけた男の向こうに別の男が見えた。

 とっさに地面に転がってける。

 男をつらぬいた刃が貴晴をかすめた。
 長刀なぎなたで男もろとも貴晴を貫こうとしたのだ。

「ーーーーー!」
 男の絶叫を聞きながら貴晴が地面に転がったまま片手で太刀を横にぐ。

 後ろから刃を突き立てた男が長刀から手を放すと、貴晴の太刀をけるために背後にぶ。

 由太が駆け寄ってきて男を横から斬り付けようとした。
 男は身体を倒して避けると由太にりを放つ。

 由太は慌てずにそのまま太刀を振り下ろす。
 男は際どいところで足に刃が触れる寸前に地面に転がってけた。

 そのまま男は土を掴むと由太に投げ付けた。

「くっ!」
 由太が袖で土を払う。

「由太! どけ!」
 貴晴の言葉に由太が地面に倒れ込む。
 それを見澄みすままして貴晴が太刀を投げる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...