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夏 二
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「ぐっ!」
男の肩を太刀が掠めて飛んでいく
由太に当たらないように気を使ったため狙いが甘くなってしまって致命傷にはならなかった。
男は肩を血で染めながら走っていく。
由太も続けて太刀を投げたがあと少しというところで外れる。
武器を手放した由太に別の男が駆け寄ろうとした。
「おい! 狙いはそっちだ!」
誰かの声に男が向きを変えて貴晴の方に向かってきた。
貴晴は地面に落ちていた槍を掴んだ。
「伏せてろよ!」
由太や郎党達にそう声を掛けながら槍を力一杯横に振る。
向かってきた男が槍に弾き飛ばされる。
「若様!」
由太が貴晴の背後を見ながら声を掛ける。
貴晴は槍の回転する力に逆らわず、更に柄を押すようにして身体を反転させる。
槍の勢いが増し、後ろからきた男も貴晴に近付く前に柄で撥ね飛ばされる。
他に誰かいるか当たりを見回してみたが 由太は腕の立つ郎党を揃えたらしく決着が付いていた。
「若様、指示役を捕らえました」
郎党の一人が男を連れてきた。
「女と間違えたわけじゃないんだろ」
貴晴は男に言った。
女性が乗っている場合、御簾の下から裾が出るし、下簾という裂を垂らすから分かるのだ。
もちろん、男が下簾を垂らして女車――女性が乗っている車を装うこともあるが。
「大人しくしてりゃ良かったんだよ」
男が吐き捨てるように言った。
「表に出てこようとしなけりゃ命までは狙われなかったのに」
「何!? 私の命を狙ったのか!?」
貴晴は目を見張った。
どこからか弾正台のことが漏れたのか?
となると襲撃を依頼したのは……。
「今更、野心……ぐっ!?」
どこから飛んできた矢が男の眉間に刺さった。
男が絶命する。
「若様! 伏せてください!」
由太が貴晴を庇うように押し倒す。
郎党達も身構えたがそれ以上の攻撃はなかった。
こいつの口を塞ぎたかっただけか……。
今更……野心?
弾正台の事か? それとも何か、あるいは誰かと間違えたのか?
貴晴が乗っていたのは網代車というよくある牛車で主に中級貴族が使うものだが、上級貴族もお忍びで出掛ける時などに用いるからどこででも見掛けるものなのだ。
当然、勘違いもよくある。
「若様、早く乗ってください」
由太に促されて貴晴は牛車に乗った。
織子は匡の部屋で物語を読んでいた。
このまえ匡が大伯母から貰った歌物語ではない。
匡が大好きな物語である。
それを声に出して匡と匡の妹に読んでいるのだ。
匡達が字を読めないのではなく、他の事をしながら物語を聞くためである。
皆うっとりしながら聞いているが、物語に出てくる帝の寵姫は身分が低いが故に他の妃達からのイジメられ、それが元で死んでしまったのだ。
寵愛されていたと言っても、帝は他の妃達から守ってくれなかったのである。
そのうえ息子は元服と同時に臣籍降下――つまり貴族にされてしまったのだ。
それも官位はぎりぎり殿上人という中級貴族である。
自分はイジメ殺され、たった一人の忘れ形見は臣籍降下なんて……。
これではなんのために入内したのか分からない。
せめて子供は親王として扱われることを望んでいたから親は娘を入内させたのではないのか。
これなら中級貴族の妻になった方が幸せな一生を送れただろうに。
何一つ羨ましいと思えるところがない……。
一体どこに憧れる要素があるというのか。
しかしこの物語を読んでなお妃に憧れている女性が多いのだから理解に苦しむ。
匡もその一人である。
私は妃より貴族の妻がいい……。
歌のお好きな方が……。
織子は以前、歌を交わし合った男性を思い浮かべた。
歌を詠んでいたと言う事は貴族のはずだが牛車にも乗らずに道端にいたのだから上級貴族ではないだろう。
だが、そんなことは気にならない。
質素な生活には慣れている。
二人で歌を詠みながら静かに暮らしていけたら……。
「織子様?」
匡の声で織子は我に返った。
慌てて続きを読み始める。
「貴晴、そわそわしてるようだが何かあったか?」
邸に訊ねてきた隆亮が言った。
「返事が来ないんだ」
貴晴が答える。
「管大納言の大姫から?」
「誰に聞いた!?」
「歌にしか興味なかった男が文を贈る相手なんか歌が評判の姫しかいないだろ」
隆亮が突っ込む。
それはそうだ……。
隆亮の返事に貴晴は言葉に詰まった。
「で、何回無視された?」
「初めてに決まってるだろ!」
「お前、ホントに女性に文を贈ったことなかったんだな。最初は返事が来ないんだよ」
隆亮にそう言われてようやく仕組みを思い出した。
「一通目じゃ、きっと姫は見てもいないぞ」
隆亮が言った。
そういえばそうか……。
「心配するのは三回以上贈ってからだ」
隆亮の言葉に、
「そうか……」
貴晴が心許ない思いで頷く。
何しろ貴晴はまだ従五位下だし父も出世の見込みのない木っ端役人だ。
下手したら三回どころか三十回贈っても返事は来ないかもしれない。
「まぁ、そういうわけで――」
隆亮の言葉に、
「どういうわけだ」
貴晴が突っ込む。
「お前を呼びに来た」
隆亮が言った。
「どこへ?」
貴晴が訊ねる。
「内裏だ」
隆亮が答える。
「そういうことは先に言え!」
参内するなると衣冠束帯――正装でなければならない。
装束を用意するのも、それを着るのにも時間が掛かる。
「若様、支度は出来ております」
どうやら貴晴のところに来る前に由太に支度をしておくように伝えてあったらしい。
男の肩を太刀が掠めて飛んでいく
由太に当たらないように気を使ったため狙いが甘くなってしまって致命傷にはならなかった。
男は肩を血で染めながら走っていく。
由太も続けて太刀を投げたがあと少しというところで外れる。
武器を手放した由太に別の男が駆け寄ろうとした。
「おい! 狙いはそっちだ!」
誰かの声に男が向きを変えて貴晴の方に向かってきた。
貴晴は地面に落ちていた槍を掴んだ。
「伏せてろよ!」
由太や郎党達にそう声を掛けながら槍を力一杯横に振る。
向かってきた男が槍に弾き飛ばされる。
「若様!」
由太が貴晴の背後を見ながら声を掛ける。
貴晴は槍の回転する力に逆らわず、更に柄を押すようにして身体を反転させる。
槍の勢いが増し、後ろからきた男も貴晴に近付く前に柄で撥ね飛ばされる。
他に誰かいるか当たりを見回してみたが 由太は腕の立つ郎党を揃えたらしく決着が付いていた。
「若様、指示役を捕らえました」
郎党の一人が男を連れてきた。
「女と間違えたわけじゃないんだろ」
貴晴は男に言った。
女性が乗っている場合、御簾の下から裾が出るし、下簾という裂を垂らすから分かるのだ。
もちろん、男が下簾を垂らして女車――女性が乗っている車を装うこともあるが。
「大人しくしてりゃ良かったんだよ」
男が吐き捨てるように言った。
「表に出てこようとしなけりゃ命までは狙われなかったのに」
「何!? 私の命を狙ったのか!?」
貴晴は目を見張った。
どこからか弾正台のことが漏れたのか?
となると襲撃を依頼したのは……。
「今更、野心……ぐっ!?」
どこから飛んできた矢が男の眉間に刺さった。
男が絶命する。
「若様! 伏せてください!」
由太が貴晴を庇うように押し倒す。
郎党達も身構えたがそれ以上の攻撃はなかった。
こいつの口を塞ぎたかっただけか……。
今更……野心?
弾正台の事か? それとも何か、あるいは誰かと間違えたのか?
貴晴が乗っていたのは網代車というよくある牛車で主に中級貴族が使うものだが、上級貴族もお忍びで出掛ける時などに用いるからどこででも見掛けるものなのだ。
当然、勘違いもよくある。
「若様、早く乗ってください」
由太に促されて貴晴は牛車に乗った。
織子は匡の部屋で物語を読んでいた。
このまえ匡が大伯母から貰った歌物語ではない。
匡が大好きな物語である。
それを声に出して匡と匡の妹に読んでいるのだ。
匡達が字を読めないのではなく、他の事をしながら物語を聞くためである。
皆うっとりしながら聞いているが、物語に出てくる帝の寵姫は身分が低いが故に他の妃達からのイジメられ、それが元で死んでしまったのだ。
寵愛されていたと言っても、帝は他の妃達から守ってくれなかったのである。
そのうえ息子は元服と同時に臣籍降下――つまり貴族にされてしまったのだ。
それも官位はぎりぎり殿上人という中級貴族である。
自分はイジメ殺され、たった一人の忘れ形見は臣籍降下なんて……。
これではなんのために入内したのか分からない。
せめて子供は親王として扱われることを望んでいたから親は娘を入内させたのではないのか。
これなら中級貴族の妻になった方が幸せな一生を送れただろうに。
何一つ羨ましいと思えるところがない……。
一体どこに憧れる要素があるというのか。
しかしこの物語を読んでなお妃に憧れている女性が多いのだから理解に苦しむ。
匡もその一人である。
私は妃より貴族の妻がいい……。
歌のお好きな方が……。
織子は以前、歌を交わし合った男性を思い浮かべた。
歌を詠んでいたと言う事は貴族のはずだが牛車にも乗らずに道端にいたのだから上級貴族ではないだろう。
だが、そんなことは気にならない。
質素な生活には慣れている。
二人で歌を詠みながら静かに暮らしていけたら……。
「織子様?」
匡の声で織子は我に返った。
慌てて続きを読み始める。
「貴晴、そわそわしてるようだが何かあったか?」
邸に訊ねてきた隆亮が言った。
「返事が来ないんだ」
貴晴が答える。
「管大納言の大姫から?」
「誰に聞いた!?」
「歌にしか興味なかった男が文を贈る相手なんか歌が評判の姫しかいないだろ」
隆亮が突っ込む。
それはそうだ……。
隆亮の返事に貴晴は言葉に詰まった。
「で、何回無視された?」
「初めてに決まってるだろ!」
「お前、ホントに女性に文を贈ったことなかったんだな。最初は返事が来ないんだよ」
隆亮にそう言われてようやく仕組みを思い出した。
「一通目じゃ、きっと姫は見てもいないぞ」
隆亮が言った。
そういえばそうか……。
「心配するのは三回以上贈ってからだ」
隆亮の言葉に、
「そうか……」
貴晴が心許ない思いで頷く。
何しろ貴晴はまだ従五位下だし父も出世の見込みのない木っ端役人だ。
下手したら三回どころか三十回贈っても返事は来ないかもしれない。
「まぁ、そういうわけで――」
隆亮の言葉に、
「どういうわけだ」
貴晴が突っ込む。
「お前を呼びに来た」
隆亮が言った。
「どこへ?」
貴晴が訊ねる。
「内裏だ」
隆亮が答える。
「そういうことは先に言え!」
参内するなると衣冠束帯――正装でなければならない。
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「若様、支度は出来ております」
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