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夏 七
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既に決定している姫が一人、希望している姫が五人、それに管大納言の大姫も加わるかもしれないのだ。
元々帝は跡継ぎを残すために妃が多いとは言え、これだけ妃になりたい者がいるのでは隆亮や隆亮の母親が気乗りしないのも分からなくはない。
どう考えても不幸になる未来しか見えない……。
妃は離婚される心配だけはないのだが、逆に言えば他の男と再婚して幸せになる道が閉ざされているという事でもある。
貴族なら夫が通ってこなくなってから規定の年数(三年)が経過すれば離婚と見做されるので再婚出来るのだが、妃は帝が来ないからといって再婚するというわけにはいかない。
一度だけ譲位した帝に妃の方が申し入れて離婚したという事例はあるのだが、それは帝が退位したあと出家したから出来たことなのだ(僧侶は建前としては妻帯禁止のため)。
それを考えると隆亮や右大臣の北の方が姫の入内に二の足を踏むのも無理はないだろう。
そして、これだけ娘を妃にしたい者がいるとなると内大臣の姫を亡き者にしたいと思っている者の一人や二人、いてもおかしくない。
それに隆亮や隆亮の母は乗り気ではないとしても右大臣が娘を妃にしたいと考えているのなら狙わせた者から右大臣を除外するわけにはいかない。
考えなくてもいいのは内大臣くらいか……。
内大臣の妻ですら、妃に決まっている姫の母親以外の女性は除外してもいいかどうか……。
「内大臣には姫が何人いるんだ?」
貴晴が訊ねた。
「母親違いは一人だけのはずだし、その姫はまだ四、五歳だから内大臣の妻達は考えなくてもいいと思うぞ」
隆亮が貴晴の考えを察して答えた。
とはいえ、それでも怪しい者は十分すぎるくらいいる。
……いや、務めは〝鬼〟の塒を見付けることだ。
それと裏で〝鬼〟を操っている者がいるならそれを暴くことである。
春宮の妃を守れとは言われていない。
姫を守るのは警護の者達の役目だ。
まぁ、それはともかく……。
群盗自体は相変わらず跋扈しているようだが手懸かりがない。
さて、どうしたらいいものか……。
管大納言の大姫は春宮の妃になりたいらしいのだからのんびりしていたら手遅れになる。
とはいえ、どうすればいいか何も思い付かなかった。
「藤が枝を 宿にせむとて ほととぎす 今はいずこで 汝は鳴くやと」
塀の側で歌を詠じていた織子が外に目を向けると門の外にいる男と視線が合いそうになった。
男はすぐに顔を背けると歩み去った。
「お姉様宛の文?」
織子は門の近くにいた侍女に声を掛けた。
「はい?」
侍女がきょとんとした顔をする。
「今の男の人、文を届けに来たのでは……」
「どなたもいらしていませんよ」
「そう……」
織子は肩を落とした。
「藤が枝を……」
「姫様、お出掛けの時間です」
侍女が織子に声を掛けた。
今日は匡が歌会に行くのに着いていくのだ。
織子はいつも通り車の中で待つだけだが。
私がいない間に多田様の使者が来ないといいけど……。
こういうとき乳母子がいればいいのに、といつも思う。
そうすれば乳母子に代わりに詠じていてもらえたはずだ。
織子には乳母子がいない。
昔、幼い織子が都を離れることになった時、乳母と乳母子はこちらに残ったのだ。
ほんの二、三日の旅ですら命の危険を伴うのである。
それより遠いところとなると生きて都に戻ってこられるか分からない。
織子の親もそんなところまで同行してくれとは言えなかったのだろう。
織子も仕方なかったのだと諦めてはいるのだが、それでも、もし今いてくれれば、と思わずにはいられなかった。
織子は渋々牛車に向かった。
「隆亮! 何があった!?」
貴晴は隆亮の部屋に飛び込んだ。
ここは右大臣家である。
前夜、隆亮がケガをしたという知らせを聞いて駆け付けたのだ。
「貴晴、心配かけてすまない」
「それはいい。それよりケガは? 何があった」
「心配ない。かすり傷だ」
隆亮が答えた。
「夕辺、随身として右大将の供で出掛けたんだ――」
そう言って説明してくれたところによると、隆亮は随身として右大将について出掛けたらしい。
「そこを群盗に襲撃されたんだ」
隆亮が言った。
「右大将を狙ったのか?」
「いや、右大将が通ってる姫だ」
ちょうど群盗が邸に襲撃を掛けたところに右大将が到着したため戦闘になったらしい。
「姫や右大将は無事だったのか?」
貴晴が訊ねると、
「随身が何人かケガ人したがな。それより、お前を呼んだのは逃げ遅れた群盗を捕まえたからなんだ」
隆亮が答えた。
「ホントか!?」
「ああ。で、話によると内大臣の姫を狙ったのも、そいつららしいんだ」
「それで? 塒は聞き出せたのか?」
貴晴が訊ねた。
聞き出したのならとっくに検非違使が乗り込んで捕まえているかもしれない。
そうなると貴晴のする事はなくなる。
群盗は〝鬼〟の他にもいることはいるが――掃いて捨てるほど。
「連中が言うには誰かに雇われたんじゃないらしい」
「嘘じゃないのか?」
邸に押し入るような連中が素直に話すとは思えない。
「検非違使がそう言ってたんだ」
隆亮はそう言ってから貴晴が疑わしそうな表情をしているのを見て、
「検非違使っていうのは取り調べで拷問もするんだ」
と付け加えた。
「検非違使の拷問って相当だぞ。検非違使にならなくて良かったって思うくらいには……」
「そうなのか」
貴晴はようやく納得して頷いた。
貴族というと大人しくて気が弱いと思われがちだが実際はそうでもない。
内裏で掴み合いの乱闘をすることもあるくらいである。
当然、内裏の外では武器を振り回すこともある。
穢れを受けるとしばらく参内出来なくなるので殺しは郎党にやらせることが多いが。
貴晴も襲撃されたら普通に斬り殺すし、それは隆亮も同じである。
元々帝は跡継ぎを残すために妃が多いとは言え、これだけ妃になりたい者がいるのでは隆亮や隆亮の母親が気乗りしないのも分からなくはない。
どう考えても不幸になる未来しか見えない……。
妃は離婚される心配だけはないのだが、逆に言えば他の男と再婚して幸せになる道が閉ざされているという事でもある。
貴族なら夫が通ってこなくなってから規定の年数(三年)が経過すれば離婚と見做されるので再婚出来るのだが、妃は帝が来ないからといって再婚するというわけにはいかない。
一度だけ譲位した帝に妃の方が申し入れて離婚したという事例はあるのだが、それは帝が退位したあと出家したから出来たことなのだ(僧侶は建前としては妻帯禁止のため)。
それを考えると隆亮や右大臣の北の方が姫の入内に二の足を踏むのも無理はないだろう。
そして、これだけ娘を妃にしたい者がいるとなると内大臣の姫を亡き者にしたいと思っている者の一人や二人、いてもおかしくない。
それに隆亮や隆亮の母は乗り気ではないとしても右大臣が娘を妃にしたいと考えているのなら狙わせた者から右大臣を除外するわけにはいかない。
考えなくてもいいのは内大臣くらいか……。
内大臣の妻ですら、妃に決まっている姫の母親以外の女性は除外してもいいかどうか……。
「内大臣には姫が何人いるんだ?」
貴晴が訊ねた。
「母親違いは一人だけのはずだし、その姫はまだ四、五歳だから内大臣の妻達は考えなくてもいいと思うぞ」
隆亮が貴晴の考えを察して答えた。
とはいえ、それでも怪しい者は十分すぎるくらいいる。
……いや、務めは〝鬼〟の塒を見付けることだ。
それと裏で〝鬼〟を操っている者がいるならそれを暴くことである。
春宮の妃を守れとは言われていない。
姫を守るのは警護の者達の役目だ。
まぁ、それはともかく……。
群盗自体は相変わらず跋扈しているようだが手懸かりがない。
さて、どうしたらいいものか……。
管大納言の大姫は春宮の妃になりたいらしいのだからのんびりしていたら手遅れになる。
とはいえ、どうすればいいか何も思い付かなかった。
「藤が枝を 宿にせむとて ほととぎす 今はいずこで 汝は鳴くやと」
塀の側で歌を詠じていた織子が外に目を向けると門の外にいる男と視線が合いそうになった。
男はすぐに顔を背けると歩み去った。
「お姉様宛の文?」
織子は門の近くにいた侍女に声を掛けた。
「はい?」
侍女がきょとんとした顔をする。
「今の男の人、文を届けに来たのでは……」
「どなたもいらしていませんよ」
「そう……」
織子は肩を落とした。
「藤が枝を……」
「姫様、お出掛けの時間です」
侍女が織子に声を掛けた。
今日は匡が歌会に行くのに着いていくのだ。
織子はいつも通り車の中で待つだけだが。
私がいない間に多田様の使者が来ないといいけど……。
こういうとき乳母子がいればいいのに、といつも思う。
そうすれば乳母子に代わりに詠じていてもらえたはずだ。
織子には乳母子がいない。
昔、幼い織子が都を離れることになった時、乳母と乳母子はこちらに残ったのだ。
ほんの二、三日の旅ですら命の危険を伴うのである。
それより遠いところとなると生きて都に戻ってこられるか分からない。
織子の親もそんなところまで同行してくれとは言えなかったのだろう。
織子も仕方なかったのだと諦めてはいるのだが、それでも、もし今いてくれれば、と思わずにはいられなかった。
織子は渋々牛車に向かった。
「隆亮! 何があった!?」
貴晴は隆亮の部屋に飛び込んだ。
ここは右大臣家である。
前夜、隆亮がケガをしたという知らせを聞いて駆け付けたのだ。
「貴晴、心配かけてすまない」
「それはいい。それよりケガは? 何があった」
「心配ない。かすり傷だ」
隆亮が答えた。
「夕辺、随身として右大将の供で出掛けたんだ――」
そう言って説明してくれたところによると、隆亮は随身として右大将について出掛けたらしい。
「そこを群盗に襲撃されたんだ」
隆亮が言った。
「右大将を狙ったのか?」
「いや、右大将が通ってる姫だ」
ちょうど群盗が邸に襲撃を掛けたところに右大将が到着したため戦闘になったらしい。
「姫や右大将は無事だったのか?」
貴晴が訊ねると、
「随身が何人かケガ人したがな。それより、お前を呼んだのは逃げ遅れた群盗を捕まえたからなんだ」
隆亮が答えた。
「ホントか!?」
「ああ。で、話によると内大臣の姫を狙ったのも、そいつららしいんだ」
「それで? 塒は聞き出せたのか?」
貴晴が訊ねた。
聞き出したのならとっくに検非違使が乗り込んで捕まえているかもしれない。
そうなると貴晴のする事はなくなる。
群盗は〝鬼〟の他にもいることはいるが――掃いて捨てるほど。
「連中が言うには誰かに雇われたんじゃないらしい」
「嘘じゃないのか?」
邸に押し入るような連中が素直に話すとは思えない。
「検非違使がそう言ってたんだ」
隆亮はそう言ってから貴晴が疑わしそうな表情をしているのを見て、
「検非違使っていうのは取り調べで拷問もするんだ」
と付け加えた。
「検非違使の拷問って相当だぞ。検非違使にならなくて良かったって思うくらいには……」
「そうなのか」
貴晴はようやく納得して頷いた。
貴族というと大人しくて気が弱いと思われがちだが実際はそうでもない。
内裏で掴み合いの乱闘をすることもあるくらいである。
当然、内裏の外では武器を振り回すこともある。
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