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行く末が一族郎党の処刑って人生下り坂もいいとこだよ!
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左手に巻かれた包帯をぼんやりと見つめながら、今朝の出来事を反芻する。
メアリーに紅茶をかけられ、痛みに声も出せなかったところを、騒ぎを聞きつけたほかの使用人たちが必死にとりなしてくれた。おかげでどうにかその場を離れることができたのだ。
火傷の跡には応急処置を施され、「今日は自室で休むように」と言い渡された。……ただし、処罰については後日通達されるらしい。
いやもう、その“後日通達”って響きが一番こわいんですけど!?
けれど、今の私を本気で悩ませているのは別のこと。
あの痛み、熱さ、鮮明すぎる感覚。
――これはただの夢じゃない。
私、本当に……転生しちゃったんだ。
包帯を巻いた左手を下ろし、ふと鏡に映る自分の姿に目を留める。
焦げ茶色のミディアムヘア。見目麗しいというほどではないけれど、そこそこ整った顔立ち。華やかさはなくても、貴族社会の背景を邪魔しない、実に“モブ”らしい容姿だ。
……なるほど。これが今の私。ベス。
さらに自室を探していると、一冊の日記が目に入った。
ページをめくるにつれ、断片的な記憶が鮮明になっていく。
名前はベス・シャリテ。貧しい家族のために奉公に出されたが、家族は流行り病で亡くなったこと。これまでの働きぶりは――まぁ、平々凡々。
(あくまで本人談だが)
阿部澄香としての記憶と、ベス・シャリテとしての記憶。
ふたつが頭の中で混じり合い、ぐるぐると巡り続けていた。
澄香としての記憶を探ってみても――物語の登場人物に「ベス」なんて子はいなかった。
けれど、この家の未来は知っている。
あのワガママ悪役令嬢がヒロインへ嫌がらせを繰り返し、それが“未来の王族への謀反”とみなされる。そして止めなかった家もろとも――一族郎党の処刑。
バッドエンドはそうして訪れるのだ。
……問題は、今が物語のどのあたりなのかがまったく分からないこと。
下手に動けば目立って危険、かといってこのまま仕えていれば処刑ルート一直線。
でも逃げ出そうにも行く当てもないし、頼れる人もいない。
うーん……
堂々巡りで頭がぐるぐるするだけだった。
部屋でひとり思案を巡らせていると、コン、コン、と控えめなノックの音がした。
こんな時間に誰だろうと思いつつ扉を開けると、そこにはリズリーが立っていた。両手には小さなバスケット。
「今日は……ごめんね。ミスしたのはあたしなのに、庇ってもらった上にケガまでさせちゃった……」
視線を落とし、私の手に巻かれた包帯を見つめるリズリー。その顔は申し訳なさでいっぱいだった。
「いいんだよ。お湯の準備をしたのは私だったし。それに、この手も見た目ほど痛くないから」
わざと手をひらひら振ってみせる。本当はズキズキして仕方がないけれど、今は彼女を安心させる方が大事だ。
「ほんとうに……? 無理しないでね。でも……ベス、いつもは怒られると怖がって固まっちゃうのに、今日はちゃんと応えられてた。どうして?」
「それは……リズリーを見ていたからだよ。怒られてもきちんと向き合って動いているの、ずっとすごいなって思ってたんだ。だから、真似してみたの」
思ったままを言葉にすると、リズリーの目がじわりと潤む。
慌ててバスケットを受け取り、柔らかく笑って「ありがとう」と伝える。
そして「今日はもう休んで」と声をかけて、彼女を部屋へ帰した。
踵を返して去っていくリズリーの背中を見送りながら、心のどこかで祈っていた。
少しでも、彼女の気持ちが軽くなってくれていればいい。
もうリズリーは“物語の脇役”なんかじゃない。ただ必死に生きている、同じ仕事仲間だ。
ドアが閉まる音を聞きながら、私は深く息を吐く。
……よし。まずはケガを治すこと。そして情報を集めること。
身の振り方を考えるのは、それからだ。
「それにしても、手が痛いなぁ……」
冗談めかしてつぶやいたものの、実際は笑えない。さっき無理して動かしたせいか、包帯の下から血がじわりとにじみ出ている。
このまま寝ろと言われても、痛みでとても眠れそうにない。
……なら、やることはひとつ。
ちゃんと処置して、明日へ備えるだけだ。
勝手に医務室の備品を使って見つかったら、今度こそ処罰一直線。
だったら外に出て薬草を探すしかない。火傷に効くドクダミくらいなら、さすがに私でも見分けがつくはずだ。
「少し冷えるし……外套を羽織っていこう。夜も更けてきたし、フードもかぶれば、きっと目立たない」
独り言で自分に気合を入れながら、外套を肩に掛ける。布の重みが背中を押してくれるようで、少し勇気が湧いた。
私は息を殺し、そっと部屋の扉を開ける。
静まり返った廊下に足を踏み出した瞬間、胸の奥がどくんと高鳴った。
小さな冒険の始まりだ。
メアリーに紅茶をかけられ、痛みに声も出せなかったところを、騒ぎを聞きつけたほかの使用人たちが必死にとりなしてくれた。おかげでどうにかその場を離れることができたのだ。
火傷の跡には応急処置を施され、「今日は自室で休むように」と言い渡された。……ただし、処罰については後日通達されるらしい。
いやもう、その“後日通達”って響きが一番こわいんですけど!?
けれど、今の私を本気で悩ませているのは別のこと。
あの痛み、熱さ、鮮明すぎる感覚。
――これはただの夢じゃない。
私、本当に……転生しちゃったんだ。
包帯を巻いた左手を下ろし、ふと鏡に映る自分の姿に目を留める。
焦げ茶色のミディアムヘア。見目麗しいというほどではないけれど、そこそこ整った顔立ち。華やかさはなくても、貴族社会の背景を邪魔しない、実に“モブ”らしい容姿だ。
……なるほど。これが今の私。ベス。
さらに自室を探していると、一冊の日記が目に入った。
ページをめくるにつれ、断片的な記憶が鮮明になっていく。
名前はベス・シャリテ。貧しい家族のために奉公に出されたが、家族は流行り病で亡くなったこと。これまでの働きぶりは――まぁ、平々凡々。
(あくまで本人談だが)
阿部澄香としての記憶と、ベス・シャリテとしての記憶。
ふたつが頭の中で混じり合い、ぐるぐると巡り続けていた。
澄香としての記憶を探ってみても――物語の登場人物に「ベス」なんて子はいなかった。
けれど、この家の未来は知っている。
あのワガママ悪役令嬢がヒロインへ嫌がらせを繰り返し、それが“未来の王族への謀反”とみなされる。そして止めなかった家もろとも――一族郎党の処刑。
バッドエンドはそうして訪れるのだ。
……問題は、今が物語のどのあたりなのかがまったく分からないこと。
下手に動けば目立って危険、かといってこのまま仕えていれば処刑ルート一直線。
でも逃げ出そうにも行く当てもないし、頼れる人もいない。
うーん……
堂々巡りで頭がぐるぐるするだけだった。
部屋でひとり思案を巡らせていると、コン、コン、と控えめなノックの音がした。
こんな時間に誰だろうと思いつつ扉を開けると、そこにはリズリーが立っていた。両手には小さなバスケット。
「今日は……ごめんね。ミスしたのはあたしなのに、庇ってもらった上にケガまでさせちゃった……」
視線を落とし、私の手に巻かれた包帯を見つめるリズリー。その顔は申し訳なさでいっぱいだった。
「いいんだよ。お湯の準備をしたのは私だったし。それに、この手も見た目ほど痛くないから」
わざと手をひらひら振ってみせる。本当はズキズキして仕方がないけれど、今は彼女を安心させる方が大事だ。
「ほんとうに……? 無理しないでね。でも……ベス、いつもは怒られると怖がって固まっちゃうのに、今日はちゃんと応えられてた。どうして?」
「それは……リズリーを見ていたからだよ。怒られてもきちんと向き合って動いているの、ずっとすごいなって思ってたんだ。だから、真似してみたの」
思ったままを言葉にすると、リズリーの目がじわりと潤む。
慌ててバスケットを受け取り、柔らかく笑って「ありがとう」と伝える。
そして「今日はもう休んで」と声をかけて、彼女を部屋へ帰した。
踵を返して去っていくリズリーの背中を見送りながら、心のどこかで祈っていた。
少しでも、彼女の気持ちが軽くなってくれていればいい。
もうリズリーは“物語の脇役”なんかじゃない。ただ必死に生きている、同じ仕事仲間だ。
ドアが閉まる音を聞きながら、私は深く息を吐く。
……よし。まずはケガを治すこと。そして情報を集めること。
身の振り方を考えるのは、それからだ。
「それにしても、手が痛いなぁ……」
冗談めかしてつぶやいたものの、実際は笑えない。さっき無理して動かしたせいか、包帯の下から血がじわりとにじみ出ている。
このまま寝ろと言われても、痛みでとても眠れそうにない。
……なら、やることはひとつ。
ちゃんと処置して、明日へ備えるだけだ。
勝手に医務室の備品を使って見つかったら、今度こそ処罰一直線。
だったら外に出て薬草を探すしかない。火傷に効くドクダミくらいなら、さすがに私でも見分けがつくはずだ。
「少し冷えるし……外套を羽織っていこう。夜も更けてきたし、フードもかぶれば、きっと目立たない」
独り言で自分に気合を入れながら、外套を肩に掛ける。布の重みが背中を押してくれるようで、少し勇気が湧いた。
私は息を殺し、そっと部屋の扉を開ける。
静まり返った廊下に足を踏み出した瞬間、胸の奥がどくんと高鳴った。
小さな冒険の始まりだ。
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