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愛されて育った小娘と
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窓辺にとまった小鳥がさえずり、部屋の中にいた少女の視線を誘う。
机に向かって書き物をしていた少女は開けっぱなしの窓を振り返ると、小さな訪問者に慣れた様子で「どうしたの?」と気安い声をかけた。
『お届け物です』
声にならない声。
大気に混ざる魔素だけを震わせた応えに、少女が「ありがとう」と相好を崩す。
部屋の中へと入ってきた小鳥は空中でその姿を変え、一通の書簡として少女の手に収まった。
丸めた晶紙を封蝋で閉じた書簡はその体裁こそ整えられていたが、細かなところを気にしなければ、素人目に「正式な文書」も「親しい友人への手紙」もたいして違っては見えない。
「なんだろう」
その書簡がどこから送られてきたものなのかは、封蝋に押されたスタンプを見れば一目瞭然。
「神性ミネルヴァを祀る神殿」からの書簡を、神性ミネルヴァに仕える神官の一人と懇意にしている少女は何気なく開き、広げた晶紙へと目を通しはじめ――
ぱっ、と喜色に染まった双眸が紙面を離れる。
「アメル、どこっ?」
行儀良く座っていた椅子をひっくり返しそうになるほどの勢いで立ち上がった少女は喜色満面、自分以外に誰の姿もない部屋の中で、そこにいるはずの男を呼んだ。
「(ここにいるよ)」
最初から少女の傍近くにいたアメルは、常人のよう「肉の器」という意味での体を持たない自身の指先に魔力を集め、まったく見当違いの方向を見ている少女の腕に触れさせた。
「見て、学院からの招待状よ!」
今度こそ、間違いなくアメルのいる方を向いた少女が、手にした書簡を広げてみせる。
「推薦が通ったの。春から私も世界で一番の学校に通える!」
それがどんなに嬉しいことか、少女があまりに明け透けな様子で喜びを顕わにするものだから。アメルは「よかったね」と、それ以外に何も言えなくなってしまう。
「(おめでとう)」
けれど――少女の気分に水を差すことがないよう、本音とは違うところを口にする声色には充分すぎるほど注意を払ったつもりでいた――アメルが口を開けば開くほど、少女の表情はみるみる曇っていった。
「アメル……」
アメルと違って、少女はアメルの顔色を窺うことなどできない。
それなのに、どうしてもこうも容易く嘘を見抜かれてしまうのか。アメルはいつも不思議でならなかった。
(泣くなよ)
姿を見るどころか、まともに声を聞いたこともない――アメルは魔素さえ震わせることなく、少女へと己の意思を伝えることができる――男の感情の機微に敏感な少女は、あっという間に水気を増した視線を落とすと、すっかり意気消沈した様子でか細い声を出す。
「私が魔導士になるの、やっぱり反対……?」
(何を今更)
皮肉っぽい笑みを浮かべたアメルの表情は、少女の目には映らない。
アメルはとっくの昔に死んでいるのだから、それが当然のことだ。
「(魔性と契約なんかしなくても、君は――)」
「私はアメルと契約したいの!」
それまで宝物のよう丁寧に扱われていた書簡が、少女の手の中でぐしゃりと潰れる。
「そうしないとアメルに会えないから……っ」
いよいよ泣き出してしまった少女の前で、アメルは――それが少女の耳目に触れないとわかったうえで――深々と嘆息した。
(こんなことなら、僕が受肉できる可能性なんて教えるんじゃなかった)
手塩にかけて育てた少女の前では、これみよがしの溜め息一つ吐けないでいる。
自分の立場が少女の下にあることなど、アメルはとっくに自覚していた。
だから、悪足掻きのような沈黙も長くは続かない。
「(僕と契約したら、君はもう普通の女の子じゃいられなくなる)」
「私は特別よ。アメルがそう言ったんだわ」
「(それは……)」
「あれは嘘だったの? それとも、からかっただけ? 私は特別でもなんでもない普通の女の子だから、アメルのパートナーには選んでもらえない?」
それなら、魔導士になるのは諦める。
そう言って、零した涙を乱暴に拭おうとする少女の手を、アメルは――実体のない自らの手に、マテリアルサイドへの干渉を可能とするほどの魔力を纏わせて――やんわり遮った。
「(わかった。僕の負けだよ。契約でもなんでも好きにすればいい)」
「アメル」
「(その代わり、僕以外にその手を使ったら酷いよ)」
アメルの脅すような口振りに、両手を掴まれた少女がきょとんと目を丸くする。
「ふっ……」
一拍置いて堪らず噴き出した少女の笑いは、長く尾を引いた。
「私の泣き落としが通用するのなんて、アメルくらいよ」
一頻り笑って、今度こそ本当の――嘘泣きではない――涙を滲ませた少女が、倒れ込むような勢いで見えもしない男に抱きついてくる。
それを不承不承の体で受け止めたアメルはむっすりと、ことさら不機嫌そうな声を作って呟いた。
「(育て方を間違えた気がする)」
机に向かって書き物をしていた少女は開けっぱなしの窓を振り返ると、小さな訪問者に慣れた様子で「どうしたの?」と気安い声をかけた。
『お届け物です』
声にならない声。
大気に混ざる魔素だけを震わせた応えに、少女が「ありがとう」と相好を崩す。
部屋の中へと入ってきた小鳥は空中でその姿を変え、一通の書簡として少女の手に収まった。
丸めた晶紙を封蝋で閉じた書簡はその体裁こそ整えられていたが、細かなところを気にしなければ、素人目に「正式な文書」も「親しい友人への手紙」もたいして違っては見えない。
「なんだろう」
その書簡がどこから送られてきたものなのかは、封蝋に押されたスタンプを見れば一目瞭然。
「神性ミネルヴァを祀る神殿」からの書簡を、神性ミネルヴァに仕える神官の一人と懇意にしている少女は何気なく開き、広げた晶紙へと目を通しはじめ――
ぱっ、と喜色に染まった双眸が紙面を離れる。
「アメル、どこっ?」
行儀良く座っていた椅子をひっくり返しそうになるほどの勢いで立ち上がった少女は喜色満面、自分以外に誰の姿もない部屋の中で、そこにいるはずの男を呼んだ。
「(ここにいるよ)」
最初から少女の傍近くにいたアメルは、常人のよう「肉の器」という意味での体を持たない自身の指先に魔力を集め、まったく見当違いの方向を見ている少女の腕に触れさせた。
「見て、学院からの招待状よ!」
今度こそ、間違いなくアメルのいる方を向いた少女が、手にした書簡を広げてみせる。
「推薦が通ったの。春から私も世界で一番の学校に通える!」
それがどんなに嬉しいことか、少女があまりに明け透けな様子で喜びを顕わにするものだから。アメルは「よかったね」と、それ以外に何も言えなくなってしまう。
「(おめでとう)」
けれど――少女の気分に水を差すことがないよう、本音とは違うところを口にする声色には充分すぎるほど注意を払ったつもりでいた――アメルが口を開けば開くほど、少女の表情はみるみる曇っていった。
「アメル……」
アメルと違って、少女はアメルの顔色を窺うことなどできない。
それなのに、どうしてもこうも容易く嘘を見抜かれてしまうのか。アメルはいつも不思議でならなかった。
(泣くなよ)
姿を見るどころか、まともに声を聞いたこともない――アメルは魔素さえ震わせることなく、少女へと己の意思を伝えることができる――男の感情の機微に敏感な少女は、あっという間に水気を増した視線を落とすと、すっかり意気消沈した様子でか細い声を出す。
「私が魔導士になるの、やっぱり反対……?」
(何を今更)
皮肉っぽい笑みを浮かべたアメルの表情は、少女の目には映らない。
アメルはとっくの昔に死んでいるのだから、それが当然のことだ。
「(魔性と契約なんかしなくても、君は――)」
「私はアメルと契約したいの!」
それまで宝物のよう丁寧に扱われていた書簡が、少女の手の中でぐしゃりと潰れる。
「そうしないとアメルに会えないから……っ」
いよいよ泣き出してしまった少女の前で、アメルは――それが少女の耳目に触れないとわかったうえで――深々と嘆息した。
(こんなことなら、僕が受肉できる可能性なんて教えるんじゃなかった)
手塩にかけて育てた少女の前では、これみよがしの溜め息一つ吐けないでいる。
自分の立場が少女の下にあることなど、アメルはとっくに自覚していた。
だから、悪足掻きのような沈黙も長くは続かない。
「(僕と契約したら、君はもう普通の女の子じゃいられなくなる)」
「私は特別よ。アメルがそう言ったんだわ」
「(それは……)」
「あれは嘘だったの? それとも、からかっただけ? 私は特別でもなんでもない普通の女の子だから、アメルのパートナーには選んでもらえない?」
それなら、魔導士になるのは諦める。
そう言って、零した涙を乱暴に拭おうとする少女の手を、アメルは――実体のない自らの手に、マテリアルサイドへの干渉を可能とするほどの魔力を纏わせて――やんわり遮った。
「(わかった。僕の負けだよ。契約でもなんでも好きにすればいい)」
「アメル」
「(その代わり、僕以外にその手を使ったら酷いよ)」
アメルの脅すような口振りに、両手を掴まれた少女がきょとんと目を丸くする。
「ふっ……」
一拍置いて堪らず噴き出した少女の笑いは、長く尾を引いた。
「私の泣き落としが通用するのなんて、アメルくらいよ」
一頻り笑って、今度こそ本当の――嘘泣きではない――涙を滲ませた少女が、倒れ込むような勢いで見えもしない男に抱きついてくる。
それを不承不承の体で受け止めたアメルはむっすりと、ことさら不機嫌そうな声を作って呟いた。
「(育て方を間違えた気がする)」
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