世界の存亡をかけた最終戦争に負けた創世神の、それなりに満ち足りた隠居生活。(序章完)

まいかぜ

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クインカトリア最終日、天秤広場にて

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 かつて世界を滅ぼさんと企てた七柱の魔神が、侵略の足掛かりとするため地上に開けた大穴。
 遥か地の底、アバドンへと繋がる一本道を、創世神の分霊わけみたまたる七柱の神性は自らの現身うつしみとなる聖樹をもって封じ、七つの大迷宮となした。

 そのうちの一つ。大迷宮トレークハイトには、「あらゆる知的な活動」を司る神性ミネルヴァが根を張っている。
                                    
   ◇ ◇ ◇
                                    
 ミネーヴァの街が一年で最も活気付く一週間。
 神性ミネルヴァを讃える知の祭典――クインカトリア――の最終日。

「ルーラ・シルバーストーン、前へ」
 「知」を司る神性の名を冠した学院へ招かれた「才ある者」の一人として、ルーラはその場に立っていた。
「はい」
 厳かな空気の中、一段ずつ上がっていく階段は巨大な天秤の片皿へと続いている。
 ミネーヴァの中にあってユースティティアの街リトルジャステと呼ばれる地域の中心に据えられた、神性ユースティティアを象徴する天秤型のサクラメント。
 「裁定」を司る神性の名の下に「公平な契約」を約束する〔裁定の天秤〕は、吊された皿の一方へ乗り上げたルーラの「重み」によって、その腕を大きく傾かせていく。
(これが、私の『価値』)
 神性ユースティティアを祀る小神殿前の広場に詰めかけた見物客がどよめく声を、どこか遠くに聞きながら。
 一生に一度きりの契約儀式へ挑むルーラは、底にびっしりと精緻な魔導円が刻まれている皿の上へと膝を落とし、目を伏せた。
『この声が届いたのなら、応えたまえ』
 簡略化された祈りの言葉が魔素を震わせる。

 魔性との契約儀式に挑む徒人が自らの前途を明るいものとするため、少しでも等級の高い魔性との契約を祈る儀式の最中。ルーラは一心に、裁定を司る神性への背信にも等しい願いを唱えた。
(アメル、来て)
 ――そうして、神性ユースティティアの名の下に交わされる「聖別された契約」は破綻する。
                                    
   ◇ ◇ ◇
                                    
(そんなに一生懸命呼ばなくても、聞こえてるよ)
 アメルが手塩にかけて育てた「愛し子」。
 ルーラが願って叶えられない望みなど、この世界にただの一つとしてありはしない。

 それはアメルでさえ、例外ではなく。愛しい少女に呼ばれるがまま〔裁定の天秤〕の片皿へと下り立つアメルを、神性ユースティティアの権能――その顕現たるサクラメント――が拒むことはなかった。
「(一等級以上の魔性が顕現するとき、その体を構成するのは魔性自身と契約者の魔力だ。僕の場合は自由にできる魔力を持ってないから、いつものように君が僕の分の魔力も負担することになる。
 必要とされる魔力の総量は、さすがに君の魔力を枯渇させるほどではないけど――)」
 〔裁定の天秤〕によって吸い上げられたルーラの魔力がアメルの血肉として実体を持つと、一目でそうとわかる特級――実体を持つ、人型の――魔性の顕現に、観衆が沸く。
(立ち上がるときは気をつけて、って言おうと思ったのに)
 歓声に呼び戻されるよう目を開け、顔を上げたルーラ。
 書類の上では既に成人しているとはいえ、まだ若い。大人びた美しさよりも子供らしい可愛らしさの方が目に付く少女の容貌がぱっ、と輝く様を目の当たりにして、長年ルーラのことを見てきたアメルが「事の顛末」を想像するのは容易かった。
「あっ……」
 跪いていた皿の上に立ち上がろうとした少女の体が、立ち眩みでも起こしたようふらりと傾いて、地上から何メートルも離れた高さから放り出されそうになる。
 観衆から上がる悲鳴に「しまった」という顔をしたルーラへ、アメルはそのまま大人しくしているよう視線を送った。
 それから、ちょっとした段差でもまたぐような気軽さで二つの皿の間にあった空間を跳び越える。

 契約儀式が行われる広場には不測の事態に備えて魔導士が待機していたが、せいぜいが一等級。ルーラのために唱えられた魔法の全てを押さえ込むのに、特級魔性として受肉したアメルが苦労することはない。

 ぱしっ、と掴んだ手の主ごと、道連れにされるような形で天秤の上から落ちたアメルは華奢な少女の体を横抱きに地上へ下り立った。
「急に立つと危ないよ」
「――ありがとう」
 観衆の悲鳴が歓声へと立ち戻る。
「下ろしてくれる?」
 人見知りのくせ猫被りが上手いルーラが衆目を意識して澄まし顔でいるのをいいことに、アメルはにっこり笑って「また倒れるよ」と。
 ルーラのことを大事に抱え、声をかけてきた誘導役の神官に続いて天秤広場を後にした。
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