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EP01「女魔術師、奴隷を買う」

SCENE-010 >> 森に愛された女と秘密の導き手

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「これはラルの御主人様としての命令なんだけど、私といるときに森の中で見たり聞いたりしたことを他人に伝えるのはどんな手段だろうと禁止だから。誰かに何か聞かれることがあったら、そういう理由で何も教えられないって答えてね」
 これは私の中でわりと大事な縛りだから、さっきのようになあなあでは済ませられない。

 ラルがしっかり頷くのを見届けてから、境界を越え森へと足を踏み入れた。


                                    
 一般的なハンターは、この時点で導きの石を使う。
 だけど私は、世間一般で導きの石と呼ばれる祈願魔法の触媒を持っていないので。石の代わりになる導き手が見つかるまでは、普通の森歩きが続く。

 私にとって森歩きが、この世界で一般的に考えられている森歩きと同じものかはさておき。


                                    
「魔物がいる」
 その気配を感じ取るのは、私よりもラルの方が早かった。
「すごい。なんでわかったの?」
 ラルの警告から僅かに遅れて、私もその気配に気付く。

 動物たちが殺し合う必要も無いほど豊かな森の中にあって、殺気立った魔物の気配というのは際立って感じられる。

「……危険だ」
 のんびり構えている私のことを、体で庇うような素振りを見せたラルの表情は険しくて。
 その手には、いつの間にか抜き身の剣が握られていた。
「大丈夫よ。魔物は襲ってこないから」
 そんなわけないだろ、と口より雄弁な目を向けてくるラルに笑って。大丈夫だからと、抜き身の剣を握った手を下ろさせる。
「襲われたら反撃してもいいけど、本当に大丈夫だから」

 そうこうしているうちに、森の中を駆ける獣の速さで近付いてきた魔物の気配が、視界を遮る茂みの中からがさっと飛び出してきて。
「これはだから、食べちゃ駄目」
 私とラルの前に姿を見せた四つ足の魔物は、私の言うことを聞いてひとまず大人しくしているラルに向かってぐるぐる唸りながらも、私の言葉に逆らおうとはせず、剥き出しにしていた牙を引っ込めた。

 ラルのことは警戒しつつも、くぅーんと甘えた声を出し、じりじり距離を詰めてきた魔物の鼻先が、私のブーツの爪先に乗せられる。
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
 ラルはラルで、そんな魔物の様子を見て、見るからに渋々……といった様子で剣を収めた。

「森は安全?」
「私にとってはね。私といれば魔物がラルを襲うこともないと思うけど、私とはぐれてラルが一人のときに魔物と出会したらどうなるかはわからないから、手放しに安心していいとも言えないけど」
「……襲われたら倒す」
 露骨に気を抜くでも、過剰に不安がるでもない。適度な緊張を保ったラルの様子からは、自分の力量に対する自負というか、確かな実力に裏打ちされた余裕のようなものが感じられて。見ていて安心できる。
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