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RE030
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伊月自身はキリエに抱えられ、さほど体を動かさずにいたとしても。専用術式を介して義体を操ることには、それなりの疲労が伴う。
一般的な使い方をしても「普通に自分の体を動かしているのと同じ程度、頭が疲れる」といった具合であるにも関わらず、伊月は一つしかない頭で二つ以上の義体を操ってのけるのだから、脳へとかかる負荷もそれ相応。伊月のデバイスへインストールされている〔傀儡廻し〕の安全機構は、最初から非推奨設定である「無効」が選択されていた。そのうえで、伊月が使いやすいようにと改造済み。
そんな状態で、〔花嫁〕大事なヴラディスラウス・ドラクレアの意向を汲んだ〔扶桑〕からドクターストップならぬデミドラシルストップをかけられたことがないのだから。それを、伊月の類い稀な「才能」と言わずなんと言おう。
そも。徒人の脳は、二つ以上の体を同時に動かし、それぞれの体で魔術を紡げるようできていないというのに。
「はー。楽しかった」
今世では〔傀儡廻し〕慣れしてない頭の体操と、設計上想定されていない改造を施した筐体の粗探しがてら、黒姫奈と一戦交えた直後。心地良いくらいの疲労感に身を任せ、伊月は今日だけで三度目のベッドへ、今度こそ自分から飛び込んだ。
「うー……」
弾力のあるベッドの上で、小さく軽い体が弾んだ拍子。〔傀儡廻し〕用の補助端末が外れ、伊月に続いてベッドに上がりかけていたキリエがガレージの方を振り返る。
「あー……」
そういえばそうだったと、伊月は外れてしまったゴーグルを付け直す。
「スタンドアロン稼働想定の疑似人格入ってないから、操り糸が切れると――」
もう一仕事させる前に、メンテナンスをと。〔クレイドル〕へ戻そうとしていた黒姫奈は、その寸前で無操作状態となり、ガレージの床へと倒れて――
「……あれっ?」
予想とは違った黒姫奈の視界。ぐらついた体を支えるよう〔クレイドル〕の縁を掴んだ手の感触に、伊月は首を捻った。
体勢を立て直し、改めて動かしてみる手足に違和感はなく。〔扶桑〕によって継続されている観測の結果だけが、僅かな異常を示している。
伊月による操作が途切れた瞬間、微かに観測された魔力の励起。
その「元」は、黒姫奈が抱える転換炉。
伊月のうっかりで黒姫奈が転けそうになったとき、ガレージの方を振り返ったキリエは、黒姫奈が実際には転けていないのだから、何かしらの物音や気配に反応して振り返ったのではない、ということになる。
「キリエ……もしかして、黒姫奈の体、動かせるの?」
つまりそういうことなのか? と答え合わせを求める伊月に、キリエはどことなく不本意そうな面持ちで首肯を返した。
「さっきはそんな素振り、少しも見せなかったのに」
「邪魔したら怒るだろう、お前」
伊月の隣へそろりと横たわったキリエは、〔花嫁〕の顔色を窺いながらその体を抱き寄せ、飽きもせず頬をすり寄せる。
「今の状態は、作りたての眷属とそう変わらない。私が操ろうと思えば操ることもできるし、切り離そうと思えば切り離してしまうこともできる。……お前は、どうして欲しい?」
そうこう話しているうちに、黒姫奈は今度こそ〔クレイドル〕へ。
「もちろん、そのままで」
「だと思った……」
心底、憂鬱そうに嘆息してみせながら。渋々だろうと、伊月の望みを尊重するため、本来しなくていいはずの我慢をしてみせるあたり。健気なことだと、伊月はにやにやしながらキリエの頬を引っ張った。
「嫌なら訊かなきゃいいのに」
一般的な使い方をしても「普通に自分の体を動かしているのと同じ程度、頭が疲れる」といった具合であるにも関わらず、伊月は一つしかない頭で二つ以上の義体を操ってのけるのだから、脳へとかかる負荷もそれ相応。伊月のデバイスへインストールされている〔傀儡廻し〕の安全機構は、最初から非推奨設定である「無効」が選択されていた。そのうえで、伊月が使いやすいようにと改造済み。
そんな状態で、〔花嫁〕大事なヴラディスラウス・ドラクレアの意向を汲んだ〔扶桑〕からドクターストップならぬデミドラシルストップをかけられたことがないのだから。それを、伊月の類い稀な「才能」と言わずなんと言おう。
そも。徒人の脳は、二つ以上の体を同時に動かし、それぞれの体で魔術を紡げるようできていないというのに。
「はー。楽しかった」
今世では〔傀儡廻し〕慣れしてない頭の体操と、設計上想定されていない改造を施した筐体の粗探しがてら、黒姫奈と一戦交えた直後。心地良いくらいの疲労感に身を任せ、伊月は今日だけで三度目のベッドへ、今度こそ自分から飛び込んだ。
「うー……」
弾力のあるベッドの上で、小さく軽い体が弾んだ拍子。〔傀儡廻し〕用の補助端末が外れ、伊月に続いてベッドに上がりかけていたキリエがガレージの方を振り返る。
「あー……」
そういえばそうだったと、伊月は外れてしまったゴーグルを付け直す。
「スタンドアロン稼働想定の疑似人格入ってないから、操り糸が切れると――」
もう一仕事させる前に、メンテナンスをと。〔クレイドル〕へ戻そうとしていた黒姫奈は、その寸前で無操作状態となり、ガレージの床へと倒れて――
「……あれっ?」
予想とは違った黒姫奈の視界。ぐらついた体を支えるよう〔クレイドル〕の縁を掴んだ手の感触に、伊月は首を捻った。
体勢を立て直し、改めて動かしてみる手足に違和感はなく。〔扶桑〕によって継続されている観測の結果だけが、僅かな異常を示している。
伊月による操作が途切れた瞬間、微かに観測された魔力の励起。
その「元」は、黒姫奈が抱える転換炉。
伊月のうっかりで黒姫奈が転けそうになったとき、ガレージの方を振り返ったキリエは、黒姫奈が実際には転けていないのだから、何かしらの物音や気配に反応して振り返ったのではない、ということになる。
「キリエ……もしかして、黒姫奈の体、動かせるの?」
つまりそういうことなのか? と答え合わせを求める伊月に、キリエはどことなく不本意そうな面持ちで首肯を返した。
「さっきはそんな素振り、少しも見せなかったのに」
「邪魔したら怒るだろう、お前」
伊月の隣へそろりと横たわったキリエは、〔花嫁〕の顔色を窺いながらその体を抱き寄せ、飽きもせず頬をすり寄せる。
「今の状態は、作りたての眷属とそう変わらない。私が操ろうと思えば操ることもできるし、切り離そうと思えば切り離してしまうこともできる。……お前は、どうして欲しい?」
そうこう話しているうちに、黒姫奈は今度こそ〔クレイドル〕へ。
「もちろん、そのままで」
「だと思った……」
心底、憂鬱そうに嘆息してみせながら。渋々だろうと、伊月の望みを尊重するため、本来しなくていいはずの我慢をしてみせるあたり。健気なことだと、伊月はにやにやしながらキリエの頬を引っ張った。
「嫌なら訊かなきゃいいのに」
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