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RE049 ニドヘグの牙

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 どこからともなく伸びてきた影の「手」が、ゴーグルのへと触れる。
 位置指定を解除した伊月がゴーグル型の補助端末アクセサリを外すと、〔傀儡廻しマリオネッター〕による支配から解き放たれた黒姫奈の主導権はキリエへと移り、それこそ人形のよう無感情に目を伏せた女の周囲で、風を巻き上げるほど高密度の魔力が唸りを上げた。

 傷付きやすい目を巻き上げられた砂埃から守るよう、翳された掌はキリエが器用に操る影によって形作られた、紛いもので。ほんの数秒、伊月の視界は一分の隙も無い、完全な闇に閉ざされる。
 冷たくも温かくもなく、のっぺりとした質感の「手」が剥がれる頃には。直前まで黒姫奈が立っていた場所に、銀色の鱗を持つ小柄な竜が現れていた。
「ちょっと触ってみたい」
 陽光を浴びて煌めく鱗に惹かれて手を伸ばせば、傲慢の代名詞と言っても過言ではないドラゴンが、自分からいそいそと鼻先を寄せてくる。

「本物の竜種なら牙を抜いて素材にするのに」
 鼻先を撫でられ、飼い慣らされた猫のようごろごろと喉を鳴らす銀竜は、伊月の独り言にびくりと体を震わせ、だらしなく緩みかけていた口をしっかりと閉じ直した。
「牙なんて何に使うの?」
「ナイフ」
 銀竜の体はアストラルボディ――魔力によって形作られた「はりぼて」――なので、牙を抜いたところで素材としては使えない。
 伊月のような魔術師が欲しがる「牙」というのはキリエのような因子持ちで、竜種の姿をとれる、というだけの半端者から得られるようなものではなく、卵から孵る真性竜種のそれだった。

「ナイフかぁ」
 ぽつりと呟いたキリエの視線が伊月を外れ、足元へと落ちる。
 なんとなし、伊月がその視線の先へ目をやると。すっかり見慣れた感のある影の「手」が、鞄代わりに使われることも珍しくない影の中から、小振りなナイフを取り出すところだった。
(まさか)
 なめし革のシースに収められたそのナイフを、影の「手」は伊月の目と鼻の先へとぶら下げる。
 素材を直接編み込んだような透かし彫りが施された、ナイフの柄。その質感は、伊月の目に象牙のそれとよく似て映った。
「これって……」
「最初のお前に持たせてた」
「竜牙のナイフを?」
「そう」
「〔花嫁〕でもない女に?」
「お守り代わりにいいかと思って」
 柄に結ばれた革紐には、ナイフとは別に、キリエの「実家」であるドラクレシュティ竜王家の紋章を象ったチャームも通されている。
「お守り代わりって……」


 飾り気のないそのナイフが、〔ユグドラシル〕の時代からドラクレシュティの長子へ代々受け継がれてきた由緒正しい品であることを伊月が知るのは、随分と後になってからのことだった。
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