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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-010 >> おやすみからおはようまで、あなたといたい

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 ――チリンッ。
 ――登録地点『自宅』に近付きました。
 ――チリンッ。
 ――間もなく『自宅』に到着します。
 ――チリンッ。
 ――間もなく――……。


                                    
 ――ジリリリリリリリッ。

「うるっさ……」
「ミリー?」
 電脳領域でけたたましく鳴り響くアラート。
 自分で設定したアラームの、段階的に大きくなっていく電子音。その煩さに、くしゃりと顔を顰めながら目を開けると。この世のものとは思えないほどの美形に寝起きの顔を覗き込まれていた。

 ……カガリ?
 見知らぬ相手、というわけではない。
 むしろ一目見て、カガリの名前が出てくるくらいには見慣れた『ガワ』だ。

 私がその上っ面に一目惚れして、しばらくの間『観賞用のイケメン』として仲良くしていたせいか、カガリにバクッと食べられてしまったエルフの美貌と均整の取れた体つきは、〔擬態〕も〔変化〕も使えて、見た目だけならどんなものにでも、どんなふうにでも変えられるカガリが一貫して使っているせいか、その経緯を知っている私の中でさえ、いつの間にかすっかり『カガリのもの』として定着していた。

「なんで、カガリが……」
 AWOはログイン中に寝落ちすると勝手にログアウトさせられる仕様だから、本格的な寝起きに「カガリと会えるはずがない」という先入観が、私の中には根強くあって。起きたばかりの、まだまともに頭が回りはじめていない私が目をぱちくりさせながら、思わずといった具合に呟くと。シーツでも被ったように心地良く私の頭を包んでいたをぱさりと取り去り、こつん、と額を合わせてきたカガリが、見惚れるような微笑を零す。
「なんでだろうね?」
 ……目が覚めてカガリがいるなんて、変なの。
「これって、夢? だって、カガリは――」
 そこまで呟いたところで、おもむろに顔を近付けてきたカガリにむちゅっ、と口を塞がれた。
「んぁ……っ」
 油断していた歯列をもぐり込んできた舌にぬるりと割られて。喉の奥まで探るような勢いで、口の中を舐め尽くされる。


                                    
 お互いの口元がべとべとになるくらい深くて、淫らで、目を覚ましたばかりの頭がふわふわしてくるようなキスが終わって。
「――これでも、まだ夢だと思う?」
 私の口紅が色移りした唇を自分の指できゅっ、と拭って見せたカガリが、「目が覚めたでしょ?」と言わんばかりににっこりとする。

 自分で言うのもどうかと思うけど、私は昔から冷めた子供で。恋愛事に夢を見たことなんて、正直それほどないのだけれど。
「初めてだったのに……」
 それはそれとして。さすがにこれはどうなんだ、と思わなくもなくて。思わず呟くと。
「えっ?」
 そんな私の目と鼻の先で、カガリがきょとりと目を丸くした。

「だって、ミリーの『初めて』は僕が――」
 ……それは幻世での話でしょ。
 さっきまでこの状況を夢だと勘違いしていた私が言えたことではないと思いつつ、黙っていると。
「そうか、こっちの体は向こうの体と違うから……」
 普通ならNPCには話さないようなことまで、カガリには私があれこれ話して聞かせているから。
 自分で正解に辿り着いて「しまった!」と言わんばかりの顔をしたカガリが、膝の上に乗せている私の体をむぎゅりと、苦しいくらいに抱きしめてくる。
「待って。今のなし。やり直させて」
「それはさすがに無理があるでしょ」
 この手の『初めて』について。私はあんまり気にしないけど、カガリはわりと気にする方だ。

 これはカガリとそういう関係になったあとで、それとなく聞いた話だけど。当初、愛玩魔物ペットとして私に飼われていたカガリは、飼いスライムのことなんて、そういう意味ではまったく眼中になかった私を籠絡するため、それはそれは熱心に『人』について学んだらしく。その過程で仕入れた知識に基づいて、カガリは私に、恋愛対象として自分と同じ『人』ではなく、カガリという『魔物』を選ぶメリットを、事ある毎に提示してくる。
 カガリとそういう関係になった時点で、私はカガリが魔物だろうとNPCだろうと、正直どうでもよくなってしまっているわけだけど。それならそれで、私をしつこく誘惑した挙句、見事に道を踏み外させたくどきおとしたカガリは、他の誰でもなく『魔物であるカガリ』を選んだ私に対して、少なくとも恋愛事に関しては『損』をさせない責任が己にはあるのだと、驕り高ぶったことを考えているらしく。
「ミリー……」
 普通のカップルがやるようなことは自分とでもできる、という、私に対するアピールポイントの一つでしかなかったものが、いつの間にか『そうでなければならない』という、強迫観念にも近い思い込みに変わっていることに、果たしてカガリ自身は気付いているのか。

「あーあ。リアルの私がこの歳まで大事にとっておいたファーストキスなのに。私が寝惚けてるときに舌まで突っ込んでくるなんて、あんまりじゃない? もっと初々しくて、甘酸っぱい感じがよかったのになぁ」
 キスなんて、するとしたら相手はカガリしかいない――そういうところ、私は両親に似て潔癖だとユージンからも言われたことがある――から、カガリから奪われる分には気にもならない私が、あえてカガリの後悔を煽るような言い方をすると。いつも自信たっぷりの――『頼りがいのある相手』アピールのために、あえてそういうふうに振る舞っている――カガリは本気で落ち込んで。形状の維持にある程度の集中と精神力を要求される〔擬態〕の制御が甘くなり、私に触れている体の感触が、服越しにもはっきりとわかるほど柔らかくなってくる。

「カガリ、冗談よ。気にしてないから〔擬態〕は解かないで」
 項垂れるよう、私の肩口に顔を埋めて。誠実さからは程遠い私の謝罪に、カガリはぐすっ、と鼻を啜った。
「少しは気にしなよ……」
 恨みがましげな目で私を見てくるカガリの、服越しに感じる体の感触が、骨の入った肉の硬さを取り戻す。
「もう一回、する? この流れでするセカンドキスって、結構ハードル高いけど」
「……する」
 挽回させて、と私の頬に手を添え、唇を寄せてきたカガリはちゅっ、と可愛らしい音をさせ、今度は舌も入れずに離れていった。

「おはよう、僕の眠り姫おひめさま。何かいい夢は見られた?」
 ……さっきまで涙目だったのに。まったく、顔がいいんだから。
 自分の顔の整い具合を自覚したうえで、私からどう見られるかを常に意識しているカガリの、これが渾身のキメ顔かと思うと、笑いを堪えるのに苦労する。
「夢のことは覚えてないけど。目が覚めて最初に見るのがカガリの顔なんて、それこそ夢みたいに良いことはあったわね」
 気を抜くと笑い出しそうになるのを堪えながら、カガリの顔を見ていられなくなった私がそれを誤魔化すために抱きつくと。内心それどころではなかったらしいカガリが、ほっと息を吐く気配がした。
「そんなの、これからいくらだって見られるよ。……そうだよね?」
「多分ね」
 きっとそうなるのだろうと考えると、それはそれで笑い出しそうになる。
 ……そうだといいな。

 これで「一時的なものでした」なんて梯子を外された日には。今度こそ、現世で生きていける気がしない。
「もし無理そうなら、私が向こうに移住しようかな」
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