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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-041

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 破壊を司る太陽神の権能ちからは、何かを創造することにはとことん向いていない。
 だから。規則的に並べられた結界柱の只中に忽然と現れたそれが、月女神によって作り出されたものだということは明白で。

 『無貌の神』が自らの手で作り出した神像は、思わず溜め息がもれるほどの、完成された美貌うつくしさを備えていた。


                                    
 神自身の手によって作り出された、おそらく、幻世と現世をひっくるめた二界のうちで最も正確に、月女神本来の容姿――あるいは、女神自身が望む自らの姿形――を反映しているであろう神像は、自分の前に立つ誰かへと何かを差し出すよう、顔の前に持ち上げた両手から、黄金のように煌めく液体を生み出していて。

 ……キトリニタスだ。
 魔力から生まれた、石像。
 その手から生み出される液体とくれば。次なる段階は『赤』と、相場は決まっている。

 そして。私の想像と期待を裏切ることなく。女神像の手から渾々と湧き出し、その足元にある、像の台座として設えられた浅く広い水盤へと溜まっていった黄金水は、水盤から溢れ出した先で、黄金のよう煌めく液体から赤みがかった砂粒へと、その姿を変えていた。


                                    
 規則正しく並ぶ五本の結晶柱によって囲まれた空間の、飴色と言った方が良いくらい深くて艶のある蜜色をしたアンバーに薄く覆われた地面へ、宝石を砕いたよう赤みがかった砂粒が、さらさらと降り積もっていく。

「『一にして全なるものラピス・フィロソフィカス』……賢者の石が、こんなに……」
「向こうの世界から流れ込んでくる魔力をこっちの世界の環境に影響を及ぼさない状態へ変化させてるだけだから、一つ一つの質はたいしたことないよ」
 私が憶測交じりに口にしたことを、カガリも否定しなかった。

 つまり、あれは『賢者の石』で間違いないということで。
「それでも賢者の石は賢者の石でしょ」
 私には、あの砂粒のように細かな『賢者の石』こそが、AWO式とでも言うべき、幻世の錬金術で用いる『素材』として最高のそれであるという確信がある。
「しかもこれって、神が作りたもうた『完全なる物質』ってことなんじゃないの」
「……まぁ、そうだけど」
 思わず感動してしまった私をぎゅうぎゅうに抱きしめてくるカガリの声には、これみよがしの不満が滲んでいた。

 ついさっきまで、猫なら喉でも鳴らしていそうな勢いですり寄ってきていたのに。今は、私を抱きしめて離そうとしない腕にも、ご機嫌斜めです、とわかりやすい力が込められている。

「ねぇミリー? 僕はあいつの本体を攻撃して、その力を削いでやることだってできたんだよ?」
 ……それは、そうでしょうね?
 むしろ、幻世むこうのせかいにおいても、現世こちらのせかいにおいても、月女神という真性の神性かみさま相手に、どんな形であれ干渉できるほどの位階を有しているのは、私が知る限り、カガリくらいのものだ。

 そんなことはわかりきっている。
 だからこそ、カガリに月女神への対処を任せたわけで。

 それが何? と首を傾げた私に、カガリがにっこりと含みのある笑みを向けてくる。
「マグヌム・オプスの第一段階は?」
「……黒化?」
「そうだね」
 よくできましたと、カガリの手が、小さな子供でも褒めるように私の頭を撫でた。
「ミリーはもちろん、その中に『不純物の燃焼』が含まれることもわかってるよね?」
「それは、まぁ……」
 錬金術を嗜むようになった流れで、幻世における『賢者の石の作り方』は一通り調べてみたことがある。
 だから。『大いなる業マグヌム・オプス』と呼ばれる作業の手順についても、ある程度は把握している。

 けれど、カガリの機嫌を損ねた理由はいまいちわかっていない。
 私が首を傾げると。カガリの笑みは、いっそう深みを増した。

「あれは、あいつ一人の権能ちからじゃ作り出せない、僕が権能ちからを貸してやって初めて作り出せるものなのに。ミリーったら、あいつにばっかりそんな目を向けるなんて、僕を嫉妬させるのが上手だね」
 ……あー……。

 なるほど嫉妬そういうことか……と、カガリの言わんとすることと、私に今、求められている振る舞いを理解して。
 私が体を捻ると。カガリは私のことを締め上げる勢いで抱き込んでいた腕の力を、あっさり緩めた。

 もちろん、私が離れることを許すほどではないけれど。私にもそのつもりはなかったから、不都合はない。
「私を喜ばせようと思って、月女神さまを手伝ってくれたの?」
「そうだよ。なのにミリーときたら……」
「ごめんって」
 体ごと振り返ったところを正面から抱きしめられて、そのまま抱え上げられる。
「私のために我慢して、頑張ってくれて、ありがとう」
 すっかり持ち上げられてしまった私が、カガリのことを抱きしめ返すと。チョロいというか、こんな時でも私に甘いカガリの、仕方がないな、とでも言いたげな吐息が首元を掠めていった。
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