マテリアー

永井 彰

文字の大きさ
2 / 100
魔法の剣

剣に選ばれし者

しおりを挟む
 テック。

 テック。

「起きなさい、テック。テックってば!」

 テックと呼ばれた青年は、はっと飛び起きた。

 フェセナ大陸の中ほどから、やや西に位置する山岳国家メルマド。
 小さなその国に3つしかない町のひとつ、バカサ。そのまた小さな学校で、最年長のテックは居眠りしていたのだ。

 テックを起こしたのは、ミーマというひとつ年下の学生だ。
 ミーマは学年も、テックのひとつ下である。

 というのは、国というにはあまりに小さいメルマドでは、ちょうど日本の小さな学校のように、学年は関係なしに授業を受けるのが普通なのだ。

 しかし、ミーマは頭が良く、テックの教科書をちらちら見ては次学年の予習をしていた。
 だからテックが、教科書を食い入るように見ている振りをして、巧妙に伏せ寝していることも、お見通しだったのである。

「テックちゃん。廊下がお好きなようですのね」

 ミーマはテックの味方だが、先生であるシュカタの目は誤魔化せない。

 二つのバケツに一杯の水を溜め、テックは両手にそれぞれを持つ。授業が終わるまでは、そうして反省させられるのだ。
 どんなに人懐こく、先生をして「ちゃん」付けで呼ばせしめる不思議な魅力を持っていたところで、ルールはルールなのである。

「ちっ、昨日は徹夜でパン・ボードしてたからなあ」


 パン・ボードとは、テックたち子どもの間に流行っている、都会から輸入された遊びだ。
 子どもとは言ってもテックはもう、18歳だ。
 けれども、他に同年の子はいない。もう少し大人びた、野球だとかテニスだとか、イニング・ツリーはミーマくらいしか相手がなく、やはりつまらないらしい。

 パン・ボードはオセロ、すなわちリバーシのような遊びだ。
 8*8マスのボードに、表が青、裏が橙のパンと呼ばれるコマを交互に置いていく。
 オセロの石のように、同じ色のパンで挟んで相手のパンを裏返すが、5つ以上同じ色が、縦か横に続けて並んでしまうと、挟んでも、もう裏返せない。
 要は、変形ルールのオセロだ。


 テックはずっと年下でも遠慮なく勝ちに行くが、それが子どもからすると、むしろ頼もしいのだと言う。

 いかにも素朴に育った青年、テック。
 しかし、彼の本当の姿を知る者は、バカサの町どころか、メルマド中を探しても一人もいないだろう。
 テックは、育ての親であるガディアにすら、それを隠しているのだ。

 テックの住まいには、実はその点に関して秘密がある。

 彼が作った、秘密の地下道があるのだ。
 地下道とは言っても、普通の人が見たところでただの地下室。ガディアもそうとばかり信じ込むほど、見た目にはただの地下室だ。


 授業が終わって帰るなり、テックは地下室に駆け込んだ。ガディアは、裏手にあるハリュイ麦の畑を世話するのに忙しくしている。

真言マントラ

 心で強くそう念じるテック。すると、テックの額あたりから糸のようなものが勢い良く飛び出た。
 マントラ経路。
 真言を読み取ることで起動する、瞬間移動装置テレポーターだ。
 いかにも壁の模様にしか見えないように、巧みに刻まれた経路方陣。それが、真言の糸によりその六芒星の模様を八角四重結界体に変え、淡く白い光を放ちながら、すうっと浮かび上がった。

 じわり、と風景に溶けていく。テックは今、経路を通るために分解している・・・・・・のだ。

 経路は、とある場所に繋がっている。
 それは、夢の中で、テックが剣を託された場所。

 神託の庭。テックは、そう呼んでいる。

「おい、ババア。来てやったぞ」

 不遜な言葉遣いを顧みる事なく、言い放つ。
 まだ完全には再構築が終わらないためにテックは半透明だ。が、謎の原理で、会話には特に支障がない。

「女神にババアなんて、失礼な野郎だぜ」

 死の女神、フレイア。
 それが、彼女だ。

 ババアと言うのは、神だから高齢だろうという、テックの無知なりの直感が成す語彙、その極限だ。
 だが、およそ何百、何千もの年を生きたとは思えないほど、その風貌は若い。むしろ、テックよりも見た目には幼くさえ見える。

 テックは、そんな彼女に今日、剣を突き返す。

「はい。マントラすら、本当はもう使いたくないから。ていうか、やっぱり人違いだろ」
「人違い。はっ。そうならわしとて、願ったり叶ったりだ」
「なんで俺なのか、そろそろ教えろ」
「ならば勘違いするなと、また言うしかねえな。選んだのは儂ではない。だ。剣が自分の意志で、お前を選定したのだ」

 自分の意志で、俺を選んだ。

 テックは来た時よりずっと消え入りそうな声で、そう呟いた。
 何度も確認した事だ。けれども、ただ田舎でのんびり育ったテックには、本当に心当たりがない。

 戦いなんて、教わってないのだ。

「剣に選ばれた者には、絶対に・・・刺客が来る。下らないリピートに甘んじるより、儂が修業相手くらいしてやる。いつも、そう言ってるんだぜ」

 フレイアは、静かに口を歪めた。

戒律コマンドメントしか、まだ出来ない」

 十字架のような形をした、白銀の剣。その奇妙な潔さが漂う得物を、テックはどこからともなく取り出したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...