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魔法の剣
剣に選ばれし者
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テック。
テック。
「起きなさい、テック。テックってば!」
テックと呼ばれた青年は、はっと飛び起きた。
フェセナ大陸の中ほどから、やや西に位置する山岳国家メルマド。
小さなその国に3つしかない町のひとつ、バカサ。そのまた小さな学校で、最年長のテックは居眠りしていたのだ。
テックを起こしたのは、ミーマというひとつ年下の学生だ。
ミーマは学年も、テックのひとつ下である。
というのは、国というにはあまりに小さいメルマドでは、ちょうど日本の小さな学校のように、学年は関係なしに授業を受けるのが普通なのだ。
しかし、ミーマは頭が良く、テックの教科書をちらちら見ては次学年の予習をしていた。
だからテックが、教科書を食い入るように見ている振りをして、巧妙に伏せ寝していることも、お見通しだったのである。
「テックちゃん。廊下がお好きなようですのね」
ミーマはテックの味方だが、先生であるシュカタの目は誤魔化せない。
二つのバケツに一杯の水を溜め、テックは両手にそれぞれを持つ。授業が終わるまでは、そうして反省させられるのだ。
どんなに人懐こく、先生をして「ちゃん」付けで呼ばせしめる不思議な魅力を持っていたところで、ルールはルールなのである。
「ちっ、昨日は徹夜でパン・ボードしてたからなあ」
パン・ボードとは、テックたち子どもの間に流行っている、都会から輸入された遊びだ。
子どもとは言ってもテックはもう、18歳だ。
けれども、他に同年の子はいない。もう少し大人びた、野球だとかテニスだとか、イニング・ツリーはミーマくらいしか相手がなく、やはりつまらないらしい。
パン・ボードはオセロ、すなわちリバーシのような遊びだ。
8*8マスのボードに、表が青、裏が橙のパンと呼ばれるコマを交互に置いていく。
オセロの石のように、同じ色のパンで挟んで相手のパンを裏返すが、5つ以上同じ色が、縦か横に続けて並んでしまうと、挟んでも、もう裏返せない。
要は、変形ルールのオセロだ。
テックはずっと年下でも遠慮なく勝ちに行くが、それが子どもからすると、むしろ頼もしいのだと言う。
いかにも素朴に育った青年、テック。
しかし、彼の本当の姿を知る者は、バカサの町どころか、メルマド中を探しても一人もいないだろう。
テックは、育ての親であるガディアにすら、それを隠しているのだ。
テックの住まいには、実はその点に関して秘密がある。
彼が作った、秘密の地下道があるのだ。
地下道とは言っても、普通の人が見たところでただの地下室。ガディアもそうとばかり信じ込むほど、見た目にはただの地下室だ。
授業が終わって帰るなり、テックは地下室に駆け込んだ。ガディアは、裏手にあるハリュイ麦の畑を世話するのに忙しくしている。
《真言》
心で強くそう念じるテック。すると、テックの額あたりから糸のようなものが勢い良く飛び出た。
マントラ経路。
真言を読み取ることで起動する、瞬間移動装置だ。
いかにも壁の模様にしか見えないように、巧みに刻まれた経路方陣。それが、真言の糸によりその六芒星の模様を八角四重結界体に変え、淡く白い光を放ちながら、すうっと浮かび上がった。
じわり、と風景に溶けていく。テックは今、経路を通るために分解しているのだ。
経路は、とある場所に繋がっている。
それは、夢の中で、テックが剣を託された場所。
神託の庭。テックは、そう呼んでいる。
「おい、ババア。来てやったぞ」
不遜な言葉遣いを顧みる事なく、言い放つ。
まだ完全には再構築が終わらないためにテックは半透明だ。が、謎の原理で、会話には特に支障がない。
「女神にババアなんて、失礼な野郎だぜ」
死の女神、フレイア。
それが、彼女だ。
ババアと言うのは、神だから高齢だろうという、テックの無知なりの直感が成す語彙、その極限だ。
だが、およそ何百、何千もの年を生きたとは思えないほど、その風貌は若い。むしろ、テックよりも見た目には幼くさえ見える。
テックは、そんな彼女に今日も、剣を突き返す。
「はい。マントラすら、本当はもう使いたくないから。ていうか、やっぱり人違いだろ」
「人違い。はっ。そうなら儂とて、願ったり叶ったりだ」
「なんで俺なのか、そろそろ教えろ」
「ならば勘違いするなと、また言うしかねえな。選んだのは儂ではない。剣だ。剣が自分の意志で、お前を選定したのだ」
自分の意志で、俺を選んだ。
テックは来た時よりずっと消え入りそうな声で、そう呟いた。
何度も確認した事だ。けれども、ただ田舎でのんびり育ったテックには、本当に心当たりがない。
戦いなんて、教わってないのだ。
「剣に選ばれた者には、絶対に刺客が来る。下らないリピートに甘んじるより、儂が修業相手くらいしてやる。いつも、そう言ってるんだぜ」
フレイアは、静かに口を歪めた。
「戒律しか、まだ出来ない」
十字架のような形をした、白銀の剣。その奇妙な潔さが漂う得物を、テックはどこからともなく取り出したのだった。
テック。
「起きなさい、テック。テックってば!」
テックと呼ばれた青年は、はっと飛び起きた。
フェセナ大陸の中ほどから、やや西に位置する山岳国家メルマド。
小さなその国に3つしかない町のひとつ、バカサ。そのまた小さな学校で、最年長のテックは居眠りしていたのだ。
テックを起こしたのは、ミーマというひとつ年下の学生だ。
ミーマは学年も、テックのひとつ下である。
というのは、国というにはあまりに小さいメルマドでは、ちょうど日本の小さな学校のように、学年は関係なしに授業を受けるのが普通なのだ。
しかし、ミーマは頭が良く、テックの教科書をちらちら見ては次学年の予習をしていた。
だからテックが、教科書を食い入るように見ている振りをして、巧妙に伏せ寝していることも、お見通しだったのである。
「テックちゃん。廊下がお好きなようですのね」
ミーマはテックの味方だが、先生であるシュカタの目は誤魔化せない。
二つのバケツに一杯の水を溜め、テックは両手にそれぞれを持つ。授業が終わるまでは、そうして反省させられるのだ。
どんなに人懐こく、先生をして「ちゃん」付けで呼ばせしめる不思議な魅力を持っていたところで、ルールはルールなのである。
「ちっ、昨日は徹夜でパン・ボードしてたからなあ」
パン・ボードとは、テックたち子どもの間に流行っている、都会から輸入された遊びだ。
子どもとは言ってもテックはもう、18歳だ。
けれども、他に同年の子はいない。もう少し大人びた、野球だとかテニスだとか、イニング・ツリーはミーマくらいしか相手がなく、やはりつまらないらしい。
パン・ボードはオセロ、すなわちリバーシのような遊びだ。
8*8マスのボードに、表が青、裏が橙のパンと呼ばれるコマを交互に置いていく。
オセロの石のように、同じ色のパンで挟んで相手のパンを裏返すが、5つ以上同じ色が、縦か横に続けて並んでしまうと、挟んでも、もう裏返せない。
要は、変形ルールのオセロだ。
テックはずっと年下でも遠慮なく勝ちに行くが、それが子どもからすると、むしろ頼もしいのだと言う。
いかにも素朴に育った青年、テック。
しかし、彼の本当の姿を知る者は、バカサの町どころか、メルマド中を探しても一人もいないだろう。
テックは、育ての親であるガディアにすら、それを隠しているのだ。
テックの住まいには、実はその点に関して秘密がある。
彼が作った、秘密の地下道があるのだ。
地下道とは言っても、普通の人が見たところでただの地下室。ガディアもそうとばかり信じ込むほど、見た目にはただの地下室だ。
授業が終わって帰るなり、テックは地下室に駆け込んだ。ガディアは、裏手にあるハリュイ麦の畑を世話するのに忙しくしている。
《真言》
心で強くそう念じるテック。すると、テックの額あたりから糸のようなものが勢い良く飛び出た。
マントラ経路。
真言を読み取ることで起動する、瞬間移動装置だ。
いかにも壁の模様にしか見えないように、巧みに刻まれた経路方陣。それが、真言の糸によりその六芒星の模様を八角四重結界体に変え、淡く白い光を放ちながら、すうっと浮かび上がった。
じわり、と風景に溶けていく。テックは今、経路を通るために分解しているのだ。
経路は、とある場所に繋がっている。
それは、夢の中で、テックが剣を託された場所。
神託の庭。テックは、そう呼んでいる。
「おい、ババア。来てやったぞ」
不遜な言葉遣いを顧みる事なく、言い放つ。
まだ完全には再構築が終わらないためにテックは半透明だ。が、謎の原理で、会話には特に支障がない。
「女神にババアなんて、失礼な野郎だぜ」
死の女神、フレイア。
それが、彼女だ。
ババアと言うのは、神だから高齢だろうという、テックの無知なりの直感が成す語彙、その極限だ。
だが、およそ何百、何千もの年を生きたとは思えないほど、その風貌は若い。むしろ、テックよりも見た目には幼くさえ見える。
テックは、そんな彼女に今日も、剣を突き返す。
「はい。マントラすら、本当はもう使いたくないから。ていうか、やっぱり人違いだろ」
「人違い。はっ。そうなら儂とて、願ったり叶ったりだ」
「なんで俺なのか、そろそろ教えろ」
「ならば勘違いするなと、また言うしかねえな。選んだのは儂ではない。剣だ。剣が自分の意志で、お前を選定したのだ」
自分の意志で、俺を選んだ。
テックは来た時よりずっと消え入りそうな声で、そう呟いた。
何度も確認した事だ。けれども、ただ田舎でのんびり育ったテックには、本当に心当たりがない。
戦いなんて、教わってないのだ。
「剣に選ばれた者には、絶対に刺客が来る。下らないリピートに甘んじるより、儂が修業相手くらいしてやる。いつも、そう言ってるんだぜ」
フレイアは、静かに口を歪めた。
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