マテリアー

永井 彰

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魔法の剣

覚醒

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 錆とは、金属の酸化物だ。

 テックはムオルの攻撃を受けて、その身体が金属の酸化物となった、というのが今のテックの正確な状態だ。
 だから、動く事は出来るが、安易に動くと崩れる。今は皮膚まで程度だが、急激に錆びが進行している事がテックには分かった。

 錆の侵食。
 激痛を伴う、通常では起こらない病がテックを蝕んでいるに等しい状態であるため、痛みをもって事の深刻さが分かるのだ。

「俺様はその何倍も苦しめられた。報いを受けて死ね」

 無情な表現を、ムオルは平然と口にした。

「俺だって戦いなんかイヤだ。でも、お前らが戦いに来るんじゃないか」

 テックもまた負けじと言い返した。顔の錆はまだ幾らか軽い。話せるように、わざとそう加減しているのかもしれなかった。

「減らず口も聞けなくなると思うと悲しいぜ。俺がお前の命を獲ったとあらば、あのお方もお喜びになる」

 あのお方・・・・というのが気になったが、聞いた所で誰なのかは教えてくれないのだろう。
 テックは悔しそうに唇を噛んだ。あと一歩でムオルを倒せていただろうと考えると、涙が溢れそうだったがそれは辛うじて我慢した。


「俺様に膝まずくか。そうすると誓い、あの変な剣を出さないなら仕打ちを考え直してやる」

 ムオルはまた変に武士らしい交渉を持ちかけてきた。現にテックは「膝まずく、なんて人間社会で学んだのか」と、笑いそうな思いだったからだ。

「分かったよ、分かりました。やりましょう」

 テックは応じた。そしてそれによって、錆は元に戻り、見た目も普段の、錆びていないテックになった。


 ムオルの前に、テックは膝まずいた。屈辱ではあるが、錆びて死ぬと思えば遥かに、ましな決断ではあるのだ。
 ムオルは、テックの頭を二度、軽く蹴った。テックが本気かを見たいからだ。テックは、その程度では姿勢を崩さない。

 今度は、強めの蹴りが来た。

 思わずよろける。不可抗力だが、テックは膝まずくのをやめてしまった。

「約束を破ったな、負け犬が」

 ムオルはただでさえ鬼の顔を更に厳しく猛烈にして、テックの背中にもう一発、強い蹴りを入れた。


 それでも、テックは魔法剣を出せない。次に錆びたらそれは交渉不可の絶対的な死、すなわち敗北を意味しているからだ。

「立て、負け犬。膝まずく所からやり直しだぞ」

 ムオルの狙いは明らかだ。屈辱を味わわせた上で、そして、敗北を認めさせた上で殺そうとしている。つまり、死は絶対条件なのだろう。

 どちらにせよ死ぬ。

 不条理とはこの事かとテックは痛感した。

 ムオルは、次はどうするかと不敵に微笑んでいる。いわば、完全に敵の思うツボだ。

 魂の杖。不思議な力を発揮したあの杖を奪えたならとテックは想像した。杖は未だに、ムオルの左手に握られている。


 しかし、次の瞬間、杖は折られた。

 気付かれたのだ。

 テックは絶望した。もはや、死を覚悟するしかない。そう思えてすら来たのだ。


 折った杖の、ささくれた部分がテックの脇腹を抉る。地獄の苦しみだ。

「こ、こひ。こひゅう。ふっひゅ」

 もう、テックに言葉を発する余裕はない。

 手遅れ。その三文字だけが、走馬灯の代わりにテックの頭にあった。


「なあ、俺様は嬉しいよ。お前は思ったより根性がある。どうだ、俺様たちと共に世界を悪に染めないか?お前の答え次第じゃ、マジに考えても良い。もう、痛いのはウンザリだろ」

 頷きたくなるタイミングで、ムオルは甘い言葉を投げ掛けた。心理戦において、鬼は人間より格上なのだ。

 だが、テックの心は折れない。
 ガディアの事が心配だし、学校のみんなまで巻き込むのもイヤだった。
 それに、シマー。彼女の何かを失ったであろう虚ろな心は、大切な仲間を作る事で癒されるべきなのだ。

 テックは、鬼との約束など忘れた。

 勝って帰れば良いのだ。


 まっすぐな何かが、テックの心を優しく強くしていく。


涅槃ニルヴァーナ


 熱き心。それがテックの悟りとなり、短剣であった刀身からは炎が吹き出している。

 覚醒。テックは今、ひとりの戦士として本当の意味で立ち上がったのだ。


「何がお前を変えた?今までとは違う。お前の中の何かが変わったな」

 相変わらず不敵な笑みのムオルだが、その言葉にはどこか焦りがあるのを、テックは見逃さなかった。

「単純な事だって分かったんだ。勝者が正しい。悲しくても、戦いならそれが結果なんだ」


 そしてテックは、炎の刀で鬼を斬った。


「しまったな。あのお方って誰なのか聞いておけば良かったか。 ま、しょうがないよな」

 黒界が崩れ、元の世界に戻っていく中でテックは、そんな事を考えていたのだった。


 テックは神託の庭で、修業を再開した。
 やはり、刺客の圧倒的な強さを実感してしまっては、そうするより他ないのだ。

「しかし、お前は何者だ。ただ剣の力を引き出しただけで、素早く動けたわけでもないのによく勝てたんだぜ」

 フレイアは戦いにおいて確実に、テックの格上だ。聞いただけで当時の状況をかなり精密に理解し、テックに質問した。

 彼の答えは、単純だった。


「本気を出したんだ」
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