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グランド・アーク
パーティー
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グランド・アークは、普通には気付かれない場所にある。
氷の島であるスイビー。そのどこかに埋め込んであるのだ。
スフィアは、氷の島をあてどなく歩いた。けれどもあまりに広大で、道と言う道もないのに彷徨うのは、ただ無謀だったのだ。
もう、スフィアには頼れる人はいない。それでどこにも行けないなら、それは生きていく事が出来ない事を意味していた。
スフィアはうずくまった。
悲しいからではない。もう、心身共に疲れ果てたのだ。
「お嬢さん。こんな所では風邪を引くぞ」
聞いた事のある声だ。
確か、狼になったゼロから助けてくれた人だ、とスフィアは思い当たった。
籠ったような感じもありながら、聞き取りやすいはきはきした明朗さもある、繊細な声色をした紳士が、そこにいた。
「跡をつけて来たのですか」
スフィアは、幾らか警戒の色を滲ませた。人違いでなければ、二度も偶然にスフィアに声を掛けるというのは普通ではない。
紳士を装った、人さらいかもしれないという事なのだ。
「ああ。一人で占いの仕事をしている、かわいそうなお嬢さんだなと思ってね。申し訳ないがそうさせてもらったんだ」
その紳士は、実は占いの客でもあったのだ。それにはスフィアは気付かなかった。仕事の間は、占いに精一杯で、人の顔など覚えていなかったのだ。
「助けてあげたい。本当に、それだけなんだ」
嘘には聞こえないが、たった二人しかいない氷の地では、幾分か空々しさが勝ってしまう。
「私は、一人で大丈夫。そうならないといけないんです」
だからスフィアも、強がってしまう。世話好きな人には、何度も経験のある反応であるのだろう。
「そうですわ。もし本当に助けてくださるなら、太陽の国へ連れていって頂けますか」
念のために大袈裟な提案を投げ掛けた。人さらいなら、これくらいの交渉には痺れを切らす。スフィアはそう考えたのだ。
「うーん、その返事はコイツらを片付けてからだな」
話に夢中のあまり、スフィアは注意力が欠けていた。
いつしか、二人を魔法人形たちが取り囲んでいたのだ。
「おじさま、気を付けて。この者ども、とんでもなく凶暴です」
マテリアーでの苦い記憶を思い出しながら、スフィアは健気に助言した。
「それなら、心配いらないのさ」
瞬間、ばたばたと人形たちは倒れていく。まるで手品のようだが、よく見ると残らず胴体に穴が空いていた。
翼竜槍のダラン。それが彼の通り名だ。
「冒険家でね。護身にと学んだ槍裁きが、たまたま役に立っただけだよ」
あまりに飄々とした雰囲気なので、槍を背負っている事に気付かない。だから初対面では、まず槍の使い手どころか、戦えるとさえ思われないらしい。
人形たちは、生命としての活動を終えたのか塵に帰った。この世界では、命を落とす事は塵と化す事なのだ。
「それで、太陽国に何があるのか、教えてくれるかい」
スフィアは今までの出来事を、話せる範囲で説明した。ゼロについても、生きた人形を目の当たりにしたダランなら信じるだろうと考え、なるべく正確に話した。
ただ、マテリアーの王女である事は伏せた。たとえ人さらいでなくても、王女と知ればどんな態度に出るか分からないと考えたのだ。
少女なりの、処世術というわけである。
そして自らもまた冒険者だとした上で、事情を説明し終えた。
ダランは複雑な表情を浮かべた。
それはやはり、安堵の表情とは程遠いものだったが、少なくとも敵意や怒りとは違う種類の感情を表しているようだった。
「ふむ。お嬢さんの話を聞く限り、人間の味方になれる人形もいるのだな。しからば、先程の問答無用はもしや、まずかったかね」
「基本的には、人形は大魔王ワレスに操られているようです。ですから、敵意を明らかにしているならば、まず問題ないでしょう」
ゼロが例外なだけなのだ。マテリアーでも、人形たちの目は殺意に満ちていた。倒さなければ、こちらがやられるだけなのだ。
「バルタークか。やめておく、という訳には行かないのかな。今のお嬢さんでは、死にに行くのと同じだろう」
それは、もっともだ。
魔法が使えるわけではないし、かと言って戦士でもない。要するに、スフィアは戦闘力を持たないのだ。
「弓くらいなら、使えます。たまたま持ってないですが」
スフィアは正直に答えたが、墓穴を掘った。冒険者ならば、得意な武器を持たないのは明らかな自殺行為だからだ。
「いや、しばらくは私に守らせてくれ。どうも危なっかしい、じゃじゃ馬さんのようだからね」
こんなやり取りが続き、一枚も二枚も上手のダランに半ばやり込められる形で、ここに冒険のパーティーが結成された。
親子にしか見えないのが、たまにキズである。
「強くなって、ゼロくんを助けに行こう。この旅は、そのための旅だ」
ダラン一人では、どんなに腕が立っても国までは動かせない。今は修練を積み、仲間を集めて一人前のパーティーを目指すのが最善なのだ。
かくして、王女の長い旅路は幕を開けたのだった。
氷の島であるスイビー。そのどこかに埋め込んであるのだ。
スフィアは、氷の島をあてどなく歩いた。けれどもあまりに広大で、道と言う道もないのに彷徨うのは、ただ無謀だったのだ。
もう、スフィアには頼れる人はいない。それでどこにも行けないなら、それは生きていく事が出来ない事を意味していた。
スフィアはうずくまった。
悲しいからではない。もう、心身共に疲れ果てたのだ。
「お嬢さん。こんな所では風邪を引くぞ」
聞いた事のある声だ。
確か、狼になったゼロから助けてくれた人だ、とスフィアは思い当たった。
籠ったような感じもありながら、聞き取りやすいはきはきした明朗さもある、繊細な声色をした紳士が、そこにいた。
「跡をつけて来たのですか」
スフィアは、幾らか警戒の色を滲ませた。人違いでなければ、二度も偶然にスフィアに声を掛けるというのは普通ではない。
紳士を装った、人さらいかもしれないという事なのだ。
「ああ。一人で占いの仕事をしている、かわいそうなお嬢さんだなと思ってね。申し訳ないがそうさせてもらったんだ」
その紳士は、実は占いの客でもあったのだ。それにはスフィアは気付かなかった。仕事の間は、占いに精一杯で、人の顔など覚えていなかったのだ。
「助けてあげたい。本当に、それだけなんだ」
嘘には聞こえないが、たった二人しかいない氷の地では、幾分か空々しさが勝ってしまう。
「私は、一人で大丈夫。そうならないといけないんです」
だからスフィアも、強がってしまう。世話好きな人には、何度も経験のある反応であるのだろう。
「そうですわ。もし本当に助けてくださるなら、太陽の国へ連れていって頂けますか」
念のために大袈裟な提案を投げ掛けた。人さらいなら、これくらいの交渉には痺れを切らす。スフィアはそう考えたのだ。
「うーん、その返事はコイツらを片付けてからだな」
話に夢中のあまり、スフィアは注意力が欠けていた。
いつしか、二人を魔法人形たちが取り囲んでいたのだ。
「おじさま、気を付けて。この者ども、とんでもなく凶暴です」
マテリアーでの苦い記憶を思い出しながら、スフィアは健気に助言した。
「それなら、心配いらないのさ」
瞬間、ばたばたと人形たちは倒れていく。まるで手品のようだが、よく見ると残らず胴体に穴が空いていた。
翼竜槍のダラン。それが彼の通り名だ。
「冒険家でね。護身にと学んだ槍裁きが、たまたま役に立っただけだよ」
あまりに飄々とした雰囲気なので、槍を背負っている事に気付かない。だから初対面では、まず槍の使い手どころか、戦えるとさえ思われないらしい。
人形たちは、生命としての活動を終えたのか塵に帰った。この世界では、命を落とす事は塵と化す事なのだ。
「それで、太陽国に何があるのか、教えてくれるかい」
スフィアは今までの出来事を、話せる範囲で説明した。ゼロについても、生きた人形を目の当たりにしたダランなら信じるだろうと考え、なるべく正確に話した。
ただ、マテリアーの王女である事は伏せた。たとえ人さらいでなくても、王女と知ればどんな態度に出るか分からないと考えたのだ。
少女なりの、処世術というわけである。
そして自らもまた冒険者だとした上で、事情を説明し終えた。
ダランは複雑な表情を浮かべた。
それはやはり、安堵の表情とは程遠いものだったが、少なくとも敵意や怒りとは違う種類の感情を表しているようだった。
「ふむ。お嬢さんの話を聞く限り、人間の味方になれる人形もいるのだな。しからば、先程の問答無用はもしや、まずかったかね」
「基本的には、人形は大魔王ワレスに操られているようです。ですから、敵意を明らかにしているならば、まず問題ないでしょう」
ゼロが例外なだけなのだ。マテリアーでも、人形たちの目は殺意に満ちていた。倒さなければ、こちらがやられるだけなのだ。
「バルタークか。やめておく、という訳には行かないのかな。今のお嬢さんでは、死にに行くのと同じだろう」
それは、もっともだ。
魔法が使えるわけではないし、かと言って戦士でもない。要するに、スフィアは戦闘力を持たないのだ。
「弓くらいなら、使えます。たまたま持ってないですが」
スフィアは正直に答えたが、墓穴を掘った。冒険者ならば、得意な武器を持たないのは明らかな自殺行為だからだ。
「いや、しばらくは私に守らせてくれ。どうも危なっかしい、じゃじゃ馬さんのようだからね」
こんなやり取りが続き、一枚も二枚も上手のダランに半ばやり込められる形で、ここに冒険のパーティーが結成された。
親子にしか見えないのが、たまにキズである。
「強くなって、ゼロくんを助けに行こう。この旅は、そのための旅だ」
ダラン一人では、どんなに腕が立っても国までは動かせない。今は修練を積み、仲間を集めて一人前のパーティーを目指すのが最善なのだ。
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