マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

過去と医者

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 スプリガンの住みかでの1日が過ぎた。

 ワルガーは、どことなく体調が悪そうだが敵である手前、押し黙っていた。

「ワルガーにマジルちゃん、だったかな。どうだろう、我々は少しでも戦力を必要としている。ここは1つ、私に雇われてみないか」

 ダランの提案である。
 ダランは、強い者は相応の対価があれば、気持ちはともかく手を貸してくれる事を数々の修羅場で学んできた。
 単なる強さだけではなく、交渉もまた冒険者の必須技能という事なのだ。

「幾らだ」

 案の定、ワルガーは反応を示した。

「ちなみに、俺もマジルも立派な賞金首のはずだ。それを分かった上で決めろ」

 更にワルガーは念を押した。賞金首を捕まえず仲間にしたがる冒険者は、実はたまにいる。賞金首になる時点で強いからだ。

「1人あたり週に3000ペギュ。それが限界だが」
「なら、金が尽きるまで付き合おう」

 賞金首を仲間にするという事は、賞金首になる可能性を自らも負うという事のはずだが、ダランは平然としていた。

 なぜなら、ダランは実は賞金首でもあるのだ。

 ただ、問題はスフィアだ。一国の王女が賞金首というのは、やはり前代未聞である。

「姫様なのかよ。道理で良い身なりしてやがる」
「変装でもするプリ。パーティーだけに、仮装パーティーだプ」
「スフィア、起きない」

 マジルが、その事実に気付いた。

「おい、お嬢さん。・・・うむ、これは少々、厄介だな」
魔熱まねつだプ。結構な重症プリ」

 魔熱。魔力を限界以上に行使した後遺症だ。
 魔熱ということは、体内の魔力が不足しているという状態であり、この時、身体機能は著しく低下している。

「ちょうど、これから知り合いの医者に見てもらう所だったんだ。彼女は腕が立つ。治療してくれるかもしれない」


 港町ニーチ。ヒルミスや鏡の塔ですっかりお忘れだろうけれども、スフィアたちは太陽国バルタークを目指していた。
 そして、バルタークに向かうための船に乗るため、目指していたのがニーチなのである。

「犬人間。お前まで来て大丈夫なのか」

 ワルガーは尋ねた。スプスーには、スプリガンとして仲間たちとの生活があるはずだ。
 軽々しく来ているなら、追い返そうとすら内心でワルガーは考えていた。

「スーちんが心配なんだプ。みんなには、話は付けたプリ」

 スーちんとは、スフィアの事らしい。
 スフィアは安静のため、スプリガンの住みかで眠り続けていた。今のスプリガンたちなら、安心して任せられるだろう。

「ワルガー様」
「もう、角ばった礼儀はよそうぜ。様なんて俺らしくねェ」
「じゃあ、ワルガー。お前、意外とお節介だな」
「敬語でそれをどう言うつもりだった!?」

 裏家業の者の上下関係など、どこでもあってないような物だ。とりわけ、ワルガーとマジルは実力の近さもあり、年齢を度外視すればかっちりした敬語は確かに似つかわしくないと言える。


 鏡の塔には、元々ワルガーだけが住んでいた。
 塔の外に倒れていたマジルをワルガーが助けたのは、3年前の事だ。

「お前、血の臭いがする。殺し屋か何かか」
「話す義理はない」
「なら、お前を殺す」

 殺伐としたやり取りが始まった。
 マジルは自らの出自を簡単に語らない。それは暗殺に従事する者の常識なのだ。
 その常識が覆るのは、相手に不足がない時。
 つまり当時のワルガーは、マジルの実力に遠く及ばなかったのである。

「殺すなどと、二度と言わないな」
「はひ、ひゅひはひぇん(はい、すみません)」

 殺伐としたやり取りは、一瞬で終わった。
 一度は救われた恩義で、ワルガーは半殺しで済んだのだ。

 それから、ずっと年下のマジルを師とする、ワルガーの屈辱の日々は続いた。
 寝首を掻こうとした事さえある。しかし、しくじったら今度こそ殺される。そう思うと、ワルガーには攻撃など出来ないのだった。

「俺は、大盗賊と呼ばれないといけない。もっと箔を付けてくれ」
「私を殺せるまでは、従おう。あなたはきっと、突き抜ける・・・・・

 それが、ワルガーとマジルの奇妙な関係の始まりだった。


「レア。患者だ。ここにはいないが、魔熱なんだ」

 所は変わり時は現在、ニーチにある女医レア=バンバイの診療所だ。通常は午前中のみの受付だが、ダランのように強いのに賞金首という訳アリには、態度次第で深夜も取り次いでくれる。
 レアとダランが旧知の仲という背景もあるが、いずれにせよダランにとって、今はレアの医術だけがスフィアの回復を頼れる存在に違いないのだ。

「入れ。お前なら払いも良いから話を聞こう」

 レアはダランよりやや年上だ。60歳近くの永遠の年齢不詳を自負する彼女は、震える手でペンとカルテ、そして医学書を仕事机に用意した。

「手が震えてっけど、大丈夫なのか」
「あ?何だって?」
「すまない。レアは耳がもう、ちょっとだけ遠いんだ」
「本当に腕は立つの・・・?」

 不安しか感じさせない女医は、医学書をパラパラとめくる。

「おお、あったぞ。魔熱。そう、そうだった。コイツとコイツがここで合体して」

 医学書を見てなお不安しかない女医の、医療が始まったのだった。

 
 
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