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魔法の剣
バカサの人々
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シマー=リッチーは、テックの家に忍び込んでしまった日を思い出していた。
かつてテックが神託の庭からバカサに帰って来た時、地下室にいたのはシマーだったのだ。
当時は暗がりの中でテックとは分からかったが、数日後に勇気を持ってその家―――つまり彼女が入ってしまった家をこっそり覗くと、どうやら学生の1人が親と共に住んでいるらしい、という事が分かったのだ。
ガディアがテックの実の親でない事は、知られていない。テックの名字には、ガディアのシヴァンをそのまま使っているためである。
テックが冒険学校に転校してしばらくしたある時、テックが帰省しているのを見計らい、シマーは家を訪れた。
タイミングを計って、忍び込んでいたことを謝ろうとしたのだ。
そもそも、シマーがテックの家にいたのは完全にシマーの落ち度だ。鍵が開いていて、道を尋ねるためとは言え誰もいないのに長居してしまった。そして誰かが帰ってくるのを待っていたらテックらしき人影が地下室に突然、現れた。
そんな下らない理由、しょうもない経緯なのだ。
「冒険者には、なれそうなわけ?」
しかし、シマーはお金持ちの家に育った事が災いし、話の切り出しがこんなに不器用なのである。
「いやあ、どうだろう。そこそこかな」
「ちょっとー、曖昧すぎるでしょそれは。男らしくしてよ」
「おい、一応、年上だぞ俺は」
「はいはい、一応一応」
「二人ともやめるんじゃよ。ケンカするなら家に入れん」
謝るタイミングもへったくれもなく、確かにケンカだ。シマーは自らの高貴な立場を思い出し、名誉のために謝罪の時期を今一度、探りだした。
「テック先輩。じゃあ、ちょっと話があるので来てもらえませんか」
「な、なんだよ。敬語は敬語で気持ち悪いぞ」
「いいから、いいから」
強引な愛の告白のような微妙なやり取りになってしまったが、シマーとしては残念な流れでも後戻り出来ない気持ちなのだ。
そして、そんな二人をただ一人、ガディアだけがニヤニヤしながら眺めていたのは言うまつぁもない。
「冒険者になったら、バカサには戻らないんですか?」
「なんで、だから敬語?まあ、暇があればなんとか帰りたいけどな。聞いた限りでは、プロになったら徹夜もあるし、年中休み無しの年もあるらしい。ホント、なんとも言えねえんだ」
「えっ、あ、そう言えば先輩の家に入るのはこれで二度目なんですけど、覚えてますか?」
「は?何それ。意味分からな、ん、いや、面倒な展開にしようとしてるな。思い出したけどさ」
「じゃあ、いつどんな感じだったか当ててみてください」
「なんでだよ。クイズなの?えっと、俺がマント・・・秘密のトリック扉から地下室に帰ってきたらなぜか女子がいた件だろ」
「はい。それですわ」
「もう。なんの時間だよ、これ」
ガディアの意図に反し、インタビューのようになってしまったが、元よりシマーにもテックにも男女としてのそうした意識は全くないのだった。
「若いって、ええのお」
ガディア=シヴァンは、バカサの人々には知られていないが、実は十三柱の冒険者だ。
リンキタイム。
誰もその姿を見た事がなく、名前すら不明。世界中央府が与えた仮の名がリンキタイムであるに過ぎないのだ。
しかし、存在している事が確実とされている根拠がある。
リンキタイムの署名で各地に手紙が届けられ、手紙に書かれた依頼は翌日までには必ず解決されているのだ。
名前が与えられるまでは謎の旅人という署名だったのだが、ガディアとしても冒険者リンキタイムという品格ある名を気に入っているようだ。
かつて世界で起きた大規模な戦争、メディラ広決戦。その被害者であり孤児となった1人がガディアだ。
頼れる人もおらず、言葉を知らない事から差別も数知れなかった。己の身のみで生きていくしかない人生が、彼の人生の大部分だったのである。
露店商の手伝いで生計を立てていたが、戦後の混乱を治めるという大義の下に始まった規制で勤め先が潰れたこともあったし、釣りで自給自足しようとしてカチンドラという魚の毒にあたり、死の狭間をさ迷ったこともある。
笑われるような、どぶさらいの仕事しかなかった時代も、今となってはガディアの戦いの記憶だ。
そして、そうした過酷な生活を生き延びたガディアは、人にはない強靭な生命力、そしてサバイバルの知恵がいつしかあったのだ。
捨て子だったテックを拾い、辿り着いたメルマドの国で親子として暮らし始めた傍らで始めたのがリンキタイムとしての活動である。
草の根の活動家くらいにしか、テックには伝えていない。だからテックが冒険者を目指す事に、ガディアは驚いていた。自らと同じ道をテックは行こうとしていたからだ。
「大物になれよ、テツ。いつか、お前は凄くなる。オイラを越えていけ」
そんなガディアの思いなど今は知らず、テックはシマーとの内容のあるようでない会話に夢中になっているのだった。
「先輩。早く出世してご飯とか奢ってください」
「ええ、お金持ち、絡みづれえ」
かつてテックが神託の庭からバカサに帰って来た時、地下室にいたのはシマーだったのだ。
当時は暗がりの中でテックとは分からかったが、数日後に勇気を持ってその家―――つまり彼女が入ってしまった家をこっそり覗くと、どうやら学生の1人が親と共に住んでいるらしい、という事が分かったのだ。
ガディアがテックの実の親でない事は、知られていない。テックの名字には、ガディアのシヴァンをそのまま使っているためである。
テックが冒険学校に転校してしばらくしたある時、テックが帰省しているのを見計らい、シマーは家を訪れた。
タイミングを計って、忍び込んでいたことを謝ろうとしたのだ。
そもそも、シマーがテックの家にいたのは完全にシマーの落ち度だ。鍵が開いていて、道を尋ねるためとは言え誰もいないのに長居してしまった。そして誰かが帰ってくるのを待っていたらテックらしき人影が地下室に突然、現れた。
そんな下らない理由、しょうもない経緯なのだ。
「冒険者には、なれそうなわけ?」
しかし、シマーはお金持ちの家に育った事が災いし、話の切り出しがこんなに不器用なのである。
「いやあ、どうだろう。そこそこかな」
「ちょっとー、曖昧すぎるでしょそれは。男らしくしてよ」
「おい、一応、年上だぞ俺は」
「はいはい、一応一応」
「二人ともやめるんじゃよ。ケンカするなら家に入れん」
謝るタイミングもへったくれもなく、確かにケンカだ。シマーは自らの高貴な立場を思い出し、名誉のために謝罪の時期を今一度、探りだした。
「テック先輩。じゃあ、ちょっと話があるので来てもらえませんか」
「な、なんだよ。敬語は敬語で気持ち悪いぞ」
「いいから、いいから」
強引な愛の告白のような微妙なやり取りになってしまったが、シマーとしては残念な流れでも後戻り出来ない気持ちなのだ。
そして、そんな二人をただ一人、ガディアだけがニヤニヤしながら眺めていたのは言うまつぁもない。
「冒険者になったら、バカサには戻らないんですか?」
「なんで、だから敬語?まあ、暇があればなんとか帰りたいけどな。聞いた限りでは、プロになったら徹夜もあるし、年中休み無しの年もあるらしい。ホント、なんとも言えねえんだ」
「えっ、あ、そう言えば先輩の家に入るのはこれで二度目なんですけど、覚えてますか?」
「は?何それ。意味分からな、ん、いや、面倒な展開にしようとしてるな。思い出したけどさ」
「じゃあ、いつどんな感じだったか当ててみてください」
「なんでだよ。クイズなの?えっと、俺がマント・・・秘密のトリック扉から地下室に帰ってきたらなぜか女子がいた件だろ」
「はい。それですわ」
「もう。なんの時間だよ、これ」
ガディアの意図に反し、インタビューのようになってしまったが、元よりシマーにもテックにも男女としてのそうした意識は全くないのだった。
「若いって、ええのお」
ガディア=シヴァンは、バカサの人々には知られていないが、実は十三柱の冒険者だ。
リンキタイム。
誰もその姿を見た事がなく、名前すら不明。世界中央府が与えた仮の名がリンキタイムであるに過ぎないのだ。
しかし、存在している事が確実とされている根拠がある。
リンキタイムの署名で各地に手紙が届けられ、手紙に書かれた依頼は翌日までには必ず解決されているのだ。
名前が与えられるまでは謎の旅人という署名だったのだが、ガディアとしても冒険者リンキタイムという品格ある名を気に入っているようだ。
かつて世界で起きた大規模な戦争、メディラ広決戦。その被害者であり孤児となった1人がガディアだ。
頼れる人もおらず、言葉を知らない事から差別も数知れなかった。己の身のみで生きていくしかない人生が、彼の人生の大部分だったのである。
露店商の手伝いで生計を立てていたが、戦後の混乱を治めるという大義の下に始まった規制で勤め先が潰れたこともあったし、釣りで自給自足しようとしてカチンドラという魚の毒にあたり、死の狭間をさ迷ったこともある。
笑われるような、どぶさらいの仕事しかなかった時代も、今となってはガディアの戦いの記憶だ。
そして、そうした過酷な生活を生き延びたガディアは、人にはない強靭な生命力、そしてサバイバルの知恵がいつしかあったのだ。
捨て子だったテックを拾い、辿り着いたメルマドの国で親子として暮らし始めた傍らで始めたのがリンキタイムとしての活動である。
草の根の活動家くらいにしか、テックには伝えていない。だからテックが冒険者を目指す事に、ガディアは驚いていた。自らと同じ道をテックは行こうとしていたからだ。
「大物になれよ、テツ。いつか、お前は凄くなる。オイラを越えていけ」
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