マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

クワイダン

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 ゼロが目を覚ますと、そこもまた氷の部屋だった。

「誰か、他にもいる」

 ワルガーだ。よく見ると、倒れている中でも特徴的なツンツン頭が目立っている。

「泥棒さん、起きてください。泥棒さん」
「ん、・・・俺は」
「お目覚めになられ」
「大盗賊だバカヤロウ」

 寝起きが悪いワルガーは、拳を振るうレベルで機嫌も悪いのだ。

「人形でも、痛いのは厳しいです」
「冗談は見た目だけにしとけ」

 そして、二人は周囲を見渡した。

 ダランがいる部屋が小ぢんまりと狭かったのと比べると、天井が遥か高みにある割には床面積はそれほどない、奇妙な空間だ。

「あの宮殿の外見では、こんな高い部屋は有り得ない」
「地下にある、もしくは宮殿でないどこか。そう考えるのがよろしいかと」
「人形の推理じゃ、なんだかな」
「あなたは泥棒でしょう」

 「なんだと」「なんですか」の悪循環である。

「しゃあねえ、アレ・・に頼るか」
「アレとは」

 預言の書。

 諸君は覚えているだろうか。ヒルミスでダランたちが情報屋から得た、伝説レベルのアイテムの存在を。

 スフィアの誘拐から始まる紆余曲折うよきょくせつでうやむやになっていたが、実は既にワルガーがかつて鏡の塔を探索する中で所有していた。
 いや、正確には内蔵している・・・・・・、と言うのが正しい。

預言スコアよ、出ろ」
「呼んだか、主人」

 空中に現れた見るからに分厚い本は、言葉を発し、さらにワルガーを主人と呼んだ。

「これからを教えろ」
「じゃあ、またメスゴブリンのいやらしい」
「わ、分かってるから、わざわざ言うな」

 ワルガーは、ゴブリンのメスに目がないという難儀な書と契約を結んでしまったことに後で気付き、苦労している。

「か、皮の服で構わな」
「書よ。だから言、う、な」
「泥棒さんながら哀れだ・・・」

 ゼロに同情されながら、ワルガーは書の要求に応じた。ただ、現在地にはメスどころかゴブリン一匹いない。いわゆる後払いでの取り引きである。

「えー、まず上を見てください」
「上?」
「ヒントは、近くにあります。それでは」

 書は消えてしまった。ゲスな要求の割に情報が極端に少ないのが預言の書の性格だ。つまり、性格が悪いのである。

「な?愛想は悪いが当たるだろ」
「何か来ます」


 実際、それは上から降ってきた。

「クワイダン様、参・上」

 蟹のように固そうな甲殻を持つ、人型の魔物だ。ゼロやワルガーよりも一回りは大きい。

「おい、俺様はエビじゃねえ」
「は?何も言っ」

 ワルガーが吹き飛んだ。狭いが高い部屋で、上方に打ち上げられたのだ。
 そして、クワイダンがそれを追い抜いて、叩き落とした。今度は、ワルガーが急激に落下し、地面に衝突した。

「が・・・はぁっ」
「泥棒さん」

 ゼロが近付こうとすると、クワイダンが瞬時にそれを蹴たぐりで妨げた。

「けほ、けほ」
「エビと思った罰だ」

 逆恨みがクワイダンの行動原理らしく、一言も言っていないエビ呼ばわりを言いがかりに、一方的に二人を交互に圧倒していった。

「くっそ、エビごときが」
「はっ、やはりエビと思ったな」

 エビ呼ばわりを実際にしても激昂する、始末に終えない敵だ。

「おい人形、挟み撃ちだ。分かるよな」
「指図しないでください」

 互いに信頼関係が今一つのためか、会話にならないゼロとワルガー。そのため連携を狙ってもタイミングが合わず、クワイダンへの攻撃はどうしても外れていった。

「ははは、エビじゃないもの。俺様はエビじゃない」
「人形、あの時の魔法はどうした」
「タイミングがあるんです」
「仲が悪いなお前たち。お前たちこそエビだろう」
「意味不明な言いがかり、やめろよ」
「というかエビって何ですか?」

 戦いは不利に、会話はぐだぐだになっていく。ワルガーは先ほどから、預言の書の言葉について考えていたが、打開策が見つからないでいた。

(近くにある?なんなんだ、あるモノと言やあ、人形とエビ、あとは氷くらいだ)
「けっ、しゃらくせェ。拳の幻想リボルブ

 ワルガーは得意の連続打撃拳をクワイダンにお見舞いした。ダランでさえ倒れた拳の技は、エビ怪人にも、ある程度は通用すると思われた。

「―――痛ッ!?」

 しかし、傷付いたのはワルガーの拳の方だ。血が染み出てきて、目も当てられない。

「エビのパンチなんて、痛くないから」
「ちっ、くそエビが」

 ワルガーは申し訳程度に、クワイダンの毒舌に抗弁した。
 そしてそんな瞬間に隙を見出だし、ゼロはゼロで靴砲ホップ・キャノンを炸裂させた。しかし、クワイダンは平気だ。ゼロの人形としての素材は頑丈なので、ワルガーのようには傷付きこそしないものの、魔法をもってしてもクワイダンには歯が立たないようである。

「そんじゃ、とっておき行くから」

 クワイダンは、両手のハサミ同士を超絶な速さで擦り始めた。

 ししししししし。

 すると、クワイダンの両手は真っ赤に熱されたのだ。

「エビのハサミじゃないんだ。燃指モエユビだ」

 何かが起きる。ゼロたちはそう予感したのだった。
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