マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

大魔王ワレス

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 ワーレンは、それまで存在した事のない何かに転生した。
 見た目には限りなく人間に近いが、その瞳は深紅に染まり、まだ赤ん坊である背中には小さな漆黒の翼が生えていた。

(ん?記憶も自我も消えてない。転生は失敗か)

 だが、幼体なので器官が発達しておらず、話す事は出来ない。それに移動も、かろうじてハイハイがやっとだ。

「あー、あーうー」

 人が来たら、恐らく終わりである。隠し部屋なのでそんな可能性は限りなく低いけれども、ワーレンだった存在は出来るだけ声を出さないように気を付けた。

 そして3日が過ぎた。
 その者は、若き日のワーレンに瓜二つとなるほどに急激な肉体の成長を見せた。よって、それに伴って翼も成長するかと思われたが抜け落ちた。
 その結果、端から見れば深紅の瞳である事と、はっとするほど白い髪である以外は、完全に人間のように見えるようになっていた。

「ワーレンでは、もう都合が悪いな。見た目が若すぎる。ワンレイ、ワラーン、ワレス、―――そうだ、ワレス。我が名はこれより大魔王ワレスだ」

 ワーレンが身に付けていた白衣を着た、狂気の大魔王ワレスがここに誕生したのだ。
 当然ながら、その後マテリアー王国でワーレンの姿を見た者はいない。
 ただ、ワーレンの面影がある若者が、ある日、大量の人形を城に持ってきた。当時の王国の民の中にはそんな変わり者を珍しがる者もいた。
 その変わり者こそが大魔王として名を馳せる前のワレスであるとは、誰も知らないのである。

(2000年。お前が1000年先を見ていたのなら、我は2000年先を見る。―――皮肉なものだな。そのための布石がお前だ、オールディント・・・・・・・

 人形の1体にオールディント=ゼライールの魂と、扱い兼ねるほどの大量の魔力を込めていた。ただの魔力ではない。ワレス自身が持つ、
狂気を含んだ制御しがたい魔力だ。
 オールディントの魂は無念のため、マテリアー王国の近くをさ迷っていたのだ。その無念が仇となり、大魔王に拾われたのである。
 そうして作られた人形こそがゼロだ。しかしワレス自身は、人形に名前を与えなかった。それがワレスなりの、ワーレンだった者なりの復讐だったのだ。

 しかし大魔王として君臨するための力はまだ付いていないと考えていたワレスは、それ以上の目立った行いを長く控えてきた。
 それを2000年にも及ぶ、『大魔王の沈黙』と魔物たちは呼んでいる。
 そしてその『沈黙』が破られたのがマテリアー王国壊滅の日、である。

 
 科学者として紛れ込むのが劇場としては理想だったが、吟遊詩人で妥協した。魔法で若さは偽装出来ても、昔と比べて科学が発達した王国の現状を把握しきれていなかったからだ。
 そんな事をいちいち調べたところで、圧倒的な力でねじ伏せるのだから無意味。ならば知る必要などない、という事なのだ。
 しかしマテリアー王国が随分と繁栄していた事は知り及んでいた。なぜなら、魔法人形には一応、人を強く逞しくする良い魔力も放たれるように細工がしてあったからだ。
 黄金時代を作らせ、それを破壊する。ワレスの狂気はそれほどまでの、大それた物だった。

 大魔王である存在が、人間の国王の前で詩を吟じた。それはワレスがまだワーレンだった頃からあった長詩『永遠の言葉』だ。
 2000年も安置され続け、人形からの良い魔力が満たされた不思議な搭はいつしか魔法の搭と呼ばれていた。

 何もかもがマテリアー王国の光の時代の象徴。そして、これから大魔王という闇に壊されていく舞台だ。

 そして滅亡と、姫の逃亡があった。
◇◇◇

 だが魂の杖を取り損ねたのはワレスの失敗だ。ジルアファン家が魂の杖を扱う事しか、知らなかったのだ。

(あれだけ重宝したかつての我、ワーレンにすら伏せられた祖先の秘密。それが一筋の希望に杖を与えてしまった)

 太陽の国バルターク、その王宮で大魔王は過去を、己の歩みを振り返っていた。

「オールディント。―――死してなお、我が道を妨げる不届きものめ」

 ゼロに眠る、ワーレンのライバルは今、ゼロを通して自らの新たな脅威になろうとしている。そんな予感がワレスにはある。

「アイナム!我がしもべよ。ゾーンが所に行き、きゃつを助けよ」
「え、アタシまで戦わせるなんてぇ、さっすがワレス様。徹底してザコカスにも手を抜かない控えめなお方」

 舌足らずで妖艶な話しぶりは魔物を魅了する。それもまたアイナムがかつて、大魔王の第一のしもべとして暗躍した証左だ。

「アイナム様ぁ、ワシもお供に」
「アイナム、アイナム様。アイナム様ぁあ」
「同族を切り捨てた素晴らしい狂気の姫に、闇の祝福あれ」

 魔物たちからは満場一致で、アイナムを讃える声が上がる。しかし彼女は更に妖艶に、魔物たちを制した。

「あらぁん、アンタたちがそんなではアタシは死にに行くも同然。愛して欲しかったら讃えるべきは大魔王さま、ただお一人。死にたくないなら二度とアタシを褒めるんじゃあないよ」

 バルタークには確実に、闇の軍勢が根付き始めていた。
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