《炎導の標》物語

永井 彰

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第一章

三角宝鍵と五輪の神

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        一
 三角宝鍵は、元は五輪の神・パケが作った神器である。神器としての三角宝鍵は、どんな鍵でも何回でも際限なく開いてしまう物だった。
 そして宝鍵をテオロマーブに託したパケ。狙いは驕りによる失脚であった。戦闘の象徴のようなタフトに加護を与えただけあり、この神は相当に粗暴な性格なのである。
 しかしテオロマーブは破王でありながら、心の強いフバンマスラートだ。時に全智より賢いその老人は三角宝鍵を神器でない、魔法具に格下げする強力な呪いを掛けた。その結果が三回と言う宝鍵の使用回数である。
 タフトに三角宝鍵を授けた理由は不明である。まるで魔法具にしてから一度も使わないでいたのは、最初からタフトに与える為だったかのようだ。あるいは、パケ神の思惑へのちょっとした復讐だったのか。真意は破王にしか分からぬ。
 《炎導の標》を作ったのはパケだと言われている。その為にタフトは苦心の末にパケ神の加護を得た。
 内心ではパケほど頼りにならない神はいないとタフトは常々思っている。愚かな神ではなく、むしろ賢い神だとは認めているが、しばしば理不尽であるからだ。秩序の為に誰にも言わないではいるが、たとえば《炎導の標》が何なのかさえ、作ったパケはすっかり忘れている。

        二
 パケは変な所が人間臭い、ともタフトは思い知らされている。簡単に言うと、素直でも気に入らず、反抗も気に入らないのだ。
 たったこの気質だけで、パケからの神の恵みは随分と敷居が高くなっている。タフトでさえ、今まで審査を通った者たちのような苦渋を舐めさせられた。
 プライドを捨て、今でもこれからも口にする事のないような恥ずかしい言葉を言わされた挙げ句にその事を避難され、危うく加護を受け損ねた事もあった。また、パケの望む物が余りに入手困難なレンシリフという天鳥の羽だった為に交渉を試みた結果、更に入手困難なバズガラという深海類の胃袋にされたりもした。
 これだけでも、パケの加護を得る事のこの上なき難易度はお分かりだろう。しかしパケが加護を与える為の審査は、神になる為の試練に匹敵する、あるいは超えているとさえ言われる。そしてその難しさに見合うほど、パケの加護は必要とする者には絶大なのである。
 つまり、そうした大変な道のりを勝ち抜いたタフトだからこそ三角宝鍵は与えられたのかもしれないと見る事が出来る。
 ただ、気掛かりがあるとすれば、三角宝鍵の存在を知るはずのないダギに三角宝鍵を強奪されたという事である。

        三
 ダギが去りし後、三角宝鍵を収納していたヤヘ皮のケースに入れられていたのがクルキト研ぎの方法を記した紙切れだった。
 交換や取引のつもりにしては手癖が悪すぎる。その上、三角宝鍵とクルキト研ぎでは、研ぎの効率が高まったことを鑑みた所で、取引にしてはあまりに対等ではない。
 その温い親切心は当然、タフトの神経を少なからず逆撫でした。しかしタフトは、パケの理不尽を乗り越えた存在である。気持ちの切り替えを分かっているタフトは、ダギの出で立ちを可能な限り頭に刻み付けた。この時に生まれた因縁の決着は、訪れるべき時に語る事としよう。
 パケ神は思いの外、タフトの失敗を責めなかった。三角宝鍵を与えたのがパケではなかったからと言う理由らしい。タフトは、五輪の導きの力による今回の対話は長引くだろうと覚悟していただけに、拍子抜けした。
 また、ある神の力添えも許しに結び付いた。知恵の神シュレヌである。知恵の神は最も新しい神だ。シュレヌが現れるまでの秩序は、戦の箸休め程度でしかなかった。
 全能や全智でさえ、目指しているのは貴族が実権を握る生臭いシステムである。
 シュレヌはその世俗の在り方すら利用しようとしている。全てを歴史と言う大きな流れと捉え、あるがままに見つめて行こうと言うのだ。
 タフトには理解しがたい遠大な話であった。しかし何れはシュレヌの取り組みは世に必要とされるような気がしていたので、主神でこそないけれども、タフトはシュレヌの動向には個人的に注目している。

        四
 ここらで五輪について、少し説明しておく。
 五輪とは即ち五つの輪である。陽輪、陰輪、空輪、方輪、そして魂輪の五つから成る五輪が全ての生命の根幹となっているのだ。
 陽輪は、暖かみや優しさなどの明るい性質、陰輪は冷たさや悲しみなどの暗い性質と誤解されがちである。しかし実際にはそうではない。
 陽輪、陰輪の関係性は、意識と無意識のようなもの、と捉え方がより適切である。
 表立って現れる性質、あるいは自覚的な精神が陽輪。反対に、表に現れない性質、あるいは無自覚の精神が陰輪なのだ。
 空輪は、無を表す。陰輪とも違い、現れないのでなくそもそも持ってない、備わっていない性質を指す。空輪は、その生命に欠けている性質を定義しており、空輪がない生命は概して滅茶苦茶な生態だ。そうなるのは、無意識さえもが己の持つ欠落を認識出来ない為である。
 方輪は、生まれてから死ぬまでのあるべき生き方と思えば概ね間違いない。裏を返せば、あるべき道から外れるに連れて方輪はその生命から抜けて行く。
 魂輪は魂そのものだ。魂輪以外の全てがあっても魂輪がない生命は、なぜか他よりも全てにおいて劣る事がほとんどであり、理屈を超えた、心そのものと考える見方もある。五輪の内、魂輪だけは偶然や異常すら含む。それが善悪や縁の種となるのだ。

        五
  五輪に導かれる者は、加護を受ける限りにおいては決して一つの輪も抜ける事がない。霊感が最大限に研ぎ澄まされるという感覚が適当だろう。つまり、今のタフトは五輪に関わるいかなる攻撃にも無敵である。
 五輪の何れかに異常を来したり、五輪の内のどれかを抜くような呪文は、このレフナリアには数多い。だからこそ五輪の加護には誰もが憧れると言っても言い過ぎではない。
  おそらくダギもそうした術を得意とすると思われる。人に幻を見せたり欺いたりする幻術の使い手は五輪に精通する者が多いからだ。陰輪を惑わせる事で無意識を乱したり、魂輪を狂わせて本来持っていない思想や価値観を一時的に植え付けたりする事さえ可能な危険な術なのだ。
 そう、ダギの幻術にやられた時点で、無敵のはずの五輪の加護は何らかの方法で突破された。
 並みの幻術では不可能な所業である。もしかしたら誰も知らない未知の術、五輪の加護を破るための新しい術であるかもしれないが、過去に何度も幻術使いと死闘を繰り広げたタフトの感想は「俺でも分かる単純な幻術を高度に組み合わせた複合呪文」だった。

        六
 ところで、三角宝鍵には実は幻術が施されている。封印の役目も果たすその術は破王が最も信頼を置く〈邂時魔導〉リョーイ=アブルハークにより施術された。
 その術・時定留タイムドによる時間操作で三角宝鍵の時間は原則として恒久的に止まっている。これは悪用を簡単にさせない為の措置だ。
 リョーイに教わったように独自の術式を織り込んだ為に、タイムドを解除できるのはタフトのみである。三角宝鍵を与えられたのがタフトであり、タイムドを施されたのがタフトに三角宝鍵の譲渡が決まったからである。
 よって、仮にダギがどんなに賢くても易々とは宝鍵を不正に使えはしない、という事だ。ただ、ダギの居場所が全く分からない以上、悠長にもしていられない。独自の術式でない部分は、高度ではあるものの時間さえ掛ければ術師なら誰でも理解できる程の、良く出来たアルゴリズムに過ぎないからだ。
 《標》が遠ざかる。ただでさえ、どこか雲を掴むようなタフトの目的はダギの出現によって暗雲が立ち込めたに等しいのだった。

        七
(あるいは蒼鷲か)
 タフトはかつての親友を想起した。
(奴なら俺を、きっといつも見ている)
 荒ぶる蒼鷲、グロリウン。
 神でもないのに、その健在を霊感でタフトに伝える事が出来る。神性を持つ若者なのだ。三角宝鍵をタフトが持つ事も千里眼に等しい力があるならば、容易く分かるのだろう。
 そして頼れる森の出口に差し掛かった時、タフトは左手に蒼鷲のレリーフを握り締めていた。
 その蒼鷲こそ、グロリウンがそこにいた証明なのだ。グロリウンは現れる所に、必ずその痕跡を残す。そうする理由は彼のみ知る所だが、恐らくは自らの名を知らしめ、轟かせるという単純にして壮大な習性なのだろう。
 そして、そのレリーフはタフトが向かう所に必ずある。
 タフトと同じ、五輪の導きを受けし者。グロリウンもまたパケ神の加護を得る者にして、にもかかわらずタフトの宿敵なのだ。だから、グロリウンはどうしてもタフトとの決着を望んでいる。
 神の完全なる加護を得る為に。

        八
 賢いが気まぐれで、横暴だが強力なパケ神は今、世界を試している。
 荒くれだが仁義と勇気のあるタフトか、冷酷だが現実的で武も知恵もあるグロリウンか。
 ただの殺し合いでは無意味であり、互いが限りなく万全となったその時が、運命の時だ。タフトもグロリウンもその事実だけは、共に暗黙の了解を得ている。
 たとえ三角宝鍵を取り上げる事が非道だとしても、既にそこからが戦いなのだ。グロリウンはそう考えていてもおかしくない男だ。
 生き残る事が試練と同義であるこの物語を乗り越えた時、もしかするとパケをその手で殺すべきなのかもしれない。タフトは一方でそう考えていた。
 タフトは神となり、世界を救いたいと彼なりに心から思い始めていた。そして、自らの手でこんな理不尽や悪縁のない、理想に等しき強い世界を築きたいと願い始めていた。
 三角宝鍵を取り戻し、ダギを倒し、グロリウン、パケは命まで奪う。タフトの理想は、血を流す理想である。

        九
 三角宝鍵の事は地道に破王に報告するとして、後は地道にダギの所在を調べていくしかない。
 世の中には、望む存在の在りかを映し出す石があるらしいが、少なくともタフトの知る石にそんな物は心当たりがない。
 ともあれ、頼れる森を抜けたタフトは、その足で直に精霊の家に辿り着く。その筈だった。
 地理的にフィムとファルアーは海こそ間に挟むものの、互いにそう遠くない。両者ともカンスイェル大陸南部の、これまた互いに突き出たような地形の切り立った岩棚の上にあるので実は行き来が面倒なのだが、その事は今回の話の筋ではないので端折ろう。
  シバハンと別れフィムを出て、ファルアーに向かう道とは反対に進む必要はあるが、精霊の家は世間に知られていないだけで、幸いな事に馬車さえあればかなり近くにあると言える。
 馬車こそないが強靭なタフトは走れば馬並みなので、馬車がないのは問題ない。
 フナヤンでシバハンからの手紙を受け取り、頼れる森を抜け、実は、とある川の底にある精霊の家へ。
 タフトの旅は、正に目的のすぐ手前だった。

        十
 途中まで実体のある橋。タフトが渡ってしまったのはそういう橋であった。
 タフト程の屈強な風貌の男が、途切れた橋から落ちていく様は間抜けではあるが仕方ない。
 思いの外、激しい流れで泳ぐ事すらままならぬタフト。ただでさえ高所から落ちて肋骨が数本折れているのだから尚更だ。
 溺れる者は藁をも掴む。ただ、タフトには掴む藁すらなかった。
 そのまま薄れていく意識の中、走馬灯のように浮かぶシバハン。そしてもう一人の恩人。テオロマーブ。シノル。ロカービア。パケ。
 そして、トカゲの顔。
「トカゲ?」
 思わず叫んだタフトは飛び起きた。正確にはトカゲではなく、トカゲ顔のギリンドなのだが、タフトの虚ろな思考でそこまでは、まだ判別できない。
 ギリンドは日の届きにくい谷での生活を送る少数種族である。変温生物なので、定住出来る条件が限られているのだ。タフトはなんとなくではあるが、そこが自分には見覚えのない場所とだけは理解した。
「アタシはギリンド。れっきとした人族よ」
 トカゲ呼ばわりされたギリンドは、殊更に大声でそう叫んだ。人族とは、人語を解し二足で歩く種族の総称だ。
 しかしタフトはそんな怒声すら聞いていられなかった。悠に240タンテ(約16メートル)の高さから落ちれば当然とも言える、体力の衰弱には如何なるタフトも抗えない。
 そしてタフトは、また気を失った。
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