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代理戦争
スケープ・ゴート
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向田藤太郎は、平凡な人間である。
だから特別な才能もなければ、超能力者でもない。
天才たちの悪戯に巻き込まれる事など、どうして凡人に予知出来るだろうか。
そして、その日は来た。
ネット社会の終焉である。
2XXX年7月のこの日、まず突如としてインターネットのほぼ全てのアクセスが不能になった。しかもアクセス出来るのは、なぜかスレイプニルが管理しているサーバーのみという異常な状況が起こったのだ。
つまり、スレイプニルを除く全てのインターネットが機能を停止した。
そして、その犯人として名前が上がったのが藤太郎である。
もちろん、神人の仕組んだ工作だ。しかし、さらにそこに〈誤解の因果〉を持たせたために、藤太郎の主張は悉く退けられた。未成年者が実名で犯罪者として報道される、という史上最悪の状況として事態は展開していく。
神人には、因果を人に植え付ける事も自在だ。ワイドショーしかすがる先のない、心の弱ったタレントたちに適当な因果を仕込む。そして藤太郎に対する敵意を叩き込む。
今までは他人事でしかなかった情報番組が、本気で藤太郎を殺しに掛かってきたのだ。
マスコミの取材の嵐。激変する日常。果ては異例中の異例とも言える、容疑者による記者会見まで開かれた。
「ボクは天才じゃない。こんな事が出来るわけがないんです。し、信じてください」
弁護士らとの事前の打ち合わせで、言えと言われた状況説明や事件の経緯は何ひとつ口に出来ないで、藤太郎は震えていた。
顔面は蒼白で痩せ細り、加害者というよりはむしろ被害者のようだ、と誰もが思いはした。思いはしたが、事態が事態なだけにそれを公然と述べる者はいなかった。
警察による事情聴取は、藤太郎のみならず家族にまで及んだ。特に、部屋を共有していた春二は、正に刑事ドラマのような脅迫寸前の詰問にあった。ただ、決定的な証拠がないために立件には至らなかった。
藤太郎だけが身柄を拘束され、留置所へと搬送される。世論は厳しく、拘置所にして然るべきという意見すらあったものの、未成年である事や捜査の余地がある事などを理由に見送られる形となった。
絶望的なまでの人生の転換。つい昨日まで、ただただ普通に過ごしてきた高校生は、今や世界を混乱に陥れた凶悪犯。恐怖や軽蔑の対象となったのだ。
最初は警察からの取り調べは任意で、逮捕されてから、その警察署管轄の留置所へ、というのが流れである。藤太郎の場合はメディアに報じられるレベルの事件の関係者であったが、それでもいきなり警視庁が動くわけではなく、地元の警察署が任意の取り調べとして同行を求めてきた。
余りに大それていて凶悪な犯行なために、警視庁クラスは逆に保身に走り、有罪に持ち込むための時間を稼ごうとした、などと後日のテレビ・ニュースでは報じていた。が、真偽は不明だ。
また、勾留など複雑な流れが続くが、藤太郎は心ここにあらず、といった状態だった。そのため、よく分からないままに手続きに事務的に従い、家族、弁護士の順に10分ばかりの面会が許され、その後は取り調べの継続という理由で留置所へと送られたのだった。
留置所に収容される場合、通常ならば、いや容疑者に対して通常と言う表現で妥当かは分からないが、基本的には四、五人の相部屋となる。
しかし、メディアで報じられた事件の容疑者などの特別なケースでは、独居という通称を持つ、いわゆる独房に収容される。
よって、藤太郎は未成年にして独居に収容されるという屈辱を味わう事になったのだ。
独居に限らず、留置所での生活は規則正しい。留置所の入所者は、量刑としては重くはない、というとまた語弊があろうが、少なくとも死刑囚ばかりが集まっているわけではない。
そのためか、送る事になるのは比較的、一般的な社会生活よりやや厳しい程度の集団生活である。
朝は7時に起床する。細かい生活予定には警察署により地域差があるようだが、藤太郎が収容された留置所では、その後、点呼および挨拶、8時に朝食、12時に昼食、13時に運動、18時に夕食、21時に就寝となる。
風呂に関しては季節で異なり、夏なら週3回ほど、冬なら週1回となっている。
トイレは収容される部屋に備え付けられているが、トイレットペーパーはない。担当の警官から、ちり紙を貰い、使うしかないのだ。
部屋のトイレは、顔が警官から見えるように窓が付いており、さらに部屋の窓から見える高さになっている。もちろん、警官が顔を確認するためだ。
普通の生活を送ってきたつもりの藤太郎は、ここで自らの生活の甘えを嫌でも思い知らされた。難しい事は何も求められず、簡単な生活そのものだからこそ生まれる緊張感。それが入所者たちに恐怖と、悲しみを刻むのである。
「5番、食事をもう済ませろ。遅いぞ」
藤太郎は自分の事だ、と分かるのに、数秒の時間を要した。留置所では、入所者はそれぞれに与えられた番号で呼ばれる。名前では決して呼ばれない。
足元ほどの位置にある、人が通れない小さな扉を通して弁当の空箱を返却する藤太郎の手は、小刻みに震えているのだった。
だから特別な才能もなければ、超能力者でもない。
天才たちの悪戯に巻き込まれる事など、どうして凡人に予知出来るだろうか。
そして、その日は来た。
ネット社会の終焉である。
2XXX年7月のこの日、まず突如としてインターネットのほぼ全てのアクセスが不能になった。しかもアクセス出来るのは、なぜかスレイプニルが管理しているサーバーのみという異常な状況が起こったのだ。
つまり、スレイプニルを除く全てのインターネットが機能を停止した。
そして、その犯人として名前が上がったのが藤太郎である。
もちろん、神人の仕組んだ工作だ。しかし、さらにそこに〈誤解の因果〉を持たせたために、藤太郎の主張は悉く退けられた。未成年者が実名で犯罪者として報道される、という史上最悪の状況として事態は展開していく。
神人には、因果を人に植え付ける事も自在だ。ワイドショーしかすがる先のない、心の弱ったタレントたちに適当な因果を仕込む。そして藤太郎に対する敵意を叩き込む。
今までは他人事でしかなかった情報番組が、本気で藤太郎を殺しに掛かってきたのだ。
マスコミの取材の嵐。激変する日常。果ては異例中の異例とも言える、容疑者による記者会見まで開かれた。
「ボクは天才じゃない。こんな事が出来るわけがないんです。し、信じてください」
弁護士らとの事前の打ち合わせで、言えと言われた状況説明や事件の経緯は何ひとつ口に出来ないで、藤太郎は震えていた。
顔面は蒼白で痩せ細り、加害者というよりはむしろ被害者のようだ、と誰もが思いはした。思いはしたが、事態が事態なだけにそれを公然と述べる者はいなかった。
警察による事情聴取は、藤太郎のみならず家族にまで及んだ。特に、部屋を共有していた春二は、正に刑事ドラマのような脅迫寸前の詰問にあった。ただ、決定的な証拠がないために立件には至らなかった。
藤太郎だけが身柄を拘束され、留置所へと搬送される。世論は厳しく、拘置所にして然るべきという意見すらあったものの、未成年である事や捜査の余地がある事などを理由に見送られる形となった。
絶望的なまでの人生の転換。つい昨日まで、ただただ普通に過ごしてきた高校生は、今や世界を混乱に陥れた凶悪犯。恐怖や軽蔑の対象となったのだ。
最初は警察からの取り調べは任意で、逮捕されてから、その警察署管轄の留置所へ、というのが流れである。藤太郎の場合はメディアに報じられるレベルの事件の関係者であったが、それでもいきなり警視庁が動くわけではなく、地元の警察署が任意の取り調べとして同行を求めてきた。
余りに大それていて凶悪な犯行なために、警視庁クラスは逆に保身に走り、有罪に持ち込むための時間を稼ごうとした、などと後日のテレビ・ニュースでは報じていた。が、真偽は不明だ。
また、勾留など複雑な流れが続くが、藤太郎は心ここにあらず、といった状態だった。そのため、よく分からないままに手続きに事務的に従い、家族、弁護士の順に10分ばかりの面会が許され、その後は取り調べの継続という理由で留置所へと送られたのだった。
留置所に収容される場合、通常ならば、いや容疑者に対して通常と言う表現で妥当かは分からないが、基本的には四、五人の相部屋となる。
しかし、メディアで報じられた事件の容疑者などの特別なケースでは、独居という通称を持つ、いわゆる独房に収容される。
よって、藤太郎は未成年にして独居に収容されるという屈辱を味わう事になったのだ。
独居に限らず、留置所での生活は規則正しい。留置所の入所者は、量刑としては重くはない、というとまた語弊があろうが、少なくとも死刑囚ばかりが集まっているわけではない。
そのためか、送る事になるのは比較的、一般的な社会生活よりやや厳しい程度の集団生活である。
朝は7時に起床する。細かい生活予定には警察署により地域差があるようだが、藤太郎が収容された留置所では、その後、点呼および挨拶、8時に朝食、12時に昼食、13時に運動、18時に夕食、21時に就寝となる。
風呂に関しては季節で異なり、夏なら週3回ほど、冬なら週1回となっている。
トイレは収容される部屋に備え付けられているが、トイレットペーパーはない。担当の警官から、ちり紙を貰い、使うしかないのだ。
部屋のトイレは、顔が警官から見えるように窓が付いており、さらに部屋の窓から見える高さになっている。もちろん、警官が顔を確認するためだ。
普通の生活を送ってきたつもりの藤太郎は、ここで自らの生活の甘えを嫌でも思い知らされた。難しい事は何も求められず、簡単な生活そのものだからこそ生まれる緊張感。それが入所者たちに恐怖と、悲しみを刻むのである。
「5番、食事をもう済ませろ。遅いぞ」
藤太郎は自分の事だ、と分かるのに、数秒の時間を要した。留置所では、入所者はそれぞれに与えられた番号で呼ばれる。名前では決して呼ばれない。
足元ほどの位置にある、人が通れない小さな扉を通して弁当の空箱を返却する藤太郎の手は、小刻みに震えているのだった。
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