凡人と超人

永井 彰

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代理戦争

協力者

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 こつり、こつり。
 廊下では警官が、わざとらしいほどにはっきりとした足音を立て、慎重に犯罪者たちの見回りをしている。

 藤太郎が留置所に来てから、15日余りが経過していた。それはつまり、勾留などを含めても藤太郎が留置所にいる期限が迫ってきたということだ。
 勾留には被疑者の勾留と被告人の勾留がある。藤太郎の場合は、逮捕に引き続いての身柄確保であるため、被疑者の勾留に該当する。先ほど述べた、最長で20日の勾留期間となるのも、被疑者の勾留の場合である。そして、被告人の勾留なら2ヶ月だ。
 両者の違いは、起訴前か起訴後かである。つまり被疑者とは起訴前の呼称であり、今の藤太郎は被疑者なのだ。

 また、20日間の勾留期間とは言うが、被疑者の勾留期間は通常10日間が限度である。
 それ以上の延長、俗に言う勾留延長となるのは、検察官の判断で裁判官に許可を得た場合に限る。ということは、藤太郎は容疑に関してかなり厳しい現状にあるという事だ。
 しかも、起訴となれば被疑者となるから、20日耐えれば釈放とも限らない。そうした事は担当の弁護士から説明を受けていたので、藤太郎は混乱する頭をどうにか落ち着かせ、その説明だけは記憶に焼き付けた。

 弁護士からの説明は、面会を通じて受けた。一般面会は15分から20分ほどの時間制限や受付時間があるものの、弁護士であれば時間の制限はなく、必要であればいつでも面会することが出来る。
 けれども、担当の弁護士は藤太郎を守る立場だ。心身への負担を最大限に避けるため、一般面会と同じ時間帯に、時間も長くて30分にとどめつつ、実に手際よく、複雑な流れを分かりやすく簡単に説明していった。
 また、一般面会が認められる逮捕から3日後以降は、家族も藤太郎の元を訪れた。学生は誰一人来なかったが、弁護士から説明があり、容疑の掛かった者に会うのは、それ自体が将来の進路に関わるという可能性を考慮した学校側の判断だとの事だった。
 担任の先生は来ず、代わりに藤太郎が通う高校の校長が自ら面会に訪れた。事務的な挨拶がほとんどで、信じていると言う割にはその目が異様に冷ややかだったのが藤太郎の心を傷付けた。

 何もかも突然で誰も信用出来なくなっていた藤太郎の心は寄り所を求め、さ迷っていた。
 これから先、どうなるのか。
 釈放されたとして、日常にすんなり戻れるのか。もしかしたら、凶悪犯として死刑になるのか。仮に潔白が証明される日が来るとして、それは何年後、あるいは何十年後なのか。
 社会からの信頼を失い、普通の人生がもう無いのなら、死んでしまった方がラクなのではないか。

 今まで生きてきて感じた事のない屈折の芽生えに、藤太郎は気付いた。考えすぎるのは良くないとは思いながらも、あまりに変わり果てた生活はどうしても前向きさを奪っていくのだ。

 勾留から17日、そんな藤太郎の元を、見覚えのない人物が面会に訪れた。
 さらりとした長髪がよく似合う、一言で言えば美人の女性だ。

「おめでとう。あなたは助かるわ」

 そう切り出すと、女は今後の生活について話し始めた。藤太郎は釈放されること。今までの高校には通えない上に引っ越す必要があるが、その費用は全て請け負うこと。そして、真犯人を捕まえるために、協力してほしいこと。

「釈放されれば、私を信じるしかないでしょ」

 にわかに信じがたいほどに都合の良い話を、そう言いくるめると女は帰った。藤太郎は呆れた。多分、気違いかマスコミが悪戯でからかいに来たのだろう、程度に思いもした。

 しかし、現実に藤太郎は釈放された。そして、迎えに来たのは家族ではなく、なぜか例の長髪の女だ。

 その日から、藤太郎の人生は完全に変わった。

 まず、普段は人里離れた山奥にある小屋で生活することになった。釈放されたとは言え、世界的犯罪者として疑われた事実は、世間から簡単には消えない。なにせ新聞の一面を飾ってしまっているのだ。
 電気が通わない環境で、情報源は手動発電が可能な非常用ラジオのみである。そこからは、連日のように報道されていた藤太郎に関するニュースは、それほど流れては来ない。釈放された者に対しては報道規制が敷かれ、みだりに報じてはならない事になっているからだ。
 女はどこからか食料を調達してきては、藤太郎に差し入れた。しかし一緒に生活するわけではない。差し入れや、必要な説明をする時を除いては、女はどこか別の場所で生活しているらしい。

 女は立命館と名乗った。大学の名前みたいだが、本名らしい。
 藤太郎は、真犯人について知るかもしれない立命館を、藤太郎なりに丁重にもてなした。迂闊な事を言って信頼を失ったら、どこなのかも分からない山小屋で孤独死するしかない。
 裁判にならなかったというだけで、藤太郎はまだ社会で生きていける信用を勝ち取ってない。だから今は、正体不明の協力者、立命館なる女性を信じる事しか出来ないのだ。

 夜になり、粗末な木製ベッドに横になるたび、藤太郎は子どものように泣き明かした。それは、そうでもしなければ、このめちゃくちゃな状況に耐えられなかったからであった。
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