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代理戦争
解凍
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雷笛の銀鳩は、因果を注がれた事により自我を獲得した。そのため、神人が起こした一連の事を、誰よりも把握している。
そして、因果を注いだのが神人だからなのか、単に愚かなのか、銀鳩は神人を無条件に信頼している。
ギャラルホルンの力が、銀鳩にとっては苦痛しか与えないにもかかわらず、である。
神人が知らないギャラルホルンの本質を、既に銀鳩は承知している。何の変哲もない、白いだけの普通の鳩は因果と神器の間に置かれてきた。しかしそれが単なる鳩に、急速に賢さを研ぎ澄まさせ、叡智とも言える聡明さをも手にさせていた。
神器。それがギャラルホルンの本質を最も端的に表している。
神が作りしその笛は、世界そのもの。
それは具体性も抽象性も兼ねているという点において、何よりも完璧であるという事なのだ。
だから銀鳩はギャラルホルンを通して、世界という概念とその全貌を目の当たりにしてきた。
神人への信仰というバイアスが働く事により、必ずしも正しい理解とは限らなかったが、叡智という刃はその誤りをも切り裂く力を持つ。
銀鳩が見ている世界には、暴力も裏切りもある。美しい愛や友情だけでなく、それら負の運命もまた因果なのだ。
銀鳩は、神人を信じている。ただ、暴力や裏切りばかりが神人を苦しめているのは唯一、心配している事でもあった。
陰と陽、因果の裏と表を見てきた銀鳩は、表の因果、美しい感情が為す因果を神人に教えたい、と願った。
それが、神人の凍てついた心を溶かし、真の神たる者として目覚める助けになると信じたのである。
神人は天才だが、まだ若い。
若さは往々にして、無知に等しい。その無知に由来する防衛本能は正しい目を曇らせるから、若者は正義から外れて恥を知る。
だが、そんな天才が道を大きく外れる事は銀鳩の願う事ではないのだ。
良き心を失う事。それは若さを失った時に取り返してが付かない、あまりに過ぎた喪失であるように、銀鳩には思えてならなかったのである。
冷たい眼差しの神人は、今、一人で震えていた。
物言わぬ銀鳩の深い思いは、神人には届かない。だから神人はまだ、光のごとき明るい因果を知らないのだった。
神人に見えているのは、自らの命に他ならない。
怒る藤太郎を適当にあしらい、去るのは容易だった。藤太郎は神人ほどの賢さを持たないから、適当でも納得してしまった。
何と言ったかなど、神人は覚えていない。凡人の言い分は一貫する事などない、儚く便りにならない物だと分かりきっていたからだ。そういう物だから、少なくともそう感じているからこそ、覚えていられる意味のある言葉など投げかけなかったのである。
ならば何故、彼は震えていたのか。それは凡人などやはり当てにはならないという、天才を隠し通す事の困難さに対してであった。
京舞の二重人格という新たな事実もまた、神人を打ちのめした。
天才だからと言って、何もかも思い通りにはならず、むしろ何も思い通りにならないむず痒さだけが神人に残っていた。それは不毛という二文字に集約されるほどの、乾いた感情であった。
「人間という存在を信じる道を、探すべきなのだろうか」
神人は誰に向かってでもなく、虚空に語り掛けた。かと言って、今さら後戻りも出来ないのだろうという暗い現実感、つまり藤太郎には許されないだろうという冷たい真実が、希望よりも重く神人に迫っていた。
自惚れていたのだ。代理戦争は、既に失敗していた。始まる前から明白だったのだ。
神人がその厳しさに思い当たるのに、もはやそう時間は必要なかった。因果の力は、神人自身の因果をねじ曲げていたのかもしれない。
異次元の怪物たちも、神人の味方にはなってくれそうもない。怪物だからだ。まるで神人の歪みの象徴のように、隙間から見えた異次元の風景は、一種の原風景として彼の心に強く残っていた。
神人は、ここで一つの決断を下す。
全てを捨て、遠くに行くのだ。
許されないなら、そうするしかない。神人は茫然自失の中でそう誓った。絶望で黒く沈んだ思いは、悲しい結末へと神人を導き始めようとしていたのだ。
雷笛をどうしようもないのが、心残りだった。ギャラルホルンという特別な物体に込められた因果は、簡単には抜き出せそうになかったからだ。銀鳩もまた、完全に笛の一部となっており、無理に引き剥がせば死んでしまうほどなので諦めるより他ないのだ。
旅支度を始めた。幸い、大学生ながらもIT事業を立ち上げて十分な収益を得ていたので、生活には困らないだろう。神人だけの会社であり、単に廃業する手続きで良いのも幸いした。
雷笛は、自室に置いていきたかったが、既に神人に宿った特殊物となっているからどうにもならなず、唯一の旅の仲間となる。
それから神人は京舞に宛て、短い手紙をしたためた。
〈俺は出ていく。今までありがとう〉
ありがとうなどという言葉が自然と浮かんだのが、神人自身を驚かせた。
真の救世を、今度こそ見付けたい。
彼のその決意は新たなる物語の始まりを予感させるのだった。
そして、因果を注いだのが神人だからなのか、単に愚かなのか、銀鳩は神人を無条件に信頼している。
ギャラルホルンの力が、銀鳩にとっては苦痛しか与えないにもかかわらず、である。
神人が知らないギャラルホルンの本質を、既に銀鳩は承知している。何の変哲もない、白いだけの普通の鳩は因果と神器の間に置かれてきた。しかしそれが単なる鳩に、急速に賢さを研ぎ澄まさせ、叡智とも言える聡明さをも手にさせていた。
神器。それがギャラルホルンの本質を最も端的に表している。
神が作りしその笛は、世界そのもの。
それは具体性も抽象性も兼ねているという点において、何よりも完璧であるという事なのだ。
だから銀鳩はギャラルホルンを通して、世界という概念とその全貌を目の当たりにしてきた。
神人への信仰というバイアスが働く事により、必ずしも正しい理解とは限らなかったが、叡智という刃はその誤りをも切り裂く力を持つ。
銀鳩が見ている世界には、暴力も裏切りもある。美しい愛や友情だけでなく、それら負の運命もまた因果なのだ。
銀鳩は、神人を信じている。ただ、暴力や裏切りばかりが神人を苦しめているのは唯一、心配している事でもあった。
陰と陽、因果の裏と表を見てきた銀鳩は、表の因果、美しい感情が為す因果を神人に教えたい、と願った。
それが、神人の凍てついた心を溶かし、真の神たる者として目覚める助けになると信じたのである。
神人は天才だが、まだ若い。
若さは往々にして、無知に等しい。その無知に由来する防衛本能は正しい目を曇らせるから、若者は正義から外れて恥を知る。
だが、そんな天才が道を大きく外れる事は銀鳩の願う事ではないのだ。
良き心を失う事。それは若さを失った時に取り返してが付かない、あまりに過ぎた喪失であるように、銀鳩には思えてならなかったのである。
冷たい眼差しの神人は、今、一人で震えていた。
物言わぬ銀鳩の深い思いは、神人には届かない。だから神人はまだ、光のごとき明るい因果を知らないのだった。
神人に見えているのは、自らの命に他ならない。
怒る藤太郎を適当にあしらい、去るのは容易だった。藤太郎は神人ほどの賢さを持たないから、適当でも納得してしまった。
何と言ったかなど、神人は覚えていない。凡人の言い分は一貫する事などない、儚く便りにならない物だと分かりきっていたからだ。そういう物だから、少なくともそう感じているからこそ、覚えていられる意味のある言葉など投げかけなかったのである。
ならば何故、彼は震えていたのか。それは凡人などやはり当てにはならないという、天才を隠し通す事の困難さに対してであった。
京舞の二重人格という新たな事実もまた、神人を打ちのめした。
天才だからと言って、何もかも思い通りにはならず、むしろ何も思い通りにならないむず痒さだけが神人に残っていた。それは不毛という二文字に集約されるほどの、乾いた感情であった。
「人間という存在を信じる道を、探すべきなのだろうか」
神人は誰に向かってでもなく、虚空に語り掛けた。かと言って、今さら後戻りも出来ないのだろうという暗い現実感、つまり藤太郎には許されないだろうという冷たい真実が、希望よりも重く神人に迫っていた。
自惚れていたのだ。代理戦争は、既に失敗していた。始まる前から明白だったのだ。
神人がその厳しさに思い当たるのに、もはやそう時間は必要なかった。因果の力は、神人自身の因果をねじ曲げていたのかもしれない。
異次元の怪物たちも、神人の味方にはなってくれそうもない。怪物だからだ。まるで神人の歪みの象徴のように、隙間から見えた異次元の風景は、一種の原風景として彼の心に強く残っていた。
神人は、ここで一つの決断を下す。
全てを捨て、遠くに行くのだ。
許されないなら、そうするしかない。神人は茫然自失の中でそう誓った。絶望で黒く沈んだ思いは、悲しい結末へと神人を導き始めようとしていたのだ。
雷笛をどうしようもないのが、心残りだった。ギャラルホルンという特別な物体に込められた因果は、簡単には抜き出せそうになかったからだ。銀鳩もまた、完全に笛の一部となっており、無理に引き剥がせば死んでしまうほどなので諦めるより他ないのだ。
旅支度を始めた。幸い、大学生ながらもIT事業を立ち上げて十分な収益を得ていたので、生活には困らないだろう。神人だけの会社であり、単に廃業する手続きで良いのも幸いした。
雷笛は、自室に置いていきたかったが、既に神人に宿った特殊物となっているからどうにもならなず、唯一の旅の仲間となる。
それから神人は京舞に宛て、短い手紙をしたためた。
〈俺は出ていく。今までありがとう〉
ありがとうなどという言葉が自然と浮かんだのが、神人自身を驚かせた。
真の救世を、今度こそ見付けたい。
彼のその決意は新たなる物語の始まりを予感させるのだった。
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