真説・桃太郎

にゃんすけ

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第二章

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 瞼が重かった。しかしなんとかこじ開けて、最初に見えたのは天井だった。
 ここはどこだ。太郎は、飛び起きようとしたが、身体が言うことをまったく聞かなかった。首だけは、かろうじて動く。
「目を覚ましたかの」
老婆の声がした。太郎は驚き、目を見開く。
「こ、ここは」
「伝。伝や。目を覚ましおったぞ」
伝。それは、確か猿飛の下の名前だ。老婆は確かに猿飛の事を呼んでいる。
 そしてすぐに、音もなく猿飛が現れた。
「目覚めたか、大馬鹿者め」
相変わらず、猿飛は黒い布で顔半分を覆っている。表情は読めないが、それは怒りの口調だった。
「おれは、なぜここに。そうだ。戦は、戦はどうなった。鮫島殿と犬飼殿は」
立ち上がろうとする。しかし、全身を鋭い痛みが駆け巡った。太郎のこれまでの人生で、それは経験したことのないような痛みだった。
「お前は馬鹿だ。乱戦の中、脚を撃たれたお前が、一体何の役に立つ?」
「そんな事はどうでもいい。猿飛殿、鮫島殿と犬飼殿の生死の行方をおれは知りたいのだ」
「知って、どうする?あの歩兵軍、つまり今年度の選抜試験の合格者達は、上層部にとってはただの捨て駒に過ぎなかった」
「猿飛殿」
太郎は、声に力を込めた。そしてまっすぐに猿飛の目を見据える。
「戦は、國防軍の騎馬隊が到着した時点で決まっていた。敵の鉄砲隊は國防軍の騎馬隊に蹴散らされたので、すぐに終わった。残されたのは」
猿飛が、視線を落とす。太郎は、唾を飲み込んだ。
「今年度の國防軍選抜試験の、受験者の骸だ」
太郎は、右手を強く握った。不意に、一筋の涙が頬を伝ったのがわかった。これは戦だ。人が死ぬのは当然の事である。しかし、あまりにも呆気ないだろう。自分達の選抜試験は、一体何だったのか。全員を合格にし、しかしそれは蓋を開けてみれば敵の鉄砲隊に対するただの的だったということなのである。
「ただ」
猿飛が言葉を続けた。
「鮫島と犬飼の遺体は見つけられなかった。薄暗くなっていたというのもあるが、見知った顔はお前だけだった」
「ほ、本当か?」
「確証はない。しかし暫く探したが、見つけられなかった。騎馬隊が、生きている者は回収したのかもしれないし、あるいは敵に連れ去られたのかもしれない」
どこかできっと生きているはずだ。太郎の心臓は高鳴った。犬飼はともかく、鮫島がそう簡単に死ぬはずがないと太郎は思っている。鮫島は目の前で撃たれ、馬と共に倒されたのを見たが、太郎は心から鮫島は生きていると信じている。
 生きていれば、生きてさえいれば、必ず再会できるのだ。
 太郎は、力の入らない拳を強く握った。
「火縄銃は恐らく、海棠衆かねえ」
老婆が、口を開いていた。顔に刻まれた皺は深く、齢は八十をこえているだろうと太郎は思った。
「海棠衆、ですか」
「今回起きた戦は、よくありがちな田舎者の一揆のようなもの。そんな者達が火縄銃の部隊を揃えられる訳がなかろうて。恐らくその田舎者の中に、海棠衆の鉄砲隊と繋がっている者がおったのじゃろ」
鉄砲隊。そして、海棠衆。太郎にとって、初めて聞く言葉が飛び交っていた。
「ほっほっほ。聞いたこともない、という顔をしておるのう。海棠衆とは、金で戦をする傭兵集団じゃよ。いち早く異国と交易をはじめ、最新鋭の武器を遣うことで名を馳せておるのよ」
皺の奥の表情が動く。老婆とは思えない程に、声には張りがあった。
「して、青年。名はなんと申す?」
老婆の目が、一瞬光った。太郎は老婆の目をまっすぐ見る。
「おれは、桃園」
「桃園太郎」
黙っていた猿飛が、何故か太郎よりも先に答えていた。
「桃園?」
「はい、桃園太郎と申します」
「桃園といえば、おぬしもしや」
老婆が、猿飛の方を向く。猿飛も、老婆の顔を見ていた。二人は何故か、顔を見合わせている。
「父の名前は、桃園源一郎様でありましたか?」
「はい、そうです。しかしなぜ、父の名を?」
老婆は、いきなり正座をし、頭を伏せた。猿飛も、佇まいを直している。
「これはこれは・・・源一郎様の御子息であられましたか。伝がわざわざ危険をおかして助けにいった理由がわかりました」
太郎の頭は、混乱していた。一体どういう事なのか、訳がわからない。
「この子の父親、猿飛鄒弦は、源一郎様に最期まで仕えておりました。お父上の最期の戦いの時まで、傍らにいたのですよ」
「しかし、猿飛鄒弦という名を、おれは聞いたことがありません」
「そうでしょう。我ら猿飛一族は、忍びの一族。まだ世間に存在を知られていない、影の仕事を生業としているのです」
「影・・・ですか」
「偵察、潜入、道案内、暗殺。あらゆる裏側の仕事をこなせるよう、訓練を重ねておるのです。それもすべて、主君と定めた者の為に」
「そういう事ですか」
「あくまで、我らは影の者。主君という光の影に、潜む者なのです。伝は女ではありますが、一族で最強と呼ばれた鄒弦の血を最も色濃く継いでおります。どうか太郎様。この子を使ってやってください」
太郎は、目を丸くしていた。女、だったのである。猿飛は、おもむろに顔に巻いていた布をほどき始めた。
 大きな目。綺麗な鼻筋。薄い唇。なるほど確かに女である。解かれた黒い髪も、思っていたよりずっと長かった。
「猿飛殿」
「お前のような大馬鹿者に仕えるのは癪だが、父上が仕えた方のご子息だからな。仕方あるまい」
今までくぐもって聴こえていた猿飛の声だが、布をとったことではっきりと太郎の耳に聞き取れるようになっていた。
「しかし再び今回のような失態を犯せば・・・今度は助けに行かないし、寝首をかいてやるぞ」
「ほっほっほ。すまんのう、男勝りの性格じゃが、根は優しい子なんじゃよ。伝をよろしく頼むでな」
「はい。こんなに心強い事はありません。ありがとうございます。しかし、猿飛様。なぜこんなにも、この國についてお詳しいのでしょうか?」
「ほっほっほ。この忍びの里が襲われないよう、密偵を各地に放っておるのじゃよ。それに」
老婆の皺の奥の目が光る。にやりと、少し笑ったようにも太郎には見えた。
「現役の頃の勘を鈍らせないようにのう。わしもたまには変装して町へ出て、情報収集しておるのじゃよ」
どこまでが冗談なのかはわからない。いや、きっと冗談ではないのだろう。この老婆なら、本気でそういったことをやっていそうな気が太郎にはするのだ。
「傷が癒えるまで、暫しこの里で休んでいくがよい。國防軍の方には、後で生存の連絡を入れておく。どういう扱いをされるかはわからぬが、すぐにまた出陣の命が下るじゃろうて」
「ありがとうございます。すぐにまた、戦える身体に戻します」
「して、太郎様。此度の戦の件。今年の受験者は捨て駒のように使われた訳であるが、どう感じた?國防軍のこのやり方を」
「おれは」
一度、太郎は目を閉じた。
 捨て駒。確かにそうだ。騎馬隊を無傷で突撃させる為とはいえ、ほかにもっとやりようはなかったのか。戦死していった今年の受験者達が、あまりにも浮かばれない。
─だが、それでも。
「おれは、この國を、守りたいです。どんなやり方であろうと、この國を守るための國防軍ですから。父上のように、最期まで日本國の為に戦います」
太郎の言葉に、老婆は、目に涙を浮かべているようにも見えた。
 猿飛は、気付いた時にはすでに布を顔に巻き付けていた。いつもの見慣れた顔に戻っている。
「猿飛殿。よろしく頼む」
微笑み、太郎は言った。
「伝でいい。お前の影となって、働いてやる。給料はよこせよ」
いつものくぐもった声に、戻っていた。何故か安心する自分がいる事に、太郎は苦笑した。
 それからおよそ、ひと月後。
 ほとんど傷が癒えた太郎のもとに、新たな戦への出陣命令が下った。
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