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忘れもの
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野球が、好きだった。
それも今では昔のこと。
中学生の頃に母に買ってもらい、それからずっと使っているポケットラジオからは、途切れ途切れに野球中継の音が聴こえる。
久賀諒平はため息をついてから、学ランの胸ポケットに手を伸ばした。煙草だ。
-そういえばこないだ、佐藤が見つかって謹慎になってたな。
教師共に見つかったら面倒なことになるのは知っていたので、伸ばした手を頭の上にやった。校舎を囲んでいるフェンスに、もたれかかる。
最近は校則やらなにやらが以前よりずっとうるさくなったらしく、佐藤は坊主頭になった上、二週間の自宅謹慎を命じられていた。坊主頭は勘弁だが、自宅謹慎は悪くない。
-合法的に来なくていいの、いいなあ。サボれるわけだし。
空。青い空に白い雲が浮かんでいる。灰色を抱えた入道雲が、東の空に見えた。一雨、くるのだろうか。
そういえば、季節はもう、夏である。
校舎裏。時計の針は、十六時を差そうとしていた。
「諒平か?」
突然の声に、久賀の体はぴくりと反応した。
しわがれた声だった。自分の名前を確かに呼んでいる。下の名前を呼んでいるので、教師ではないはずだ。一瞬で、久賀の脳内は声の主の正体を探る。
「諒平だろう。おい、諒平」
「なんすか?ていうか、誰すか?」
「誰って、そりゃないだろう」
視線の先には、やはり、思った通りの顔があった。
山内省三ヘッドコーチ。
中学時代、かつて野球をやっていた時の、いわば恩師である。かつて、ではあるが。随分老けたように見えるが、声の質は変わっていない。懐かしさのようなものに、久賀は襲われた。
「なんだその髪の色は。それに、授業はどうした?」
「いま、何時だと思ってんすか。もう四時になるんすよ」
「もうそんな時間か。いや、たまたま通りかかったところに、見知った後ろ姿があったもんでな。まあ、元気そうでなによりだ」
本当に、皺が多くなった。話をしながら、久賀は思った。時は流れているのだ。
「じゃ、そろそろバイトなんで」
「諒平」
立ち上がり、背を向けて立ち去ろうとした久賀を、山内ヘッドコーチが呼び止めた。
「もう、野球は。野球はやらないのか?」
「おれ、いま高二っすよ。今さら野球なんて。それにもう」
答えながら、久賀の足は前に動き出していた。山内ヘッドコーチの顔など、久賀は既に見てもいない。
「興味ないっす」
短いその言葉とほとんど同時に、チャイムが鳴った。山内ヘッドコーチはまだ何か言っているようだったが、久賀が振り返る事はなかった。
霧島学園のグラウンドでは、野球部の大きな声が響き渡っている。
「野球部のない学校を選んだはずだったんだけどな」
小さくつぶやき、久賀はバイト先へ急いだ。
原付バイクを、少し離れたところに停めてある。学校は、原付通学を禁止しているのだ。
久賀は、高校生になってからすぐにアルバイトをはじめた。ラーメン屋である。
特にどこで働きたいという希望はなかった。
時給がそこそこならそれで良いと思っていたのだ。家と学校の、ちょうど中間地点にたまたまそのラーメン屋があったので、選んだだけだ。
それに、賄いがつくというのも、久賀にとってはとても都合がよかった。
母の帰りが、いつも遅いからである。
父の顔は、写真の中でしか見たことがなかった。
「遅かったね久賀くん、補修かい?」
「いや、ちょっといろいろあって」
「今日は忙しくなりそうだ。たのむよ」
「はい」
制服、というほどのものではないが、久賀は着替え、厨房に出た。
店内には、脂にまみれた小さなテレビがひとつある。
店長は野球に興味がないのか、ほとんど野球中継を映したことがない。野球の話もしてこない。大抵はお笑い番組か、ニュースなどが映っている。
「今日、忙しくなるんじゃなかったんすか?」
「おかしいな…」
店長が忙しくなりそうだと言った時は、ほとんどの場合客は来ない。わかりきっていることだった。
今日は木曜だ。店長には悪いが、わざわざ外食なんて、とも思う。
やたらと進みが遅い時計を見ながら、久賀はぼんやりと、昔の事を思い出していた。
-二死、走者二・三塁。
スコアボード。2対0である。
七回の裏。中学三年の夏。
久賀諒平は、マウンドの上にいた。
地区予選決勝。この回を抑えれば、勝ちである。
全国大会への切符は目前にあった。監督、コーチ、選手、全員がその大舞台を夢見ていた。その夢舞台への切符が、すぐそこにあるのだ。
マウンドの上。深呼吸をひとつ。
ここは、孤独になる場所。しかし、ひとりではない。
久賀はちらりとベンチに目をやった。
山内ヘッドコーチと目が合う。
大丈夫、そう言い合った気がした。
捕手とサインのやり取りをした後、初球、二球目と簡単にストライクをとり、三球目だった。
鈍い打球音が響く。
「サード!」
力のない打球が転がる。
-勝った。
久賀は、確信した。なんでもない、ボテボテのサードゴロである。
しかしそう思ったのは束の間で、相手ベンチの絶叫で我に返った。何をそんなに盛り上がるのか、訳がわからなかったが、三塁手の後藤の送球が、短かったのだ。
ファーストミットが白球を弾く。
三塁走者は本塁へ還り、点差は一点となっていた。
走者一塁・三塁で、試合が再開する。
あとひとつのアウトで、勝てるのだ。
全国大会。お前達全員を、俺が連れて行く。
本気で久賀はそう思っていた。投手である自分の力で、ここまできたと思っているのだ。そしてこれからも、抑え続けてみせる。お前達はただ、ついてくればいい。
あとひとつ。あとひとり、アウトにすればいい。しかしそのアウトがなぜか、久賀にはとてつもなく遠く感じられた。
白球が、指にかかる。
調子はわるくなかった。事実、先程一点を取られたが、それは失策のせいなので自分に責任はない。ここまで相手を完封しているのだ。
打者がバットを振り始める。空を切った音がした。得意のスライダーが、外角低めへと決まる。
「ストライク!」
あとストライク二つ。それで勝てる。
全国大会へいける。そのために、今日まで練習を重ねてきたのだ。
「ストライクツー!!」
二球目は、ストレートだ。内角高めへと決まり、打者は手を出してこなかった。
久賀は、唇を真一文字に結んだ。
-あと一球。
唾を飲んだ。あと一球。それで勝てる。
捕手のサインには、久賀は首を横に振った。遊び球を要求してきたが、そんなものは必要ないと久賀は思った。
回り道など、する必要がないと思っているからだ。実際、打者は二球目のストレートに、体がまったく反応していなかったのだ。打つ気がないのか、とも思った。
三球目を投げ込む。すぐに、金属バットの音がした。
打者がバットを置いて走り出す。当てられた。しかし打球は死んでいる。力のないゴロが二塁へいった。
また、相手ベンチの絶叫だった。
聞きたくない声がいくつも耳に入ってきた。二塁手の、失策である。
白球は転々と、グラウンドに転がっていた。
同点にされた。紛れもない事実だ。
スコアボードに、両校同じ数字が刻まれる。
二点の差を、味方のせいで、失った。
-ちくしょう!
叫び声をあげそうになった自分のこころを、久賀は必死に押さえつけた。
俺が、どんな気持ちでマウンドにいると思っているのか、お前達にはわからないのか。
全国大会が、遠ざかる。
目の前にあったのにだ。あとひとつのアウト。ただそれだけなのに、それが遠い。
次の打者は、四番だった。しかし四番打者といえど、ここまで完璧に抑えている。
敵ではないと、久賀は心底思っていた。
二死、走者は一・二塁。とにかく、この四番打者を打ち取る。それだけだ。
やがて出された捕手のサインに、久賀は目を疑った。
敬遠。何度目をこらしても、そのサインが出ている。
-この俺を、信じられないのか。
久賀の不満は爆発していた。守備陣への不満。そして、捕手への不満。
久賀は、捕手のサインに首を振るでもなく、無視を決め込んだ。
-お前がこんなに無能な奴だとは思わなかったぜ。
サインを無視して投げた初球。渾身のストレートを、久賀は捕手のミットめがけて投げ込んだ。打たれる訳がない。
磨き続けたストレートだ。
しかし、打球は、三遊間を抜けていた。
-負けた。最後の夏が終わった。
空を、見ていた。不思議と涙は、流れてこなかった。あんなに練習したんだけどな。久賀は帽子を取り、マウンドを降りた。
あっけない終わりだと思った。中学生活の全てを捧げた三年間の最後が、これか。まあ、きっとそんなもんなんだろう。
ほとんどの同い年の奴らも、輝く事などはなく、ただ淡く消えていく。自分もその中のひとりだったというだけだ。
それからの生活で、久賀が白球を握る事はなかった。
使っていたグラブでさえ、今はもうどこにあるのかすらわからない。
「久賀くん。今日はもう、バイト上がりでいいぞ。どうする、なにか食っていくか?」
店長の声で、久賀はふと我に返った。
そういえば今はバイト中だ。店内を見渡してはみたが、客は誰もいなかった。脂にまみれた小さなテレビが、むなしく光を放ってなにか喋っている。
「じゃあ、担々麺と…持ち帰りで餃子を」
「大盛りにしようか?」
「いいんすか?」
「明日はきっと、行列ができるから大丈夫さ」
餃子は母の夕飯だ。帰りが遅い母のため、久賀は何かしら持ち帰るようにしている。
冗談を言いながら、店長は嫌な顔ひとつせずに、まかないをさっと作ってくれた。
しかし本当に儲けが出ているのか、店長に聞きたくなる時もあるが、自分が心配することではないと久賀は思った。
「じゃあ、お先っす」
「お疲れ。明日もよろしくたのむよ」
錆が目立つドアをあける。
二十時にもなると涼しくなるかと思ったが、そうでもなかった。額に汗がにじむ。久賀は原付にまたがり、帰路についた。
そんな繰り返しの毎日が、しばらく続いたのだった。
「今日は忙しかったな」
時計の針は、二十二時に迫ろうとしていた。
今日は珍しくバイトが忙しく、時間が経つのがいつもより早く感じられた。客がほとんど途切れることがなかったのだ。
店長も心なしか機嫌が良い。
「久賀くん、今日の賄いは特別メニューだぞ。ありがとうな」
「たまには、こういう忙しい日もあるんすね」
「たまにでなく、毎日こうあってほしいものだがな」
それは勘弁してほしいと、口から出かかった言葉を久賀は飲み込んだ。
あまりに忙しいと、帰宅も遅くなるし、翌日の朝起きるのが辛くなるからだ。
そして、学校をさぼりたくなってしまう。
真面目な生徒であるつもりなどはさらさらないが、自分から学校をとってしまうと本当に何も残らなくなってしまう。
-それがなんとなく、怖かった。
「じゃあ、おつかれっした」
気怠いが、久賀は原付バイクに跨った。
エンジンの乾いた音が、夜に響く。
あとは帰ってシャワーを浴びて、母の夕飯を用意しておくだけだ。
そして小さくて狭い自分の部屋に入って、ベッドに横たわって眠くなるのを待つ。気付けば朝を迎えるという、繰り返しの日々。
特別変わったことなどはほとんどなく、事件も事故もなく、ただ淡々と季節が移ろう単調な日々。
そういえばあの漫画の展開はどうなったんだろう。何ヶ月か前から読まなくなっていた漫画の続きなどを気にしてみたりもした。思い出せなくなっている。そして恐らく今後も、思い出す事はないのだろう。
何かが変わる必要はない。変える必要もない。
-変える勇気もありはしない。
そういう自分になってしまった事に気付き、久賀は自嘲した。
目の前の信号が、赤に変わる。風が優しく頬を撫でていった。
「えっ」
交差点。不意に、久賀の口から声が漏れた。
横断歩道手前。久賀の視線の先に、自転車に乗った学生服姿の男が見える。他にスーツ姿のサラリーマンと、女性の姿も見えた。
問題なのはその後ろだ。
距離にして数メートル。
明らかに異常な運転をしている車が、信号待ちをしている人に近付いていた。
もう声は出なかった。視線を逸らそうともしなかった。
ただこれから目の前で起きるであろう惨劇に、久賀は身構えた。
最初にあがったのは、悲鳴だった。
やはり、と思った。
車が、突っ込んでいる。人がなにか別のもののように、弾き飛ばされていた。
心臓が強く脈を打つ。
久賀は、信号が青に変わってから、事故現場へと向かった。
自分に何かできることがあるのか、考える前に体が動いていた。
二十二時半。取り出した携帯電話の画面にそうあった。
まず、救急車を呼んだ。次に警察。あと何をすればいい。自問自答を繰り返す。
バイトが終わったのは二十二時だったので、既に深夜と呼べる時間帯である。
なのでもう、通行人などの姿はほとんど見られなかった。
事故を起こした車は、かなり遠い場所まで進んでいた。
動いてはいない。
電柱に突っ込んでいるようだった。あれでは運転手もただでは済まないだろう。
「おい、大丈夫か?」
久賀は、自転車に乗っていた学生服の男の肩を揺すった。
頭から、血を流していた。久賀は、バイト先の店長に貰ったタオルがある事に気付き、頭に巻いた。止血にはならないだろうが、流し続けるよりはいいだろうと思ったからだ。なにより、流れ続ける血を見続けたくないと思った。
男が自分と同じ制服を着ている事に、久賀は気付いた。そして、野球部だということも、すぐにわかった。
野球部の連中がいつも肩から下げているセカンドバックの紐が、体に巻きついていたからだ。セカンドバックそのものは、数メートル先に吹き飛ばされていた。
それだけで、事故の衝撃の強さを知ることができる。
こういう時、一体何をすればいいのか正直なところわからなかったが、久賀は千切れて巻きついているセカンドバックの紐を外してやり、体に負担がかからないような体勢に整えてやった。
この男に意識はないようだ。
スーツ姿の男もやはり、意識はないようだった。ただ幸いにして、一緒にいた女性はほとんど無傷のようだった。スーツ姿の男が、咄嗟に庇ったのかもしれない。久賀はそう思った。
「救急車は、呼んであります。警察も。あとは」
言いながら、久賀は女性を見た。
街灯だけがたよりなく、惨状を照らしている。
女性は、呆然としていた。涙を浮かべるでも、怒りに満ち溢れた顔をしているでもない。
そこに、表情はなかった。
当然だと久賀は思った。自分がどうしてここまで冷静でいられたのか、不思議だった。
「大丈夫ですか?」
どこからか、人の声がした。
気付いた時には、周りに大人たちが数人いた。異常な事態に気付き、駆けつけたのだろう。
「そこのゲームセンターの店長をやっています。あまりに大きい音がしたので、来ました。救急車は、呼んでありますか?警察も」
久賀は頷き、そこでひと安心した。
遠くで響いていたサイレンもいつの間にか間近に来ていて、やがて鳴り止んだ。
降りてきた救急隊員たちが素早い動きで学生服の男とスーツ姿の男を抱え、タンカーに乗せている。
きびきびとしたその動きを、久賀はただ呆然と見つめていた。
「君が第一発見者だね。状況を覚えてるかい?」
頷き、久賀は救急隊員の目を見た。それから、運ばれていく学生服の男を見た。
-死ぬなよ。
心の中でそう呟き、久賀は救急隊員に話しを始めたのだった。
翌日学校へ行くと、やはり昨晩の事故の件は大きな話題となっていた。
夢ではなかったのだと久賀は思った。
しかし、自分が第一発見者である事を、久賀は周囲に語ったりはしなかった。いろいろと聞かれるのは面倒なことだと思っているし、なにより学校に友人と呼べる者はいないからだ。
高校に入学した直後から、髪を伸ばし、そして染めた。
髪型にこだわりがある訳ではなかった。
そういう格好をしておけば、誰も近寄ってはこないからだ。
野球を辞めた頃から、友人という存在が煩わしくなっていた。ただ、自分の足を引っ張るだけの存在。そうとしか思えなくなっていたからである。
ぼんやりと、昨晩の事故の事を考えていただけで、時計の針は進んでいった。
五時限目を過ぎたところで、久賀は学校を抜け出した。
郊外にある大学病院に、彼は入院しているということを小耳に挟んだからだ。
頭から血を流していた学生服の男。
なんとなく、会わなければならないという気に、久賀はなっていた。
原付に跨る。ここから三十分程の距離である。今日のバイトは遅刻だなと、ヘルメットを被ってから久賀は思った。
病院の受付を済ませ、階段を登った。フロアに響き渡る自分の足音が、どこか不気味だった。こういう場所は苦手である。
彼が入院している病室が近付くにつれ、心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。
-死んでないよな。
人の死、というものを、久賀はまだ経験したことがなかった。父は亡くなっているが、それは久賀が生まれる前のことだ。写真の中で笑う顔でしか、父の事を知らない。どんな父親だったのか、母に尋ねた事もあった気がするが、どんな返答があったのかはもう覚えていなかった。
学生服。血まみれの頭。反応のない体。
病室に近付く度に、昨晩の様々なことが、久賀の脳裏に蘇っていく。
ひとつ深呼吸をしてから、久賀はできるだけ静かに、しかし確かに響くように、病室のドアをノックした。
白いベッドの上。彼は横たわっていた。
席を外しているのか、一度帰ったのか。家族の姿はなく、誰もいないようだった。
-死んではなさそうだな。なんか、思ったより大丈夫そうだ。
よかった。そう思って、久賀は胸を撫で下ろした。思わず煙草を吸いたくなるが、ここは病院だ。吸えるわけがない。
もう一度、久賀は彼の顔を見た。子供のような顔をして、眠っている。
春日優斗。
それが、彼の名前のようだった。
同じ制服を着ていたことは確かなので、霧島学園の生徒に違いはない。
ただ、学年だけはわからなかった。
本当に、自分は学校の誰とも関わりがないのだ。孤立しているなぁと思い、久賀は苦笑した。
窓の外に目をやる。
大きな入道雲が見えた。あの雲が、雨雲となり、やがて雨を降らすのだ。
夕立が、久賀は嫌いだった。なす術もなく、ただバケツをひっくり返したような雨に打たれる。
雨が降る前には帰ろう。
入道雲は灰色を抱え、青い空に浮いていた。
「どうもありがとう、久賀くん」
不意に、声がした。
驚き、久賀の心臓はひとつかふたつ、強く脈を打った。
消え入るような声だったが、あまりに突然だったので、久賀の体はぴくりと動いた。
振り返るが、誰もいない。
「おまえ、喋れるのかよ」
久賀が、ベッドの上に視線をやる。
声の主は、春日優斗だった。僅かに瞼が開いている。
「まだ、体は動かないけどね。でも、話はできる」
僅かにしか開いていなかった瞼が、やがてはっきりと見開いた。
大きな目が、印象的だった。
頭に巻かれた包帯は、前髪で見え隠れしている。どこか幼さを残した表情が、久賀のほうを向いた。
「お医者さんが、発見が遅れていたら、どうなっていたかわからないって。最初に見つけてくれたのが、久賀くんだよね。本当にありがとう」
あの時、意識があったのか。
目の前で話をしている春日が、久賀は信じられなかった。もしかしたら死んでしまったかもしれないと、どこかで思っていた自分がいるのだ。
「まあ、よかった」
そっけない返事しかできない。
久賀は、何を話し、どういう表情をしたらいいのかがわからなくなっていた。
聞きたいことは、たくさんある。
なぜ自分の名前を知っているのか。学年は。野球の練習は、あんな時間までやっているのか。
「じゃあ、帰る。お前が目を覚ましてくれてよかったよ」
それでも久賀はそう言って、床に降ろしていた鞄に手をかけた。
あの夜、あの事故が起きなければ、他人同士のまま、なにもなかったはずなのだ。
春日がこれから回復して、また学校へ行けるようになる。野球もできるようになり、充実した日々に戻る。
自分は学校とバイトを往復するだけの日々へ戻る。
すべてが元通りになれば、もう、春日と会話をすることもなくなる。
恐らくそれが一番の平和というやつなのだ。その平和を取り戻す為に、ただ淡々と動いていけばいい。
久賀は、春日に背を向けた。
「ぼく、君のことを知ってるんだ」
歩き出そうとしていた久賀の足が止まる。
しかし久賀は、振り返らなかった。
「白波中の、君はエースだったよね?」
春日の声は、だいぶはっきりと聞こえるようになっていた。
「それが、どうした?」
久賀はまだ、振り返らなかった。
「最初に見たときから、すごいと思った。同い年でこんなボールを投げるピッチャーがいるんだって。僕もこうなりたいって、思ったんだ」
春日の声に、力がこもっている。
久賀は、ようやく振り返った。驚く事に、春日はベッドから起き上がろうとしていた。
「お、おい、無理するなよ」
久賀は、思わず駆け寄っていた。春日と目が合う。
春日は、微笑みを浮かべていた。
「久賀くんと初めて話すのが、こんなところだなんて。なんか、変な感じ」
春日の前髪が揺れた。
およそ野球部には似付かない優男だと、久賀は思った。
不意に春日の顔が歪む。
無理に動こうとしたからだろう。あれほどの事故だったのだ。見た目では変わりなくとも、全身の見えない箇所に相当なダメージを負っているはずだ。
「とにかく、まあ、寝てろよ。野球部なんだろ」
-みんなお前を待ってるぞ。
最後まで言葉を紡ぐ事はできず、久賀は病室を後にした。
翌日も、久賀は病院へと向かっていた。
暇だったからだ、というのは言い訳で、なんとなく、春日という男に会いたくなっていたからだ。
当然、学校は、早退である。
しかしすでに、病院に到着した時刻は十四時半を回っていた。
「やあ」
今日は、春日は起きていた。
昨日より、顔色も良くなったような気がする。
はっきりと、春日の表情が見てとれる。
あまりに早い回復力に、久賀は正直驚いていた。
「これ、食えるか?」
ラーメン屋の名前が入った、薄い袋を春日に見せる。久賀はバイト先の店長に作ってもらった特製のチャーハンを袋から取り出し、小さな台の上に置いた。
「バイト先のだ。うまいぞ。まあ、お前が食えなくても、誰か家族が食ったらいい」
「どうもありがとう」
にこりと笑って、春日は台に置かれたチャーハンを見た。袋に書かれているラーメン屋の名前を、春日はまじまじと見つめている。
「バイト、してるんだね」
「まあな」
バイトをしているということを誰かに知られたのは初めてのことだった。学校にさえ、許可をもらうための届け出を提出していない。
そういうことが、久賀にとってはたまらなく面倒だからだ。
久賀は、そばにあった椅子に腰掛けた。
「もっと前から、久賀くんと話しがしたかった。でも君は、学校が終わるとすぐいなくなっちゃうから。君には、みんなが知らない別の生活があるんだと思ってた」
「ただ、バイトしてるだけだ。つまらねえ生活だよ」
「でも、バイトも、大変だよねえ」
他愛もない会話が続いた。
学校のこと、野球部のこと、彼女はいるのか、テストの成績は。
会話が楽しいという感覚を、久賀は久しぶりに思い出していた。壁にかかっている時計の秒針が進む音が、たまに訪れる静寂の中に響く。
窓の外。烏が鳴いている。
久賀がまず見てから、春日も視線を移した。
烏が飛び立った後に残ったのは、痛いくらいの青空である。
今度の静寂は、少し長い。
やがて春日が、ひとつの息をついた。
「ぼく、ピッチャーをやってるんだ」
静寂を切り裂いたのは、春日だった。
久賀の視線はまだ、窓の外にある。
「ようやく活動が認められた野球部なのに、こんなことになるなんて。悔しいよ」
そう言った春日の声は、ほんの少しだけ、震えているような気がした。
久賀は、まだ、窓の外を見ていた。
再び、静寂が訪れる。
久賀は、春日の次の言葉を待とうと思った。
「久賀くん…迷惑かもしれないけれど、聞いてほしいんだ」
久賀も、ひとつの息をついた。
なんとなくだが、久賀は、これから春日が言おうとしている言葉が、わかったような気がした。
「僕の代わりに、マウンドへ。霧島学園のピッチャーを、やってほしい」
春日の声に、力がこもっているのがわかった。
しかし、何を言ったらいいのか、どんな返事をしたらいいのか、久賀にはわからなかった。
「中学時代の君のピッチングを、ずっと見てたんだ。君に近付けるように努力もしたけど、僕なんかより君は、ずっとずっとすごいピッチャーだったから」
ようやく久賀は、春日に視線を移した。
春日の目は、まっすぐに久賀を見つめている。
「どうか、僕の代わりに」
「無理だ」
春日の言葉を遮るようにして、久賀は言った。
「おれは、ポンコツだぜ。ほら」
久賀は、学ランの胸ポケットに入れている煙草を春日に見せた。
「煙草だって吸ってるし、グラブもどっかいっちまった」
「煙草なんてやめたらいいし、グラブは僕のを使っていいよ」
「野球にだって、興味ねえんだよ、もう」
久賀はまた、窓の外に目をやった。
まっすぐ向かってくる春日の視線が、どこか胸の奥に刺さってきて、痛かったからだ。
しかし窓の外の青もまた、同じように痛かった。
「そっか」
再三の静寂が、病室を包んでいた。
会話はもう、そこに生まれる感じはなかった。
これ以上はもう、ここにいたくない。
久賀はそう思って、口を開いた。
「じゃあ、帰るわ。バイトだ」
「うん。どうもありがとう、久賀くん。お土産も」
春日の方は向かずに、久賀は病室を出た。
「野球なんて」
ポツリとつぶやき、相変わらず静かな階段を降りていく。
久賀は原付に乗った。バイトの時間には余裕で間に合う。
本当は、もう少しいてもよかった。春日と話しをする時間は、悪い気がしない。
しかし、野球の話しをされるのは、勘弁だと思った。
自分はもう野球をやるつもりはないし、何より、野球という言葉を発した春日の目の輝きを見るのが怖かった。
病室で見た青空とは違った青空が、今は目の前に広がっているような気がする。
三日間続けて見舞いに行き、それから二日の間をあけた。
春日が入院してから、もうすぐ一週間が経とうとしている。
原付を飛ばして、久賀は春日の入院する病院へ向かっていた。
今日は曇りで、体にまとわりついてくる湿気が気持ち悪かった。
どれだけ原付を飛ばしても、不快な風がついてくるのだ。
春日の状態は、日に日に良くなってきているような気がした。
会話をしていても、まったく疲れを見せなくなったからだ。もう退院してもいいのではと久賀は思っていたが、一か月は様子を見るために入院生活を続けるらしい。
「今日は、餃子だ。これもうまいぞ」
「わあ、どうもありがとう」
バイト先の賄いを春日に渡すと、わかりやすく、その表情は明るくなる。
食欲は普通にあるようで、春日は久賀のバイト先の料理を楽しみにしているようだった。
野球の話しをしたのは、最初の日だけだった。
今日はどんな会話をするのか、久賀の楽しみになりつつある。
友達、という言葉を、久賀は意識し始めていた。こんなに会話が続く人物に会えたのは、高校生になって初めてだったからだ。
春日といる時間は、やはり心地がいいと思う。
「今日は、学校はどうだった?」
「学校?別に、何も変わらねえよ」
「ふふ」
会話が途切れても、春日はニコニコと微笑んでいる。
ふと、久賀は、春日が座るベッドシーツに、妙な膨らみがあることに気がついた。
左手のあたりだ。
「あ、ばれちゃった?」
久賀の視線に気付いたのか、そう言って春日は、シーツの中にあった左手を出した。
「ニヤニヤしてたのはそれのせいか」
「やっぱり落ち着くね。これがあると」
左手には、赤茶色をしたグラブがあった。
使い込まれてはいるが、きちんと手入れがされているグラブだと久賀は思った。
革に艶があるのだ。
それが投手用のものだということも、久賀にはすぐにわかった。
「へへ」
春日が、グラブを一度叩く。
乾いた音だった。不意に懐かしさに似たようなものに、久賀は襲われた。
春日の目が、まるで新しい玩具を与えられた子供のように輝いている。
久賀は、春日から視線を逸らし、窓の外に目をやった。
「また、おれを野球部に誘うつもりか?」
今度は、何かを誤魔化すかのように、久賀の方から話してみた。
「うん、そうだよ」
いたずらをするような顔で、春日が答える。
「やらねえよ、野球は」
「うん。だからさ」
久賀はそっと、春日の方を向いてみた。
春日は、左手に装着したグラブに、視線を落としている。
「僕が復帰するまで、マウンドを守ってよ」
「復帰?」
「うん。たぶん、あと三週間くらい」
「チームメイトにやらせたらいいだろう」
「いないんだ。ギリギリの人数でやってるから、それはできない。なにより、君以上のピッチャーはなかなかいないよ。きっと、今よりもっと強くなるはずだよ」
「たった三週間で、なにが」
言いかけて、久賀は後ろを向いた。
背後に人の気配を感じたからだ。
同じ制服姿の男が、そこには立っていた。
「おれからも、頼むよ」
その男は口を開き、そのあと頭を下げていた。
彼もまた、野球部の人間だ。
春日と似た雰囲気を、身に纏っている。
「おれは、幸村。幸村翔太。春日から、名前は聞いてたよ。前からな」
頭を上げ、幸村と名乗った男は、白い歯を見せてくしゃっとした顔で笑った。
見たことのある顔だと、久賀は思った。廊下ですれ違ったのかもしれない。場所は思い出せないが、この男を確かに、久賀はどこかで見ている。
しかしなんとなく、久賀は、幸村から視線をそらした。
「翔太」
春日が言う。
幸村翔太。その名前もどこかで聞いたことがあるかもしれないと、久賀は思った。
「優斗、なんかもう、全然大丈夫そうだな。安心したよ」
「心配かけてごめん。練習は?」
「ああ、お前の様子を見たくてな。あとから合流するつもりだ」
爽やかな男だと、幸村の話しぶりを見ながら久賀は思った。
自分には全くないものを、幸村は確かに持っている。
「おれはさ、いちおう、野球部のキャプテンをやってる。久賀くん、おれは君に」
「無理だ、野球は。おれにだって事情が」
視線を逸らしたまま、久賀は答えた。
「それを承知で、頼む」
今度は深々と、幸村は頭を下げていた。
こんなに他人に頭を下げられたのは、久賀にとっては初めての経験だった。
「どうしておれにそんなにこだわる?他にもピッチャーなんて、できる奴はいるだろう」
「いないから、言っているんだ。それに」
幸村が、ちらりと春日に目をやる。
「優斗から、久賀くんの凄さってのを聞いてたんだ。一年の頃からな。どうか、おれたち野球部を救ってほしい」
霧島学園の野球部のことは、久賀は春日から聞いていた。
かつて野球部は存在していたのだが、生徒数の減少から、消滅してしまっていたらしい。
そこで、新入生として入学した春日や幸村が中心となり、野球部を設立したという。
野球部が消滅した後放置されてしまい、雑草が伸び放題だったグラウンドも、設立した部員達で綺麗に整備したという。
野球部のない学校を選んで進学したつもりだったのだが、誤算だったと久賀は思った。
現在は二年生が五人。一年生が四人のチームで、活動しているという。
確かに人数はギリギリだ。
「頼む…」
幸村と春日の真剣さは、十分に伝わっている。
久賀は、それは理解していた。
幸村はもう一度、頭を深々と下げていた。
「おれにも、時間がほしい。少し考えさせてくれ」
絞り出すように、逃げるように、久賀は言った。
春日は、ニコニコと微笑んでいるままだ。
グラブは左手から外してあって、シーツの上に置いている。
二人を横目に、久賀は病室を出た。
病院の外。
曇り空は、もうなかった。
-グラブはぼくのを使っていいよ。
そう言った春日の顔と言葉が、久賀の頭に浮かんだ。
空には、野球を辞めたあの日と同じ、青と白が広がっている。
「野球か」
ポツリとつぶやき、久賀は胸ポケットの煙草に手を伸ばそうとしたが、なんとなくやめておいた。
春日の容態が急変したと聞いたのは、翌日のことだった。
原付を、飛ばしていた。
春日が集中治療室に入ったということを、学校で幸村から聞いた。
学校で誰かに話しかけられたのは、初めてのことだった。
集中治療室。
聞き慣れない、むしろ初めて聞いたような言葉だった。
病室であんなに話をしていたのに、元気そうに見えたのに、急に悪化するものなのだろうか。
様々な思いや感情が、久賀の頭の中を巡っている。
病院に着くと、すぐに幸村に会った。
「優斗がやべえよ。久賀くん、優斗が」
幸村の目には、光るものが見えた。
当然だが、集中治療室にいる間は、春日と面会はできない。
「いま、どうなってる」
「わからねえ。でも、やばいってことだけはわかる。交通事故ってのは、見た目は大丈夫そうでも、後から急に倒れるってことがあるらしい」
幸村は落ち着かない様子で、あたりをうろうろしていた。
そして何か思いついたように、立ち止まる。
「そうだ」
そう言って幸村は、セカンドバッグの中から、袋を取り出した。
「優斗から、預かってる」
久賀はそれを両手で受け取った。
それがグラブであるということは、すぐにわかった。
「これは」
「笑ってた。絶対、久賀くんは霧島学園のマウンドに立ってくれるって、あいつ確信してたぜ」
幸村が、目に涙を浮かべたまま、白い歯を見せて笑う。
「優斗が戻ってくるまで、頼む。久賀くん。背番号1を、用意してある」
久賀は、一つのため息をついた。
野球。
心臓が、強く脈を打つ。
「勝手な奴らだ、まったく」
久賀がそう言うと、幸村はまた、くしゃっとした顔で笑った。
「バイト、辞めてくる」
短く言って、久賀はその場を離れた。
-死ぬなよ、春日。お前が戻ってくるまで、とりあえずこのグラブ、借りるぜ。
何が決め手になったのかは、自分でもよくわからない。
ただ、春日に元通りになってほしいと、心から久賀は思っただけだ。
自分が、春日の代わりにマウンドに立つ事により、春日が元通りになるというのであれば、少しの間だけ、野球に復帰しよう。
自分にそう思わせるだけの何かが、春日と幸村には確かにあるのだ。
それも今では昔のこと。
中学生の頃に母に買ってもらい、それからずっと使っているポケットラジオからは、途切れ途切れに野球中継の音が聴こえる。
久賀諒平はため息をついてから、学ランの胸ポケットに手を伸ばした。煙草だ。
-そういえばこないだ、佐藤が見つかって謹慎になってたな。
教師共に見つかったら面倒なことになるのは知っていたので、伸ばした手を頭の上にやった。校舎を囲んでいるフェンスに、もたれかかる。
最近は校則やらなにやらが以前よりずっとうるさくなったらしく、佐藤は坊主頭になった上、二週間の自宅謹慎を命じられていた。坊主頭は勘弁だが、自宅謹慎は悪くない。
-合法的に来なくていいの、いいなあ。サボれるわけだし。
空。青い空に白い雲が浮かんでいる。灰色を抱えた入道雲が、東の空に見えた。一雨、くるのだろうか。
そういえば、季節はもう、夏である。
校舎裏。時計の針は、十六時を差そうとしていた。
「諒平か?」
突然の声に、久賀の体はぴくりと反応した。
しわがれた声だった。自分の名前を確かに呼んでいる。下の名前を呼んでいるので、教師ではないはずだ。一瞬で、久賀の脳内は声の主の正体を探る。
「諒平だろう。おい、諒平」
「なんすか?ていうか、誰すか?」
「誰って、そりゃないだろう」
視線の先には、やはり、思った通りの顔があった。
山内省三ヘッドコーチ。
中学時代、かつて野球をやっていた時の、いわば恩師である。かつて、ではあるが。随分老けたように見えるが、声の質は変わっていない。懐かしさのようなものに、久賀は襲われた。
「なんだその髪の色は。それに、授業はどうした?」
「いま、何時だと思ってんすか。もう四時になるんすよ」
「もうそんな時間か。いや、たまたま通りかかったところに、見知った後ろ姿があったもんでな。まあ、元気そうでなによりだ」
本当に、皺が多くなった。話をしながら、久賀は思った。時は流れているのだ。
「じゃ、そろそろバイトなんで」
「諒平」
立ち上がり、背を向けて立ち去ろうとした久賀を、山内ヘッドコーチが呼び止めた。
「もう、野球は。野球はやらないのか?」
「おれ、いま高二っすよ。今さら野球なんて。それにもう」
答えながら、久賀の足は前に動き出していた。山内ヘッドコーチの顔など、久賀は既に見てもいない。
「興味ないっす」
短いその言葉とほとんど同時に、チャイムが鳴った。山内ヘッドコーチはまだ何か言っているようだったが、久賀が振り返る事はなかった。
霧島学園のグラウンドでは、野球部の大きな声が響き渡っている。
「野球部のない学校を選んだはずだったんだけどな」
小さくつぶやき、久賀はバイト先へ急いだ。
原付バイクを、少し離れたところに停めてある。学校は、原付通学を禁止しているのだ。
久賀は、高校生になってからすぐにアルバイトをはじめた。ラーメン屋である。
特にどこで働きたいという希望はなかった。
時給がそこそこならそれで良いと思っていたのだ。家と学校の、ちょうど中間地点にたまたまそのラーメン屋があったので、選んだだけだ。
それに、賄いがつくというのも、久賀にとってはとても都合がよかった。
母の帰りが、いつも遅いからである。
父の顔は、写真の中でしか見たことがなかった。
「遅かったね久賀くん、補修かい?」
「いや、ちょっといろいろあって」
「今日は忙しくなりそうだ。たのむよ」
「はい」
制服、というほどのものではないが、久賀は着替え、厨房に出た。
店内には、脂にまみれた小さなテレビがひとつある。
店長は野球に興味がないのか、ほとんど野球中継を映したことがない。野球の話もしてこない。大抵はお笑い番組か、ニュースなどが映っている。
「今日、忙しくなるんじゃなかったんすか?」
「おかしいな…」
店長が忙しくなりそうだと言った時は、ほとんどの場合客は来ない。わかりきっていることだった。
今日は木曜だ。店長には悪いが、わざわざ外食なんて、とも思う。
やたらと進みが遅い時計を見ながら、久賀はぼんやりと、昔の事を思い出していた。
-二死、走者二・三塁。
スコアボード。2対0である。
七回の裏。中学三年の夏。
久賀諒平は、マウンドの上にいた。
地区予選決勝。この回を抑えれば、勝ちである。
全国大会への切符は目前にあった。監督、コーチ、選手、全員がその大舞台を夢見ていた。その夢舞台への切符が、すぐそこにあるのだ。
マウンドの上。深呼吸をひとつ。
ここは、孤独になる場所。しかし、ひとりではない。
久賀はちらりとベンチに目をやった。
山内ヘッドコーチと目が合う。
大丈夫、そう言い合った気がした。
捕手とサインのやり取りをした後、初球、二球目と簡単にストライクをとり、三球目だった。
鈍い打球音が響く。
「サード!」
力のない打球が転がる。
-勝った。
久賀は、確信した。なんでもない、ボテボテのサードゴロである。
しかしそう思ったのは束の間で、相手ベンチの絶叫で我に返った。何をそんなに盛り上がるのか、訳がわからなかったが、三塁手の後藤の送球が、短かったのだ。
ファーストミットが白球を弾く。
三塁走者は本塁へ還り、点差は一点となっていた。
走者一塁・三塁で、試合が再開する。
あとひとつのアウトで、勝てるのだ。
全国大会。お前達全員を、俺が連れて行く。
本気で久賀はそう思っていた。投手である自分の力で、ここまできたと思っているのだ。そしてこれからも、抑え続けてみせる。お前達はただ、ついてくればいい。
あとひとつ。あとひとり、アウトにすればいい。しかしそのアウトがなぜか、久賀にはとてつもなく遠く感じられた。
白球が、指にかかる。
調子はわるくなかった。事実、先程一点を取られたが、それは失策のせいなので自分に責任はない。ここまで相手を完封しているのだ。
打者がバットを振り始める。空を切った音がした。得意のスライダーが、外角低めへと決まる。
「ストライク!」
あとストライク二つ。それで勝てる。
全国大会へいける。そのために、今日まで練習を重ねてきたのだ。
「ストライクツー!!」
二球目は、ストレートだ。内角高めへと決まり、打者は手を出してこなかった。
久賀は、唇を真一文字に結んだ。
-あと一球。
唾を飲んだ。あと一球。それで勝てる。
捕手のサインには、久賀は首を横に振った。遊び球を要求してきたが、そんなものは必要ないと久賀は思った。
回り道など、する必要がないと思っているからだ。実際、打者は二球目のストレートに、体がまったく反応していなかったのだ。打つ気がないのか、とも思った。
三球目を投げ込む。すぐに、金属バットの音がした。
打者がバットを置いて走り出す。当てられた。しかし打球は死んでいる。力のないゴロが二塁へいった。
また、相手ベンチの絶叫だった。
聞きたくない声がいくつも耳に入ってきた。二塁手の、失策である。
白球は転々と、グラウンドに転がっていた。
同点にされた。紛れもない事実だ。
スコアボードに、両校同じ数字が刻まれる。
二点の差を、味方のせいで、失った。
-ちくしょう!
叫び声をあげそうになった自分のこころを、久賀は必死に押さえつけた。
俺が、どんな気持ちでマウンドにいると思っているのか、お前達にはわからないのか。
全国大会が、遠ざかる。
目の前にあったのにだ。あとひとつのアウト。ただそれだけなのに、それが遠い。
次の打者は、四番だった。しかし四番打者といえど、ここまで完璧に抑えている。
敵ではないと、久賀は心底思っていた。
二死、走者は一・二塁。とにかく、この四番打者を打ち取る。それだけだ。
やがて出された捕手のサインに、久賀は目を疑った。
敬遠。何度目をこらしても、そのサインが出ている。
-この俺を、信じられないのか。
久賀の不満は爆発していた。守備陣への不満。そして、捕手への不満。
久賀は、捕手のサインに首を振るでもなく、無視を決め込んだ。
-お前がこんなに無能な奴だとは思わなかったぜ。
サインを無視して投げた初球。渾身のストレートを、久賀は捕手のミットめがけて投げ込んだ。打たれる訳がない。
磨き続けたストレートだ。
しかし、打球は、三遊間を抜けていた。
-負けた。最後の夏が終わった。
空を、見ていた。不思議と涙は、流れてこなかった。あんなに練習したんだけどな。久賀は帽子を取り、マウンドを降りた。
あっけない終わりだと思った。中学生活の全てを捧げた三年間の最後が、これか。まあ、きっとそんなもんなんだろう。
ほとんどの同い年の奴らも、輝く事などはなく、ただ淡く消えていく。自分もその中のひとりだったというだけだ。
それからの生活で、久賀が白球を握る事はなかった。
使っていたグラブでさえ、今はもうどこにあるのかすらわからない。
「久賀くん。今日はもう、バイト上がりでいいぞ。どうする、なにか食っていくか?」
店長の声で、久賀はふと我に返った。
そういえば今はバイト中だ。店内を見渡してはみたが、客は誰もいなかった。脂にまみれた小さなテレビが、むなしく光を放ってなにか喋っている。
「じゃあ、担々麺と…持ち帰りで餃子を」
「大盛りにしようか?」
「いいんすか?」
「明日はきっと、行列ができるから大丈夫さ」
餃子は母の夕飯だ。帰りが遅い母のため、久賀は何かしら持ち帰るようにしている。
冗談を言いながら、店長は嫌な顔ひとつせずに、まかないをさっと作ってくれた。
しかし本当に儲けが出ているのか、店長に聞きたくなる時もあるが、自分が心配することではないと久賀は思った。
「じゃあ、お先っす」
「お疲れ。明日もよろしくたのむよ」
錆が目立つドアをあける。
二十時にもなると涼しくなるかと思ったが、そうでもなかった。額に汗がにじむ。久賀は原付にまたがり、帰路についた。
そんな繰り返しの毎日が、しばらく続いたのだった。
「今日は忙しかったな」
時計の針は、二十二時に迫ろうとしていた。
今日は珍しくバイトが忙しく、時間が経つのがいつもより早く感じられた。客がほとんど途切れることがなかったのだ。
店長も心なしか機嫌が良い。
「久賀くん、今日の賄いは特別メニューだぞ。ありがとうな」
「たまには、こういう忙しい日もあるんすね」
「たまにでなく、毎日こうあってほしいものだがな」
それは勘弁してほしいと、口から出かかった言葉を久賀は飲み込んだ。
あまりに忙しいと、帰宅も遅くなるし、翌日の朝起きるのが辛くなるからだ。
そして、学校をさぼりたくなってしまう。
真面目な生徒であるつもりなどはさらさらないが、自分から学校をとってしまうと本当に何も残らなくなってしまう。
-それがなんとなく、怖かった。
「じゃあ、おつかれっした」
気怠いが、久賀は原付バイクに跨った。
エンジンの乾いた音が、夜に響く。
あとは帰ってシャワーを浴びて、母の夕飯を用意しておくだけだ。
そして小さくて狭い自分の部屋に入って、ベッドに横たわって眠くなるのを待つ。気付けば朝を迎えるという、繰り返しの日々。
特別変わったことなどはほとんどなく、事件も事故もなく、ただ淡々と季節が移ろう単調な日々。
そういえばあの漫画の展開はどうなったんだろう。何ヶ月か前から読まなくなっていた漫画の続きなどを気にしてみたりもした。思い出せなくなっている。そして恐らく今後も、思い出す事はないのだろう。
何かが変わる必要はない。変える必要もない。
-変える勇気もありはしない。
そういう自分になってしまった事に気付き、久賀は自嘲した。
目の前の信号が、赤に変わる。風が優しく頬を撫でていった。
「えっ」
交差点。不意に、久賀の口から声が漏れた。
横断歩道手前。久賀の視線の先に、自転車に乗った学生服姿の男が見える。他にスーツ姿のサラリーマンと、女性の姿も見えた。
問題なのはその後ろだ。
距離にして数メートル。
明らかに異常な運転をしている車が、信号待ちをしている人に近付いていた。
もう声は出なかった。視線を逸らそうともしなかった。
ただこれから目の前で起きるであろう惨劇に、久賀は身構えた。
最初にあがったのは、悲鳴だった。
やはり、と思った。
車が、突っ込んでいる。人がなにか別のもののように、弾き飛ばされていた。
心臓が強く脈を打つ。
久賀は、信号が青に変わってから、事故現場へと向かった。
自分に何かできることがあるのか、考える前に体が動いていた。
二十二時半。取り出した携帯電話の画面にそうあった。
まず、救急車を呼んだ。次に警察。あと何をすればいい。自問自答を繰り返す。
バイトが終わったのは二十二時だったので、既に深夜と呼べる時間帯である。
なのでもう、通行人などの姿はほとんど見られなかった。
事故を起こした車は、かなり遠い場所まで進んでいた。
動いてはいない。
電柱に突っ込んでいるようだった。あれでは運転手もただでは済まないだろう。
「おい、大丈夫か?」
久賀は、自転車に乗っていた学生服の男の肩を揺すった。
頭から、血を流していた。久賀は、バイト先の店長に貰ったタオルがある事に気付き、頭に巻いた。止血にはならないだろうが、流し続けるよりはいいだろうと思ったからだ。なにより、流れ続ける血を見続けたくないと思った。
男が自分と同じ制服を着ている事に、久賀は気付いた。そして、野球部だということも、すぐにわかった。
野球部の連中がいつも肩から下げているセカンドバックの紐が、体に巻きついていたからだ。セカンドバックそのものは、数メートル先に吹き飛ばされていた。
それだけで、事故の衝撃の強さを知ることができる。
こういう時、一体何をすればいいのか正直なところわからなかったが、久賀は千切れて巻きついているセカンドバックの紐を外してやり、体に負担がかからないような体勢に整えてやった。
この男に意識はないようだ。
スーツ姿の男もやはり、意識はないようだった。ただ幸いにして、一緒にいた女性はほとんど無傷のようだった。スーツ姿の男が、咄嗟に庇ったのかもしれない。久賀はそう思った。
「救急車は、呼んであります。警察も。あとは」
言いながら、久賀は女性を見た。
街灯だけがたよりなく、惨状を照らしている。
女性は、呆然としていた。涙を浮かべるでも、怒りに満ち溢れた顔をしているでもない。
そこに、表情はなかった。
当然だと久賀は思った。自分がどうしてここまで冷静でいられたのか、不思議だった。
「大丈夫ですか?」
どこからか、人の声がした。
気付いた時には、周りに大人たちが数人いた。異常な事態に気付き、駆けつけたのだろう。
「そこのゲームセンターの店長をやっています。あまりに大きい音がしたので、来ました。救急車は、呼んでありますか?警察も」
久賀は頷き、そこでひと安心した。
遠くで響いていたサイレンもいつの間にか間近に来ていて、やがて鳴り止んだ。
降りてきた救急隊員たちが素早い動きで学生服の男とスーツ姿の男を抱え、タンカーに乗せている。
きびきびとしたその動きを、久賀はただ呆然と見つめていた。
「君が第一発見者だね。状況を覚えてるかい?」
頷き、久賀は救急隊員の目を見た。それから、運ばれていく学生服の男を見た。
-死ぬなよ。
心の中でそう呟き、久賀は救急隊員に話しを始めたのだった。
翌日学校へ行くと、やはり昨晩の事故の件は大きな話題となっていた。
夢ではなかったのだと久賀は思った。
しかし、自分が第一発見者である事を、久賀は周囲に語ったりはしなかった。いろいろと聞かれるのは面倒なことだと思っているし、なにより学校に友人と呼べる者はいないからだ。
高校に入学した直後から、髪を伸ばし、そして染めた。
髪型にこだわりがある訳ではなかった。
そういう格好をしておけば、誰も近寄ってはこないからだ。
野球を辞めた頃から、友人という存在が煩わしくなっていた。ただ、自分の足を引っ張るだけの存在。そうとしか思えなくなっていたからである。
ぼんやりと、昨晩の事故の事を考えていただけで、時計の針は進んでいった。
五時限目を過ぎたところで、久賀は学校を抜け出した。
郊外にある大学病院に、彼は入院しているということを小耳に挟んだからだ。
頭から血を流していた学生服の男。
なんとなく、会わなければならないという気に、久賀はなっていた。
原付に跨る。ここから三十分程の距離である。今日のバイトは遅刻だなと、ヘルメットを被ってから久賀は思った。
病院の受付を済ませ、階段を登った。フロアに響き渡る自分の足音が、どこか不気味だった。こういう場所は苦手である。
彼が入院している病室が近付くにつれ、心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。
-死んでないよな。
人の死、というものを、久賀はまだ経験したことがなかった。父は亡くなっているが、それは久賀が生まれる前のことだ。写真の中で笑う顔でしか、父の事を知らない。どんな父親だったのか、母に尋ねた事もあった気がするが、どんな返答があったのかはもう覚えていなかった。
学生服。血まみれの頭。反応のない体。
病室に近付く度に、昨晩の様々なことが、久賀の脳裏に蘇っていく。
ひとつ深呼吸をしてから、久賀はできるだけ静かに、しかし確かに響くように、病室のドアをノックした。
白いベッドの上。彼は横たわっていた。
席を外しているのか、一度帰ったのか。家族の姿はなく、誰もいないようだった。
-死んではなさそうだな。なんか、思ったより大丈夫そうだ。
よかった。そう思って、久賀は胸を撫で下ろした。思わず煙草を吸いたくなるが、ここは病院だ。吸えるわけがない。
もう一度、久賀は彼の顔を見た。子供のような顔をして、眠っている。
春日優斗。
それが、彼の名前のようだった。
同じ制服を着ていたことは確かなので、霧島学園の生徒に違いはない。
ただ、学年だけはわからなかった。
本当に、自分は学校の誰とも関わりがないのだ。孤立しているなぁと思い、久賀は苦笑した。
窓の外に目をやる。
大きな入道雲が見えた。あの雲が、雨雲となり、やがて雨を降らすのだ。
夕立が、久賀は嫌いだった。なす術もなく、ただバケツをひっくり返したような雨に打たれる。
雨が降る前には帰ろう。
入道雲は灰色を抱え、青い空に浮いていた。
「どうもありがとう、久賀くん」
不意に、声がした。
驚き、久賀の心臓はひとつかふたつ、強く脈を打った。
消え入るような声だったが、あまりに突然だったので、久賀の体はぴくりと動いた。
振り返るが、誰もいない。
「おまえ、喋れるのかよ」
久賀が、ベッドの上に視線をやる。
声の主は、春日優斗だった。僅かに瞼が開いている。
「まだ、体は動かないけどね。でも、話はできる」
僅かにしか開いていなかった瞼が、やがてはっきりと見開いた。
大きな目が、印象的だった。
頭に巻かれた包帯は、前髪で見え隠れしている。どこか幼さを残した表情が、久賀のほうを向いた。
「お医者さんが、発見が遅れていたら、どうなっていたかわからないって。最初に見つけてくれたのが、久賀くんだよね。本当にありがとう」
あの時、意識があったのか。
目の前で話をしている春日が、久賀は信じられなかった。もしかしたら死んでしまったかもしれないと、どこかで思っていた自分がいるのだ。
「まあ、よかった」
そっけない返事しかできない。
久賀は、何を話し、どういう表情をしたらいいのかがわからなくなっていた。
聞きたいことは、たくさんある。
なぜ自分の名前を知っているのか。学年は。野球の練習は、あんな時間までやっているのか。
「じゃあ、帰る。お前が目を覚ましてくれてよかったよ」
それでも久賀はそう言って、床に降ろしていた鞄に手をかけた。
あの夜、あの事故が起きなければ、他人同士のまま、なにもなかったはずなのだ。
春日がこれから回復して、また学校へ行けるようになる。野球もできるようになり、充実した日々に戻る。
自分は学校とバイトを往復するだけの日々へ戻る。
すべてが元通りになれば、もう、春日と会話をすることもなくなる。
恐らくそれが一番の平和というやつなのだ。その平和を取り戻す為に、ただ淡々と動いていけばいい。
久賀は、春日に背を向けた。
「ぼく、君のことを知ってるんだ」
歩き出そうとしていた久賀の足が止まる。
しかし久賀は、振り返らなかった。
「白波中の、君はエースだったよね?」
春日の声は、だいぶはっきりと聞こえるようになっていた。
「それが、どうした?」
久賀はまだ、振り返らなかった。
「最初に見たときから、すごいと思った。同い年でこんなボールを投げるピッチャーがいるんだって。僕もこうなりたいって、思ったんだ」
春日の声に、力がこもっている。
久賀は、ようやく振り返った。驚く事に、春日はベッドから起き上がろうとしていた。
「お、おい、無理するなよ」
久賀は、思わず駆け寄っていた。春日と目が合う。
春日は、微笑みを浮かべていた。
「久賀くんと初めて話すのが、こんなところだなんて。なんか、変な感じ」
春日の前髪が揺れた。
およそ野球部には似付かない優男だと、久賀は思った。
不意に春日の顔が歪む。
無理に動こうとしたからだろう。あれほどの事故だったのだ。見た目では変わりなくとも、全身の見えない箇所に相当なダメージを負っているはずだ。
「とにかく、まあ、寝てろよ。野球部なんだろ」
-みんなお前を待ってるぞ。
最後まで言葉を紡ぐ事はできず、久賀は病室を後にした。
翌日も、久賀は病院へと向かっていた。
暇だったからだ、というのは言い訳で、なんとなく、春日という男に会いたくなっていたからだ。
当然、学校は、早退である。
しかしすでに、病院に到着した時刻は十四時半を回っていた。
「やあ」
今日は、春日は起きていた。
昨日より、顔色も良くなったような気がする。
はっきりと、春日の表情が見てとれる。
あまりに早い回復力に、久賀は正直驚いていた。
「これ、食えるか?」
ラーメン屋の名前が入った、薄い袋を春日に見せる。久賀はバイト先の店長に作ってもらった特製のチャーハンを袋から取り出し、小さな台の上に置いた。
「バイト先のだ。うまいぞ。まあ、お前が食えなくても、誰か家族が食ったらいい」
「どうもありがとう」
にこりと笑って、春日は台に置かれたチャーハンを見た。袋に書かれているラーメン屋の名前を、春日はまじまじと見つめている。
「バイト、してるんだね」
「まあな」
バイトをしているということを誰かに知られたのは初めてのことだった。学校にさえ、許可をもらうための届け出を提出していない。
そういうことが、久賀にとってはたまらなく面倒だからだ。
久賀は、そばにあった椅子に腰掛けた。
「もっと前から、久賀くんと話しがしたかった。でも君は、学校が終わるとすぐいなくなっちゃうから。君には、みんなが知らない別の生活があるんだと思ってた」
「ただ、バイトしてるだけだ。つまらねえ生活だよ」
「でも、バイトも、大変だよねえ」
他愛もない会話が続いた。
学校のこと、野球部のこと、彼女はいるのか、テストの成績は。
会話が楽しいという感覚を、久賀は久しぶりに思い出していた。壁にかかっている時計の秒針が進む音が、たまに訪れる静寂の中に響く。
窓の外。烏が鳴いている。
久賀がまず見てから、春日も視線を移した。
烏が飛び立った後に残ったのは、痛いくらいの青空である。
今度の静寂は、少し長い。
やがて春日が、ひとつの息をついた。
「ぼく、ピッチャーをやってるんだ」
静寂を切り裂いたのは、春日だった。
久賀の視線はまだ、窓の外にある。
「ようやく活動が認められた野球部なのに、こんなことになるなんて。悔しいよ」
そう言った春日の声は、ほんの少しだけ、震えているような気がした。
久賀は、まだ、窓の外を見ていた。
再び、静寂が訪れる。
久賀は、春日の次の言葉を待とうと思った。
「久賀くん…迷惑かもしれないけれど、聞いてほしいんだ」
久賀も、ひとつの息をついた。
なんとなくだが、久賀は、これから春日が言おうとしている言葉が、わかったような気がした。
「僕の代わりに、マウンドへ。霧島学園のピッチャーを、やってほしい」
春日の声に、力がこもっているのがわかった。
しかし、何を言ったらいいのか、どんな返事をしたらいいのか、久賀にはわからなかった。
「中学時代の君のピッチングを、ずっと見てたんだ。君に近付けるように努力もしたけど、僕なんかより君は、ずっとずっとすごいピッチャーだったから」
ようやく久賀は、春日に視線を移した。
春日の目は、まっすぐに久賀を見つめている。
「どうか、僕の代わりに」
「無理だ」
春日の言葉を遮るようにして、久賀は言った。
「おれは、ポンコツだぜ。ほら」
久賀は、学ランの胸ポケットに入れている煙草を春日に見せた。
「煙草だって吸ってるし、グラブもどっかいっちまった」
「煙草なんてやめたらいいし、グラブは僕のを使っていいよ」
「野球にだって、興味ねえんだよ、もう」
久賀はまた、窓の外に目をやった。
まっすぐ向かってくる春日の視線が、どこか胸の奥に刺さってきて、痛かったからだ。
しかし窓の外の青もまた、同じように痛かった。
「そっか」
再三の静寂が、病室を包んでいた。
会話はもう、そこに生まれる感じはなかった。
これ以上はもう、ここにいたくない。
久賀はそう思って、口を開いた。
「じゃあ、帰るわ。バイトだ」
「うん。どうもありがとう、久賀くん。お土産も」
春日の方は向かずに、久賀は病室を出た。
「野球なんて」
ポツリとつぶやき、相変わらず静かな階段を降りていく。
久賀は原付に乗った。バイトの時間には余裕で間に合う。
本当は、もう少しいてもよかった。春日と話しをする時間は、悪い気がしない。
しかし、野球の話しをされるのは、勘弁だと思った。
自分はもう野球をやるつもりはないし、何より、野球という言葉を発した春日の目の輝きを見るのが怖かった。
病室で見た青空とは違った青空が、今は目の前に広がっているような気がする。
三日間続けて見舞いに行き、それから二日の間をあけた。
春日が入院してから、もうすぐ一週間が経とうとしている。
原付を飛ばして、久賀は春日の入院する病院へ向かっていた。
今日は曇りで、体にまとわりついてくる湿気が気持ち悪かった。
どれだけ原付を飛ばしても、不快な風がついてくるのだ。
春日の状態は、日に日に良くなってきているような気がした。
会話をしていても、まったく疲れを見せなくなったからだ。もう退院してもいいのではと久賀は思っていたが、一か月は様子を見るために入院生活を続けるらしい。
「今日は、餃子だ。これもうまいぞ」
「わあ、どうもありがとう」
バイト先の賄いを春日に渡すと、わかりやすく、その表情は明るくなる。
食欲は普通にあるようで、春日は久賀のバイト先の料理を楽しみにしているようだった。
野球の話しをしたのは、最初の日だけだった。
今日はどんな会話をするのか、久賀の楽しみになりつつある。
友達、という言葉を、久賀は意識し始めていた。こんなに会話が続く人物に会えたのは、高校生になって初めてだったからだ。
春日といる時間は、やはり心地がいいと思う。
「今日は、学校はどうだった?」
「学校?別に、何も変わらねえよ」
「ふふ」
会話が途切れても、春日はニコニコと微笑んでいる。
ふと、久賀は、春日が座るベッドシーツに、妙な膨らみがあることに気がついた。
左手のあたりだ。
「あ、ばれちゃった?」
久賀の視線に気付いたのか、そう言って春日は、シーツの中にあった左手を出した。
「ニヤニヤしてたのはそれのせいか」
「やっぱり落ち着くね。これがあると」
左手には、赤茶色をしたグラブがあった。
使い込まれてはいるが、きちんと手入れがされているグラブだと久賀は思った。
革に艶があるのだ。
それが投手用のものだということも、久賀にはすぐにわかった。
「へへ」
春日が、グラブを一度叩く。
乾いた音だった。不意に懐かしさに似たようなものに、久賀は襲われた。
春日の目が、まるで新しい玩具を与えられた子供のように輝いている。
久賀は、春日から視線を逸らし、窓の外に目をやった。
「また、おれを野球部に誘うつもりか?」
今度は、何かを誤魔化すかのように、久賀の方から話してみた。
「うん、そうだよ」
いたずらをするような顔で、春日が答える。
「やらねえよ、野球は」
「うん。だからさ」
久賀はそっと、春日の方を向いてみた。
春日は、左手に装着したグラブに、視線を落としている。
「僕が復帰するまで、マウンドを守ってよ」
「復帰?」
「うん。たぶん、あと三週間くらい」
「チームメイトにやらせたらいいだろう」
「いないんだ。ギリギリの人数でやってるから、それはできない。なにより、君以上のピッチャーはなかなかいないよ。きっと、今よりもっと強くなるはずだよ」
「たった三週間で、なにが」
言いかけて、久賀は後ろを向いた。
背後に人の気配を感じたからだ。
同じ制服姿の男が、そこには立っていた。
「おれからも、頼むよ」
その男は口を開き、そのあと頭を下げていた。
彼もまた、野球部の人間だ。
春日と似た雰囲気を、身に纏っている。
「おれは、幸村。幸村翔太。春日から、名前は聞いてたよ。前からな」
頭を上げ、幸村と名乗った男は、白い歯を見せてくしゃっとした顔で笑った。
見たことのある顔だと、久賀は思った。廊下ですれ違ったのかもしれない。場所は思い出せないが、この男を確かに、久賀はどこかで見ている。
しかしなんとなく、久賀は、幸村から視線をそらした。
「翔太」
春日が言う。
幸村翔太。その名前もどこかで聞いたことがあるかもしれないと、久賀は思った。
「優斗、なんかもう、全然大丈夫そうだな。安心したよ」
「心配かけてごめん。練習は?」
「ああ、お前の様子を見たくてな。あとから合流するつもりだ」
爽やかな男だと、幸村の話しぶりを見ながら久賀は思った。
自分には全くないものを、幸村は確かに持っている。
「おれはさ、いちおう、野球部のキャプテンをやってる。久賀くん、おれは君に」
「無理だ、野球は。おれにだって事情が」
視線を逸らしたまま、久賀は答えた。
「それを承知で、頼む」
今度は深々と、幸村は頭を下げていた。
こんなに他人に頭を下げられたのは、久賀にとっては初めての経験だった。
「どうしておれにそんなにこだわる?他にもピッチャーなんて、できる奴はいるだろう」
「いないから、言っているんだ。それに」
幸村が、ちらりと春日に目をやる。
「優斗から、久賀くんの凄さってのを聞いてたんだ。一年の頃からな。どうか、おれたち野球部を救ってほしい」
霧島学園の野球部のことは、久賀は春日から聞いていた。
かつて野球部は存在していたのだが、生徒数の減少から、消滅してしまっていたらしい。
そこで、新入生として入学した春日や幸村が中心となり、野球部を設立したという。
野球部が消滅した後放置されてしまい、雑草が伸び放題だったグラウンドも、設立した部員達で綺麗に整備したという。
野球部のない学校を選んで進学したつもりだったのだが、誤算だったと久賀は思った。
現在は二年生が五人。一年生が四人のチームで、活動しているという。
確かに人数はギリギリだ。
「頼む…」
幸村と春日の真剣さは、十分に伝わっている。
久賀は、それは理解していた。
幸村はもう一度、頭を深々と下げていた。
「おれにも、時間がほしい。少し考えさせてくれ」
絞り出すように、逃げるように、久賀は言った。
春日は、ニコニコと微笑んでいるままだ。
グラブは左手から外してあって、シーツの上に置いている。
二人を横目に、久賀は病室を出た。
病院の外。
曇り空は、もうなかった。
-グラブはぼくのを使っていいよ。
そう言った春日の顔と言葉が、久賀の頭に浮かんだ。
空には、野球を辞めたあの日と同じ、青と白が広がっている。
「野球か」
ポツリとつぶやき、久賀は胸ポケットの煙草に手を伸ばそうとしたが、なんとなくやめておいた。
春日の容態が急変したと聞いたのは、翌日のことだった。
原付を、飛ばしていた。
春日が集中治療室に入ったということを、学校で幸村から聞いた。
学校で誰かに話しかけられたのは、初めてのことだった。
集中治療室。
聞き慣れない、むしろ初めて聞いたような言葉だった。
病室であんなに話をしていたのに、元気そうに見えたのに、急に悪化するものなのだろうか。
様々な思いや感情が、久賀の頭の中を巡っている。
病院に着くと、すぐに幸村に会った。
「優斗がやべえよ。久賀くん、優斗が」
幸村の目には、光るものが見えた。
当然だが、集中治療室にいる間は、春日と面会はできない。
「いま、どうなってる」
「わからねえ。でも、やばいってことだけはわかる。交通事故ってのは、見た目は大丈夫そうでも、後から急に倒れるってことがあるらしい」
幸村は落ち着かない様子で、あたりをうろうろしていた。
そして何か思いついたように、立ち止まる。
「そうだ」
そう言って幸村は、セカンドバッグの中から、袋を取り出した。
「優斗から、預かってる」
久賀はそれを両手で受け取った。
それがグラブであるということは、すぐにわかった。
「これは」
「笑ってた。絶対、久賀くんは霧島学園のマウンドに立ってくれるって、あいつ確信してたぜ」
幸村が、目に涙を浮かべたまま、白い歯を見せて笑う。
「優斗が戻ってくるまで、頼む。久賀くん。背番号1を、用意してある」
久賀は、一つのため息をついた。
野球。
心臓が、強く脈を打つ。
「勝手な奴らだ、まったく」
久賀がそう言うと、幸村はまた、くしゃっとした顔で笑った。
「バイト、辞めてくる」
短く言って、久賀はその場を離れた。
-死ぬなよ、春日。お前が戻ってくるまで、とりあえずこのグラブ、借りるぜ。
何が決め手になったのかは、自分でもよくわからない。
ただ、春日に元通りになってほしいと、心から久賀は思っただけだ。
自分が、春日の代わりにマウンドに立つ事により、春日が元通りになるというのであれば、少しの間だけ、野球に復帰しよう。
自分にそう思わせるだけの何かが、春日と幸村には確かにあるのだ。
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