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2話

4.

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「あ、あの・・・。ところで、ここにいるのは、リュド君のお友達かな。」
まさかこれほどの大人数が駆けつけて来るとは思ってもみず、戸惑っている。
「まさか・・・。」
オスカーが一人否定の意を示す中、セドリックが聖音の顔を訝しげに覗きこみながら口を挟んだ。
「お姉さん。ここの常連さんだよね。よく見かけるよー、僕。」
そのあとなぜ刑事ドラマにいそうな疑り深いベテラン刑事みたいな険しい表情で俺の方をじっと見つめるのかは知らないが、一緒によく遊ぶセドリックなら、お目にかかる機会が多い。
「うん。私も、君がリュド君と遊んでるのをよく見るよ。」
「親友だからね!」
「同級生だからな。」
得意げなセドリックの言葉と偶然にも重なってしまった。
ちょっと申し訳なくなる。
「それはそうと、怪我とか・・・。」
聖音は勢いよく首を横に振った。
「ううん!どこも怪我してないよ!私はなんともないけど・・・。」
そう言いながら、バラバラに散らばった化物の残骸を気味悪そうに見下ろす。
「電話を切った後、私は身を隠しておとなしくしていた。」
俺が状況について訊ねるのを予想していたのか、この場所でなにが起こったのかを自分から話してくれた。
「そしたらドアの外から声がしたの。なんて言ってたかな・・・ドスのきいた男の人みたいな声で、私、誰か助けに来てくれたのかなって、ドアを開けたら・・・。こんなのが・・・。」
人の言葉を話すことができるとはなんともタチが悪い。ドアには窓が付いてないため確かめようがなく、疑わずに開けたのにも問題はあるが、「誰でもいいから助けに来て欲しい」、そんな心境に置かれていたのなら仕方がないとも言える。
「近くにあるもので抵抗したんだけど、もうとにかく必死だったから殴り殺しちゃったかも。」
つまりは過剰な正当防衛がこんな事になってしまった、というわけだ。
しかしまあ、殴り殺しちゃったとは・・・。
「・・・すごい!お姉さんって強おぶぅ!?」
目をキラキラと輝かせて食いつくセドリックの顔面をハーヴェイが真正面から手のひらで叩きつけるようにしておさえつける。
「とりあえず、無事合流できたね。」
ハーヴェイの言葉に全員、安堵するどころか更に落ち込んだ表情で俯く。なぜなら、目的を失ったから。
いや、目的はあるのだがそれもまた漠然すぎてどうしていいかわからず途方にくれた。

「・・・私、家族が心配。帰らなきゃ・・・。」
突然、聖音が小声で呟いた。思わず止める。
「ダメだ!」
「ひゃっ!」
びっくりして肩が跳ね上がった。
「うかつに外に出るなって言いたいんでしょ?わかってる。帰りたくても帰れない、困ったなあ。」
ため息をつきながら力なく椅子の上に座り、項垂れた。
外は危険だ。人を平気で化かして殺す危険極まりない存在がうようよしている、そんな場所をいくら必死の抵抗で数体返り討ちにしたところで生き残れるなんて到底思えない。人間である以上かないっこない。聖音も重々承知しているからこそ帰りたくても帰れないと言っているのだろう。
「・・・そうだ。みんなはどうやってここまで来たの?」
聖音が顔を上げて誰にともなく聞いてきた。
「どうやってって・・・。」
ものすごく簡潔に言えばさっきの女の人に車に乗せてもらってここまできました、となるのだが・・・。様々なアクシデントがあったため一言でまとめていいのかどうか。というかまとめきれない。
「車の音がしたけど・・・。」
俺たちを一人一人じーっと見つめる。
「さっき出てった人にここまで連れてきてくれたんだよ!」
自慢げに話すセドリック。聖音は俺たちの誰かが運転したのではないかと疑っていたようにも見えたがスージーが車を操縦していたと聞いてもぱっとしなかった。スージーは見た目の年齢から言えば女性とそこまで変わらないように見える。セドリックはわざとらしく肩をすくめて続けた。
「あーあ。あの人さえいれば、お姉さんも家に連れて帰ることができたかもしれないね。」
散々な目に遭わされつつも実力は素直に認めていた。
「でもスージーさんにだって自分の生活があるんだからずっと頼ってばかりじゃいられないわ。」
「帰って寝るだけだろ。」
ジェニファーがスージーをかばってオスカーが冷たく返す。確かに、ずっと他人の関係でずっと付き沿ってもらうのは申し訳ない。帰って寝るだけとはいえ、実は疲れているのかもしれないし、そもそも片腕無くした人に頼むことはできない。

「はあー・・・ひとまずはみんなで一緒に行動するのがベストだね。」
セドリックの呟きにみんなの視線が集まり、オスカーを除いたみんなが頷いた。
「まさかオスカー、ここまで来ておいて一人がいいとか言うんじゃないだろうね?」
と続いてセドリックが言葉をかける。いつもふざけている印象のある奴が真剣な顔を見せるとついそっちに目がいってしまう。
「一人がいいに決まってるだろ。でも・・・いちいち考えながら行動すんのがめんどくさくなってきた。誰かさんみたいな・・・フフッ・・・頭良くないし。」
俺を横目にほくそ笑む。なぜそこで俺が皮肉を浴びなくてはいけないのか。
「お前はほんと一言多いよな?」
思わず軽く腹がたったので言い返す。
「なんだよ、褒めてやってんのにそんな言い方はないだろ?バカな俺にゃあ優等生くんが考えるようなことは思いつかないのでねえ。」
「その言い方ぜってー褒めてねえだろ!」
腕を組み踏ん反りがえって見下すオスカーは笑ってはいるものの目だけは俺をじっと睨んでいた。
「まあまあ落ち着いてよ~。」
セドリックは自分の言葉でこんなことになるとは思ってもなくおろおろしている。ハーヴェイは少し離れたところで傍観してる。
「ちょっと!今は喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょ!?」
情けないセドリックの代わりにここぞという時に仕切りたがる典型的な女子のジェニファーが間に入ってきた。
「うるせぇ!」
「きゃっ!」
しかしたやすくオスカーに振り払われ小柄な体はあっけなく後ろに倒れる。セドリックは慌てて駆け寄り、その様子が視界にふと入った途端俺は一瞬冷静を取り戻した。
「あっ・・・。」
振り向いた瞬間。誰かの手が後頭部に触れた。そしていきなり強い力でぐっと押され、同じく油断していただろう、目の前にいたオスカーの額に額を思いっきりぶつけた。
「いっ!!?」
ごつんという音が直接脳内に響いた気がした。それ以前になんともいえない痛みにオスカー共々悶絶する。痛い以外何も考えられないぐらいに、痛い。
「・・・・・・何しやがんだこのアマ!!」
俺より先に回復したオスカーが、頭突きをさせた張本人の聖音にくってかかろうとした。だが、オスカーの拳をひらりとかわして背後に回り込み、無防備になっていたもう片方の腕を上に捻り上げた。
「痛い痛い痛い!!!」
みんなが唖然としている中、聖音は困ったように眉尻を下げてすぐに解放した。オスカーはしばらく身動きが取れずその場で腕を庇いながら俺たちと同じ顔をして彼女をみつめる。
「その有り余る元気はかよわい女の子に乱暴するためじゃなくて違うところに使ってね。・・・なんの話してたっけ?」
今の身のこなしといい、化物を倒したと言われてもなんとなく納得してしまいたくなるが手を払いながら女性は苦笑いを浮かべる。なんだか拍子抜けした。
「今ので頭から抜けちゃって、ほら私急に違うことするとたまに忘れたりするんだー・・・。」
そんなの知らないしどうでもいい。一連に加わってないハーヴェイが話を遮った。
「名前。」
言葉が短すぎてみんながきょとんとする。
「・・・姉さんの名前。なんて言うの?」
あれじゃ伝わらないと察したハーヴェイが付け加えるとセドリックがそれに便乗した。
「そ、そうそう!これからしばらく一緒に行動するんだから名前ぐらい知っておかないとね!」
聖音はしばしぼーっとしたあと、ようやく気の緩んだ穏やかな笑顔を浮かべ名乗った。
「私の名前は聖音・ダウズウェル。変な名前でしょ。元々は法界院って苗字だったんだけど色々あってね・・・。私、日本からここに来たの。」
その時セドリックとジェニファーとハーヴェイが一気に好奇の目で彼女をじっと見た。ここらへんで東洋人は滅多に見ないから珍しいのだ。
「日本から!?すごい!僕、初めて生で見た!!ヤマトナデシコだ!!いつからここに!?」
「えっ・・・12の時かな?」
と答えたが最後、聖音は子供三人に包囲された。

「僕らと同い年だね!へぇ~・・・ねえねえここに来た時さあ最初どう思った?この国は日本と比べてどう?」
「聖音さんって何か格闘技習ってるの?さっきはヤバかった!ニンジャみたいだったわ!」
「そっちの国の男とこの国の男どっちがいい?」
まるで転校生が学校に来たばかりの日に生徒から質問責めされているような光景だ。俺も転校初日は大変だったが、
側から見るとあんな感じだったんだな・・・。違う視点から物事を見るのは面白い、が、今はなんだか同情を覚えてくる。
「わ~待って待って!キャパ不足やばいって!時間あるときに一つずつ答えたげるからー!」
いっぱいいっぱいの聖音に更にセドリックが詰め寄る。
「もういつ死ぬかわからないんだからそんなこと言わないでさ!」
そんなこと言わないではこっちの台詞だ。縁起でもない。
「いつ死ぬって、みんなの質問に答え切るまでは生きてるよさすがに。」
若干引き気味の聖音。とはいえそろそろどうにかしないと。
「今はそんなことで盛り上がってる場合じゃ・・・そうだ。みんな!ひとつ提案があるんだ。」
するとみんなは俺の方に興味を持ち始めた。
「急にどうしたのさ、リュー君。」
「リュド君?」
全員の注目をこっちに集めたいために咄嗟に考えただけにすぎないが、言うだけ言ってみてもいいだろう。
「・・・元の世界に戻る方法も考えなきゃいけないがその前に死んだら意味がない。生き延びる方法も考えないといけない。そこで・・・。」
ためるほどのことではないが反応が少し怖くて提案を述べるのを躊躇ってしまった。ここまで言ったらちゃんと言い切らなくては。
「いつどこから出てくるかわからない化物に対抗するために各自武器になりそうな物をひとつ用意したほうがいいと思うんだ。」
言い切ると俺は「何言ってんだコイツ」と言いたげな視線を一斉に浴びる。慌てて付け加えた。
「い、いや。戦うことを前提にしていない。抵抗するときにちょっとでも身動きを封じるぐらいでいいんだ。そのうちに逃げられるし、実例がすでにここにあるじゃないか。」
と言いながら聖音を指差す。ここまでとはいかなくても逃げるだけの時間稼ぎができたら良いんだ。戦うことに専念しない。どうせ勝てっこないし。
「各自って言われても・・・どこから調達するの?」
ジェニファーなら聞いてくると思ってた。俺には、武器になりそうなものが沢山放置してある場所を知っている。それも、比較的近い場所。

「俺ん家の、この店の裏側に倉庫がある。父さんが店の内装の修理や趣味でやってた日曜大工に使ってた道具とか・・・。」
引っ越す前の趣味は日曜大工だった父さんは新しい家にも道具を一式持ってきていた。喫茶店の家具や装飾品のほとんどは父さんの手作りだ。まあそんなことは置いといて、ナイフとか銃とか、みんなが想像する武器とはかけ離れてるが武器になるものなら結構揃っているはずだ。
「どんなものがあるの?」
今度は聖音がたずねる。俺もいうほど中を見ないからうろ覚えでいくつかあげてみる。
「うーん・・・ドリルとか、ノコギリとかチェーンソーとかツルハシとか・・・ん?ツルハシ?」
「ツルハシって日曜大工というより炭坑ってイメージあるけど・・・。」
聖音の困惑気味のツッコミ。土に穴を掘る道具がなぜ・・・。
「・・・まあいいや。あとはハンマーとか・・・あ、でも軽いものが少ないな。」
男の扱う道具だから大きく重い物が多い。ジェニファーと聖音はうまく扱えるだろうか。
軽いものなら刃物の類だ。しかし、いかにも堅物っぽい化物相手に切れ味が鋭いだけの物は効果があるのだろうか。
「女子は、ここから手頃そうなのを探せばいいさ。」
「えっ、でも・・・アンタん家のものでしょ?本当にいいの?」
ジェニファーは人の家のものを使うことに抵抗があるみたい。父さんがいないから俺も勝手に拝借していいものかわからないが、今はそんな事も言ってられない。
「道具なんかなくなってもどうにかなるけど、俺たちの命に代わりはないんだぞ?・・・ま、父さんには俺がなんとか説明するからさ。」
ここにある物で命が助かるのならなんだって使えばいい。使えそうなものがあればの話だが。
「じゃあ早速武器を調達するぞー!」
セドリックが誰より先に倉庫へと向かった。あいつは倉庫の中身までは知らなくとも場所ぐらいは知っていた。まるで宝物でも探しに行くようなテンションだ。
だがおかげで女性陣のためらいも多少はなくなった。
「・・・じゃあお言葉に甘えさせていただきます。」
聖音とジェニファーはカウンターの中を物色し始めた。ハーヴェイとオスカー、俺もセドリックのあとに続き、倉庫と喫茶店の中と綺麗に男女に分かれた。


「んっ・・・よいしょっ、と。」
長らく閉まりっぱなしのシャッターを上げると、埃臭いというか独特の匂いが鼻についた。その原因の埃自体が舞い上がり、目と喉に地味にダメージを与える。
「ゲホッ・・・んだコレ、埃が!!」
嫌悪をあらわにした表情のオスカーが必死に手で振り払う。逆効果で余計に舞うほど埃はすさまじいものだった。
「中にある物が物だからなあ・・・。」
土や木に触れるものが綺麗にされないまま放置されたらこうなるのも無理はないだろうが。
「ん?セドリック?」
そういえば先陣を切って向かったはずのセドリックが見たあらない。後ろを振り向いたら、ひきつった顔のセドリックが棒立ちしていた。
「あ・・・うん。途中でふと思ったんだけど長い間使ってない倉庫ってことはすごい埃っぽいんじゃないかなーってね。・・・でも予想以上にすごいね。びっくりしちゃった。ほんとびっくりしたよ!」
みんなの視線に気まずくなったのかぎこちない足取りで俺たちのところにまで歩み寄る。そこまで驚くようなことでもないじゃないか、と思った直後にそこまで驚く理由と、中に入るのを躊躇う理由が彼にあるのを俺は思い出した。
「なんだよ、一番ノリだったくそによ。」
「わっ!?」
オスカーが背中を強く押す。よろめきながら倉庫の中に足を踏み入れ、文句を言おうとすぐさま振り向くセドリックだったが徐々に様子が変わっていく。
「何するんだよっ!・・・ゴホッ、まっ、まっでっ、ゲホッ、待って・・・。」
背中を丸め、途端に激しく咳き込んだ。それはもう話すどころか呼吸をするのも困難なほどで見ているこっちも辛くなる。
「ん?そんな埃ひどいのか?」
ああなった原因を知らず怪訝そうに傍観するオスカー。いや、同じクラスなら知っているはずだが「長い間落ち着いていたため」忘れていたのかもしれない。
セドリックは喘息持ちだった。
綺麗好きというわけではない、綺麗な環境での生活を家族から強いられるほど体が弱い。
衛星の悪い場所では持病の発作が出やすい。自分の事は自分がよくわかっているからこそセドリックは入るのをためらった。
「ゲホッ!ゴホッ!!ケホ・・・リュドミール、カハッ、助け・・・。」
俺は慌てて乾いた咳を繰り返すセドリックを外へ連れて出る。確か、喘息を抑えるためには器具みたいなものがあるはずだがセドリックの服のポケットのどこにもそれらしきものは見つからなかった。
「アレがない場合は、水と・・・水がない場合は、安静にさせるしかないな。」
とりあえず背中をさすって呼吸を落ち着つかせてやる。応急処置もいいところだ、これぐらいしかしてやれることがないなんて。
「大丈夫?俺が代わりに取ってきてあげる。」
ハーヴェイがそう言って倉庫の中へ入っていった。あいつなりの気遣いなのだろうか。
「んなもんほっときゃそのうち治るだろ。テメェの武器なんざしらねえからな、自分で探せよ。」
セドリックを発作に追い込んだオスカーも俺に告げてから倉庫を漁り出した。・・・これも気遣いなのか?
しかし、苦しそうなこいつを放っておくわけにもいかない。
「探せよって・・・。」
咳が一向に治らないセドリックがゆっくり立ち上がる。
「ゲホッ・・・ゴホッ、僕は・・・僕はいっ、いいから・・・ちょ、何か飲んでくるよ。」
ふらふらと、たまに嗚咽さえしながらセドリックは喫茶店もとい家は入っていった。まあ、中にも人がいるのだからそこまで心配する必要もいらないだろう。俺も倉庫の中を物色した。
「穴に落ちたり、美女に裏切られ、車に縛り付けられてそのまま運転、あげくに喘息発作てついてないね。」
笑い声まじりにハーヴェイが呟くもんだからここにいないセドリックの言いそうなことを訊ねた。
「ハーヴェイって、実はあいつのこと嫌いだったりする?」
嫌いと言われた時はどうしたらいいのかも考えずに聞いてみたがハーヴェイは表情一つ変えず返した。
「面白い奴は好きだよ。あいつはいじられてやっと面白い。」
「好きって、お前・・・。」
奥の方を荒探りしていたオスカーが低い声で呟く。嫌いと返ってきたわけじゃないのに返す言葉が見つからない。
「誤解してる?好きといっても色々あるでしょ。友達としてとか、人間としてとか、それこそ異性としてとか・・・。」
と、一番気になるところで話を止めて武器探しを再開した。
「ゲホッ・・・にしてもすごいなこの埃、あいつじゃなくてもここにいたら体に異常をきたしそうだぜ。」
席と同時にぶつくさ文句を言いながら、不必要な物をそこらへんにほうり捨てる。そのためオスカーの周りだけが特別散らかっていた。
「おっ!これなんか俺にぴったりじゃねーか?」
早くも自分に相応しい武器の代わりとなるものを見つけたオスカーが手にしていたのは金属バットだ。そこまで使い古されてない、新しいものでツヤツヤと光っている。父さんは若い頃地元の野球クラブとやらに所属していたとはいうが、なんでまたそんなものをここに持ってきたんだ。またここでも野球をするつもりだったのか?いい歳した大人だというのに・・・。
なんて俺の父さんへの呆れなど知らずオスカーはバットをスイングする前の構えでじっと見る。いかにもハマっていた。
「じゃ、それでいいんじゃないか。」
皮肉の一つでも言ってやろうかと思ったが怒りを買ってあんな危ないもの振り回されたらたまったもんじゃない。
「ふっふーん。物理攻撃特化の俺にふさわしい代物だぜ。」
「おお。力任せに暴れることしか脳のない君にお似合いの武器だね。」
ハーヴェイが皮肉どころか毒舌とも言える感想をぶつける。オスカーはやはり、キレて、まだ手持ち無沙汰のハーヴェイに食ってかかろうとした。

いくらハーヴェイが悪いとはいえ、これはまずい状況だ。散らかった物を跨いでハーヴェイの元へ詰め寄る。
「あんだとゴルァ!!やんのか!?」
肩あたりをめがけてバットを振り上げたオスカーの、喉元に銃口が向けられる。
「あ・・・なんでそんなもんが・・・。」
オスカーが固まる。
ハーヴェイは、ピストルを握っていた。
「君も大概だね。女に止められ俺に止められる。でも面白くない。」
相手が萎縮したのを察するとピストルをズボンのポケットにしまう。
「で、それは俺からも聞きたい。リュドミール君・・・なんで銃が、しかも倉庫にあるんだ?」
しばらく開いた口が塞がらず間抜け面を晒しながら事の流れを見ていたがハーヴェイの問いにハッとする。
だがその質問は、むしろ俺が気になる疑問の一つでもあった。
この国では護身用に銃を持つことはなんらおかしいことじゃない。しかし、父さんが銃を持っていたなんて初めて知ったし、護身用なら倉庫じゃなくもっと身近な場所においておくものだと思う。
「・・・まあいいや。俺はこれにするね。銃だって、あいつらを足止めするには十分だし、撃った場所によっては致命傷を与える事もできるだろうね。」
俺が答える前にハーヴェイは自分の武器にしてしまった。
「セドリックはそうだな、何がいいかな・・・。」
次は途中で退場したセドリックの分を探す。意外にも律儀だ。
「俺も早く見つけなきゃな。」
そうだ。人に気を取られてばかりでまだ自分の事に手付かずだった。だが、運が悪いのか、俺の周りにはどうも武器になり得そうなものがない。ドリルも、ハンマーも小さいし、釘やネジなんか持っていってもなあ・・・。
「なんか無いのか?・・・よっ、と。」
壁にたてかけてあったいくつかの空の段ボール箱を退ける。あまり期待はしちゃいなかったが、もしかしたら金属バットと同じぐらい使えそうなものがあるのでは無いかと期待もした。
「・・・・・・。」
そこにあったのは、少し使い古されたツルハシ。今まで探してきた物で一番武器としては使えそうな気がしなくもないと、試しに手に取ってみる。
「・・・おっ、意外に重いな。」
使えなくもない。それに、なんとなくだがかっこいいとも思ってしまった。
「よし、こいつにしよう。」
「じゃあこれにしよう。」
ほぼ同じタイミングでハーヴェイが呟く。そんなあいつは、チェーンソーを手に持っていた。
「お前、ソレ・・・!」
俺以上になぜかオスカーがいつにもなく血の気の引いた顔をしてチェーンソーを凝視する。
ハーヴェイが持つにせよセドリックのために用意したものにせよ、子供が扱うには危険だ。振り回すだけではなく技術がいる、誤れば自分の身を危機に晒す。そんなものを・・・。
「ん?チェーンソーだよ?」
「んなのわかってるわ!テメェはさっき見つけただろが!」
なにやら必死のオスカーをよそに切れ味の良さそうな刃の部分をじっと睨む。
「セドリックの分。あいつが嫌っていうなら俺の銃と交換してあげる予定だよ。」
とだけ言ってさっさと倉庫を出て喫茶店へ戻る。
「おい!お前・・・チェーンソーは!そいつだけは俺は認めねえからな!」
散乱した物につまづきかけながらも急いでハーヴェイの後を追うオスカーの背中を不思議に見つめた。よりによって他人なんかどうでも良さそうなオスカーがなんであんなにチェーンソーに対し反対の意を示すのかも疑問だが、俺も武器がわりの物を手に入れたからこれ以上用もない場所にいても仕方ないので駆け足で喫茶店へと戻った。

「ただいま。」
ツルハシ片手に喫茶店のドアを開けると、すでに各々が武器になりそうな物を手にしていた。包丁を握った聖音が困惑気味に俺・・・の、ツルハシを見てくる。まさか本当にツルハシを持ってくるとは思ってなかったのだろう。
「あら、なんか似合ってるじゃない。」
「そ、そうか?そうなの・・・か?」
ジェニファーは逆に褒めてくれた。似合う似合わないかまでは考えてなかった。そんなあいつは大きいスコップを持っていた。最近雪かきに使ったやつだ。
・・・で、セドリックはというと案の定ハーヴェイが用意してくれたチェーンソーを嬉々として眺めていたのだった。

こいつが、嫌というわけないよなあ。と予想していたが、欲しかったおもちゃを買い与えられたような顔でチェーンソーをまじまじと見る様はなんとも異様である。
「リュドミール見て!超かっこよくない!?」
ドヤ顔のセドリックはチェーンソーを両手に握り前のめりに構えてみせる。その度に軽く振り回したために側にいたジェニファーがわずかに悲鳴をあげながらのけぞった。
「動かし方わかるのか?」
駄目元で聞いてみたら自信満々に。
「映画で見たことあるし、わからなかったら振り回す!」
・・・まあそういう使い方なら、怪我する可能性も減るだろう。多分。それはそうと、皆がそれぞれ武器を手に持っているので改めて再確認した。
「・・・みんな、準備はできたな。」
俺はツルハシ、セドリックはチェーンソー、ハーヴェイは銃、ジェニファーはスコップ、オスカーはバット、聖音は包丁。
これであの化物を倒せるとは思えないが、抵抗だけを目的とするならまずまずのところ。自分に合った上で扱えるようなものでないと意味もないし。
「僕はいつでも準備オッケーだよ!」
親指を立てるセドリック。他のみんなも、覚悟をどこか決めたような表情で近くにいた人と目を合わせて俯くか頷いた。
「じゃあ・・・。」


と口にしたが、次に紡ぐ言葉が見つからなかった。
俺たちはまだ、ある事を忘れていた。


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