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2話

回想2「師匠と弟子」

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片手ではどうしても作業できない事ってある。例えば車の運転もそう。いくら多少の急ぎの用とはいえ、ミッション式の車なら尚更片手だけの運転は厳しい。
さっきは助手席に乗ってた子がちゃんと助手をしてくれたからよかったってものの、今は私一人。シートベルトを外し、体を傾け短くなった腕で操作する。

というか片腕を無くすのもこれで覚えてる限りで10回。痛みも特に違和感もなければ無くしたことをすぐ忘れてしまう。とはいえ不便極まりないので早く直さないと。
「あら。珍しい、信号が赤なんて。故障?」
この街の信号は常時青である。ゆるやかにブレーキを踏んだ。
「ちょうどいいわ。今のうちに直しちゃいましょう。」
ハンドルから手を離し、片方の腕の断面図にそっと触れる。
「・・・・・・。」
何も感じない。今はまだ、左手が少し熱を伴うだけ。
やがて切断された所から光が伸びる。その光が腕の形を形成した後、光は消えた。この時やっと、腕全体の感覚が戻る。
無くした右腕はあっという間に元に戻った。こういうものに時間がかかってもらっても困るけど。
手のひらを握って開いてを繰り返す。感覚はしっかり戻った。異常無し。
「・・・ヤニも無し、アメも無し。早く青にならないかしら。」
こんなにも車を待たせられたのは久々である。口寂しく、気を紛らわすための音楽もラジオもない。周りは人もいないから静かだし、苛立ちより退屈を感じた。信号は赤だし、人間がたくさん迷い込むし、今日はおかしなことばかりだ。

人間が迷い込むなんてこと、別にありえないわけじゃないけど、あんなに沢山の人間が一度に迷い込むのはさすがに異常事態と言わざるをえなかった。だって宇宙人やファンタジーな異世界人がたくさんやってくるようなもんよ?普通大騒ぎよ。
なんだかすっごい嫌な予感がしてきた。
巻き添えを食らうのもごめんだけど、あのまま放っておいても良かったのだろうか・・・。
この世界にどんな影響を及ぼすのだろう・・・。
人畜無害なただの子供だったらいいけど・・・。
あの黄色い奴、なんだか私が知る普通の子供とはちょっと・・・。
---ジリリリリリリ!!
「わっ!」
太もものケースから突然、思考を遮るほどの大きな音が鳴った。携帯電話だ。
普通の着メロにすると気づかないからわざとやかましい音にしたんだった。
携帯の画面には、見慣れた番号、の、上には相手の名前が表示されている。

-クソ弟子 040-××××-×××
「・・・・・・。」
さっき、こっちからかけたけど留守電だったから「すぐにかけないと弾の的にする。」と死刑宣告したんだっけ。
通話ボタンを押して耳に近づけると早速怒涛のツッコミが耳を劈いた。
「あんなの言われたらかけざるを得ないでしょ!?いや、居留守してたわけじゃないけどさあ!電話が手元になくって・・・。」
次に言い訳が始まったのでめんどくさいから無理やり話を切り出した。
「アンタに頼みたいことがある。」
うるさかった声が止まった。
「今から言うことは秘密よ。・・・六人の人間がなんでか知らないけど迷い込んできた。そいつらの世話をお願い。」
沈黙が続いたと思いきや、耳を突き抜けるほどの声で「はぁ!?」とか聞き返してきた。
「ちょっ、ちょっと待って?え?酔っ払ってるの?<真似猿>でしょ?」
人に化けることのできる化物は真似猿と呼ばれている。私はまとめて全部化物呼ばわりしてるけど。
て、そんなことはどうでもいい。

「弾が効かなかったって、そういうことでしょ?あたしだって異常事態なのは分かってるからさっきも秘密にしてって言ったんじゃない。」
しばらく「えー・・・」とか「嘘だろ・・・」とか言って混乱していた。
この世界において人間という存在はとても貴重である。と、同時に脅威でもある。それは例え人畜無害な子供だろうと関係ない。あいつらがただ死んでくれるだけならここまで必死にはならない。
蔓延るあの化物達は人間の持つ知能をまだまだ欲している。高い知能、そして人間を遥かに超える身体能力があわさると私としても手をつけられなくなる。
いや、化物ならまだ対処は出来なくもない。化物以外に、こいつには絶対確保されてはならないって奴が一人いる。
「最初に迷い込んだ人間」を、研究した第一人者。まだ生きてるんだけど、もしそいつにでも捕まったら最悪。それはすなわち、戦争勃発を意味する。いや、大げさとかじゃなくマジで。

「あのキチガイに捕まえられる前に一刻も早く見つけないと・・・。で、どこにいるの?」
「さあね。」
するとまた「はぁ!?」と返ってくる。今度は少し焦ってたのか声が裏返っていた。
「てっきりそっちが確保済みだと思っ・・・ええ?ぼ、僕に探せと!?」
さすが我が弟子。仰る通りである。
「なーに、あの中の一人に「印」を付けてきたから。アンタの感知能力だとすぐに見つけられるはずよ。移動してなければあんたが月一で通うっつー喫茶店にいるはずだからよろしくね。」
アタシはこう見えてちゃっかりしてるからね、なんて。自分の面倒事を減らす為には抜かりがないだけ。これでこいつが見つけたくれたらあとは任せっきりだ。
「そこまでするなら、君がすればいいじゃないか。」
なんともまっとうなことを言いやがる。しかし、ここまでしたからこそ私は意地でも自分の意思を貫き通す。
「アタシは睡眠っていう用事があるから無理。」
「睡眠って用事の内に入るの!?」
ほっといてくれ。いちいちうるさい。私は早く帰りたい苛立ちを八つ当たりのようにぶつけた。
「睡眠、娯楽、男狩り、あと録り溜めしたテレビを見るのもアタシにとっては立派な用事よ!」
そうそう、何も用事がただ自分にとっての休息じゃいけないなんて決まりは無いんだから。本当にほっといてほしい。
「欲望に対してホント正直だよねって、こんなくだらないこと言ってる場合じゃない!行かなくちゃ!」
そう言って向こうの方がいきなり電話を切った。ま、悠長にはしてられないからね。せいぜいこの世界と私の日常の平穏のためにも頑張ってちょうだい。
「はーいはいアタシの出番はこれで終わり!あとは気兼ねなく・・・・・・あら?」
思いっきり腕を伸ばしたあとハンドルを握り前方を向けば、信号はまだ赤色のままだった。ついてないことばっかり、今日は厄日なのかしら・・・。

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