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3話

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「わわわっ!」
ひたすら無言で走っていた聖音が間抜けな声を上げる。そして異変に気付いたのは先頭のハーヴェイだった。
「誰かいる・・・!」
正確にいうと誰か突然現れた。上から降りてきたのは今までの化け物とは違う人に近い形をした・・・いや、人だった。上ということは空から現れたのだろうか、こんな状態でいちいち上なんか見ないものだからわからないが今更そんなことで驚きはしない。遠目で見ると暗い色の服を着たている中で青い髪が目立つ。
「え、え・・・ど、どかないとぶつかっちゃうよ!」
慌てて聖音がスピードを緩めようとする。ハーヴェイは彼を避けるつもりなので緩めはしない。ハーヴェイやオスカーは彼をただのそこにいる邪魔な奴だと感じた。まあ、今は人ひとりに構っている余裕はないし。
だとしたら彼が危ないのでは・・・?
とか考えてるうちに距離は縮まる。俺もどうしようもなく、奴を避けてその場を抜けようと考えた。

「目標捕捉、複数の個体のレベルはD。討伐可能。これより討伐を始めます。」
なにやら難しい言葉を淡々と口にした青髪の人物はしゃがみこむとすぐに、飛んだ。
「・・・・・・!?」
ハーヴェイもなにが起こったかわからず、少しずつスピードを落としながらもなお走る。オスカーも同じく。というかわけがわからなかったのはみんなもだったに違いない。そんな俺たちをよそに青い髪の人物は前転のように体を宙で一回転しながら飛んで、そのまま最後尾よりやや離れた場所に綺麗に着地した。
「えっ・・・。」
後ろの方にいたジェニファーが一番びっくりしただろう。
「・・・アンタは・・・。」
誰だと聞きたかったが、その見た目が気になって質問どころではなかった。
青い髪をした俺たちと同じ歳ぐらいの少年。いや、顔ははっきり見ていないからわからないのでこれは個人的偏見による決めつけになるが。服装も個性的で、海賊帽・・・確かナポレオン帽といった物に近い帽子をかぶっていて服はもろ海賊の、言いようにいえば貴族みたいな着こなしだった。
そして手には細い剣を持っていた。
「よかった、間に合って。あっ、君達にはそこで待っててほしい。聞きたいことが山ほどあるんだ。」
とだけ言って今にも迫り来る化け物の群れに突っ込んでいく。
「待っててって・・・。」
相手が何者か知らないがいくらなんでも負が悪すぎる。でも呼び止めようとしたのが無駄なのだと思い知ることになった。
「でやあああああっ!!」
雄叫びとともにあの細い剣を横に薙ぎ払うと、最前列の
化け物の体が見事なまでに真っ二つになった。派手な血しぶきを上げるのを背中のマントで防ぐ。
「うわっ・・・。すご・・・。」
見るには大変ショッキングな絵面で、セドリックは手のひらを前に指の隙間から覗きながらも少年の姿に釘付けになっていた。その間にも少年は突いて、刺して、斬ってかわしてといともたやすく化け物を蹴散らしていく。あんな小柄な子供一人が自分より倍以上の大きい化け物の群れを斬り伏せていく姿に圧倒されるのも無理はない。
「・・・なんだアイツ。」
先頭を走っていたみんなも、化け物が追ってこないのを不思議に感じ、止めてこっちに寄り集まってきた。
「王子様?」
「キモっ・・・。」
セドリックの一言を辛辣に返しながらいつハーヴェイが俺の隣に並ぶ。
「何者なんだろうねあいつ。」
「さあな。・・・スージーみたいな人もいるんだから、もしかしたら・・・。」
ハーヴェイのなにげない疑問に思ったことを呟くと少し険しい顔をした。
「じゃあ裏切られることもあるかもしれない。」
「えっ・・・。」
実際に裏切られたセドリックが不安そうにこっちを見る。まあ、その可能性もなくはないけど・・・。
「俺は信じたいな。さっき、誰か助けてほしいなんて願ってしまったもんだからさ。」
「・・・・・・ごめん。」
少し黙ったあと返ってきたのは何故か謝りの言葉だった。
「はああああっ!!」
少年の威勢のいい声になにもかも掻き消される。気づけば最後の一匹を一突きして片手で横に投げ飛ばし、全ての化け物を倒していた。

「・・・・・・・・・。」
みんな、言葉が出ない状態で唖然としている。少年は血をおおいに浴びたマントを脱いで脇に抱え、ゆっくり振り向く。
「おまっ・・・いや、何でもねぇ。」
オスカーがぎょっとした顔で反応するがすぐに不機嫌そうな顔に戻る。少年はやや疲れているようだが俺と目が合うと穏やかな笑顔を取り繕い、剣を持った手を下げこっちに近づく。
「ああ、怖がらなくていいよ!まあ今のを見たら無茶な話かもしれない。しかし僕は君達に危害を加えたりしない。むしろ助けに来たんだ。」
やたらよく喋る少年の顔を改めて見ると、そばかすが印象的だけど中性的でどっちつかずな上、声も高めで男と決めつけるには難しい。僕と言っているんだから、きっと男なのだろう。

「助けに来た?」
俺の問いににっこりと頷いた。
「ああ。僕はもとより人間友好派でね。あとは・・・スージーって人から話を聞いていないかい?」
そういえば、弟子がどうのとか言っていたような、言っていなかったような・・・。
「弟子が・・・なんとかって言ってたわ。」
ジェニファーが俺の思ってたことをかわりに述べる。
「そう。名乗るのが遅れたね、すまない。僕が彼女の弟子でマシューという者だ。師匠が君達に付与した印をあてに駆けつけることができた。」
するとマシューはセドリックの元へ歩み寄ると奴のうなじに手を当てる。
「解除。」
次の瞬間手と首の間にバチッと凄まじい静電気が走った。
「いっっった!!」
案の定セドリックは首をおさえてその場に崩れ落ちる。見ていても痛そうだし、なんだか哀れだ。というかいつの間にそんな手の込んだことを・・・。
「しかし、よりにもよって・・・いや、失敬。人間がこんなにも迷い込んでくるだなんて・・・にわかに信じられないな。」
全員を一人ずつ、じっくりと眺めてはまた呟く。
「そっちの世界でも通じるかな。君達にとっては突然宇宙人がやってきた、それぐらい不思議なことなんだよ。まあ、こちらにはある程度の可能性があるからそこまで驚きは・・・。」
「ま、待ってくれ。」
あまりにもよく喋るので途中で遮るよりほかなかった。マシューは「ああ、ごめん。」と苦笑いを浮かべた。
「迷い込んだわけじゃないんだ・・・その。俺たちの世界がこんな事になったっつーか・・・。」
「そうそう!急におかしくなって・・・。」
俺と聖音の言葉に今まで澄まし顔だったのをきょとんとさせる。
「この世界は元からこうだよ?何にも変わっちゃあいない。」
やはり、スージーと似た事を言う。でも、迷い込んだといったら違う。俺たちは自ら足を踏み入れたわけではないし、なにより世界が変わる瞬間をこの目で見たのだから。
「・・・まあいい、どちらにせよこっちのことを少しは知っておくべきだ。そんなの必要ないぐらいに、早く元の世界に戻る方法が見つかればいいのだけど。・・・そうだな。」
顎に手をあて、考える仕草をして数秒。
「どこか落ち着ける場所で話したい。ここに来る際分かれ道があったはずだ。もう一つの道は街につながっていてね、来た道を戻る事になるが、僕がいるから大丈夫さ。」
トントン拍子に話を進める。だが、この先に向かうべき目的があるのを忘れてはならない。
「あ、あの・・・!」
聖音が声を上げる。
「この道をまっすぐ行った先に、私の家があるんです!道はこんなんだけど、方向は合ってて、その・・・!」
おどおどと話す聖音に不思議そうに首をかしげた。
「・・・ん?君もこの世界の住人じゃないのだろう?なら君の家はあるわけないし、そもそもこの先はお墓しかないよ。」
お墓。死んだ人が眠る場所。
それは分かるのだが、俺たちはそんなところを目指して必死に走っていたというのか。
「嘘・・・・・・。」
目を見開いて立ち尽くす聖音。この中で一番ショックが大きいのはまぎれもなく聖音だ。
家があると信じて向かったところにあるのが、まさか墓地だなんて、俺たちの想像以上の衝撃だろう。
「ま、まさか!そんな・・・さすがにお墓ってのは、ねえ?」
「そうよ・・・私達の時だって違う建物に変わってただけで、いくらなんでも・・・。」
痛みも消えすっかり元どおりのセドリックが間に入りぎこちない笑顔で場を和ませようとするが無理があったし、ジェニファーも反論するが、マシューは真面目に話を続けた。

「嘘も何も行って確かめてみるかい?それなら僕も同行するけど・・・ああ、でも墓場にはゴーストがいるからあまり近づきたくないな。」
難しい顔を浮かべるマシューにハーヴェイが真顔で尋ねる。
「おばけは怖いとか。」
対し、苦笑いを浮かべて返す。
「怖い?まさか!ただゴーストは刃が通らなくてね。そんなもん相手じゃ戦えない。僕も無敵じゃあないんだ。魔法が使えれば別なんだけど・・・・・・。」
しばらくためたあと再び続けた。
「・・・最近はこういった場所でよく夢魔もどきが出没するようになってね。そいつらともお近づきになりたくない。」
つまり物理的に攻撃が通じない相手にはかなわない、というわけだ。
「ということでお勧めはしないが・・・行くなら行くでいいんだよ?ただ僕の手にもおえない奴らが出てくるだろうから、無事に帰れるか責任は取れないよって話で・・・。」
「いちいちなげーんだよお前は。」
オスカーが彼の話を無理矢理遮り、セドリックが聖音に確認をした。
「ねーどうするの?」
みんな、聖音に目を向ける。いまだにショックなのだろうが、早く決めなくてはいけない。それは本人が一番わかっている。
「・・・・・・で、出来れば・・・。」
不安そうな顔で俯きながら、聖音は決断をくだした。
「行ってみたい。私の家がある場所が、どんな場所になってるか・・・何か意味があるような気が・・・しなくもないけど。」
「どっちだよ!」
「だからただの墓なんだけどなぁ・・・。」
オスカーのツッコミのあとにマシューが小声でぼやく。
「マシューがいるなら大丈夫だよ!」
「僕の話聞いていたかい?」
セドリックが嬉々として言ったあとにまたもマシューが困った顔で呟くが誰も聞いちゃいなかった。
「でも、その・・・ねえ。大丈夫なの?いらない心配かもしれないけど・・・。」
ジェニファーが口を挟む。ためらっているようだが、彼女が心配している事は大体想像がついた。
「ん?なにが?」
しかし当の本人はなにを心配されているか理解してなかった。
「だって普通嫌じゃない。自分の家があった場所にお墓があるのよ?私だったら行こうとは思わない・・・。」
最後の方は配慮したのか妙に小声だったが聖音には聞こえていたらしい。
「聞いたからには覚悟できたというか・・・。嫌だけど、やっぱこの目で見ておかないとね。気が済まないの。」
なんで言って笑顔を取り繕ってみせるが不安そうな顔をされるよりは見ているぶんにはマシだ。
「・・・強いね。」
ジェニファーが呟いたが次には聖音は前を向いて聞いちゃいなかった。
「まあそこまで言うんなら、付き合おう。いいかい?僕がいるからって油断しないでね。」
注意を促すマシューの言葉にみんなは一応耳を傾けるも、頼もしい人が仲間に加わってくれたことに多少顔から緊張が消えたように見えた。
「・・・・・・。」
ただ一人、オスカーだけがどうも気難しい表情でマシューを睨んでいるが、いつものことだろう。
そしてみんなは再び足を進めた。聖音の家、もとい墓地へ。


「・・・・・・・・・。」
向かう場所が場所だけに、気は乗らない。
でも、別に無理に場を和ませようなんて誰も思わない。
「・・・うーん。」
セドリックを除いては。
「どうしたんだい?」
奴を知らないマシューは愚かにも話しかけてしまう。
「僕、こういうおもーい沈黙、苦手・・・。わーってしたくなる。」
「したら殺す。」
オスカーにそう言われたらさすがのセドリックも大人しくなる。
「しないってばあ。しないから代わりに・・・しりとり・・・しよ?」
「またそれかよ。」
ならなかったし、思わずツッコミを入れてしまった。しりとり以外にレパートリーはないのか。
「しないし君ほんと少し口閉じてくんない?息まで止めたらダメだよ。」
「バレた!」
今度はハーヴェイに叱られる。しかもバレた、じゃねーし。
「いっそ息止めて死んでくれねーかな。」
いい加減オスカーの苛立ちが殺意に変わりそうなのをさすがに察したセドリックが一言ぼやいてすごすごと諦めた。
「ひどいや。」
ひどいや、と言われても・・・。
「・・・・・・ところで、君達はどうやってここに来たか覚えてる?それだけどうしても気になってさ。」
マシューの何気ない疑問に過剰に反応したのは、当然、セドリックで肩を跳ね上がらせて驚くものだからこっちまでびっくりする。ハーヴェイとジェニファーは気まずそうに俯き、何の関係もないオスカーと聖音は首を傾げた。
「えっと・・・。」
とりあえず説明しようと口を開くとセドリックが俺の方を指でつついて、耳打ちをする。
「後で僕からマシューにちゃんと説明するよ。するから・・・その・・・。僕についてはまだ言わないでほしいなあ。だって・・・。」
小声なのが更にか細い弱々しい声になり聞き取りにくいが、大体理由はわかった。
「オスカーがいるのに、僕が主犯だって知ったら絶対殺しに来るよ。」
大袈裟な気もするが、確実に暴力は振るうだろう。だがそれも仕方ない。こんな状況に追い込んだ元凶がこの中にいるというのと、なにより、そのせいであいつは目の前で人が死ぬのを目の当たりにするはめになったんだ。八つ当たりどころの話ではない、やり場のない怒りと憎悪さえもぶつけて来るに決まってる。
この選択が正しいとは思わないけど、今はまだ言わないほうがいいかもしれない。
ジェニファーとハーヴェイは話そうとしない。ハーヴェイはあいつが怖いのではなく気まずい雰囲気にしたくないのだろう。
かといってだんまりを続けてても逆に怪しまれる。セドリックの事を除いて見たまんまを説明した。
「俺とセドリックとジェニファーとハーヴェイ、四人で外に出て遊んでたら突然、光の柱が現れて、眩しくて目も開けられないぐらい光ったんだ。」
俺が先に話したのに続いてジェニファーとハーヴェイが付け加えた。
「しばらくすると柱の周りに輪っかができて・・・いや?今思えばアレは輪っかじゃなくて穴だったんじゃないかしら。」
「輪の中は真っ赤な空で、まるで異世界の入り口みたいだったよね。」
二人ともセドリックについては触れなかった。遊びに興じた自分達にも責任があると感じているのかもしれない。
「それが一気にこう、大きくなって・・・私達、自分から迷い込んだりなんかしてないわ。」
一通り説明が終わると、聖音は目をまん丸にしてジェニファーの方を見て、オスカーは頭を片手で抑えて大袈裟に溜息をついた。
「はーあ、お前ら、近くに居たんだろ?その程度なのかよ・・・もっと詳しい話を聞けると思ったんだが・・・。」
聖音が勢いよく振り向く。
「そんなに近くに居たの?」
の割には落ち着いた様子で尋ねた。
「アレが現れたのは俺達のいた学校のグラウンドだぜ。俺は教室にいたから・・・ま、お前と同じだよ。」
ぽかんとした聖音は「はあ・・・。」とよくわからない感想を口にしたあとジェニファーの方に視線を移す。
「で、でもっ、どこかには現れたんだからたまたまそれが君達の近くだったってだけでしょう?」
すっかり自分と同じ立場だと思い込んだ聖音がフォローするも作り笑いがぎごちない。その様子にセドリックが一人呟く。
「心に刺さるね。」
「お前だけ刺さってろ。」
「ほんとそれ。」
ハーヴェイも一緒に辛辣に返したところでマシューが仕切りなおす。
「そうか、なるほど。君達は怪奇現象に巻き込まれた単なる被害者・・・てことか。」
そう言われたらあながち間違いじゃあないけど。
「な、なんかすまないな。時間だけ無駄にとってしまって・・・。」
結局解決の糸口は掴めずじまいで終わってしまった。

いや、赤い紙と魔法陣の事を述べていれば違ったのかもしれないが、そこは後から説明すると言ったセドリックを信じよう。
「ふふ、君はやっぱり礼儀がいいや。」
マシューは笑ってそう言ってくれた。礼儀がいいというのか?今のが・・・あれ?なんだろう、この違和感。
「それに決して無駄ではない。光の柱が妙に引っかかるなあ・・・。僕の方で調べてみるよ。」
余裕ともいえる穏やかな笑顔、今はマシューほど頼りになる人物はいない。素性はわからないが、彼なら信じても良いと思えた。さっきの違和感も、きっと気のせいだ。
「いやぁー頼り甲斐があるなー!」
セドリックがおれが考えていた事を口に出す。
「リュド君?優等生のリーダーポジションが危うくないですかな?いった!」
ニヤリと横目でこっちを見る、その仕草がムカついたので頭にチョップを入れた。
「勝手に変な設定つけるな。やれと言われたことをやってるだけの奴がこんな異常事態に頭がまわるわけないだろ。」
俺は天才ではなく秀才だ、とも言おうとしたがあんまり関係ない気もしたのでやめといた。
「ひーん、みんなもう少し僕に優しくしてくれてもいいんじゃない?」
いちいち余計な一言を挟まなかったらな。
「僕は君達が思うほどしっかり者じゃないさ。でもまあ、ありがとう。普段言われる事がないから素直に嬉しいよ。」
それに比べなんと理想の人に好かれる対応なんだろう。謙虚だけど卑下しすぎず、相手の好意を受け取り感謝の意を述べる。俺たちと同じ歳ぐらいに見えるが精神年齢でいえば立派に成人しているぐらいのレベル。誰かさんとは真逆だ。
「こんなにも頼りにされたら頑張って、いいところも見せないとね。」
「あ、死亡フラグ。」
ハーヴェイが呟く。俺もちょっとだけそう思った。
あとはたわいもない話をしながら歩みを進める。セドリックがマシューの言う師匠、スージーの事について根掘り葉掘り聞いてそれにジェニファーとハーヴェイが便乗して賑やかな事になっている中、俺は考え事をしていた。マシューの話に興味が全くないわけではないが、どうも引っかかる部分がある。
マシューがさっき言った「やっぱり」という単語。
相変わらずと言われるならそこまで何も感じないのだが、第一印象のイメージ通りという解釈もできなくもない。しかし、やっぱりって、なんだか俺を知ってたみたいな・・・。いや、神経質に考えすぎなのかもしれない。ただのニュアンスだ。
なんだ、違和感ってたいしたことない・・・。

ドクン

「ー・・・!?」
突然、鼓動が強く脈打つ音が聞こえた。
もちろん俺の心臓の音ではない。かといってこんなおおきな、耳に残るようなほど大きい音は他のみんなでもないだろう。
それほどまでに、強い。

ドクン
「・・・・・・。」
みんなには聞こえていないらしい。素知らぬ顔で会話している。俺にしか聞こえない、謎の音。一体、何の・・・。
「ドクンッ」
「・・・!」
その音はとうとう俺の背後から聞こえてきた。聞いていて不快でとっさに耳を覆った。
「どうしたの?」
セドリックがびっくりして様子を伺ってくる。
「・・・いや、なんでもない。」
あの様子だと、やはり俺以外には聞こえていないのか。
さっきから一定のリズムで、すぐ後ろで、寒気までしてきて。
どうする?振り向くか?それとも、知らないふりをするのか?
歩きながら必死に考える。知らないふりをする必要が逆にあるのか?異変に気付いたらすぐみんなに伝えないと。
じゃあ振り向くか?見て見ぬ振りをしてやり過ごすという手もあるにはあるぞ?
さぁどうする、俺。こうしている間にも時間と足はどんどん先に進む。
「そういえば、リュドミールは・・・。」
ジェニファーが話しかけようとした時、俺は後ろを振り向いた。

そこにいたのは、黒い塊。
巨大な毛玉に白く光る目と、細い足が四つ生えている。それだけなのに身の毛もよだつほどこちらの恐怖心を煽るようなとてつもなく悍ましいもの。俺の足はすくみ、身動きができなくなった。
ただただ、見上げることしか・・・。
「ーーー!!ーー、ーーー!?」
誰かが俺を呼んでいるような気がしたが、段々視界が真っ暗になって、強烈な眠気に襲われ、そのまま。ね、むるよ、に・・・た・・・。



ーーー・・・。
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