アブストラクト・シンキング 人間編

時富まいむ(プロフ必読

文字の大きさ
52 / 65
6話

白昼夢4

しおりを挟む
「リュドミール君!!」

いきなり俺を呼ぶ声がする。気がつくと、例の白い空間にいた。後ろから、小走りで駆け寄ってくるのはこの空間でしか出会うことのできない不思議な少女、ヘルベチカだ。

彼女に聞きたい事は山ほどあるのに、冷や汗をかいて切羽詰まったような、何かに焦っている必死な表情だったから、今は俺の事情を優先するべきではないと察した。

「ヘルベチカ・・・一体・・・。」
「リュドミール君・・・!大変、私がいろいろしている間に、ああ、なんて事・・・。」
俺の肩においた手は力強く、息を切らしている。
「な、何が大変なんだ?落ち着いて、どうしたんだ?」
呼びかけに、今にも泣き出しそうな顔で見上げる。そして。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・、今から聞くことを信じて。お願い。」
彼女は息を呑む。

「パンドラから逃げて。」

「え・・・?」
なんで?
どうして?
それ以上の言葉が出なかった。驚きがやがて抱きたくもない不信感に変わる。でも、パンドラこそ、俺たちを裏切るようには見えない。根拠はないけど・・・。
「パンドラがなんであんなに協力的か知ってる?・・・アイツはね、みんなを元の世界に戻す方法を知っているの。みんなを救うことができるのはアイツだけなの。」
なんだって?
アイツは、ただの強い魔物という情報しか知らない。そんなことができるのか?アイツに?
「でもね、ただ帰すだけじゃない。パンドラは自分の能力「記憶のリセット化」でここにいる間の記憶を消してから帰すつもり。でもね、その力は・・・一人にしか使えないの。」
情報が多い。でも、ひたすら焦っている様子から、悠長に話す余裕はない事情があるのだろう。別に聞き取れないほど早口でもないのだ、こっちが理解する努力をしないと。
「一人に使ったら、他のみんなの記憶には残るでしょ?パンドラはそれを絶対に許さない。」
なんで許さないのか?気になるが、相手の気持ちを推測するのも後だ。今は、聞くんだ。
「じゃあどうするんだよ。」
かといって、本当に聞いてしまった・・・。余計急かしたようで申し訳ない。でもヘルベチカは嫌な顔一つせず説明してくれる。
「そのためにパンドラは猿真似の上位種・・・ドッペルゴーストっていう魔物を利用して、リュドミール君以外のみんなのそっくりさんを作るの。みんなをそれぞれ呼んでいたのは、そのためなんだよ。」

そのため・・・?

「記憶を消した一人を帰しても、他のみんなを帰さなかったら意味ないから、違和感ないように本物そっくりの偽物を本物として帰すんだよ。」
ヘルベチカの言うことは理解できる。せっかく、元の世界に戻って何事もなく過ごせたとしても、当たり前のようにいた仲間がそこにいなくては、記憶は消しても、確かに意味がない。でもパンドラはみんなを帰すには記憶を消すことを前提にしていて、それができないみんなには残ってもらって、かわりに偽物にすり替えさせる・・・。
「・・・なあ、じゃあ。本物は?」
今やすっかり落ち着きを取り戻したヘルベチカの表情は暗い悲しみに曇っていた。
「放置か・・・多分、一人を送ったあと、殺すと思う。」
放置もだめだ。ましてや、殺すなんてー・・・。
「なんで覚えているだけで殺されなきゃいけないんだ?覚えているだけで帰してもらえないんだ!?忘れなきゃダメなのかよ!」
ヘルベチカは忠告をしてくれて全然悪くないのに、あまりの理不尽に頭に血が昇って熱くなってたまらない、それを吐き出すあまり責めるつもりのない人を責めるしかできなかった。肩を掴んで、揺さぶって、でも抑えられなかった。
「そんなの私に言われてもわからないよ!」
「・・・!!」
そうだ。彼女にはわからない。
なのに、俺は・・・それしかできなかった。
そっと手を離す。でもヘルベチカは引かなかった。どれほど必死な思いで訴えようとしているのだろう。
「ねえ、私の予想なんだけど、その一人はリュドミール君が選ばれると思うの。」
「は・・・なんで?・・・なんで、俺なんだ?」
俺が選ばれる理由があるのか?もう、頭には「なんで?」とか「どうして?」とかしか浮かばない。謎が多い。疑問が多すぎる。
「それは・・・。」
突然、俺の体にテレビで言う砂嵐がかかって見える。体にはどうってことないのに、視覚に問題が発生した。
「あっ!もうそろそろ目覚めちゃう・・・!」
ヘルベチカは一歩下がる。歩み寄ろうにも、足が動かない。地面にしっかりと固定されているみたいに。声も出ない。
「リュドミール君!全てを忘れて、なかったことにしたいならパンドラについていってもいいけど、それが嫌なら私のいうことを信じて!!そ、それと・・・!」
彼女の声も遠くなる。それは彼女も気付いていた。だから最後、別れ際、ヘルベチカが叫んだ。
「パンドラに歯向かう気なら、聖音の言うことに従って!!理由は、いつかわかるからー・・・」



そこで俺は目が覚めた。
記憶にはしっかりと残っている、ヘルベチカが言っていた言葉・・・。
「・・・・・・。」

俺は、誰を信じたらいいんだ?







ーーヘルベチカsideーー


「あ・・・。」
行っちゃった。起きちゃった。
でも寂しくない。ここで一人なのはもう慣れたし、ずっと見てるから・・・退屈しない。

「リュドミール君・・・どうか逃げ切って・・・。」
心配は心配。リュドミール君は反対すると思った。友達が死んだとしても、何もかもを忘れて自分だけ元の世界に戻るなんて。だからこそ、逃げてほしい。パンドラは君にとって全てを無かったことにしようとしてる。

「・・・ふふっ。」
笑いが溢れる。それはリュドミール君や仲間たちにではない。
「ふっ、あっははははは!あは・・・あはは、私が協力しないと、元の世界に帰すことはできないんだけどね!!」

そう。リュドミール君にはああ言ったけど、パンドラにできることは「記憶をリセット」することのみ。元の世界に戻すことができるのは、私の力。パンドラは私が協力してくれると思っている。でしょうね。

でもね。

君が悪いんだよ。

よりにもよって、リュドミール君を選ぶから・・・。

不信を買って、逃げられたらいい。あわよくば倒されたらいいんだ。

「ごめんね、パンドラ。今回ばかりは、君は協力者じゃなくて邪魔者だ。・・・私の計画の邪魔はさせないからね。」

そうだよ。全てはこのためにやってきたことなんだから。

そういう意味では、ありがとう。

ごめんね。さようなら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...