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6話

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「わっ・・・。」
徐々にスピードを落としてなんとか踏みとどまった。
「・・・どうしたんだよ、殺さないのか?」
最終確認だ。体を張って、命を賭けた。彼女の言葉がただの憶測だとしたら俺はここで終わり。
「リュドミール君、そんな・・・。ずるいよ・・・。」
ずるい、とは?それより、聖音には殺意を剥き出しにしていたのに俺が庇うと途端に大人しくなった。ということは、ヘルベチカの言った通り、唯一元の世界へ帰れる人間は俺なのか?誰を選んでも疑問が浮かぶが、なんで俺なんだろう。あれこれ考えているとパンドラがまた腹部に手を触れようとした。また何かされる。しかし俺はその前に視界の隅にちらっと人影が動くのを見た。あれは・・・。

「えいっ!!」
ジェニファーの声だ。聞こえたのは、前からだった。その直後だった。バチンッと威力の増した静電気の音とともに目の前の巨体が跳ね上がった。
「あ・・・っ、ぁ・・・。」
瞳孔が開き、喉から勝手に搾り出される苦しそうな声、しばらく硬直していた体が震えながらもゆっくり動いた。
「よくわかんないけど、逃げれるのなら今のうちよ!早く!!」
パンドラの背後にいたのは、スタンガンを構えたジェニファーだった。物理による直接攻撃は効かなくてもそうじゃない物理の力は効果があるのか。この中では一番小柄なジェニファーは隙を見て行動しやすい。動けなくして、時間を稼いでくれたんだ。
「ジェニファー!!」
でも、それじゃあ。その方法ではジェニファーが危ない。今すぐそっちに向かって手を伸ばして、走ろうとすると。
「ダメよ!!」
拒絶する彼女の声。
「こっちにきたらアンタまで危ないじゃない!」
「でもジェニファーだって危ないだろ!」
「私はいいの!!」
よくないだろ。みんなで帰らなきゃ意味がないんだー・・・。今にだって、泣き出しそうなのを気の強いいつもの顔を作って必死に堪えているところだろうが。
「お前・・・。」
わずかながら動けるほどに回復しつつあるパンドラが彼女の方を向いた。低い、唸るような声。次の標的は、間違いなくジェニファーだ。あいつが作ってくれた時間を無駄にしたくない、でも・・・。
「行って、お願い・・・。」
やめろ。微笑まないで。そんな、最後の別れみたいな。
「・・・!!」
腕を力強く引っ張られる。聖音だ。青白く光る地面に俺は立っていた。
「聖音、何すー・・・。」
納得がいかず、問い詰めかけたが、聖音の表情はとても悲しそうな顔で微笑んでいた。ジェニファーと似たような、二人だけでお別れを迎えているみたいな。何勝手に決めつけてるんだよ。なんで手放しているんだよ。なんで。
そう考えていると、視界は真っ白な光に包まれた。




次に見た光景は、石造りの狭い洞窟だった。所々ランプが灯してある。人の手が加えられているのか、道も含めて全てが綺麗だ。
「ここは・・・。」
ハーヴェイ、オスカー、聖音。そして、バラバラになったまま動かないスージーとマシュー。いないのは、やはり・・・。
「・・・・・・。」
あの時、俺が少しでもためらわなかったら救えたのか?無力だから、間にいる強敵が復活したらそれこそ意味がなくなるのでは?一体、何が俺を邪魔したんだ?なんで自問自答して、本当はわかっているくせに、否定する材料が欲しくて再び問いただしている。でも、なんにしてもここにジェニファーがいないのは事実だ。また、仲間を失ってしまった。しかも今回は、俺の・・・。
「聖音、何をしたの?」
ハーヴェイの質問に聖音は答えた。暗い顔で。
「・・・本当は、もう少しとっておきたかったんだけど・・・。」
答えになってない、意味のわからない、まるで独り言のようだ。
「答えになってない・・・。」
「ねえみんな!!」
突然、聖音が先頭に立った。ここには数人しかいないのに、まるで大勢を前に発表するのに緊張して態度がぎこちなくなった時のようで声も上擦っている。目は見開いて、顔は真っ赤。状況が全く読めない。
「・・・突然で申し訳ないんだけど、この世界にいた誰かと関わりがあるの。」

「は?」
さすがに少しぐらいは空気を読んでから冗談を言う人物だと思っていたのに。
「おい、とうとう頭がイカれちまったぜ。どうすんだよ。」
真顔で聞かれても困る。
「ま、まともだよ!!」
まともだったらしいな。尚更困る。
「変なのは私だってわかってる・・・。でもここに来てから・・・ここにいたかのような記憶が浮かんできて、時々、頭の中に直接誰かが話しかけてくるの。魔女って人が・・・。」
ここは異世界。スージー達みたいな人の見てくれをしといてそうじゃないみたいなオチはそういう世界にいたからこそ受け入れられるわけであって、人間として異世界に来る前から接していた顔見知りがいきなり「異世界と関わりがあるんですよ」などと言われても。
セドリックの件を忘れたわけじゃないが、それとこれとはまた別の状況だ
「さっきのも、その人の言われた通りにしただけ。今だから言うけど、リュドミール君の家や街で魔物を倒したのも、そうなんだよ。」
「・・・。」
そう言われたら、納得するのか?
一人の女の子が複数の魔物を倒したことも?名無しの路地裏でも確実に魔物の息の根を止めにかかっていたことも?偶然と言われたらそうと片付けるより他なかったが。真意がわからん。
「この洞窟ね・・・私は勿論知らないけど、魔女さんが、何かあったらここに転送するようとかかんとか・・・。」
聖音は疑問符だらけの俺たちなんかお構いなく話を続ける。
「つまり何が言いてーんだこの野郎!!」
痺れを切らしたオスカーが怒鳴りたてる。
「わかんないよぅ!と、とにかく魔女さんがいうには「私が案内するからそれに従って」て・・・。そしたらわかるからって・・・。」
今にも泣き出しそうな聖音。なるほど、冗談で言っているようには思えない。むしろ、言わされている、みたいな。ここはフォローしてあげないと。
「聖音は、まぁ変な奴だし、言っていることは今でも意味不明だけど・・・。」
口から出たのは随分な知ったかぶりだ。
「ここにじっとしてても仕方ないし、進むしかないけどどこに進んでいいのかわからないなら、ほら、目的があったほうがいいんじゃないか?」
ようは聖音に委ねよう、ということだ。それに、ヘルベチカの言葉通りにして危機から逃れられた点も含めて個人的に信用している。残りは二人。あぁ、一気に減ったなぁ。なんでふと感じてしまった。
「リュドミールの言うとおり。進まなきゃダメだ。」
ハーヴェイは賛成してくれた。もっとも、聖音の言葉を真に受けてはいないだろうが。
「・・・はぁ、もう考えんのがアホらしくなってきた。・・・なんだよ。行くんだろ!?」
そして、オスカーも。みんな同じようなこと考えていそうだ。「仕方ない」という諦め。次から次へとドミノ倒しのごとくいろんな出来事が襲いかかってきた疲労からかそんな気持ちにもなる。
「・・・・・・。」
足元に転がった二人の足、手、頭を運ぼうと抱え込むも、一人じゃ無理がある。
「ほっときゃいいだろうが。」
オスカーは冷たく言い放つが、身を挺してくれた二人を遺体放棄みたいにはできない。すると、先頭を歩いていた聖音が気づいて、抱えきれない分を持ち運んでくれた。
「あ、ありがとう・・・。」
「うんしょっと。洞窟も長くないよ、行くべき場所はすぐ近く、だって。だから私も手伝うよ。」
魔女の言葉とやらをそのまま伝えているのか?にしても、俺の倍以上は抱えているのに全く重そうにしていない。すごい。
「ご愁傷様なんだろ?持ってってどうすんだよ、邪魔になるっつーのに。」
あまりに言い過ぎだと咎めたくなるが、ハーヴェイがアイツを睨んでいたから余計な口は出さず、かわりに聞いておきたいことがあったので話題を逸らすついでに質問した。
「ここは魔物は出るのか?」
「わざわざ安全な場所を選んだんだよ。魔法でないと出入りできないし、ここ。大丈夫大丈夫。」
フラグが立ちそうな答えだな。かくして、心にまた一つ傷を負いながら、ひたすら前に進んだ。




ーその頃、某実験所ー


「・・・・・・。」

行ってしまった。

後悔なんてない。こうでもしないと、私じゃ止められない。聖音が何をしているのはわからなかった。でも、なんでもいい、逃げられる方法があるっていうなら。

今になってここに来るまでの会話を思い出す。聖音は少し変わっている人だと私は言った。でも別に悪気なんかなかったし、多分言い方が少しキツかったんだと思う。いつもそう、優しく言えないのよ、私。加えて機嫌が悪かったオスカーの一言に怒りと、それ以上に「その通り」の自覚がありすぎて複雑な感情でいっぱいになった。
「変なやつだけど、お前なんかよりずっと役に立つ。」
わかってるわよ、そんなの。
無力なのはわかってる。でも・・・。

でも、ようやく役に立てたわ。
最高の気分よ。こんな事、普通の人生で滅多にないわ。「愛する人の為に自らを犠牲にする」だなんて!あぁ、人生、人生って言うけど。・・・まだ十二年しか生きてないんだけど。私は死ぬんだし。いくら動けなくしてもほんの一瞬、こんな化け物相手に私が勝てるわけないじゃない。痛いのかな?苦しいのでしょうね。怖くないといったらそんなの、嘘に決まってる。

どうせ死ぬんだから、考えるだけ無駄よね。怖いとか、そんなの。

「・・・・・・。」
ゆっくりと近づいてくる。やっぱり視界に入れると怖いわ。強く目をつむった。抵抗はしないから、何もわからないうちに殺してほしい。
「・・・・・・。」
しばらく何もない時間が過ぎる。おそるおそる目を開けると、すぐ目の前にしゃがみこんでいた。こっちをじっと見ている。
「な、なんなの?」
しかし何も答えない。本当になんなんだろう。焦ったい。恐怖という感情を焦らされても全く嬉しくない。
「なによ、殺すなら早く殺しなさいよ!」
「・・・はぁ。」
返ってきたのはため息だった。ああ、もう。本当になんなのよ!
「油断したよ。視界が違うっていうか、僕の見え方だと君は随分と小さく見えるわけだ。」
よくわからないけど、なに?さいごのさいごにお褒めにならなくても結構だけど。間がもたないので私から聞いてみた。
「ねえ、なんであんな事するの?」
すごく曖昧な質問だと思う。でもこれに私の効きたい謎が全て詰まっていた。
「・・・僕は何事もなかったことにしたいんだ。」
「殺す必要がどうしてもあるわけ?」
その質問に、しばらく黙り込む。私は続けた。
「ねえ、さっきリュドミールが飛び出すと止まったでしょ。あなた、もしかして返すたった一人はリュドミールだったの?どうして、あの子?」
「そんなこといったらどいつ選んでも結局「どうして?」ってなるだろ?」
そうだけど・・・。でも、選んだからには理由があると思ったのに。
「・・・まあいいわ。で、いつになったら私を殺すのよ。抵抗はしないから、出来たら一瞬で楽になりたいわ。」
会話しているうちに少しだけ恐怖が弱くなった。そのうちにでも殺してくれたらもっと楽なんだけど。


「ねえ、もしかして本当は殺すつもりなんてないんじゃないの?」
「・・・。」
ダメ元で聞いてみる。これ聞いたあとだ殺されたら惨めよね。
「・・・まあ、時と場合によるかな。そりゃあ、僕だって殺したいわけじゃない。できれば君は殺すというより、助けてあげたいんだ。」
えっ?なに?どういうこと?今までで一番落ち着いた優しい声でなにを言い出すの?
「君が僕に協力してくれたら助けてあげるよ。さっきだって、みんなを助ける為というよりは、好きな人を助けたかったんだよね。だからあんなことしたんだよね。僕はリュドミール君を帰したいんだ、ジェニーにとってもいい話だと思うんだけど。」
「なっ・・・なんでアンタが、そんなこと!」
思わず顔が熱くなる。一言もアイツが好きだなんていってないのになんで知ってるの!?おそらく、そんな素振りもここでは見せていないはず。しかも馴れ馴れしくあだ名まで・・・って、それはどうでもいいけど。落ち着いて私。
「た、助けるって具体的には?」
パンドラのいう助けるって、きっとこの世界に残ってもらうってこと。でも帰りたい私にとってはお断り。もしかして他に方法があるっていうの?

「ここで暮らすんだよ。もうあの# 化物_ちちおや__#とも過ごさなくていいんだよ。」

「いくら君が、本物の代わりに用意した偽物だからって・・・ずいぶんひどい目にあったんでしょ?あんなの親どころか、人間のすることじゃないよ。あっ、これは本物のジェニーから聞いた話なんだけどね?」

「まあ、解決にはならないことはわかってるよ。繰り返しさ。でも僕の計画に協力してくれる君は特別。人としてのジェニーじゃなく、この世界で人じゃないジェニーとして過ごせるようにしてあげる。だからいちいちここで色々気にしなながら過ごす必要もないよ。・・・どうしたの?鳩が豆鉄砲食らったような顔して。」

さっきからあなたは何を言っているの?
そんな顔にもなるわよ、だって。
なんでアンタが知ってるのよ。
本物ってなに?偽物って、なに?
私はあの世界で生まれて育って、この世界にみんなと一緒に来た人間のジェニファーよ。私以外の私なんて、存在しないわ。
意味がわからないなにもかも。

「・・・ごめんね。一方的に話しすぎちゃった。辛い毎日を押し付けたお詫びもあるけど、協力してくれるっていうなら君が疑問について、教えてあげるよ。」

・・・。頭の中に二つの選択肢が浮かぶ。どうしよう。協力するってちゃんといったほうがいいかしら?
>>黙り込む
>>「なんでもする」

「・・・・・・。」
黙ってうなずく。今更否定しても、それこそ多分殺されちゃう。パンドラはまだ何か隠しているわ。私は知りたいの。でも、協力したとして、なんだか嫌な予感もするわ。迷っているのは事実だけど私にあとがないから渋々したがっているという態度を見せつけておこう。

「よし、決まりだ!みんなには逃げられちゃったけど、焦る必要はない。まあ長い話じゃないから聞いておくれよ、それが終わったら次の作戦だ。」


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