《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい

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第6話 初夜をすっぽかされた令嬢と、はて自由とは?

 しばしの沈黙のあと、義父が口を開いた。

「……具体的には、どうするつもりかね、アリア君」
「簡単です、侯爵様」

 私は一枚の紙を取り出し、机の上に広げた。

「無駄な出費を削ります。少なくとも、私の持参金から出ていくお金については、すべて私が決裁します」

 赤く印をつけた項目に、ひとつずつ斜線を引いていく。

「楽団の契約、見直し。不要な改装、凍結。ブラン男爵家への贈り物、すべて中止」
「ちょ、ちょっと待て!」

 レイモンドが慌てて立ち上がった。

「ルルゥへの贈り物まで口を出すつもりか!? あれは僕の――」
「個人的な財布から出される分には、口を出しませんわ」

 私はさらりと返す。

「ですが、侯爵家の帳簿から出ている限り、それは“家の支出”です。愛人への贈り物を、侯爵家の仕事として認めるつもりはありません」
「君は……僕から、自由を取り上げるつもりか」

 レイモンドの声には、本気で怯えたような響きが混じっていた。

「自由?」

 私は小首をかしげる。

「いいえ。値段をつけているだけです」
「値段……?」
「レイモンド様が好む宴会も、贈り物も、馬車も。それぞれに、いくらかかっていて、その結果、侯爵家の未来をどれだけ削っているか。その数字を、きちんと見ていただくつもりです」

 私は手元の帳簿を叩いた。

「自由が悪いと言っているのではありません。

 ただ、その自由が“誰のおかげで”存在しているのかだけは、自覚していただかないと」
 その瞬間だけ、義父の目がわずかに細められた。

「……ノア」
「はい、侯爵様」
「今後、すべての出費明細をアリアさんに通せ。レイモンドが何か買うときも、例外なく、だ」
「承知いたしました」
「父上!?」

 レイモンドが声を上げる。

「そんな――僕はもう子どもじゃない!」
「子どもではないなら、自分の立場を理解しろ」

 義父の声には、久しぶりに当主としての響きが戻っていた。

「お前は、この家の次期当主だ。同時に、グレイス伯爵家との契約の当事者でもある。――その自覚がないのなら、帳簿ぐらいは彼女に預けておけ」

 レイモンドは何か言い返そうとしたが、言葉にならなかったらしい。
 拳を握りしめたまま、乱暴に部屋を出て行った。
 扉が閉まる音を聞き届けてから、義父が小さくため息をつく。

「……困った息子だ」
「ええ。ですが、まだ“困った”で済んでいるうちに手を打てるのは、不幸中の幸いですわ」

 私がそう答えると、義母が恐る恐る口を開いた。

「アリアさん、その……本当に、うちの家計を見てくださるの?」
「もちろんです、義母様」

 私は微笑んだ。

「ただし、その代わり。レイモンド様の“非常識”については、すべて私の帳簿にも記録させていただきます」
「き、記録……?」
「ええ。いずれ必要になるかもしれない、とても大事な資料ですので」

 その言葉の意味を、義母はまだ理解していない顔をしていた。
 義父だけが、わずかに目を伏せる。

     ◇

 部屋に戻り、自分用のノートを開く。
 侯爵家の家計簿とは別に、私だけが見るノート。
 そこには、こう書かれていた。

『クロフォード侯爵家 非常識記録簿』

 昨日の日付で、最初の項目が記されている。

『1.婚礼当夜の失踪(愛人宅滞在)
  ――証人:侍従二名、馬車の御者一名』

 その下に、新たな行を加える。

『2.婚姻契約無視の行動(愛人を公然と屋敷に招き入れる)
  ――証人:執事、門番、侍女数名』

 もう一行、ペン先を滑らせる。

『3.家計の把握を拒み、「自由」を主張』

 書き終えたとき、不思議なほど心が静かだった。
 怒りは、ノートの中にきちんと形を与えられれば、「材料」に変わる。
 材料になった感情は、もう私を曇らせない。

「さて……次は、何が出てくるかしら」

 小さくつぶやき、ノートを閉じる。
 政略結婚で手に入れたのは、侯爵夫人の座だけではなかった。
 ――侯爵家そのものの、帳簿を動かす権限。
 それをどう使うかは、こちら次第だ。
 私はインクを足し、ペン先を整えた。
 まだまだ、この家には「非常識」が溜まっている気がする。
 全部きれいに並べ終えたとき、何が見えてくるのか。
 少しだけ、楽しみでもあった。
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