6 / 14
第6話 初夜をすっぽかされた令嬢と、はて自由とは?
しばしの沈黙のあと、義父が口を開いた。
「……具体的には、どうするつもりかね、アリア君」
「簡単です、侯爵様」
私は一枚の紙を取り出し、机の上に広げた。
「無駄な出費を削ります。少なくとも、私の持参金から出ていくお金については、すべて私が決裁します」
赤く印をつけた項目に、ひとつずつ斜線を引いていく。
「楽団の契約、見直し。不要な改装、凍結。ブラン男爵家への贈り物、すべて中止」
「ちょ、ちょっと待て!」
レイモンドが慌てて立ち上がった。
「ルルゥへの贈り物まで口を出すつもりか!? あれは僕の――」
「個人的な財布から出される分には、口を出しませんわ」
私はさらりと返す。
「ですが、侯爵家の帳簿から出ている限り、それは“家の支出”です。愛人への贈り物を、侯爵家の仕事として認めるつもりはありません」
「君は……僕から、自由を取り上げるつもりか」
レイモンドの声には、本気で怯えたような響きが混じっていた。
「自由?」
私は小首をかしげる。
「いいえ。値段をつけているだけです」
「値段……?」
「レイモンド様が好む宴会も、贈り物も、馬車も。それぞれに、いくらかかっていて、その結果、侯爵家の未来をどれだけ削っているか。その数字を、きちんと見ていただくつもりです」
私は手元の帳簿を叩いた。
「自由が悪いと言っているのではありません。
ただ、その自由が“誰のおかげで”存在しているのかだけは、自覚していただかないと」
その瞬間だけ、義父の目がわずかに細められた。
「……ノア」
「はい、侯爵様」
「今後、すべての出費明細をアリアさんに通せ。レイモンドが何か買うときも、例外なく、だ」
「承知いたしました」
「父上!?」
レイモンドが声を上げる。
「そんな――僕はもう子どもじゃない!」
「子どもではないなら、自分の立場を理解しろ」
義父の声には、久しぶりに当主としての響きが戻っていた。
「お前は、この家の次期当主だ。同時に、グレイス伯爵家との契約の当事者でもある。――その自覚がないのなら、帳簿ぐらいは彼女に預けておけ」
レイモンドは何か言い返そうとしたが、言葉にならなかったらしい。
拳を握りしめたまま、乱暴に部屋を出て行った。
扉が閉まる音を聞き届けてから、義父が小さくため息をつく。
「……困った息子だ」
「ええ。ですが、まだ“困った”で済んでいるうちに手を打てるのは、不幸中の幸いですわ」
私がそう答えると、義母が恐る恐る口を開いた。
「アリアさん、その……本当に、うちの家計を見てくださるの?」
「もちろんです、義母様」
私は微笑んだ。
「ただし、その代わり。レイモンド様の“非常識”については、すべて私の帳簿にも記録させていただきます」
「き、記録……?」
「ええ。いずれ必要になるかもしれない、とても大事な資料ですので」
その言葉の意味を、義母はまだ理解していない顔をしていた。
義父だけが、わずかに目を伏せる。
◇
部屋に戻り、自分用のノートを開く。
侯爵家の家計簿とは別に、私だけが見るノート。
そこには、こう書かれていた。
『クロフォード侯爵家 非常識記録簿』
昨日の日付で、最初の項目が記されている。
『1.婚礼当夜の失踪(愛人宅滞在)
――証人:侍従二名、馬車の御者一名』
その下に、新たな行を加える。
『2.婚姻契約無視の行動(愛人を公然と屋敷に招き入れる)
――証人:執事、門番、侍女数名』
もう一行、ペン先を滑らせる。
『3.家計の把握を拒み、「自由」を主張』
書き終えたとき、不思議なほど心が静かだった。
怒りは、ノートの中にきちんと形を与えられれば、「材料」に変わる。
材料になった感情は、もう私を曇らせない。
「さて……次は、何が出てくるかしら」
小さくつぶやき、ノートを閉じる。
政略結婚で手に入れたのは、侯爵夫人の座だけではなかった。
――侯爵家そのものの、帳簿を動かす権限。
それをどう使うかは、こちら次第だ。
私はインクを足し、ペン先を整えた。
まだまだ、この家には「非常識」が溜まっている気がする。
全部きれいに並べ終えたとき、何が見えてくるのか。
少しだけ、楽しみでもあった。
「……具体的には、どうするつもりかね、アリア君」
「簡単です、侯爵様」
私は一枚の紙を取り出し、机の上に広げた。
「無駄な出費を削ります。少なくとも、私の持参金から出ていくお金については、すべて私が決裁します」
赤く印をつけた項目に、ひとつずつ斜線を引いていく。
「楽団の契約、見直し。不要な改装、凍結。ブラン男爵家への贈り物、すべて中止」
「ちょ、ちょっと待て!」
レイモンドが慌てて立ち上がった。
「ルルゥへの贈り物まで口を出すつもりか!? あれは僕の――」
「個人的な財布から出される分には、口を出しませんわ」
私はさらりと返す。
「ですが、侯爵家の帳簿から出ている限り、それは“家の支出”です。愛人への贈り物を、侯爵家の仕事として認めるつもりはありません」
「君は……僕から、自由を取り上げるつもりか」
レイモンドの声には、本気で怯えたような響きが混じっていた。
「自由?」
私は小首をかしげる。
「いいえ。値段をつけているだけです」
「値段……?」
「レイモンド様が好む宴会も、贈り物も、馬車も。それぞれに、いくらかかっていて、その結果、侯爵家の未来をどれだけ削っているか。その数字を、きちんと見ていただくつもりです」
私は手元の帳簿を叩いた。
「自由が悪いと言っているのではありません。
ただ、その自由が“誰のおかげで”存在しているのかだけは、自覚していただかないと」
その瞬間だけ、義父の目がわずかに細められた。
「……ノア」
「はい、侯爵様」
「今後、すべての出費明細をアリアさんに通せ。レイモンドが何か買うときも、例外なく、だ」
「承知いたしました」
「父上!?」
レイモンドが声を上げる。
「そんな――僕はもう子どもじゃない!」
「子どもではないなら、自分の立場を理解しろ」
義父の声には、久しぶりに当主としての響きが戻っていた。
「お前は、この家の次期当主だ。同時に、グレイス伯爵家との契約の当事者でもある。――その自覚がないのなら、帳簿ぐらいは彼女に預けておけ」
レイモンドは何か言い返そうとしたが、言葉にならなかったらしい。
拳を握りしめたまま、乱暴に部屋を出て行った。
扉が閉まる音を聞き届けてから、義父が小さくため息をつく。
「……困った息子だ」
「ええ。ですが、まだ“困った”で済んでいるうちに手を打てるのは、不幸中の幸いですわ」
私がそう答えると、義母が恐る恐る口を開いた。
「アリアさん、その……本当に、うちの家計を見てくださるの?」
「もちろんです、義母様」
私は微笑んだ。
「ただし、その代わり。レイモンド様の“非常識”については、すべて私の帳簿にも記録させていただきます」
「き、記録……?」
「ええ。いずれ必要になるかもしれない、とても大事な資料ですので」
その言葉の意味を、義母はまだ理解していない顔をしていた。
義父だけが、わずかに目を伏せる。
◇
部屋に戻り、自分用のノートを開く。
侯爵家の家計簿とは別に、私だけが見るノート。
そこには、こう書かれていた。
『クロフォード侯爵家 非常識記録簿』
昨日の日付で、最初の項目が記されている。
『1.婚礼当夜の失踪(愛人宅滞在)
――証人:侍従二名、馬車の御者一名』
その下に、新たな行を加える。
『2.婚姻契約無視の行動(愛人を公然と屋敷に招き入れる)
――証人:執事、門番、侍女数名』
もう一行、ペン先を滑らせる。
『3.家計の把握を拒み、「自由」を主張』
書き終えたとき、不思議なほど心が静かだった。
怒りは、ノートの中にきちんと形を与えられれば、「材料」に変わる。
材料になった感情は、もう私を曇らせない。
「さて……次は、何が出てくるかしら」
小さくつぶやき、ノートを閉じる。
政略結婚で手に入れたのは、侯爵夫人の座だけではなかった。
――侯爵家そのものの、帳簿を動かす権限。
それをどう使うかは、こちら次第だ。
私はインクを足し、ペン先を整えた。
まだまだ、この家には「非常識」が溜まっている気がする。
全部きれいに並べ終えたとき、何が見えてくるのか。
少しだけ、楽しみでもあった。
あなたにおすすめの小説
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。