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第13話 初夜をすっぽかされた令嬢と新たな次期当主
あの夜会から、半年が経った。
形式上「未亡人」となった私は、クロフォード侯爵邸の一角で静かに暮らしていた。
“夫”は死亡扱い。
とはいえ、私自身はグレイス伯爵家からの出資者として、侯爵家再建の仕事を続けている。
その間に、いくつかの変化があった。
まず、クロフォード家の新しい後継が決まった。
「ユリウス・ハートリーを、クロフォード家の養子とする」
侯爵の決断は、予想通りだった。
ユリウスは形式上、遠縁の血筋という形で系譜に組み込まれ、やがて「ユリウス・クロフォード」として新しい当主になることが決まった。
「……おめでとう」
書斎で二人きりになったとき、私は言った。
「ありがとう、と素直に言うべきなんでしょうね」
ユリウスは、少し困ったように笑った。
「でも、実感が湧くのは、たぶん全部の帳簿を整え終えてからです」
「あなたらしいわ」
私も笑う。
帳簿は、確かに少しずつ整っていた。
不要な出費は削られ、借金は優先順位をつけて返済されている。
領地の管理も見直され、無駄な中間搾取が減った。
「アリア」
ユリウスが真剣な表情になる。
「君の“未亡人”という立場も、そろそろ整理したい」
「そうね」
私は頷いた。
「“死んだ”夫にいつまでも縛られているのは、趣味ではないわ」
「なら、話が早い」
ユリウスは机の引き出しから、小さな箱を取り出した。
「クロフォード家当主予定者として。そして、一人の男として」
彼は箱を開け、そこにおさめられていた指輪を見せた。
「アリア・グレイス。僕と契約してくれますか」
その言い方が、いかにも彼らしくて、私は笑ってしまった。
「契約内容は?」
「簡単です」
ユリウスも笑う。
「互いに相手の帳簿を読み、怒りは記録に変え、愚かさには値札をつけ、それでも一緒に笑っていられる限り、隣にいること」
「ずいぶん分厚い契約ね」
「それでも、あの婚姻契約よりは、よほどシンプルだと思います」
私は少しだけ考え――そして首を縦に振った。
「ええ。その契約なら、喜んでサインするわ」
指輪が薬指にはめられた瞬間、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
レイモンドとの婚姻は、最初から「契約」としてしか見ていなかった。
だからこそ、帳簿の上で切り離すこともできた。
ユリウスとのこれは、契約でありながら、ようやく自分で選んだ「居場所」だった。
◇
レイモンドとルルゥの、その後の噂は時折耳に入ってきた。
「ルルゥ嬢、あれからどうなったのかしら」
お茶の席で侍女が囁く。
「最初のうちは、レイモンドさまが“真実の愛”だなんだと頑張っていたそうですが」
「ええ」
「お金が尽きたら、喧嘩ばかりになって、今は地方の安宿で細々と暮らしているとか」
「細々とね……」
私はティーカップを置いた。
ルルゥは、侯爵夫人になる夢を見ていた。
レイモンドは、何も考えずにその夢に乗りかかった。
その結果、与えられたのは、「身分のない二人きりの現実」だけだ。
「どちらも、自分の選んだ結果よ」
私は静かに言った。
「哀れだと思わなくもないけれど、同情する気にはなれないわね」
侍女たちは顔を見合わせ、小さく頷く。
私の手元のノートには、最後の一行が書き加えられていた。
『最終項:レイモンド・クロフォードおよびルルゥ・ブラン
――“真実の愛”の決算:どちらも散々』
そこに、そっと二重線を引く。
この記録簿は、もう更新されることはない。
形式上「未亡人」となった私は、クロフォード侯爵邸の一角で静かに暮らしていた。
“夫”は死亡扱い。
とはいえ、私自身はグレイス伯爵家からの出資者として、侯爵家再建の仕事を続けている。
その間に、いくつかの変化があった。
まず、クロフォード家の新しい後継が決まった。
「ユリウス・ハートリーを、クロフォード家の養子とする」
侯爵の決断は、予想通りだった。
ユリウスは形式上、遠縁の血筋という形で系譜に組み込まれ、やがて「ユリウス・クロフォード」として新しい当主になることが決まった。
「……おめでとう」
書斎で二人きりになったとき、私は言った。
「ありがとう、と素直に言うべきなんでしょうね」
ユリウスは、少し困ったように笑った。
「でも、実感が湧くのは、たぶん全部の帳簿を整え終えてからです」
「あなたらしいわ」
私も笑う。
帳簿は、確かに少しずつ整っていた。
不要な出費は削られ、借金は優先順位をつけて返済されている。
領地の管理も見直され、無駄な中間搾取が減った。
「アリア」
ユリウスが真剣な表情になる。
「君の“未亡人”という立場も、そろそろ整理したい」
「そうね」
私は頷いた。
「“死んだ”夫にいつまでも縛られているのは、趣味ではないわ」
「なら、話が早い」
ユリウスは机の引き出しから、小さな箱を取り出した。
「クロフォード家当主予定者として。そして、一人の男として」
彼は箱を開け、そこにおさめられていた指輪を見せた。
「アリア・グレイス。僕と契約してくれますか」
その言い方が、いかにも彼らしくて、私は笑ってしまった。
「契約内容は?」
「簡単です」
ユリウスも笑う。
「互いに相手の帳簿を読み、怒りは記録に変え、愚かさには値札をつけ、それでも一緒に笑っていられる限り、隣にいること」
「ずいぶん分厚い契約ね」
「それでも、あの婚姻契約よりは、よほどシンプルだと思います」
私は少しだけ考え――そして首を縦に振った。
「ええ。その契約なら、喜んでサインするわ」
指輪が薬指にはめられた瞬間、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
レイモンドとの婚姻は、最初から「契約」としてしか見ていなかった。
だからこそ、帳簿の上で切り離すこともできた。
ユリウスとのこれは、契約でありながら、ようやく自分で選んだ「居場所」だった。
◇
レイモンドとルルゥの、その後の噂は時折耳に入ってきた。
「ルルゥ嬢、あれからどうなったのかしら」
お茶の席で侍女が囁く。
「最初のうちは、レイモンドさまが“真実の愛”だなんだと頑張っていたそうですが」
「ええ」
「お金が尽きたら、喧嘩ばかりになって、今は地方の安宿で細々と暮らしているとか」
「細々とね……」
私はティーカップを置いた。
ルルゥは、侯爵夫人になる夢を見ていた。
レイモンドは、何も考えずにその夢に乗りかかった。
その結果、与えられたのは、「身分のない二人きりの現実」だけだ。
「どちらも、自分の選んだ結果よ」
私は静かに言った。
「哀れだと思わなくもないけれど、同情する気にはなれないわね」
侍女たちは顔を見合わせ、小さく頷く。
私の手元のノートには、最後の一行が書き加えられていた。
『最終項:レイモンド・クロフォードおよびルルゥ・ブラン
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そこに、そっと二重線を引く。
この記録簿は、もう更新されることはない。
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