「病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?

さんけい

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22 具合の悪い人のほうが

「エミリーさん、もう休んでいらっしゃい」

 ヘレンの言い方は穏やかだった。
 だが、今この場にいてほしくない気持ちは十分に滲んでいる。
 しかしエミリーは、すぐには引かなかった。

「だって……わたくしのことをお話ししているみたいだったから」

 リチャードがそこで立ち上がる。

「君は気にしなくていい」

 その声には、庇おうとする気持ちが分かりやすく出ていた。
 ヘレンはその様子を見て、内心で眉をひそめる。こういうところだ、と彼女は思う。
 自分が気にするなと言えば、それで相手も安心すると思ってしまうところが。
 エミリーは彼の顔を見た。

「……わたくしのせいなの?」

 細い声だった。
 リチャードは即座に首を振った。

「違う」
「でも、わたくしが熱を出したから、今日も……」

 “今日も”という言い方に、ヘレンは少しだけ目を細めた。
 それは無邪気に聞こえる。
 けれど、言葉の置き方としては妙に正確だった。
 今日だけではなく、これまでも、という意味がちゃんと含まれてしまうからだ。

「困らせてしまったのね」

 エミリーはそう言って目を伏せた。

「困ってなんかいないよ」

 彼が言うと、エミリーの顔はすぐにやわらいだ。
 その早さにも、彼は違和感を持たない。安心したからだと思うだけである。
 ヘレンはそこを、息子よりはよく見ていた。見ていたが、深く考えるのをやめてきた。
 預かっている以上、あまり細かく穿れば面倒になる。
 どうせ本家の娘なのだ。あまり刺激せず、目の前で静かにしていてくれればそれでいい。
 そういう事なかれが、彼女にはあった。

「エミリーさん」

 ヘレンは、やや強めに言った。

「今夜はもう、人を引きとめるのはおやめなさい。リチャードにも考えることがあります」

 その言葉に、エミリーは一瞬だけ彼女を見た。
 その目には、さっきまでの弱々しさがなかった。
 だがそれも一瞬で、次にはもう従順そうに目を伏せていた。

「……はい」

 よくできた返事だった。
 熱でぼんやりした人間の返事というより、その場にぴたりと合った返事だった。
 侍女を呼ぼうとした時、エミリーはふと思いついたように、リチャードへ向き直った。

「ねえ」
「何だい」
「具合の悪い人のほうが、大事でしょう?」

 居間の空気が止まった。
 リチャードはすぐには答えなかった。その言葉を、否定しきれなかったからだ。
 エミリーはきょとんとした顔をしている。自分が何か妙なことを言ったとは思っていない顔だった。

「元気な方は、少し待てるもの」

 彼女は続けた。

「苦しい時にそばにいてくださる人のほうが、やさしい方でしょう? わたくし、そう思うの」

 ヘレンははっきりと顔をしかめた。今の言葉はよくない、と彼女には分かった。
 だが、その“よくなさ”を、もっと前にきちんと押さえておくべきだったのではないか、というところまでは考えが及ばなかった。
 せいぜい、今夜のような場で口に出すものではない、という程度の認識に留まる。

「エミリーさん、もうお休みなさい」

 今度は、先ほどより少し冷えた声だった。

「……はい」

 エミリーは素直に頷き、侍女に伴われて出ていった。
 扉が閉まる直前、彼女は一度だけ振り返った。
 その目は妙に澄んでいた。病人らしい潤みではなく、場に落とした言葉がどう響いたか、ちゃんと聞き終えた人の目だった。
 部屋が静かになる。
 リチャードはなおも扉のほうを見ていた。
  ヘレンはそんな息子を見て、また少し疲れた気持ちになる。
 この子は本当に、何かがおかしいと感じても、その先へ進めない。

「……悪気はないのです」

 リチャードがぽつりと言った。
 誰のことを言っているのかは明らかだった。
 ヘレンは頷きもしなかったし、否定もしなかった。

「そういう問題ではない時もあります」

 それだけ言うのが、精いっぱいだった。
 彼女自身、どこまで分かっているわけでもない。
 ただひとつ言えるのは、エミリーをこちらで預かり、リチャードには余計なことを聞かせず、婚約者には賢い理解を期待する――そうやって曖昧に回してきたものが、いまようやく軋みを立てているということだった。
 その軋みの音を、リチャードだけはまだきちんと聞けていない。
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