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21 顔ぶれを変える
しばしの沈黙のあと、エリアスは目を開けた。
「もし、“王家の顔ぶれを変える”という選択肢があるとしたら」
宰相の手が、かすかに止まる。
「……殿下」
「理屈の上の話としてだ。今ここで、実行しようとしているわけではない」
エリアスは、あくまで冷静に言う。
「だが、すでに民の間からも、“王弟殿下のほうが──”という冗談が出ているのだろう? その冗談が、“冗談では済まない段階”に達した時、どう動くべきなのか。事前に考えておかねばならない」
宰相は、息を吐いた。
「……“顔ぶれを変える”というのは、王太子殿下個人だけの話では済みません」
「わかっている」
「王妃殿下、アリーシャ王太子妃殿下。お二人を抜きにして話を進めることはできません」
「それもわかっている」
つまり、それは「一家ごと」だということだ。
今の王、そしてその后。
王太子と、その妃。
全員を、いずれ王宮の外へ移す、という話になりかねない。
「すぐにどうこうするつもりはない」
エリアスは、静かに続けた。
「だが、“アストリアから条件を出された”この瞬間から、向こうは我々の内情にも目を光らせるだろう」
「向こうの王弟殿下は、すでに“こちらの王家の弱点”を把握しているようです」
宰相は、低く言った。
「“謝るべき時に謝ることのできない王家”は、国として最も扱いにくい相手ですから」
「……」
エリアスは、唇を引き結んだ。
(“謝れない”という弱点を、放置した結果がこれだ)
今さら、個人の性格を変えることはできない。
ならば、選ぶべきは「構造」のほうだ。
「宰相」
「はい」
「もし──もしもだ」
エリアスは、言葉に重みを乗せた。
「我が国がアストリアに支援を求める事態になった時。彼らが“条件として王弟家との交代を求めた”としたら、あなたはどう答える」
宰相は、目を見開いた。
しばしの沈黙ののち、苦笑のようなものが浮かぶ。
「……“よく見ておられる”と感心するでしょうな」
「それは、賛成か反対かで言えば?」
「個人としては、賛成です」
宰相は、迷いなく言った。
「国として“生き延びる”ためには、そのくらいの変化は当然です」
「王への忠義は?」
「陛下には、“ここまで持たせてくださった”ことへの感謝を。それとは別に、“ここから先をどうするか”という話があるだけです」
その見極めを誰かがしなければならない。
自分がそれを言わなければ、宰相はもっと早く倒れていたかもしれない。
エリアスは、遅すぎた一歩を自覚しながら、ようやく口にする。
「……今すぐではない」
「はい」
「だが、“その時”が来た時に慌てぬよう、段取りだけは考えておいてくれ」
「“その時”とは?」
「アストリアからの支援を正式に乞わねばならないほど、この国が追い詰められた時だ」
宰相は、静かに頷いた。
「承知いたしました。王弟殿下がお覚悟をお決めになる時には、わたしも腹を括りましょう」
「……覚悟、か」
エリアスは、短く笑った。
「覚悟を決めるほど、大層な人間ではないつもりだがね。ただ、“見ていただけ”という顔は、もうしたくないだけだ」
宰相は、その言葉に、ほんのわずか救われた表情を見せた。
エリアスは、部屋を出る前に振り返る。
「ところで宰相」
「はい」
「アストリアの王弟殿下に、ひとつ伝言を届けられないか」
「内容次第ですが」
「“こちらにも、王弟はひとりいる”と」
宰相は、目を瞬いたのち、かすかに笑った。
「……それは、“まだ使える札が残っている”という意味に受け取られますな」
「それで構わない」
エリアスは、軽く肩をすくめる。
「向こうの王弟に、“こちらの王弟は、少なくとも現状が見えている”と伝わるだけでもいい」
その一言が、いずれどこかで効いてくるかもしれない。
(サーシャも、向こうの王弟も、“ちゃんと見ていた”)
ならば、自分もまた、「見ていただけ」の人間で終わるつもりはない。
冬の気配は、刻一刻と濃くなっていく。
じたばたともがく者たちの中で、静かに「次の形」が準備され始めていた。
「もし、“王家の顔ぶれを変える”という選択肢があるとしたら」
宰相の手が、かすかに止まる。
「……殿下」
「理屈の上の話としてだ。今ここで、実行しようとしているわけではない」
エリアスは、あくまで冷静に言う。
「だが、すでに民の間からも、“王弟殿下のほうが──”という冗談が出ているのだろう? その冗談が、“冗談では済まない段階”に達した時、どう動くべきなのか。事前に考えておかねばならない」
宰相は、息を吐いた。
「……“顔ぶれを変える”というのは、王太子殿下個人だけの話では済みません」
「わかっている」
「王妃殿下、アリーシャ王太子妃殿下。お二人を抜きにして話を進めることはできません」
「それもわかっている」
つまり、それは「一家ごと」だということだ。
今の王、そしてその后。
王太子と、その妃。
全員を、いずれ王宮の外へ移す、という話になりかねない。
「すぐにどうこうするつもりはない」
エリアスは、静かに続けた。
「だが、“アストリアから条件を出された”この瞬間から、向こうは我々の内情にも目を光らせるだろう」
「向こうの王弟殿下は、すでに“こちらの王家の弱点”を把握しているようです」
宰相は、低く言った。
「“謝るべき時に謝ることのできない王家”は、国として最も扱いにくい相手ですから」
「……」
エリアスは、唇を引き結んだ。
(“謝れない”という弱点を、放置した結果がこれだ)
今さら、個人の性格を変えることはできない。
ならば、選ぶべきは「構造」のほうだ。
「宰相」
「はい」
「もし──もしもだ」
エリアスは、言葉に重みを乗せた。
「我が国がアストリアに支援を求める事態になった時。彼らが“条件として王弟家との交代を求めた”としたら、あなたはどう答える」
宰相は、目を見開いた。
しばしの沈黙ののち、苦笑のようなものが浮かぶ。
「……“よく見ておられる”と感心するでしょうな」
「それは、賛成か反対かで言えば?」
「個人としては、賛成です」
宰相は、迷いなく言った。
「国として“生き延びる”ためには、そのくらいの変化は当然です」
「王への忠義は?」
「陛下には、“ここまで持たせてくださった”ことへの感謝を。それとは別に、“ここから先をどうするか”という話があるだけです」
その見極めを誰かがしなければならない。
自分がそれを言わなければ、宰相はもっと早く倒れていたかもしれない。
エリアスは、遅すぎた一歩を自覚しながら、ようやく口にする。
「……今すぐではない」
「はい」
「だが、“その時”が来た時に慌てぬよう、段取りだけは考えておいてくれ」
「“その時”とは?」
「アストリアからの支援を正式に乞わねばならないほど、この国が追い詰められた時だ」
宰相は、静かに頷いた。
「承知いたしました。王弟殿下がお覚悟をお決めになる時には、わたしも腹を括りましょう」
「……覚悟、か」
エリアスは、短く笑った。
「覚悟を決めるほど、大層な人間ではないつもりだがね。ただ、“見ていただけ”という顔は、もうしたくないだけだ」
宰相は、その言葉に、ほんのわずか救われた表情を見せた。
エリアスは、部屋を出る前に振り返る。
「ところで宰相」
「はい」
「アストリアの王弟殿下に、ひとつ伝言を届けられないか」
「内容次第ですが」
「“こちらにも、王弟はひとりいる”と」
宰相は、目を瞬いたのち、かすかに笑った。
「……それは、“まだ使える札が残っている”という意味に受け取られますな」
「それで構わない」
エリアスは、軽く肩をすくめる。
「向こうの王弟に、“こちらの王弟は、少なくとも現状が見えている”と伝わるだけでもいい」
その一言が、いずれどこかで効いてくるかもしれない。
(サーシャも、向こうの王弟も、“ちゃんと見ていた”)
ならば、自分もまた、「見ていただけ」の人間で終わるつもりはない。
冬の気配は、刻一刻と濃くなっていく。
じたばたともがく者たちの中で、静かに「次の形」が準備され始めていた。
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