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第25話:まやかしの希望にすがる夫
「ノリス工房が先月の発表会で大々的に宣伝したステラ・カット。あの革新的な技術について、我が委員会に特許の帰属に関する重大な申し立てがございました。貴殿は当主として、あの技術がノリス工房の正当な所有物であり、かつ、貴殿ご自身がその技術的根拠を完全に把握していることを、審査員の前で証明する義務があります」
「特許の……、帰属……?」
アランの顔から、一気に血の気が引いた。
ステラ・カットは、アリアンヌが一人で開発したものだ。
アランはその複雑な計算式も、研磨の工程も、何一つ理解していない。
ただ「チームワークの結晶だ」と笑って受け取っただけなのだ。
「もし、証明が不十分であると判断された場合、あるいは虚偽の申告があった場合は……」
ウォーカーの声が、一段と低くなった。
「ノリス工房の稼働は即座に永久停止となり、貴殿には重大な詐称の罪として、さらなる罰則が科せられることになります」
アランは言葉を失い、喉が干からびたようにカラカラと音を立てた。
永久停止。
詐称の罪。
それは、貴族としての社会的な死を意味していた。
「……そ、そんな。……僕はただ、皆の力を信じて……」
「精神論は結構です、伯爵」
ウォーカーは、アランの口癖を冷酷に切り捨てた。
「監査委員会が求めるのは、客観的な事実と、論理的な証明のみ。三日後、公の場で貴殿の真の実力を拝見できることを楽しみにしております。……それでは」
ウォーカーは事務的な一礼を残し、風のように去っていった。
執務室に残されたアランは、通知書を震える手で握りしめた。
公開ヒアリング。
そこには、大口の取引先や、同業他社の重鎮たちも傍聴に訪れるだろう。
そこで自分が技術的な質問に一つも答えられなければ、どうなるか。
チームワークや笑顔といった薄っぺらい言葉のメッキが完全に剥がれ落ち、自分が中身のないただの無能な男であることが、白日の下に晒されるのだ。
「……アリアンヌ」
アランの口から、再びその名前が漏れた。
彼女がいれば……。
彼女が隣で、あの冷たくも理路整然とした口調で説明してくれれば、こんなことにはならなかった。
(……いや、待てよ)
アランの脳裏に、一筋の光明が差した。
アリアンヌを連れ戻せばいいのだ。
彼女は自分の妻だった。
今は少し腹を立てて家を出て行っただけだ。
謝って、「やっぱり君が必要だ」と言えば、彼女はまた戻ってきて、すべてを解決してくれるはずだ。
彼女はそういう女だったじゃないか。
夫の尻拭いをして、工房を守るのが彼女の生きがいだったはずだ。
「そうだ……。アリアンヌを連れ戻せば、全部元通りになる……!」
アランは狂ったように立ち上がり、通知書を握りしめたまま執務室を飛び出した。
彼の中に残っていたのは、反省でも後悔でもなく、ただ有能な実務者に寄生して助かりたいという、見苦しいまでの利己的な生存本能だけだった。
しかし、アランはまだ気づいていなかった。
彼がすがろうとしているその有能な実務者こそが、この冷酷な公開ヒアリングを仕組んだ張本人であり、彼を完全に社会的に抹殺するための舞台を整え終えているという事実に。
三日後。
アランとコゼットにとっての、本当の地獄が幕を開けようとしていた。
「特許の……、帰属……?」
アランの顔から、一気に血の気が引いた。
ステラ・カットは、アリアンヌが一人で開発したものだ。
アランはその複雑な計算式も、研磨の工程も、何一つ理解していない。
ただ「チームワークの結晶だ」と笑って受け取っただけなのだ。
「もし、証明が不十分であると判断された場合、あるいは虚偽の申告があった場合は……」
ウォーカーの声が、一段と低くなった。
「ノリス工房の稼働は即座に永久停止となり、貴殿には重大な詐称の罪として、さらなる罰則が科せられることになります」
アランは言葉を失い、喉が干からびたようにカラカラと音を立てた。
永久停止。
詐称の罪。
それは、貴族としての社会的な死を意味していた。
「……そ、そんな。……僕はただ、皆の力を信じて……」
「精神論は結構です、伯爵」
ウォーカーは、アランの口癖を冷酷に切り捨てた。
「監査委員会が求めるのは、客観的な事実と、論理的な証明のみ。三日後、公の場で貴殿の真の実力を拝見できることを楽しみにしております。……それでは」
ウォーカーは事務的な一礼を残し、風のように去っていった。
執務室に残されたアランは、通知書を震える手で握りしめた。
公開ヒアリング。
そこには、大口の取引先や、同業他社の重鎮たちも傍聴に訪れるだろう。
そこで自分が技術的な質問に一つも答えられなければ、どうなるか。
チームワークや笑顔といった薄っぺらい言葉のメッキが完全に剥がれ落ち、自分が中身のないただの無能な男であることが、白日の下に晒されるのだ。
「……アリアンヌ」
アランの口から、再びその名前が漏れた。
彼女がいれば……。
彼女が隣で、あの冷たくも理路整然とした口調で説明してくれれば、こんなことにはならなかった。
(……いや、待てよ)
アランの脳裏に、一筋の光明が差した。
アリアンヌを連れ戻せばいいのだ。
彼女は自分の妻だった。
今は少し腹を立てて家を出て行っただけだ。
謝って、「やっぱり君が必要だ」と言えば、彼女はまた戻ってきて、すべてを解決してくれるはずだ。
彼女はそういう女だったじゃないか。
夫の尻拭いをして、工房を守るのが彼女の生きがいだったはずだ。
「そうだ……。アリアンヌを連れ戻せば、全部元通りになる……!」
アランは狂ったように立ち上がり、通知書を握りしめたまま執務室を飛び出した。
彼の中に残っていたのは、反省でも後悔でもなく、ただ有能な実務者に寄生して助かりたいという、見苦しいまでの利己的な生存本能だけだった。
しかし、アランはまだ気づいていなかった。
彼がすがろうとしているその有能な実務者こそが、この冷酷な公開ヒアリングを仕組んだ張本人であり、彼を完全に社会的に抹殺するための舞台を整え終えているという事実に。
三日後。
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