いつも私に偉そうに説教していた癖に、結局はただのクズだったのですね。~幼馴染みとの不貞が発覚した夫の末路~

水上

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第35話:研ぎ澄まされた宝石のように

 王都の北区。
 喧騒から少し離れた、緑豊かな並木道に面した真新しい工房の扉には、美しい金文字の看板が掲げられていた。

「アリアンヌ様、ベルク商会から追加の発注書が届きました。ステラ・カットの新作ライン、非常に好評とのことです」

「ありがとう、トーマス。でも、現在の生産ラインのキャパシティを越える受注は受けられません。品質を落とさないためにも、納期は三ヶ月後で交渉してちょうだい」

「承知いたしました。先方も『アリアンヌ様が手掛けるものであれば、いくらでも待ちます』と仰っていましたよ」

 柔らかな日差しが差し込む執務室で、アリアンヌは工程表にペンを走らせながら、ふっと口元を綻ばせた。

 トーマスをはじめとする職人たちの顔には、かつてノリス工房で見せていたような、疲労と諦めが混じった暗い影はない。

 彼らは皆、自分たちの技術が正当な評価と対価を得られるこの場所で、誇りを持って仕事に取り組んでいた。

 アリアンヌがアランに離縁状を叩きつけ、ノリス家を去ってから半年が経過していた。

 あの日、王立監査委員会の公開ヒアリングで絶対的な価値を証明したアリアンヌは、その足でこの新しい工房を立ち上げた。

 彼女の元には、ノリス工房から引き抜いた熟練職人たちが全員集い、特許権が確定したステラ・カットを用いたジュエリーは、瞬く間に王都の貴族たちの間で不動の人気を獲得した。

「アリアンヌ様、少し休憩にしませんか?」

 若い職人の一人が、湯気を立てるティーカップをワゴンに乗せて運んできた。
 アリアンヌはペンを置き、背伸びをして凝り固まった肩をほぐした。

「ええ、ありがとう。皆さんも手を止めて、一緒にお茶にしましょう」

 アリアンヌの言葉に、工房の奥から職人たちが談笑しながら集まってくる。

 それは、かつてアランが口癖のように唱えていたフラットで明るい職場という薄っぺらい幻想ではなく、実務を分担し、互いの技術に敬意を払い、共に泥臭い責任を背負っているからこそ生まれる、本物の連帯感だった。

 アリアンヌは、自分の手を見つめた。
 研磨作業でついた細かな傷はまだ残っているが、ひび割れは治り、かつてのように荒れ果ててはいない。

 自分の技術の価値を理解し、無理な納期を押し付けない環境が、彼女に人間らしい睡眠と休息を与えてくれたのだ。

「そういえば、アリアンヌ様」

 紅茶を啜りながら、トーマスが少しだけ声を潜めた。

「先日、王都の南区で……、アラン元伯爵の姿を見かけた者がおりまして」

「……」

「多額の負債を抱え、爵位も返上させられたと聞いていましたが、今は裏町で日雇いの荷運びをしているとか。すっかり痩せこけて、誰かに『気合いが足りないぞ!』と怒鳴られていたそうです」

 アリアンヌは、その報告を聞いても、心にさざ波一つ立たなかった。
 かつては、彼に理解されないことに絶望し、心を冷たく閉ざしていた。

 しかし今となっては、アランのことも、彼に応援という名の寄生をしていたコゼットのことも、アリアンヌの人生には全く関係のない、遠い世界の出来事に過ぎなかった。

「彼らには彼らのお似合いの人生があるのでしょう。私たちには関係のないことです」

 アリアンヌは淡々と答え、ティーカップを静かにテーブルに置いた。

 他人の労力を搾取し、中身のないポジティブな言葉で現実から目を背けてきた者たちは、その代償を自らの身で支払うしかない。

 社会は、精神論だけでは決して動かないのだから。

「それよりも、来月の展示会に向けての準備を進めましょう。ステラ・カットの応用編として、新しい光の屈折パターンを考えているの」

 アリアンヌが図面を広げると、職人たちは目を輝かせて机を囲んだ。

「ほう! これはまた、計算が複雑そうですね」

「アリアンヌ様の頭の中は、どうなっているんですか。我々も負けてはいられませんね」

 彼らの頼もしい言葉に、アリアンヌは心から笑った。
 それは、かつてアランの前で貼り付けていた完璧で美しい、冷たい仮面の微笑みではない。

 自分の努力が正当に評価され、自分の技術を愛してくれる人々に囲まれて生きる、一人の女性としての、ごく自然で柔らかな笑顔だった。

「ええ。皆さんの技術を信頼しています。最高のものを、作り上げましょう」

 アリアンヌの澄んだアイスブルーの瞳には、希望の光が満ちていた。

 理不尽な労働環境と、悪意のない搾取者からの撤退。
 その勇気ある決断が、彼女をこの穏やかで満たされた場所へと導いたのだ。

 窓から差し込む午後の光が、作業台の上に置かれた原石をキラキラと照らしている。

 アリアンヌの人生は今、彼女自身の手によって研ぎ澄まされた宝石のように、誰にも曇らせることのできない、確かな輝きを放ち始めていた。

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