婚約破棄ですか? 損切りの機会を与えてくださり、本当にありがとうございます

水上

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第19話:地下倉庫の蓄積と愚者の皮算用

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 冬の深まりと共に、王都の空気は凍てついていました。

 それは単に気温の問題だけではありません。
 経済的な閉塞感が、重い雪雲のように人々の心を押し潰していたのです。

 しかし、王城の奥深く、暖炉の火が燃えるサロンだけは、季節外れの熱気に包まれていました……。

     *

(※ヘリオス視点)

「素晴らしい! 殿下、まさに神がかった商才でございますな!」

 取り巻きの貴族たちが、僕に向かってグラスを掲げた。
 僕は満足げに頷き、深紅のワインを揺らす。

「なに、当然のことだ。為政者たるもの、常に未来を見据えねばならない」

 僕は手元の羊皮紙――先日契約した小麦の先物買い取り証書を、まるで宝の地図のように広げて見せた。

「今の王都は食料不足でパニックになっている。だが、見ていろ。春になればさらに価格は上がる。その時、この証書を持っている僕は、市場価格より遥かに安く小麦を手に入れ、それを高値で売りさばくことができるのだ」

 いわゆる含み益というやつだ。
 まだ現金は手にしていないが、計算上、僕はすでに巨万の富を得ているも同然だ。

「きゃあ! さすがヘリオス様! じゃあ、春になったら新しい宝石を買ってもいいですわよね?」

 リリィが甘えた声で僕の膝に手を置く。

「もちろんだとも。この契約書の価値は、担保として十分に機能する。すでに商会にお願いして、この未来の利益を担保に、君へのプレゼント代を借り入れておいたよ」

「まぁ! ヘリオス様、愛してる!」

 貴族たちも口々に称賛する。
 ノルト領へ去ったあの堅物女、エリーゼがいなくとも、僕はこうして経済を回している。
 いや、彼女がいた頃よりも大胆に、スマートに。

 窓の外では吹雪が荒れ狂っているが、僕たちの未来はバラ色だ。
 春が来るのが待ち遠しい。

 雪解けは、黄金の麦が僕の懐に流れ込む合図なのだから……。

     *

 同時刻、ノルト領。
 私もまた、ヘリオス殿下と同じように在庫を見上げていました。

 ただし、彼が見ているのが紙切れ(契約書)であるのに対し、私が目の当たりにしているのは、物理的な質量を持つ現物です。

「……壮観ですね」

 地下に建設された巨大な備蓄倉庫。
 そこには、天井まで届くほどの麻袋が積み上げられていました。

「ノルト領の垂直農法タワーで収穫された冬小麦、三千トン。さらに、新しく開通したスカイライン・ルートを通じて、ゼルティアおよび東方諸国から極秘裏に輸入した安価な穀物、七千トン」

 私は在庫リストを指で弾きました。

「合計一万トン。王都の年間消費量の三割に相当する爆弾が、ここに眠っています」

 隣で温度管理パネルをチェックしていたルーカス閣下が、白い息を吐きながら振り返りました。

「位置エネルギーの計算式と同じだな。高く積み上げれば積み上げるほど、崩れ落ちた時の破壊力は増す」

「ええ。今の王都の市場価格は、供給不足という虚構によって吊り上げられています。そこに、この圧倒的な現実を投下したらどうなるか」

 私は麻袋の一つに触れました。
 中には、黄金色の麦が詰まっています。
 これはただの食料ではありません。
 王家の財政を粉砕するための弾薬です。

「春の到来と共に、王都の商人たちは『小麦がない!』と叫び、価格は最高値を更新するでしょう。ヘリオス殿下が笑うのはその瞬間までです」

「そして、決済日の三日前。君はこの倉庫を開放する」

「はい。一万トンの小麦を、市場価格の半値……、いえ、三分の一で投げ売りします」

 安値での大量供給。
 それは価格破壊という名の魔法です。
 希少だと思っていたものが、実は山ほどあると知った瞬間、パニック売りが始まります。
 バブルは弾け、価格は紙屑同然まで暴落する。

 ヘリオス殿下は高値で買う契約に縛られたまま、暴落した市場の中で、約束通り法外な金額を支払わされるのです。

「皮肉な話ですわ。殿下は未来を買ったつもりでいますが、彼が買ったのは過去の高値という名の負債だけ」

 私は倉庫の重い鉄扉に手をかけました。

「マリー、輸送隊の準備は?」

「万全です、お嬢様。雪解けと同時に、ノルト=ゼルティア運送の馬車五百台が、王都へ向けて出撃可能です」

「よろしい」

 私は暗い倉庫の中で、静かに微笑みました。

 王都では今頃、愚者たちが捕らぬ狸の皮算用で宴を開いていることでしょう。
 どうぞ、今のうちに美酒に酔っていてください。
 その酔いが覚める頃には、あなたたちの足元の地面(領地)ごと、私がいただいているはずですから。

 冬の終わり。
 それは、私の復讐劇における収穫の季節の始まりでした。
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