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第20話:春の嵐と市場崩壊
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王都に春が訪れました。
雪解け水が小川を潤し、街路樹が芽吹く季節。
しかし、今年に限っては、人々の関心は花よりも、小麦の価格に注がれていました。
*
(※ヘリオス視点)
「見たまえ、リリィ! 今日も最高値を更新だ!」
王城のテラスで、僕は新聞の市況欄を指差して高笑いした。
小麦の価格指数は、昨年の三倍を突破し、なお上昇を続けている。
「すごいわ、ヘリオス様! このままだと、私たちの持っている買い取り契約書の価値は、とんでもないことになりますわね!」
リリィがはしゃいで僕の首に抱きつく。
僕たちはまだ現物の小麦を受け取っていない。
しかし、契約上の買い値と、現在の市場価格の差額だけで、計算上は国庫が潤うほどの利益が出ているのだ。
「ああ。来週の決済日が楽しみだ。その日に市場で売り払えば、濡れ手で粟の大儲けだ」
僕はワイングラスを傾けた。
愚かなエリーゼ。
物流を止めて僕を困らせたつもりだろうが、逆に価格を高騰させて僕を富ませてしまったことに気づいていない。
その時だった。
遠く城下の方から、地鳴りのような音が聞こえてきたのは。
「……なんだ? 地震か?」
「ヘリオス様、見て! 北の街道から、何かが……」
リリィが指差す先。
北の地平線から、黒い竜のような長い影が、王都に向かって押し寄せていた……。
*
同時刻、王都中央広場。
市場は、突然の侵略者の登場に大パニックに陥っていました。
「ノルト領からの輸送隊だ! 荷馬車五百台だぞ!」
「なんだって!?」
広場に雪崩れ込んできたのは、ノルト=ゼルティア運送のマークを掲げた大型馬車の隊列でした。
荷台から次々と積み下ろされる麻袋。
中から溢れ出たのは、黄金色に輝く最高品質の小麦でした。
私は、変装した御者の一人として馬車の上に立ち、集まった仲買人たちに向かって声を張り上げました。
「さあ、寄ってらっしゃい! ノルト領特産、垂直農法で育った採れたて小麦だよ!」
そして、私は市場の掲示板に、チョークで大きく数字を書きました。
『市場価格の半額』
その瞬間、広場の空気が凍りつきました。
そして次の瞬間、爆発しました。
「は、半額だって!?」
「こっちの方が安くて質が良いぞ!」
「おい、今持ってる在庫を売れ! 値崩れするぞ!」
パニック売りの始まりです。
これまで小麦がないという恐怖で吊り上がっていた価格は、目の前に現れた過剰な供給(小麦の山)を見て、恐怖の裏返しによる投げ売りに変わりました。
金貨百枚だった相場が、九十、八十、五十……、と見るも無残な勢いで垂直落下していきます。
「暴落だあああ!」
「紙屑になる前に売れえええ!」
阿鼻叫喚の市場。
私は騒ぎの中心で、冷静に懐中時計を確認しました。
作戦開始からわずか一時間。
バブルは弾け、小麦の価格は適正価格どころか、底値まで叩き落とされました。
「……計算通りですわ」
私は馬車の影で、ひっそりと勝利の笑みを浮かべました。
*
(※ヘリオス視点)
「で、殿下! 大変です!」
執務室に財務官が転がり込んできた時には、事態はすべて終わっていた。
「小麦相場が……、大暴落しました! ノルト領からの一斉放出により、価格は昨日の十分の一以下に!」
「な、なんだと!?」
僕は目の前が真っ暗になった。
十分の一?
嘘だろ?
そこに、あの黒いローブの男――豪商ザイレンが、契約書を持って静かに入室してきた。
「おめでとうございます、ヘリオス殿下。本日は契約の決済日でございます」
男は恭しく一礼し、請求書を差し出した。
「お約束通り、小麦一万トンを納品いたします。つきましては、契約時の価格――金貨百万枚のお支払いをお願いいたします」
「ま、待て! 待ってくれ!」
僕は震える声で叫んだ。
「今の市場価格は十分の一なんだぞ!? なんでそんな高い金を払わなきゃいけないんだ!」
「それが先物契約ですから」
男は冷酷に告げた。
「殿下は価格変動のリスクごと契約されたのです。価格が上がれば得をしますが、下がれば損をする。それがルールです」
「そ、そんな……。百万枚なんて払えるわけがない……」
「おや、困りましたね。契約書には、現金で払えない場合は、担保を差し押さえる、とありますが」
男の目が、蛇のように細められた。
「リリィ様の宝石代の借用書もございます。……さて、担保に設定されていたのは確か、王室直轄の鉱山と南部の穀倉地帯でしたかな?」
僕は膝から崩れ落ちた。
違う……。
こんなはずじゃなかった。
僕は大儲けして、リリィに褒められるはずだったのに……。
「エリーゼ……。まさか、最初からこれを狙って……」
窓の外では、王都の鐘が鳴り響いていた。
それは春の訪れを告げる鐘ではなく、僕の破産を告げる弔鐘のように聞こえた……。
*
暴落の嵐が去った市場で、私は手帳の、第一章:経済戦争(初戦)の項目に完勝のスタンプを押しました。
これで王家の主要な財源は私の(正しくは変装した代理人の)手に渡ります。
しかし、これはまだ経済的な打撃に過ぎません。
「ルーカス閣下。彼らが次に何をするか、予測できますか?」
「ああ。金がなくなれば、次は信用で金を借りようとするだろう。……例の魔石投資か?」
「ええ。ポンジ・スキーム(自転車操業詐欺)の出番です」
私は遠く王城を見上げました。
追い詰められたネズミは、甘い毒餌に飛びつくもの……。
リリィ様が得意とする無自覚な詐欺が、王国の貴族社会を地獄へ道連れにするまで、きっとあと少し。
ここから私の復讐劇は、第2幕へと進みます。
雪解け水が小川を潤し、街路樹が芽吹く季節。
しかし、今年に限っては、人々の関心は花よりも、小麦の価格に注がれていました。
*
(※ヘリオス視点)
「見たまえ、リリィ! 今日も最高値を更新だ!」
王城のテラスで、僕は新聞の市況欄を指差して高笑いした。
小麦の価格指数は、昨年の三倍を突破し、なお上昇を続けている。
「すごいわ、ヘリオス様! このままだと、私たちの持っている買い取り契約書の価値は、とんでもないことになりますわね!」
リリィがはしゃいで僕の首に抱きつく。
僕たちはまだ現物の小麦を受け取っていない。
しかし、契約上の買い値と、現在の市場価格の差額だけで、計算上は国庫が潤うほどの利益が出ているのだ。
「ああ。来週の決済日が楽しみだ。その日に市場で売り払えば、濡れ手で粟の大儲けだ」
僕はワイングラスを傾けた。
愚かなエリーゼ。
物流を止めて僕を困らせたつもりだろうが、逆に価格を高騰させて僕を富ませてしまったことに気づいていない。
その時だった。
遠く城下の方から、地鳴りのような音が聞こえてきたのは。
「……なんだ? 地震か?」
「ヘリオス様、見て! 北の街道から、何かが……」
リリィが指差す先。
北の地平線から、黒い竜のような長い影が、王都に向かって押し寄せていた……。
*
同時刻、王都中央広場。
市場は、突然の侵略者の登場に大パニックに陥っていました。
「ノルト領からの輸送隊だ! 荷馬車五百台だぞ!」
「なんだって!?」
広場に雪崩れ込んできたのは、ノルト=ゼルティア運送のマークを掲げた大型馬車の隊列でした。
荷台から次々と積み下ろされる麻袋。
中から溢れ出たのは、黄金色に輝く最高品質の小麦でした。
私は、変装した御者の一人として馬車の上に立ち、集まった仲買人たちに向かって声を張り上げました。
「さあ、寄ってらっしゃい! ノルト領特産、垂直農法で育った採れたて小麦だよ!」
そして、私は市場の掲示板に、チョークで大きく数字を書きました。
『市場価格の半額』
その瞬間、広場の空気が凍りつきました。
そして次の瞬間、爆発しました。
「は、半額だって!?」
「こっちの方が安くて質が良いぞ!」
「おい、今持ってる在庫を売れ! 値崩れするぞ!」
パニック売りの始まりです。
これまで小麦がないという恐怖で吊り上がっていた価格は、目の前に現れた過剰な供給(小麦の山)を見て、恐怖の裏返しによる投げ売りに変わりました。
金貨百枚だった相場が、九十、八十、五十……、と見るも無残な勢いで垂直落下していきます。
「暴落だあああ!」
「紙屑になる前に売れえええ!」
阿鼻叫喚の市場。
私は騒ぎの中心で、冷静に懐中時計を確認しました。
作戦開始からわずか一時間。
バブルは弾け、小麦の価格は適正価格どころか、底値まで叩き落とされました。
「……計算通りですわ」
私は馬車の影で、ひっそりと勝利の笑みを浮かべました。
*
(※ヘリオス視点)
「で、殿下! 大変です!」
執務室に財務官が転がり込んできた時には、事態はすべて終わっていた。
「小麦相場が……、大暴落しました! ノルト領からの一斉放出により、価格は昨日の十分の一以下に!」
「な、なんだと!?」
僕は目の前が真っ暗になった。
十分の一?
嘘だろ?
そこに、あの黒いローブの男――豪商ザイレンが、契約書を持って静かに入室してきた。
「おめでとうございます、ヘリオス殿下。本日は契約の決済日でございます」
男は恭しく一礼し、請求書を差し出した。
「お約束通り、小麦一万トンを納品いたします。つきましては、契約時の価格――金貨百万枚のお支払いをお願いいたします」
「ま、待て! 待ってくれ!」
僕は震える声で叫んだ。
「今の市場価格は十分の一なんだぞ!? なんでそんな高い金を払わなきゃいけないんだ!」
「それが先物契約ですから」
男は冷酷に告げた。
「殿下は価格変動のリスクごと契約されたのです。価格が上がれば得をしますが、下がれば損をする。それがルールです」
「そ、そんな……。百万枚なんて払えるわけがない……」
「おや、困りましたね。契約書には、現金で払えない場合は、担保を差し押さえる、とありますが」
男の目が、蛇のように細められた。
「リリィ様の宝石代の借用書もございます。……さて、担保に設定されていたのは確か、王室直轄の鉱山と南部の穀倉地帯でしたかな?」
僕は膝から崩れ落ちた。
違う……。
こんなはずじゃなかった。
僕は大儲けして、リリィに褒められるはずだったのに……。
「エリーゼ……。まさか、最初からこれを狙って……」
窓の外では、王都の鐘が鳴り響いていた。
それは春の訪れを告げる鐘ではなく、僕の破産を告げる弔鐘のように聞こえた……。
*
暴落の嵐が去った市場で、私は手帳の、第一章:経済戦争(初戦)の項目に完勝のスタンプを押しました。
これで王家の主要な財源は私の(正しくは変装した代理人の)手に渡ります。
しかし、これはまだ経済的な打撃に過ぎません。
「ルーカス閣下。彼らが次に何をするか、予測できますか?」
「ああ。金がなくなれば、次は信用で金を借りようとするだろう。……例の魔石投資か?」
「ええ。ポンジ・スキーム(自転車操業詐欺)の出番です」
私は遠く王城を見上げました。
追い詰められたネズミは、甘い毒餌に飛びつくもの……。
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