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第21話:自転車操業と虹色の魔石
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王都の春はヘリオス殿下にとって、冬よりも寒い季節となっていました。
先物取引の失敗による巨額の損失。
担保に入れていた王室直轄の鉱山や、南部の肥沃な穀倉地帯は、債権者(実態は私の代理人)によって差し押さえられました。
残ったのは、空っぽの金庫と、リリィ様が買った山のようなドレスや宝石の請求書だけです。
*
(※ヘリオス視点)
「……どうすればいいんだ」
薄暗い執務室で、僕は頭を抱えていた。
銀行は融資を断ってくる。
貴族たちも、僕が破産寸前だと嗅ぎつけて、蜘蛛の子を散らすように離れていった。
このままでは、来月の利息すら払えない。
王太子の威厳は地に落ち、廃嫡の噂さえ聞こえてくる。
「ヘリオス様ぁ、暗いお顔をして、どうなさいましたの?」
能天気な声と共に、リリィが部屋に入ってきた。
彼女は新しいピンク色のドレスを着ている。
……おい、その金はどこから出たんだ?
「リリィ……、僕はもう終わりだ。金がないんだよ」
「あら、お金ならありますわよ?」
彼女はキョトンとして、信じられないことを言った。
「私の知り合いの商人がね、すごい投資話を持ってきてくれたの。預けるだけで、毎月二割も増えるんですって!」
「……は?」
僕は顔を上げた。
月利二割?
年利ではなく?
そんな馬鹿げた話があるわけがない。
普通の商売の利益率はせいぜい年利五%だ。
「これを見てくださいな」
リリィが差し出したのは、きらびやかなパンフレットだった。
そこには『幻の七色魔石(レインボー・マナタイト)採掘事業』と書かれている。
「東方の秘境で見つかった、無限の魔力を秘めた魔石なんですって! まだ市場に出ていないから、今出資すれば先行者利益で大儲け間違いなし! 私、手持ちの宝石を売って参加しましたの。そうしたら、本当に昨日、配当金が届きましたわ!」
リリィがジャラリと金貨の袋をテーブルに置いた。
本物の金貨だ。
「……本当なのか?」
「ええ! 『あなたのような特別な方にだけ教えます』って。ヘリオス様も、王室の名前を使えば、もっとたくさんの出資者を募れるんじゃないかしら?」
僕の脳内で、悪魔が囁いた。
まともな事業じゃないことは分かる。
だが、実際に金が出ている。
もし、これを国中の貴族から集めれば……、その金で借金を返せるのではないか?
自転車だって、漕ぎ続けている限りは倒れない。
「リリィ、その商人を呼んでくれ。……いや、僕たちが主体となってやるんだ。王立魔石投資ファンドとしてな!」
*
ノルト領の執務室。
マリーが、王都で出回っているという投資の勧誘状を持ってきました。
「幻の七色魔石……、ですか」
私は呆れてため息をつきました。
パンフレットには、加工されただけの安いガラス玉の写真と、踊るような文字で『月利20%確約!』『元本保証!』『王室公認!』と書かれています。
「典型的なポンジ・スキームですね」
「ポンジ・スキーム、でございますか?」
マリーが首を傾げます。
「ええ。百年前の有名な詐欺師の手口です。実際には事業など行わず、新しい出資者から集めたお金を、古い出資者への配当として渡すだけ。中身は空っぽの自転車操業です」
私は図解しました。
Aさんから100借りる。
Bさんから100借りて、Aさんに20渡す(配当)。
Cさんから100借りて、Bさんに20渡す……。
最初は配当がもらえるので、本当に儲かる、と信用が高まり、出資者が殺到します。
しかし、新規参加者が途絶えた瞬間、配当は止まり、全てが破綻します。
「ネズミ講とも似ていますが、これは主催者(王家)が胴元である点が悪質です」
隣で聞いていたルーカス閣下が、不快そうに眉を寄せました。
「兄上もヘリオスも、ついに詐欺に手を染めたか。……エリーゼ嬢、これを止めるか? 今なら被害は最小限で済む」
「いいえ、止めません」
私は冷徹に断言しました。
「なぜ?」
「これは濾過装置だからです」
私は王都の方角を見据えました。
「この怪しい投資話に飛びつくのは、欲に目が眩み、自分で調べることを怠った愚かな貴族たちだけです。彼らは、今まで民から搾取したお金を、自らこのブラックホールに投げ込んでくれるでしょう」
健全な商売をしている者は、月利二〇%なんて異常数値を見れば詐欺だと見抜きます。
引っかかるのは、リリィ様のような夢見る無知な者か、ヘリオス殿下のような破滅寸前のギャンブラーだけ。
「バブルは、限界まで膨らませてから弾けさせた方が、跡形もなく消し飛びます。……今は泳がせましょう。彼らが国中の腐ったお金を集め終わるまで」
私はマリーに指示しました。
「ただし、ノルト領および関連商会には通達を。王都の投資話に関わった者は即時解雇、取引停止、と。こちらの領民が巻き込まれないよう、ファイアウォールだけは完璧にしておきなさい」
「かしこまりました」
王都では今頃、架空の配当金に酔いしれた宴が開かれていることでしょう。
それは、断崖絶壁に向かって全速力で走る自転車の上での宴です。
車輪が止まるその時が、王国の終焉となるでしょう。
先物取引の失敗による巨額の損失。
担保に入れていた王室直轄の鉱山や、南部の肥沃な穀倉地帯は、債権者(実態は私の代理人)によって差し押さえられました。
残ったのは、空っぽの金庫と、リリィ様が買った山のようなドレスや宝石の請求書だけです。
*
(※ヘリオス視点)
「……どうすればいいんだ」
薄暗い執務室で、僕は頭を抱えていた。
銀行は融資を断ってくる。
貴族たちも、僕が破産寸前だと嗅ぎつけて、蜘蛛の子を散らすように離れていった。
このままでは、来月の利息すら払えない。
王太子の威厳は地に落ち、廃嫡の噂さえ聞こえてくる。
「ヘリオス様ぁ、暗いお顔をして、どうなさいましたの?」
能天気な声と共に、リリィが部屋に入ってきた。
彼女は新しいピンク色のドレスを着ている。
……おい、その金はどこから出たんだ?
「リリィ……、僕はもう終わりだ。金がないんだよ」
「あら、お金ならありますわよ?」
彼女はキョトンとして、信じられないことを言った。
「私の知り合いの商人がね、すごい投資話を持ってきてくれたの。預けるだけで、毎月二割も増えるんですって!」
「……は?」
僕は顔を上げた。
月利二割?
年利ではなく?
そんな馬鹿げた話があるわけがない。
普通の商売の利益率はせいぜい年利五%だ。
「これを見てくださいな」
リリィが差し出したのは、きらびやかなパンフレットだった。
そこには『幻の七色魔石(レインボー・マナタイト)採掘事業』と書かれている。
「東方の秘境で見つかった、無限の魔力を秘めた魔石なんですって! まだ市場に出ていないから、今出資すれば先行者利益で大儲け間違いなし! 私、手持ちの宝石を売って参加しましたの。そうしたら、本当に昨日、配当金が届きましたわ!」
リリィがジャラリと金貨の袋をテーブルに置いた。
本物の金貨だ。
「……本当なのか?」
「ええ! 『あなたのような特別な方にだけ教えます』って。ヘリオス様も、王室の名前を使えば、もっとたくさんの出資者を募れるんじゃないかしら?」
僕の脳内で、悪魔が囁いた。
まともな事業じゃないことは分かる。
だが、実際に金が出ている。
もし、これを国中の貴族から集めれば……、その金で借金を返せるのではないか?
自転車だって、漕ぎ続けている限りは倒れない。
「リリィ、その商人を呼んでくれ。……いや、僕たちが主体となってやるんだ。王立魔石投資ファンドとしてな!」
*
ノルト領の執務室。
マリーが、王都で出回っているという投資の勧誘状を持ってきました。
「幻の七色魔石……、ですか」
私は呆れてため息をつきました。
パンフレットには、加工されただけの安いガラス玉の写真と、踊るような文字で『月利20%確約!』『元本保証!』『王室公認!』と書かれています。
「典型的なポンジ・スキームですね」
「ポンジ・スキーム、でございますか?」
マリーが首を傾げます。
「ええ。百年前の有名な詐欺師の手口です。実際には事業など行わず、新しい出資者から集めたお金を、古い出資者への配当として渡すだけ。中身は空っぽの自転車操業です」
私は図解しました。
Aさんから100借りる。
Bさんから100借りて、Aさんに20渡す(配当)。
Cさんから100借りて、Bさんに20渡す……。
最初は配当がもらえるので、本当に儲かる、と信用が高まり、出資者が殺到します。
しかし、新規参加者が途絶えた瞬間、配当は止まり、全てが破綻します。
「ネズミ講とも似ていますが、これは主催者(王家)が胴元である点が悪質です」
隣で聞いていたルーカス閣下が、不快そうに眉を寄せました。
「兄上もヘリオスも、ついに詐欺に手を染めたか。……エリーゼ嬢、これを止めるか? 今なら被害は最小限で済む」
「いいえ、止めません」
私は冷徹に断言しました。
「なぜ?」
「これは濾過装置だからです」
私は王都の方角を見据えました。
「この怪しい投資話に飛びつくのは、欲に目が眩み、自分で調べることを怠った愚かな貴族たちだけです。彼らは、今まで民から搾取したお金を、自らこのブラックホールに投げ込んでくれるでしょう」
健全な商売をしている者は、月利二〇%なんて異常数値を見れば詐欺だと見抜きます。
引っかかるのは、リリィ様のような夢見る無知な者か、ヘリオス殿下のような破滅寸前のギャンブラーだけ。
「バブルは、限界まで膨らませてから弾けさせた方が、跡形もなく消し飛びます。……今は泳がせましょう。彼らが国中の腐ったお金を集め終わるまで」
私はマリーに指示しました。
「ただし、ノルト領および関連商会には通達を。王都の投資話に関わった者は即時解雇、取引停止、と。こちらの領民が巻き込まれないよう、ファイアウォールだけは完璧にしておきなさい」
「かしこまりました」
王都では今頃、架空の配当金に酔いしれた宴が開かれていることでしょう。
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