婚約破棄ですか? 損切りの機会を与えてくださり、本当にありがとうございます

水上

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第30話:虚飾の舞踏会とミッドナイト・ブルー

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 その日、王城の大広間は、香水の匂いで満たされていました。

 建国記念・春の舞踏会。

 本来ならば、国の繁栄を祝い、諸外国からの賓客をもてなすための神聖な行事です。
 しかし、今年の舞踏会は、その実態が異なります。

 金欠の王家が、最後の見栄を張るために開催した張りぼての宴。
 そして、その資金源は――リリィ様が集めた投資ファンドから横領した、国民の血税です。

     *

(※ヘリオス視点)

「……いいか、リリィ。笑え。歯茎が見えるくらい笑うんだ」

 大広間の扉の向こう、控えの間で僕は小声で命じた。
 隣に立つリリィは、最新のドレス――僕を売ろうとしたあの夜の後、なけなしの横領金で買ったピンク色の派手な代物――を身にまとい、死人のような顔をしている。

「分かってますわよ、ヘリオス様。貴方こそ、冷や汗を拭いてくださいな。みっともない」

「誰のせいだと思ってる。……いいか、今夜が勝負だ。外国の大使たちに王家の健在をアピールして、新たな融資を引き出すんだ」

 僕たちは互いに憎しみの視線をぶつけ合い、そして扉が開く直前に、完璧な仮面夫婦の笑顔を貼り付けた。

 ファンファーレが鳴り響く。

「ヘリオス・ド・ソル・グランデ王太子殿下、ならびにリリィ・フルール様、ご入場!」

 扉が開く。
 僕たちは腕を組み、光の中へ踏み出した。

 シャンデリアの輝き。
 楽団の演奏。
 そして、数百人の貴族たちの視線。

 ……なにか、おかしい。

 僕は違和感を覚えた。

 拍手がまばらなのだ。
 歓声もない。
 貴族たちは扇で口元を隠し、ヒソヒソと囁き合っている。

「あれが噂の……」

「よく平気な顔で出てこられたものね」

「あのドレス、私たちの出資金で買ったんじゃなくて?」

 冷ややかな視線。蔑みの目。

 背筋が凍りつく。
 バレている? 
 いや、まさか……。

 僕たちはまだ公式には断罪されていないはずだ。
 僕はリリィの腕を強く掴み、無理やり胸を張って歩いた。

「堂々としろ。僕たちは王族だ。下民の噂など気にするな」

     *

 王城の門前。
 私たちの乗った馬車が静かに到着しました。

 馬車の扉が開くと、夜気と共に、王都の淀んだ空気が流れ込んできます。

「準備はいいか、エリーゼ嬢」

 先に降りたルーカス閣下が、私に手を差し伸べました。
 今夜の彼は、漆黒の礼服に身を包み、その冷たい美貌がいっそう際立っています。

 まさに氷の公爵の二つ名に相応しい威圧感。

「ええ、万全ですわ」

 私は彼の手を取り、石畳に降りました。

 今夜の私の装いは、ノルト領の特産となった星屑の織物を使ったドレスです。
 色は深いミッドナイト・ブルー。

 装飾は最小限ですが、見る角度によって星空のように繊細な光を放つ、最高級の生地。
 リリィ様のピンク色の砂糖菓子のようなドレスとは対極にある、知性と静寂を纏う一着。

「そのドレス、君の冷徹な計算式によく似合っている」

「お褒めの言葉と受け取っておきます。……さあ、参りましょうか。家賃の取り立てに」

 私たちはレッドカーペットを歩きました。
 衛兵たちが、私たちの姿を見て息を飲み、慌てて敬礼します。

 もはやどちらが真の支配者か、彼らの本能が理解しているようです。

 大広間の巨大な扉の前に立つと、案内係の文官が震える声で告げました。

「お、お名前を……」

「必要ありませんわ。招待状ではなく、督促状を持ってきましたから」

 私は合図を送りました。
 重厚な扉が、ゆっくりと、そして厳かに開かれます。

 会場のざわめきが、一瞬で消えました。

 まるで時が止まったかのように、全員の視線が入り口の一点に集中します。

 そこに立っていたのは、かつて捨てられたはずの元婚約者。
 そして、王家を見限り姿を消していた王弟殿下。

「――ごきげんよう、皆様」

 よく通る、涼やかな声が響き渡りました。

 私、エリーゼ・フォン・ノイマンは、まるで夜の女王のように、堂々と広間を見下ろしていました。
 その隣に立つルーカス・ヴァン・オイラー公爵の冷ややかな眼差しと共に。

「な、なんだ……、あいつらは……」

 壇上のヘリオス殿下は、幽霊でも見たかのように後ずさりしました。

 私たちが纏うオーラは、圧倒的でした。
 借り物の衣装で着飾ったものとは違う、自らの手で勝ち取った本物の自信と富の輝き。

 まるで海を割るように、人垣が左右に割れて道ができます。
 私はコツ、コツ、とヒールの音を響かせながら、真っ直ぐに王座の方へ歩み寄ります。

 その手には、革張りの手帳ではなく、一束の黒いファイルが握られていました。

「お久しぶりですわね、ヘリオス殿下、リリィ様」

 私は壇の下で立ち止まり、優雅にカーテシーを披露しました。
 その口元には、計算され尽くした、残酷なほど美しい笑みが浮かんでいました。

「本日は、舞踏会の余興として、少しばかりをさせていただいてもよろしいかしら?」

 音楽が止まりました。
 虚飾の宴は終わりです。

 ここからは、数字と事実による、容赦のない断罪劇の幕開けです。
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