34 / 39
第34話:王城大処分市とヴェブレン効果
しおりを挟む
一夜にして政権が交代した王城は、翌朝から戦場のような慌ただしさに包まれていました。
ただし、剣と魔法の戦場ではありません。
値付けと仕分けの戦場です。
「――この壺、鑑定額は金貨五百枚。維持管理コストが無駄にかかるため、売却リストAへ」
「こちらの絵画、芸術的価値は低いですが、額縁に純金が使われています。溶解して地金にするため、リストBへ」
「リリィ様が購入されたピンク色のソファ……、趣味が悪すぎますね。廃棄処分……、いえ、物好きな成金向けにリストCへ」
私はクリップボードを片手に、城内を闊歩していました。
後ろには、ノルト領から呼び寄せた事務官(元・王都の優秀な文官たち)が続き、次々と家具や調度品に「売約」のタグを貼り付けていきます。
「……容赦がないな、エリーゼ」
執務服に着替えたルーカス閣下――いえ、今は暫定統治機構の代表――が、呆れたように苦笑しました。
「王家の歴史的遺産も含まれているのだが?」
「歴史で腹は膨れませんわ、閣下。今のこの国に必要なのは流動性です」
私は豪華絢爛な廊下の絨毯を指差しました。
「この城にある資産の九割は、何の利益も生まない死に金です。これらを即座に現金化し、市場に還流させなければ、経済の心停止は治りません」
民事再生の第一歩は、資産の現金化。
贅肉を削ぎ落とし、筋肉(運転資金)に変えるのです。
三日後。
王城の大広間にて、王室財宝・特別オークションが開催されました。
招待されたのは、国内の貴族たち……、ではありません。彼らにはもうお金がありませんから。
集まったのは、周辺諸国の大使、大商人、そして大陸中から噂を聞きつけてやってきたハイエナのような富豪たちです。
「さあ、本日一番の目玉商品です!」
私は自らオークションハンマーを握り、壇上に立ちました。
スポットライトが当たったのは、マネキンに着せられた一着のドレス。
あの、リリィ様が断罪の舞踏会で着ていた、目が痛くなるようなピンク色のドレスです。
会場から失笑が漏れます。
あんな悪趣味なドレス、誰も欲しがらないだろう、と。
しかし、私は不敵に微笑みました。
「これは、ただのドレスではありません。一国の経済を破綻させ、王太子を破滅に導いた傾国のドレスです。その愚かさと儚さの象徴として、歴史的価値は計り知れません」
私は声を張り上げました。
「このドレスを手に入れることは、すなわち、他人の愚行を教訓として所有する、という最高の贅沢。賢明なる皆様なら、この物語にこそ価値があるとご理解いただけるはず!」
会場の空気が変わりました。
富豪たちの目に、欲の色が宿ります。
単なる古着ではありません。それは話題性という付加価値がついたレアアイテムに変わったのです。
「金貨千枚から!」
「千五百!」
「二千!」
「二千五百、いや……、三千!」
「四千だ!」
「う……、四千五百!」
「五千!」
次々と手が挙がります。
これが経済学におけるヴェブレン効果。
価格が高ければ高いほど、またその背景が顕示的であればあるほど、それを所有することが特別であると感じ、需要が増す現象です。
リリィ様のドレス、ヘリオス殿下の愛用していた無駄に装飾過多な剣、王家の倉庫に眠っていた使わない茶器セットなど……。
それらは、王国の破綻記念グッズとして、飛ぶように、しかも法外な高値で売れていきました。
オークション終了後。
執務室の金庫には、山のような金貨が積み上げられていました。
「……信じられん。あのゴミの山が、これほどの金になるとは」
ルーカス閣下が、集計表を見て目を丸くしています。
総額、金貨三十億枚。
国の借金を完済するには足りませんが、公務員の給与未払いを解消し、当面の輸入決済を行うには十分な金額です。
「モノの価値とは、信用と文脈で決まるものです」
私は熱くなった喉を冷たい水で潤しました。
「これで急場は凌げました。公務員や兵士に給料を払い、行政機能を再稼働させましょう」
「ああ。……ところで、エリーゼ」
ルーカス閣下が、窓の外――城の地下牢がある方角を見やりました。
「あの二人の処遇はどうする? 個人的な資産も全て没収され、一文無しになったが」
「罪は償っていただかなくてはなりません。……ですが、ただ牢屋に閉じ込めておくのは、税金の無駄です」
私は手帳を開き、新しいページに二人の名前を書きました。
「彼らには、働いて返していただきます。強制労働ではなく、彼らの特性を活かした方法で」
「特性? 詐欺と浪費の才能しかないぞ?」
「ええ。ですから、その才能を逆に利用するのです」
私は悪戯っぽく微笑みました。
「リリィ様には反面教師としての広告塔を。ヘリオス殿下には……、そうですね、一生かけても終わらない単純作業をご用意しております」
城内はすっかり空っぽになり、風通しが良くなりました。
贅肉を落としたグランデ王国。
次はいよいよ、このスリムになった身体に、新しい筋肉――健全な産業と通貨制度を組み込む手術が始まります。
ただし、剣と魔法の戦場ではありません。
値付けと仕分けの戦場です。
「――この壺、鑑定額は金貨五百枚。維持管理コストが無駄にかかるため、売却リストAへ」
「こちらの絵画、芸術的価値は低いですが、額縁に純金が使われています。溶解して地金にするため、リストBへ」
「リリィ様が購入されたピンク色のソファ……、趣味が悪すぎますね。廃棄処分……、いえ、物好きな成金向けにリストCへ」
私はクリップボードを片手に、城内を闊歩していました。
後ろには、ノルト領から呼び寄せた事務官(元・王都の優秀な文官たち)が続き、次々と家具や調度品に「売約」のタグを貼り付けていきます。
「……容赦がないな、エリーゼ」
執務服に着替えたルーカス閣下――いえ、今は暫定統治機構の代表――が、呆れたように苦笑しました。
「王家の歴史的遺産も含まれているのだが?」
「歴史で腹は膨れませんわ、閣下。今のこの国に必要なのは流動性です」
私は豪華絢爛な廊下の絨毯を指差しました。
「この城にある資産の九割は、何の利益も生まない死に金です。これらを即座に現金化し、市場に還流させなければ、経済の心停止は治りません」
民事再生の第一歩は、資産の現金化。
贅肉を削ぎ落とし、筋肉(運転資金)に変えるのです。
三日後。
王城の大広間にて、王室財宝・特別オークションが開催されました。
招待されたのは、国内の貴族たち……、ではありません。彼らにはもうお金がありませんから。
集まったのは、周辺諸国の大使、大商人、そして大陸中から噂を聞きつけてやってきたハイエナのような富豪たちです。
「さあ、本日一番の目玉商品です!」
私は自らオークションハンマーを握り、壇上に立ちました。
スポットライトが当たったのは、マネキンに着せられた一着のドレス。
あの、リリィ様が断罪の舞踏会で着ていた、目が痛くなるようなピンク色のドレスです。
会場から失笑が漏れます。
あんな悪趣味なドレス、誰も欲しがらないだろう、と。
しかし、私は不敵に微笑みました。
「これは、ただのドレスではありません。一国の経済を破綻させ、王太子を破滅に導いた傾国のドレスです。その愚かさと儚さの象徴として、歴史的価値は計り知れません」
私は声を張り上げました。
「このドレスを手に入れることは、すなわち、他人の愚行を教訓として所有する、という最高の贅沢。賢明なる皆様なら、この物語にこそ価値があるとご理解いただけるはず!」
会場の空気が変わりました。
富豪たちの目に、欲の色が宿ります。
単なる古着ではありません。それは話題性という付加価値がついたレアアイテムに変わったのです。
「金貨千枚から!」
「千五百!」
「二千!」
「二千五百、いや……、三千!」
「四千だ!」
「う……、四千五百!」
「五千!」
次々と手が挙がります。
これが経済学におけるヴェブレン効果。
価格が高ければ高いほど、またその背景が顕示的であればあるほど、それを所有することが特別であると感じ、需要が増す現象です。
リリィ様のドレス、ヘリオス殿下の愛用していた無駄に装飾過多な剣、王家の倉庫に眠っていた使わない茶器セットなど……。
それらは、王国の破綻記念グッズとして、飛ぶように、しかも法外な高値で売れていきました。
オークション終了後。
執務室の金庫には、山のような金貨が積み上げられていました。
「……信じられん。あのゴミの山が、これほどの金になるとは」
ルーカス閣下が、集計表を見て目を丸くしています。
総額、金貨三十億枚。
国の借金を完済するには足りませんが、公務員の給与未払いを解消し、当面の輸入決済を行うには十分な金額です。
「モノの価値とは、信用と文脈で決まるものです」
私は熱くなった喉を冷たい水で潤しました。
「これで急場は凌げました。公務員や兵士に給料を払い、行政機能を再稼働させましょう」
「ああ。……ところで、エリーゼ」
ルーカス閣下が、窓の外――城の地下牢がある方角を見やりました。
「あの二人の処遇はどうする? 個人的な資産も全て没収され、一文無しになったが」
「罪は償っていただかなくてはなりません。……ですが、ただ牢屋に閉じ込めておくのは、税金の無駄です」
私は手帳を開き、新しいページに二人の名前を書きました。
「彼らには、働いて返していただきます。強制労働ではなく、彼らの特性を活かした方法で」
「特性? 詐欺と浪費の才能しかないぞ?」
「ええ。ですから、その才能を逆に利用するのです」
私は悪戯っぽく微笑みました。
「リリィ様には反面教師としての広告塔を。ヘリオス殿下には……、そうですね、一生かけても終わらない単純作業をご用意しております」
城内はすっかり空っぽになり、風通しが良くなりました。
贅肉を落としたグランデ王国。
次はいよいよ、このスリムになった身体に、新しい筋肉――健全な産業と通貨制度を組み込む手術が始まります。
51
あなたにおすすめの小説
「お前の代わりはいくらでもいる」と笑った婚約者が、翌日から報告書一枚書けなくなった件
歩人
ファンタジー
子爵令嬢リーゼロッテの取り柄は、文章を書くことだけ。
華やかさのかけらもない彼女は、婚約者アルベルトの政務報告、外交書簡、
演説原稿——その全てを代筆していた。
「お前の代わりはいくらでもいる」
社交界の花形令嬢に乗り換えたアルベルトは、笑ってそう言った。
翌日から、彼の机の上には白紙の報告書だけが積み上がっていく。
——代わりは、いなかった。
「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている
歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が
ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が
一人分減るな、と思っただけ。
ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。
しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、
イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。
3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された
ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。
「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」
「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」
婚約破棄で終わるはずでしたのに、気づけば全部あなた方が崩れておりました
しおしお
恋愛
王太子カイルの婚約者だった公爵令嬢リディアナは、学園の舞踏会で突然婚約破棄を告げられる。
隣にいたのは、可憐に涙をこぼす義妹ミレイユ。
誰もがリディアナを捨てられた令嬢だと思った。
けれどその婚約破棄は、ただの恋愛沙汰では終わらなかった。
王太子は、自分が何に支えられていたのかも知らないまま婚約を切り、義妹と継母は、選ばれた側になったつもりで浮かれ上がる。
しかし一夜明けるごとに、王宮の実務は乱れ、社交界の空気は冷え、王太子の周囲からは人が消えていく。
一方、すべてを失ったはずのリディアナは、静かに身を引きながらも、崩れていく彼らを冷ややかに見つめていた。
選ばれただけでは、何者にもなれない。
肩書きだけでは、人は支えられない。
そして、誰かを踏みにじった代償は、ゆっくりと、けれど確実に返ってくる――。
これは、婚約破棄された公爵令嬢が自ら騒がず、
勝ったつもりだった王太子、義妹、継母が、静かに自滅していくざまぁ恋愛譚。
婚約破棄された公爵令嬢は、静かな辺境伯の隣でようやく息をする
ふわふわ
恋愛
卒業舞踏会の夜。
公爵令嬢エルミア・ヴァレンティアは、王太子セオドールから大勢の前で婚約破棄を告げられる。
彼が選んだのは、可憐で儚げな伯爵令嬢ノエリア。
突然“冷酷な悪女”に仕立て上げられたエルミアだったが、泣き崩れることも縋ることもしなかった。
ただ静かに婚約破棄を受け入れ、これまで当然のように与えてきた支援を止める――それだけで、王太子宮と社交界は少しずつ綻び始める。
一方、実家へ戻ったエルミアは、これまで誰かのために張りつめていた人生を見つめ直していく。
そんな彼女の前に現れたのは、寡黙で冷徹と噂される辺境伯カイゼル・ルヴァンシュ。
多くを語らず、けれど必要な時に必要な言葉だけを差し出してくれる彼の存在に、エルミアは少しずつ救われていく。
失ってから気づく元婚約者。
“選ばれたはず”なのに満たされない新しい婚約相手。
そして、ようやく自分の足で立ち、自分にふさわしい場所を見つけていく公爵令嬢。
これは、婚約破棄のあとで本当の居場所を取り戻した令嬢が、静かな愛を知る物語。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました
丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、
隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。
だが私は知っている。
原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、
私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。
優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。
私は転生者としての知識を武器に、
聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、
王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。
「婚約は……こちらから願い下げです」
土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。
私は新しい未来を選ぶ。
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
諦めていた自由を手に入れた令嬢
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。
これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。
実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。
自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる