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第34話:王城大処分市とヴェブレン効果
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一夜にして政権が交代した王城は、翌朝から戦場のような慌ただしさに包まれていました。
ただし、剣と魔法の戦場ではありません。
値付けと仕分けの戦場です。
「――この壺、鑑定額は金貨五百枚。維持管理コストが無駄にかかるため、売却リストAへ」
「こちらの絵画、芸術的価値は低いですが、額縁に純金が使われています。溶解して地金にするため、リストBへ」
「リリィ様が購入されたピンク色のソファ……、趣味が悪すぎますね。廃棄処分……、いえ、物好きな成金向けにリストCへ」
私はクリップボードを片手に、城内を闊歩していました。
後ろには、ノルト領から呼び寄せた事務官(元・王都の優秀な文官たち)が続き、次々と家具や調度品に「売約」のタグを貼り付けていきます。
「……容赦がないな、エリーゼ」
執務服に着替えたルーカス閣下――いえ、今は暫定統治機構の代表――が、呆れたように苦笑しました。
「王家の歴史的遺産も含まれているのだが?」
「歴史で腹は膨れませんわ、閣下。今のこの国に必要なのは流動性です」
私は豪華絢爛な廊下の絨毯を指差しました。
「この城にある資産の九割は、何の利益も生まない死に金です。これらを即座に現金化し、市場に還流させなければ、経済の心停止は治りません」
民事再生の第一歩は、資産の現金化。
贅肉を削ぎ落とし、筋肉(運転資金)に変えるのです。
三日後。
王城の大広間にて、王室財宝・特別オークションが開催されました。
招待されたのは、国内の貴族たち……、ではありません。彼らにはもうお金がありませんから。
集まったのは、周辺諸国の大使、大商人、そして大陸中から噂を聞きつけてやってきたハイエナのような富豪たちです。
「さあ、本日一番の目玉商品です!」
私は自らオークションハンマーを握り、壇上に立ちました。
スポットライトが当たったのは、マネキンに着せられた一着のドレス。
あの、リリィ様が断罪の舞踏会で着ていた、目が痛くなるようなピンク色のドレスです。
会場から失笑が漏れます。
あんな悪趣味なドレス、誰も欲しがらないだろう、と。
しかし、私は不敵に微笑みました。
「これは、ただのドレスではありません。一国の経済を破綻させ、王太子を破滅に導いた傾国のドレスです。その愚かさと儚さの象徴として、歴史的価値は計り知れません」
私は声を張り上げました。
「このドレスを手に入れることは、すなわち、他人の愚行を教訓として所有する、という最高の贅沢。賢明なる皆様なら、この物語にこそ価値があるとご理解いただけるはず!」
会場の空気が変わりました。
富豪たちの目に、欲の色が宿ります。
単なる古着ではありません。それは話題性という付加価値がついたレアアイテムに変わったのです。
「金貨千枚から!」
「千五百!」
「二千!」
「二千五百、いや……、三千!」
「四千だ!」
「う……、四千五百!」
「五千!」
次々と手が挙がります。
これが経済学におけるヴェブレン効果。
価格が高ければ高いほど、またその背景が顕示的であればあるほど、それを所有することが特別であると感じ、需要が増す現象です。
リリィ様のドレス、ヘリオス殿下の愛用していた無駄に装飾過多な剣、王家の倉庫に眠っていた使わない茶器セットなど……。
それらは、王国の破綻記念グッズとして、飛ぶように、しかも法外な高値で売れていきました。
オークション終了後。
執務室の金庫には、山のような金貨が積み上げられていました。
「……信じられん。あのゴミの山が、これほどの金になるとは」
ルーカス閣下が、集計表を見て目を丸くしています。
総額、金貨三十億枚。
国の借金を完済するには足りませんが、公務員の給与未払いを解消し、当面の輸入決済を行うには十分な金額です。
「モノの価値とは、信用と文脈で決まるものです」
私は熱くなった喉を冷たい水で潤しました。
「これで急場は凌げました。公務員や兵士に給料を払い、行政機能を再稼働させましょう」
「ああ。……ところで、エリーゼ」
ルーカス閣下が、窓の外――城の地下牢がある方角を見やりました。
「あの二人の処遇はどうする? 個人的な資産も全て没収され、一文無しになったが」
「罪は償っていただかなくてはなりません。……ですが、ただ牢屋に閉じ込めておくのは、税金の無駄です」
私は手帳を開き、新しいページに二人の名前を書きました。
「彼らには、働いて返していただきます。強制労働ではなく、彼らの特性を活かした方法で」
「特性? 詐欺と浪費の才能しかないぞ?」
「ええ。ですから、その才能を逆に利用するのです」
私は悪戯っぽく微笑みました。
「リリィ様には反面教師としての広告塔を。ヘリオス殿下には……、そうですね、一生かけても終わらない単純作業をご用意しております」
城内はすっかり空っぽになり、風通しが良くなりました。
贅肉を落としたグランデ王国。
次はいよいよ、このスリムになった身体に、新しい筋肉――健全な産業と通貨制度を組み込む手術が始まります。
ただし、剣と魔法の戦場ではありません。
値付けと仕分けの戦場です。
「――この壺、鑑定額は金貨五百枚。維持管理コストが無駄にかかるため、売却リストAへ」
「こちらの絵画、芸術的価値は低いですが、額縁に純金が使われています。溶解して地金にするため、リストBへ」
「リリィ様が購入されたピンク色のソファ……、趣味が悪すぎますね。廃棄処分……、いえ、物好きな成金向けにリストCへ」
私はクリップボードを片手に、城内を闊歩していました。
後ろには、ノルト領から呼び寄せた事務官(元・王都の優秀な文官たち)が続き、次々と家具や調度品に「売約」のタグを貼り付けていきます。
「……容赦がないな、エリーゼ」
執務服に着替えたルーカス閣下――いえ、今は暫定統治機構の代表――が、呆れたように苦笑しました。
「王家の歴史的遺産も含まれているのだが?」
「歴史で腹は膨れませんわ、閣下。今のこの国に必要なのは流動性です」
私は豪華絢爛な廊下の絨毯を指差しました。
「この城にある資産の九割は、何の利益も生まない死に金です。これらを即座に現金化し、市場に還流させなければ、経済の心停止は治りません」
民事再生の第一歩は、資産の現金化。
贅肉を削ぎ落とし、筋肉(運転資金)に変えるのです。
三日後。
王城の大広間にて、王室財宝・特別オークションが開催されました。
招待されたのは、国内の貴族たち……、ではありません。彼らにはもうお金がありませんから。
集まったのは、周辺諸国の大使、大商人、そして大陸中から噂を聞きつけてやってきたハイエナのような富豪たちです。
「さあ、本日一番の目玉商品です!」
私は自らオークションハンマーを握り、壇上に立ちました。
スポットライトが当たったのは、マネキンに着せられた一着のドレス。
あの、リリィ様が断罪の舞踏会で着ていた、目が痛くなるようなピンク色のドレスです。
会場から失笑が漏れます。
あんな悪趣味なドレス、誰も欲しがらないだろう、と。
しかし、私は不敵に微笑みました。
「これは、ただのドレスではありません。一国の経済を破綻させ、王太子を破滅に導いた傾国のドレスです。その愚かさと儚さの象徴として、歴史的価値は計り知れません」
私は声を張り上げました。
「このドレスを手に入れることは、すなわち、他人の愚行を教訓として所有する、という最高の贅沢。賢明なる皆様なら、この物語にこそ価値があるとご理解いただけるはず!」
会場の空気が変わりました。
富豪たちの目に、欲の色が宿ります。
単なる古着ではありません。それは話題性という付加価値がついたレアアイテムに変わったのです。
「金貨千枚から!」
「千五百!」
「二千!」
「二千五百、いや……、三千!」
「四千だ!」
「う……、四千五百!」
「五千!」
次々と手が挙がります。
これが経済学におけるヴェブレン効果。
価格が高ければ高いほど、またその背景が顕示的であればあるほど、それを所有することが特別であると感じ、需要が増す現象です。
リリィ様のドレス、ヘリオス殿下の愛用していた無駄に装飾過多な剣、王家の倉庫に眠っていた使わない茶器セットなど……。
それらは、王国の破綻記念グッズとして、飛ぶように、しかも法外な高値で売れていきました。
オークション終了後。
執務室の金庫には、山のような金貨が積み上げられていました。
「……信じられん。あのゴミの山が、これほどの金になるとは」
ルーカス閣下が、集計表を見て目を丸くしています。
総額、金貨三十億枚。
国の借金を完済するには足りませんが、公務員の給与未払いを解消し、当面の輸入決済を行うには十分な金額です。
「モノの価値とは、信用と文脈で決まるものです」
私は熱くなった喉を冷たい水で潤しました。
「これで急場は凌げました。公務員や兵士に給料を払い、行政機能を再稼働させましょう」
「ああ。……ところで、エリーゼ」
ルーカス閣下が、窓の外――城の地下牢がある方角を見やりました。
「あの二人の処遇はどうする? 個人的な資産も全て没収され、一文無しになったが」
「罪は償っていただかなくてはなりません。……ですが、ただ牢屋に閉じ込めておくのは、税金の無駄です」
私は手帳を開き、新しいページに二人の名前を書きました。
「彼らには、働いて返していただきます。強制労働ではなく、彼らの特性を活かした方法で」
「特性? 詐欺と浪費の才能しかないぞ?」
「ええ。ですから、その才能を逆に利用するのです」
私は悪戯っぽく微笑みました。
「リリィ様には反面教師としての広告塔を。ヘリオス殿下には……、そうですね、一生かけても終わらない単純作業をご用意しております」
城内はすっかり空っぽになり、風通しが良くなりました。
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