追放されましたが、辺境で土壌改革をしたら領民からの感謝が止まりません。~今更戻ってきてと言われても、王都の地盤はもうボロボロですよ?~

水上

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第2話:外来種という名の正義

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 夜会の論文盗作騒動から数日後。
 王宮の裏手に広がる庭園から、黒々とした煙が立ち上っていた。

「な、何をしているんだ、セレナァァァッ!!」

 耳をつんざくような怒号と共に、ヘリオス殿下が駆けつけてくる。
 その後ろには、顔を青ざめたリリィ様と、慌てふためく近衛騎士たちの姿があった。

 私は手に持っていた作業用の松明を地面に突き刺し、煤で汚れた手袋をはめ直すと、静かに振り返った。

「ごきげんよう、殿下。見ての通り、除草作業です」

 私の足元には、黒い灰の山が広がっている。

 ほんの数十分前まで、そこには見たこともないほど鮮やかで、妖艶な紫色の大輪の花が咲き誇っていた。
 殿下が「リリィの瞳のように美しい」と称賛し、隣国の商人から巨額の予算を投じて買い付けた極彩の紫花だ。

 私はそれを、根こそぎ引き抜き、油をかけて焼き払ったのだ。

「除草だと……!?  気でも狂ったのか! あれは僕がリリィのために植えた、愛の結晶だぞ! 貴重な異国の花を、貴様、嫉妬に狂って……!」

 殿下はわなわなと震え、私の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
 近衛騎士が慌てて「殿下、落ち着いてください!」と制止に入った。

「ひどい……、ひどいですわ、セレナ様! お花には罪がないのに!」

 リリィ様がその場に泣き崩れる。

 完璧な悲劇のヒロインだ。
 周囲の庭師やメイドたちも、遠巻きに私を非難の目で見ている。

「なんて冷酷な」

「美しい花を焼くなんて」

 というささやき声が聞こえる。

 やはり、この国の中枢は腐っている。
 見た目の美しさに惑わされ、その根元にある猛毒に誰も気づこうとしない。

「……嫉妬、ですか」

 私はため息交じりに眼鏡の汚れを拭った。

「殿下。私は感情で行動しません。私が動くのは、常にデータと予測されるリスクが許容範囲を超えた時だけです」

 私は足元の灰の山にしゃがみ込み、まだ熱を帯びている残骸の中から、焼け残った親指ほどの大きさの種を拾い上げた。

 硬い殻に覆われたそれは、火に焼かれてもなお、不気味な生命力を感じさせる黒光りを放っていた。

「これをご覧ください」

 私はその種を、殿下とリリィ様の目の前に突き出した。

「これは、貴方がたが極彩の紫花と呼んでいた植物の種子です。正式名称はヴァイオレット・デビル。大陸南部の湿地帯原産の植物です」

「な……、名前などどうでもいい! 花は美しかった! それが事実だ!」

「いいえ、どうでもよくありません。この植物は特定外来生物のリストの中でも、特に危険度Sランクに分類される代物です」

 私は淡々と、講義をするように続けた。

「この植物の恐ろしさは、その繁殖力と毒性にあります。一つの花から約五千個の種子をばら撒き、風に乗って数キロ先まで飛散します。そして何より厄介なのは、根から強力なアレロパシー物質――他の植物の成長を阻害する毒素――を分泌することです」

 リリィ様が「毒……?」と顔をしかめる。

「ええ。もしあのまま花を咲かせ、種を飛ばしていればどうなっていたか。計算しました」

 私は空いた手で、空中にグラフを描くように指を動かした。

「風向きと風速を考慮すると、種子は三日以内に王都近郊の穀倉地帯へ到達します。そこで発芽した紫の悪魔は、在来の小麦を駆逐しながら爆発的に増殖するでしょう。その毒素により土壌は汚染され、向こう十年間、小麦は一粒も育たなくなります」

 私は殿下の目を真っ直ぐに見据えた。

「つまり、来年の我が国の小麦の収穫量はゼロになります。食料自給率は崩壊し、パンの価格は百倍に高騰、飢えた民による暴動で国は滅びます。……私が消したかったのは花ではありません。国の破滅の火種です」

 これが、私が提示できる最大限の論理的結論だった。
 王族ならば、国の安全保障に関わるこの話に青ざめ、即座に残存種子の回収を命じるべき場面だ。

 しかし、ヘリオス殿下の反応は、私の想定の遥か斜め下だった。

「――うるさい、うるさい、うるさいッ!!」

 殿下は私の手から種を叩き落とした。
 コロコロと転がった種が、灰の中に埋もれる。

「屁理屈ばかり並べるな! 小麦がどうした、来年の話など知ったことか! 今、目の前でリリィが悲しんでいるんだぞ!?」

「……食料安全保障よりも、一人の令嬢の涙を優先されると?」

「当たり前だ! 愛のない繁栄など無意味だ! 貴様にはそれが分からんのか!」

 ああ、ダメだ。
 私は完全に理解した。

 この人と私は、根本的に異なっている。
 議論が噛み合うはずがない。

 殿下は肩で息をしながら、私を指差して宣言した。

「もう耐えられん。セレナ・アグリエル!  美しいものを愛せず、薄汚い理屈で他者を傷つける貴様のような女は、王太子妃に相応しくない!」

 その言葉を待っていた。

 私は心の中で、長年抱えていた重荷が落ちる音を聞いた。

「……つまり、婚約破棄ということですね?」

「そうだ! 今ここで言い渡す! 貴様との婚約は破棄し、僕はリリィを新たな婚約者とする!」

 リリィ様が「えっ、私が……、王太子妃?」と頬を染め、殿下がそれを熱い眼差しで見つめ返す。 

 周囲の庭師たちですら、王太子の剣幕に押され、「やはり愛こそが正義か……」などと毒された空気に飲まれている。

 私は地面に落ちた種を拾い直し、ポケットの密閉容器にしまった。
 これを放置すれば、本当に国が終わる。
 彼らがどうなろうと知ったことではないが、罪のない民が飢えるのは、私の美学に反するからだ。

「承知いたしました、殿下。謹んでお受けいたします」

 私はドレスの裾をつまみ、完璧なカーテシーを披露した。

 涙も、懇願も、謝罪もない。
 ただ、事務的な処理完了の報告のように。

「ですが、一つだけ忠告を」

「まだ何かあるのか! 負け惜しみなら聞かんぞ!」

「いえ、事実の確認です。……リリィ様が王太子妃になるということは、今後、この国の農業政策や土壌管理の最終決裁権も、私から引き継がれて彼女が持つことになるのですね?」

「当然だ! リリィの純粋な感性こそが、この国を豊かにするのだ!」

「そうですか。……では、どうぞお気をつけて」

 私は彼らに背を向けた。
 背後で、燃えカスとなった灰が風に舞う。

(感性で害虫は駆除できませんし、愛で肥料設計はできません。……貴方たちが選んだのは破滅という名の未来です)

 私はもう、振り返らなかった。
 これで私は自由だ。
 泥臭いと罵られ、予算を削られ、研究所の隅で膝を抱える日々は終わった。

 そして翌日。

 私は王太子の命令により、更なる追い討ち――辺境への追放を言い渡されることになる。
 だが、彼らは知らなかった。

 私が向かうその場所こそが、私の能力を最大限に発揮できる最高の実験場であるということを……。
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