「お前は無臭でつまらない」と捨てられたのですが、隣国との友好の証を調合している私がいなくなっても大丈夫なのですね?

水上

文字の大きさ
3 / 7

第3話:泥だらけの共同作業

しおりを挟む
 ギュンター氏の膝痛と、兵士たちの味覚を改革してから数日。
 私はベルンハルト様に連れられ、領地の視察に出ていました。

「……酷いな」

 馬上でベルンハルト様が呻くのも無理はありません。
 目の前に広がる農地は、まさに惨状と呼ぶにふさわしいものでした。

 じっとりと湿った空気。
 耳元でブンブンと鳴り響く不快な羽音。

 農作業をする領民たちは、顔を覆うネットを被り、絶えず手で空を切っています。

「湿地帯が近いせいで、夏場は吸血性の蚊やブヨが大量発生するんだ。そのせいで作業効率は下がるし、感染症も出る。おまけに……」

 ベルンハルト様が畑の一角を指差しました。
 そこには、作物の成長を阻害するように、背の高いイネ科の雑草が鬱蒼と生い茂っています。

「この剛毛草だ。抜いても抜いても生えてくる上に、根が深くて耕作の邪魔になる。焼こうにも水分が多くて煙が出るだけだ。まさに厄介者の雑草だよ」

 害虫と雑草。
 農地経営における二大ストレス要因です。

 領民たちの疲弊した顔を見て、私は眼鏡のブリッジをくいと上げました。

「閣下。馬を降りても?」

「おい、ぬかるんでるぞ。ドレスが汚れる」

「構いません」

 私は制止を聞かず、地面に降りました。

 そして、その厄介者扱いされている剛毛草に歩み寄り、引き抜こうと……、しましたが、ビクともしません。

 仕方なくスコップを借りて根元を掘り返すと、太く複雑に絡み合った根が現れました。
 土を払い、その根の匂いを嗅ぎます。

(……土の香り、ウッディでスモーキーな深み。これは……)

 私はベルンハルト様に向かって、その薄汚れた根を掲げました。

「閣下。これはベチバー。最高級の香料の原料ですわ」

「は? 香料?」

「ええ。この根から抽出されるオイルは香水の保留剤、つまりベースノートとして極めて優秀です。王都ではこのオイル一瓶で、金貨数枚は下りません」

「き、金貨……!?」

 周囲の農民たちが、持っていた鍬を取り落としました。

「それに、この深い根は土壌流出を防ぐ役割も果たします。……ですが、今はそれよりも」

 私は空中で手を叩き、私の周りを飛び回る蚊を圧殺しました。

「この害虫対策が先決ですわね。閣下、農地周辺にシトロネラとレモングラスの植樹を提案します。これらの植物に含まれるシトラールやシトロネラールは、昆虫が嫌う忌避成分を放散します。言わば、天然の結界を作るのです」

 私の提案に、ベルンハルト様は腕を組み、鋭い眼光で畑を見渡しました。
 そして、次の瞬間にはマントを脱ぎ捨て、腕まくりをしていました。

「……理論は分かった。だが、人手が足りん。俺もやる」

「閣下がですか?」

「俺はこの土地の領主だ。領民が困っているなら、泥を被るのは俺の仕事だ」

 そう言うや否や、ベルンハルト様は鍬を振るい始めました。

 この方はぶっきらぼうですが、行動で示す人です。
 口先だけで真実の愛を語っていた誰かとは大違いです。

「では、私もお手伝いします」

「お前は下がってろ! その細腕で何ができる」

「指示出しが必要です。植える間隔と土壌のpH調整は私が管理します」

 私もスカートの裾をまくり上げ、泥の中に足を踏み入れました。

 そして、時が流れたある日。
 その効果は劇的でした。

 畑の周囲を取り囲むように植えられたシトロネラとレモングラスが、風に乗って爽やかな柑橘系の香りを運びます。

 その香りを嫌った蚊やブヨは姿を消し、農地には平穏が戻っていました。

 さらに、今まで邪魔な雑草として捨てられていたベチバーの根は、私が蒸留器で抽出を行い、琥珀色の濃厚なオイルへと変貌を遂げました。

「……これが、あの雑草か?」

 小瓶に入ったオイルを光にかざし、ベルンハルト様が呟きます。

「ええ。雑草という名の植物はありません。ただ、人間がその価値を知らなかっただけ。……適切な場所に植え替え、正しく扱えば、どんな草も黄金に変わるのです」

 そう説明しながら、私はふと、自分自身のことのように感じていました。

 王都では「無臭でつまらない」「可愛げがない」と切り捨てられた私。
 けれど、この場所では――。

「……そうだな。お前の言う通りだ」

 ベルンハルト様は私をまっすぐに見つめました。
 その金色の瞳には、私の姿がはっきりと映っていました。

「お前を拾って本当によかった」

 その言葉は、私の胸を満たしました。
 心拍数が上昇し、顔の表面温度が急激に上がるのを感知します。

 これは恐らく、労働後の代謝亢進によるものでしょう。
 ……ええ、きっとそうです。

「……評価に感謝します。では、次はあの荒れ地を薬草園に改造しますので、予算の承認をお願いしますね」

 私は照れ隠しに眼鏡を押し上げ、次なる計画を彼に突きつけました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。 そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。 しかしその婚約は、すぐに破談となる。 ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。 メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。 ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。 その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。

【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?

鏑木 うりこ
恋愛
 父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。 「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」  庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。  少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *) HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい! 色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー! ★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!  これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい! 【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~

ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された 「理由はどういったことなのでしょうか?」 「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」 悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。 腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

妹に幼馴染の彼をとられて父に家を追放された「この家の真の当主は私です!」

佐藤 美奈
恋愛
母の温もりを失った冬の日、アリシア・フォン・ルクセンブルクは、まだ幼い心に深い悲しみを刻み付けていた。公爵家の嫡女として何不自由なく育ってきた彼女の日常は、母の死を境に音を立てて崩れ始めた。 父は、まるで悲しみを振り払うかのように、すぐに新しい妻を迎え入れた。その女性とその娘ローラが、ルクセンブルク公爵邸に足を踏み入れた日から、アリシアの運命は暗転する。 再婚相手とその娘ローラが公爵邸に住むようになり、父は実の娘であるアリシアに対して冷淡になった。継母とその娘ローラは、アリシアに対して日常的にそっけない態度をとっていた。さらに、ローラの策略によって、アリシアは婚約者である幼馴染のオリバーに婚約破棄されてしまう。 そして最終的に、父からも怒られ家を追い出されてしまうという非常に辛い状況に置かれてしまった。

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。

佐藤 美奈
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。 そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。 キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。 でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。 最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。 誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。 「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。 男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。 今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。

「お姉様の味方なんて誰もいないのよ」とよく言われますが、どうやらそうでもなさそうです

越智屋ノマ
恋愛
王太子ダンテに盛大な誕生日の席で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢イヴ。 彼の隣には、妹ラーラの姿――。 幼い頃から家族に疎まれながらも、王太子妃となるべく努力してきたイヴにとって、それは想定外の屈辱だった。 だがその瞬間、国王クラディウスが立ち上がる。 「ならば仕方あるまい。婚約破棄を認めよう。そして――」 その一声が、ダンテのすべてをひっくり返す。 ※ふんわり設定。ハッピーエンドです。

処理中です...