「君は強いから一人でも平気だろう?」と妹を優先する夫。~陶器の心を持つ私の完璧な微笑みに、夫が凍りつくまで~

水上

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第18話:愛用品の消失

 週末の午後、ベルンハルト伯爵邸のサンルームには、穏やかな陽光が降り注いでいた。
 庭の緑を背景に、楽しげな笑い声が響く。

「お義兄様ったら! そんな冗談を」

「ははは、そうかな? でも本当のことだよ。あの時のソフィアは可愛かったからね」

 アデライドは、向かいの席で繰り広げられる夫と妹の談笑を、遠い景色を見るような目で眺めていた。

 今日は気晴らしと称して、ソフィアが遊びに来ているのだ。
 アデライドが断った観劇の代わりに、屋敷でのティータイムが開かれている。

 アデライドの手元には、一つのマグカップがあった。
 それは、彼女が開発した夜明けの青の、記念すべき最初の試作品だ。

 釉薬の配合に数百回失敗し、もう駄目かと思った夜明け前、窯から出てきた奇跡のような一品。

 形こそ少し歪だが、その色合いはどの製品よりも深く、美しい。
 アデライドにとって、それは苦しい時期を乗り越えた戦友であり、心の安定剤でもあった。

「……アデライド、どうしたんだい? 無口だね」

 エリアスが気遣わしげに声をかけてきた。
 アデライドは、カップの温もりに指先を這わせながら微笑んだ。

「いいえ。お二人の仲がよろしいので、微笑ましく拝見しておりましたの」

「そうか! 姉妹仲良くしてくれるのが僕の一番の願いだからね」

 エリアスは屈託なく笑う。
 その横で、ソフィアがテーブルに身を乗り出した。

 彼女の視線が、アデライドの手元に留まる。

「あら? お姉様、そのカップ……。なんだか古臭いわね。歪んでるし」

「ええ。これは試作品なの。私が初めて納得のいく色を出せた、大切なものよ」

「ふーん……。でも、ベルンハルト家の食卓には似合わないんじゃない? もっと素敵なティーセットがあるのに」

 ソフィアは無遠慮に手を伸ばしてきた。
 彼女には悪気はない。

「もっと良いものがあるのに、なぜそんなものを使うの?」という純粋な疑問と、姉の持ち物への無自覚な侵食欲求があるだけだ。

「ちょっと見せて? どんな色なのかしら」

「ソフィア、まだ中身が入って――」

 アデライドが制止する間もなかった。
 ソフィアの指先がカップの取っ手に触れ、持ち上げようとした瞬間。

 彼女の小指が滑ったのか、あるいは重さに驚いたのか。

 硬質な破砕音が、サンルームの静寂を切り裂いた。

 アデライドの膝とドレスに、熱いコーヒーが飛び散る。
 そして床には、無惨に砕け散った夜明けの青の破片が散乱していた。

「きゃっ!」

 ソフィアが短く悲鳴を上げた。
 アデライドは、飛び散ったコーヒーの熱さも感じないほど、呆然と床を見つめた。

 数百回の失敗の末に生まれた青。
 孤独な夜を支えてくれた青。

 それが今、見る影もなく粉々になっていた。

「大丈夫かい、ソフィア!?」

 ガタリと椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったのは、エリアスだった。
 彼は真っ直ぐにソフィアの元へ駆け寄り、その手を取った。

「怪我はないか? 火傷はしていないかい?」

「うぅ……、お義兄様ぁ……! ごめんなさい、私、手が滑って……!」

 ソフィアの大きな瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
 彼女は被害者のように震えている。

 コーヒーを被ったのはアデライドであるにも関わらず……。

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