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第11話:ブリキの中の革命
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ジェラルド殿下から巻き上げた……、失礼、正当な商取引によって得た水代は、アークライト領の金庫を物理的に圧迫するほどの分量となりました。
「笑いが止まらないな。この手形、換金すれば来期のアークライト領の予算は三〇〇%増だぞ」
執務室で帳簿をつけているレイモンド様の手が、喜びのあまり高速振動しています。
彼にとって数字が増えることは、ドーパミンが分泌されることと同義のようです。
「結構なことですわ。では、その資金を右から左へ、すべて、新工場の建設に回してください」
「す、すべて!? 少しは内部留保に……」
「お金は血液です。止まれば腐りますわ。それに、私の頭の中には、まだまだ形にしたいアイデアが山のようにありますもの」
私は立ち上がり、窓の外を指差しました。
そこには、先日完成したばかりのレンガ造りの巨大な工場が、白い蒸気を吐き出しています。
看板には『アークライト食品加工・第一工場』の文字。
これこそが、私の次なる戦略兵器の製造拠点です。
工場の中は、甘い果実の香りと、蒸した肉の匂いが充満していました。
魔導動力式ベルトコンベアの上を、銀色に輝く円筒形の容器が次々と流れていきます。
「この金属の筒は、まさか、例の……」
視察に訪れたルーカス殿下が、流れてくるそれを手に取り、眺めました。
「ええ、缶詰ですわ」
「缶詰……」
「ええ。ブリキで作った容器に食材を詰め、空気を抜いて密封し、高温で加熱殺菌したものです」
私は試作品の一つ、桃の缶詰を手に取りました。
「一般的に食料保存法は、塩漬けか乾燥、あるいは魔法による冷凍が主流です。ですが、塩漬けは味が落ちるし、魔法冷凍は魔石のコストが高すぎる。庶民や兵士の口には入りません」
私は缶切り(これも発明しました)でキコキコと蓋を開け、中身をルーカス殿下に差し出しました。
「召し上がって。去年の夏に収穫した桃ですわ」
ルーカス殿下は半信半疑で、フォークで桃の果肉を口に運びました。
瞬間、彼の目が大きく見開かれました。
「……甘い。それに、瑞々しいぞ。まるで採れたてじゃないか」
「加熱しているので食感は少し変わりますが、味と栄養価はほぼそのまま。そして何より……」
私は人差し指を立てました。
「常温で、数年は保存可能です」
ルーカス殿下がフォークを落としました。
「数年……、だと? 常温で?」
「ええ。空気中の微生物……、腐敗の原因となる菌を熱で殺し、外から入らないように密封していますから」
ルーカス殿下の顔色が、驚きから商人の顔へと瞬時に変わりました。
彼は桃の缶詰ではなく、その向こうにある市場を見ているのです。
私はニヤリと笑いました。
「遠征中の軍隊にとって、最大の敵は敵兵ではなく、飢えと腐った食料による腹痛です。ですが、この缶詰があれば、兵士はいつでも新鮮な肉や果物を食べられる。士気も体力も維持できる。補給線の負担も激減する」
ルーカス殿下は、震える手で缶詰を握りしめました。
「以前にも少し話したが、我が国の軍部は、金貨を積んででもこれを欲しがるだろう。いや、冒険者、商隊、遠洋漁業……、需要は無限大だ」
「でしょう? ですが殿下、独占販売権をお渡しする前に、一つだけ条件があります」
私は工場のラインを指差しました。
そこでは、領民たちが楽しそうに働いています。
彼らの多くは、かつて王都のスラムで職にあぶれていた人々です。
「この缶詰の規格……、サイズ、素材、蓋の形状。すべて私が定めた、アークライト規格に統一していただきます」
「規格?」
「ええ。他国や他領が真似をして粗悪な缶詰を作ったとしても、この規格に合わない缶切りでは開けられないようにするのです。そして、物流のパレットもこのサイズに合わせる」
これぞ、市場を支配するための、デファクトスタンダード戦略。
中身(コンテンツ)だけでなく、容器(プラットフォーム)を握る者が、最終的に勝利するのです。
「……恐ろしい女だ。美味い桃を食わせながら、首輪をかけてくるとはな」
「あら、首輪だなんて。パートナーシップと呼んでくださいな」
ルーカス殿下は苦笑いしながら、残りの桃を口に放り込みました。
「いいだろう。このブリキの中の革命、俺が世界中にばら撒いてやる」
工場に響く、ガチャン、ガチャンというプレス機の音。
それは、古い時代の常識がプレスされ、新しい時代の形へと成形されていく音のように聞こえました。
王都のジェラルド殿下は、今頃何をしてらっしゃるかしら……。
おそらく、腐りかけの輸入メロンを、高級品だ、と有難がって食べている頃でしょう。
可哀想に……。
本当の豊かさが、すでに貴方の手の届かない場所で量産されているとも知らずに。
私は完成したばかりの、牛肉の甘辛煮缶を一つ手に取り、ポケットに忍ばせました。
これは、今夜の晩酌のお供にしましょう。
勝利の味は、きっと格別ですわ。
「笑いが止まらないな。この手形、換金すれば来期のアークライト領の予算は三〇〇%増だぞ」
執務室で帳簿をつけているレイモンド様の手が、喜びのあまり高速振動しています。
彼にとって数字が増えることは、ドーパミンが分泌されることと同義のようです。
「結構なことですわ。では、その資金を右から左へ、すべて、新工場の建設に回してください」
「す、すべて!? 少しは内部留保に……」
「お金は血液です。止まれば腐りますわ。それに、私の頭の中には、まだまだ形にしたいアイデアが山のようにありますもの」
私は立ち上がり、窓の外を指差しました。
そこには、先日完成したばかりのレンガ造りの巨大な工場が、白い蒸気を吐き出しています。
看板には『アークライト食品加工・第一工場』の文字。
これこそが、私の次なる戦略兵器の製造拠点です。
工場の中は、甘い果実の香りと、蒸した肉の匂いが充満していました。
魔導動力式ベルトコンベアの上を、銀色に輝く円筒形の容器が次々と流れていきます。
「この金属の筒は、まさか、例の……」
視察に訪れたルーカス殿下が、流れてくるそれを手に取り、眺めました。
「ええ、缶詰ですわ」
「缶詰……」
「ええ。ブリキで作った容器に食材を詰め、空気を抜いて密封し、高温で加熱殺菌したものです」
私は試作品の一つ、桃の缶詰を手に取りました。
「一般的に食料保存法は、塩漬けか乾燥、あるいは魔法による冷凍が主流です。ですが、塩漬けは味が落ちるし、魔法冷凍は魔石のコストが高すぎる。庶民や兵士の口には入りません」
私は缶切り(これも発明しました)でキコキコと蓋を開け、中身をルーカス殿下に差し出しました。
「召し上がって。去年の夏に収穫した桃ですわ」
ルーカス殿下は半信半疑で、フォークで桃の果肉を口に運びました。
瞬間、彼の目が大きく見開かれました。
「……甘い。それに、瑞々しいぞ。まるで採れたてじゃないか」
「加熱しているので食感は少し変わりますが、味と栄養価はほぼそのまま。そして何より……」
私は人差し指を立てました。
「常温で、数年は保存可能です」
ルーカス殿下がフォークを落としました。
「数年……、だと? 常温で?」
「ええ。空気中の微生物……、腐敗の原因となる菌を熱で殺し、外から入らないように密封していますから」
ルーカス殿下の顔色が、驚きから商人の顔へと瞬時に変わりました。
彼は桃の缶詰ではなく、その向こうにある市場を見ているのです。
私はニヤリと笑いました。
「遠征中の軍隊にとって、最大の敵は敵兵ではなく、飢えと腐った食料による腹痛です。ですが、この缶詰があれば、兵士はいつでも新鮮な肉や果物を食べられる。士気も体力も維持できる。補給線の負担も激減する」
ルーカス殿下は、震える手で缶詰を握りしめました。
「以前にも少し話したが、我が国の軍部は、金貨を積んででもこれを欲しがるだろう。いや、冒険者、商隊、遠洋漁業……、需要は無限大だ」
「でしょう? ですが殿下、独占販売権をお渡しする前に、一つだけ条件があります」
私は工場のラインを指差しました。
そこでは、領民たちが楽しそうに働いています。
彼らの多くは、かつて王都のスラムで職にあぶれていた人々です。
「この缶詰の規格……、サイズ、素材、蓋の形状。すべて私が定めた、アークライト規格に統一していただきます」
「規格?」
「ええ。他国や他領が真似をして粗悪な缶詰を作ったとしても、この規格に合わない缶切りでは開けられないようにするのです。そして、物流のパレットもこのサイズに合わせる」
これぞ、市場を支配するための、デファクトスタンダード戦略。
中身(コンテンツ)だけでなく、容器(プラットフォーム)を握る者が、最終的に勝利するのです。
「……恐ろしい女だ。美味い桃を食わせながら、首輪をかけてくるとはな」
「あら、首輪だなんて。パートナーシップと呼んでくださいな」
ルーカス殿下は苦笑いしながら、残りの桃を口に放り込みました。
「いいだろう。このブリキの中の革命、俺が世界中にばら撒いてやる」
工場に響く、ガチャン、ガチャンというプレス機の音。
それは、古い時代の常識がプレスされ、新しい時代の形へと成形されていく音のように聞こえました。
王都のジェラルド殿下は、今頃何をしてらっしゃるかしら……。
おそらく、腐りかけの輸入メロンを、高級品だ、と有難がって食べている頃でしょう。
可哀想に……。
本当の豊かさが、すでに貴方の手の届かない場所で量産されているとも知らずに。
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