殿下が婚約破棄してくれたおかげで泥船から脱出できました。さて、私がいなくなったあと、そちらは大丈夫なのでしょうか?

水上

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第26話:連鎖する火傷と炎上

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 (※ジェラルド視点)

 ミア・ブランド 魔法のくるくる・ホットカーラーが市場に出てから、わずか三日で最初の事故が発生した。
 場所は王都の貴族街。
 使用者である伯爵令嬢の部屋から、煙が上がったのだ。

「髪が燃えただと!?」

 王太子宮殿で報告を受けた私は、驚きよりも怒りに声を荒げた。

「あの製品は、ミアの愛から生まれた最高傑作だ! なぜそんなことが起きる!」

「そ、それが……、ご使用中にカーラーが異常発熱し、令嬢の髪が焦げ付いてしまったそうで……、幸い、大事には至りませんでしたが、顔に軽度の火傷を負ってしまったとのことです」

 報告した側近は冷や汗を拭いた。

「ふざけるな! 単なる使用者の不注意だろう! 髪を焦がすほど長時間使うなと教えてやれ!」

 私は問題を個人の責任に押し付けようとしたが、翌日、さらに深刻な事故が起きた。
 今度は、子爵夫人が使っていたカーラーが破裂し、顔と手に重度の火傷を負ったというのである。

 ついに、恐れていたことが現実のものとなってしまった。

 連日、新聞の一面は……。

『可愛さの裏に潜む悪魔の熱!』

『王太子妃候補プロデュース品、使用者を襲う!』

 という見出しで埋め尽くされていた。
 王都の女性たちはパニックに陥り、カーラーの販売店には、怒鳴り込みと返品の行列ができました。

「ジェラルド様ぁ……、私のせいなの?」

 ミアは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、殿下の足元に縋り付いてきた。
 私の脳裏には、排熱機構や安全回路を排除して、可愛さを優先した時の職人の警告が、今頃になって蘇っている。

「落ち着け、ミア! 大丈夫だ! これはエリーゼの陰謀だ!」

 私は、都合の良い敵に責任を押し付けた。

「あいつが、うちのカーラーに細工をしたに違いない! すぐに宮廷魔術師を呼び、細工を解かせろ!」

「で、殿下。宮廷魔術師が分解したところ、細工ではなく、単純な魔石の過電流による熱暴走が原因だと……」

「黙れ! お前もエリーゼに買収されたのか!」

 問題をエリーゼのせいにしたがる私と、問題を物理のせいにしたがる現実。
 この温度差こそが、王国の未来を決定づける致命的な差だった。

     *

 その頃、アークライト商会の会議室では、私が指揮を執る、火傷治療支援プロジェクトが進行していました。

「王都の各病院への、火傷用軟膏、抗炎症薬、無菌包帯の無料提供は完了しましたか?」

「はい、お嬢様。全てアークライト・メディカル・ブランドの製品です。品質は王室御用達品よりも遥かに上です」

「良し。被害者の方々への見舞金も忘れずに。もちろん、製品が原因ではないが、人道的な配慮からという名目で」

 私たちは、一見すると慈善活動を行っているように見えます。
 しかし、その裏で進んでいたのは、より冷徹なビジネス戦略でした。

「王都の貴族たちは、今、アークライト商会の製品しか信じられなくなっています。そして、今回の件で明らかになったのは、です」

 私は、先日用意しておいた分厚い法案の束を、ルーカス殿下の前に差し出しました。

「次のステップは、王家が失墜させた信頼を、私たちアークライトが法律という形で拾い上げることです」

「ほう。魔導具安全法案か……」

 法案の表紙には、こう書かれていました。

 『消費者の安全を確保するための魔導具の技術基準に関する法律(通称:AIS-PSE法)』

「この法案が通れば、安全基準を満たさないミア・ブランドのような製品は、すべて市場から排除されます。そして、この基準を満たせるのは、我がアークライトの技術力と規格だけです」

 つまり、王都のすべての魔導具は、今後、私の作った安全基準という名の鎖に繋がれることになります。

「ジェラルド殿下は、このままでは済まさないだろうな。何か反撃をしてくるはず」

 ルーカス殿下が、険しい顔で言いました。

「ええ。ですが、彼が使えるカードはもうありません。経済も、物流も、衛生も、そして今や『安全』という概念までも、私の支配下にあります」

 私は、静かに王宮の方角を眺めました。

 ミア様の無知な善意が引き起こした火傷は、単なる皮膚の損傷ではありません。
 それは、この国の産業システムに刻まれた、修復不能な傷でした。

「さあ、この火傷を治すための救世主として、王都の扉を蹴破って入りましょう」

 私が提案する法案は、人命を救う絆創膏であると同時に、王家を縛り付ける首輪でもあるのです。
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