殿下が婚約破棄してくれたおかげで泥船から脱出できました。さて、私がいなくなったあと、そちらは大丈夫なのでしょうか?

水上

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第27話:法律という名の鉄槌

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 ミア・ブランド・カーラー爆発事件による世論の怒りは、想像以上に高まっていました。
 特に貴族の令嬢や夫人たちは、美しさを求めた結果、顔に火傷を負わされたことに激しく憤慨し、王宮への不信感を露わにしていました。

 この機を逃す手はありません。
 私は、ルーカス殿下と共同で起草した、魔導具安全法案(AIS-PSE法)を王国の議会に提出しました。

「これは人命に関わる緊急の法案です。一刻も早い審議を求めます」

 法案は、魔導具の製造者に対し、製品の構造、使用する魔石の規格、排熱機構、および過電流防止ヒューズの設置を義務付けるという、極めて合理的かつ厳格な内容でした。

 当然、王太子派は猛反発しました。

「待て! これはアークライト商会による、卑劣な規格による独占を企む法律ではないか!」

 王太子派の老侯爵が、議場で声を荒らげました。

「この法案が通れば、従来の職人技で作られた魔導具は全て違法になり、市場から排除される! これは伝統の破壊だ!」

「伝統、ですか」

 私は壇上に上がり、冷静に侯爵に問いかけました。

「では侯爵様。貴方の言う伝統は、市民の命を火傷から守ってくれるのですか? 愛する令嬢の顔を火事から守れるのですか?」

 私がそう言うと、議場の隅々から……。

「そうだ!」

「火傷治療はアークライトに頼んだ!」

「伝統で飯は食えぬ!」

 という怒号が飛び交いました。

 王太子派の抵抗は、無意味でした。
 彼らが頼りにしていたのは、伝統や権威という抽象的な概念ですが、私の武器は火傷という具体的な被害と、安全という普遍的な要求だったからです。

 議会の混乱の最中、ジェラルド殿下は最後の反撃に出ました。

「あの女を、魔導具開発の独占禁止法で訴えろ! あの規格は、市場の自由な競争を阻害している!」

 王室法務局が、アークライト商会を提訴するという緊急通達を出しました。
 しかし、それも私の予想通り。

「訴状を受理し、裁判に応じましょう」

 私は即座に宣言しました。

「ただし、裁判中は製品の安全性確保のため、王都に流通するすべての魔導具を一時的に回収・検査する必要がありますわね」

 王都中に、アークライト商会の社員たちが駆け回りました。
 回収されたのは、ミア・ブランドのカーラーだけではありません。
 安全性が確認されていない、すべての王太子派の工房が作った魔導具です。

「アークライト規格に準拠しないものはすべて、安全性が証明されるまで販売停止とします」

 その結果、王太子派の御用商人たちが扱う魔導ランプ、暖房機、冷蔵用の魔道具など、生活に不可欠な製品が一斉に市場から消えたのです。

「くそっ、何てことをしてくれた! これでは冬を前にして王都が凍えてしまう!」

 殿下は私を激しく非難しました。

「私はただ、市民の安全を守っているだけです。このままでは危険すぎます。ですが、ご安心を」

 私はニッコリと微笑みました。

「王都の皆さんが困らないように、私たちアークライト商会がAIS-PSEマーク付きの安全な製品を、大量に、そして安価で提供して差し上げますわ」

 裁判が始まる前から、王太子派の市場は壊滅しました。
 すべての商売敵が、安全基準を満たせないという理由で市場から撤退を余儀なくされ、そこにアークライト規格の製品が雪崩れ込んだのです。

 そして、議会での採決の日。

 賛成多数により、魔導具安全法案(AIS-PSE法)は成立しました。

 この法律が意味するのは、王国の伝統的な職人文化の敗北と、工業規格という名の合理主義の勝利です。
 そして、この法律を起草し、その基準を満たす製品を独占的に供給できる私こそが、王国の産業のルールを支配する者となったのです。

 勝利した私は、議会のバルコニーから、王宮の方角を見やりました。
 ジェラルド殿下は、法廷での泥沼の戦いを覚悟しているのでしょうが、もう戦う必要はありません。

「経済、物流、衛生、そして技術規格……。この国の動脈は、すべて私のものですわ」

 私はそっと、懐から一枚の羊皮紙を取り出しました。
 それは、卒業パーティーのときに交わした婚約破棄の精算書の原本です。

「さて、ここまでお膳立てが整えば……、いよいよ本命の契約を回収に行きましょうか」

 私の瞳には、冷徹な光が宿っていました。
 この国に残された、たった一つの大きな権力。

 王族の持つ領地と権限そのものを奪い取るための、最終作戦の火蓋が、今、切って落とされます。
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