「君の成果は私の指導のおかげ」と笑うモラハラ夫は、幼馴染みにご執心です。~では、私がいなくなったらどうなるか、拝見させていただきましょう~

水上

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第31話:現実が見えていなかった女の末路

 ミエルは、王都の一等地にある子爵邸の前に立った。
 門番が怪訝な顔で立ちはだかる。

「なんだお前は。うちは物乞いには用はないぞ」

「失礼ね! 私はミエル・ルブランよ。子爵様にお会いしに来たの」

 ミエルは精一杯、顎を上げて見せた。

「子爵様に伝えてちょうだい。『迷子の妖精さんが、羽を休めにきました』って」

 門番は顔を見合わせ、「ああ、例の……」と何かを囁き合った。
 そして、しばらくすると、ニヤニヤしながら門を開けた。

「どうぞ、旦那様がお会いになるそうだ」

(ほら、やっぱり!)

 ミエルは心の中でガッツポーズをした。
 通された応接間には、太った子爵がソファにふんぞり返っていた。

「おお、ミエル君か。久しぶりだね」

「子爵様ぁ~! 会いたかったですぅ!」

 ミエルは駆け寄り、涙を浮かべて上目遣いで訴えた。

「私、ひどい目に遭っちゃってぇ……、ヴィンセントったら、私を騙して借金まみれにしたんですぅ。行くところがなくて……、私、子爵様だけが頼りなんですぅ」

 完璧な演技だった。
 震える肩、潤んだ瞳。これで落ちない男はいなかった。

 しかし、子爵は同情するどころか、不愉快そうに鼻を鳴らした。

「……ふん。近くで見ると、随分とくたびれた妖精だな」

「えっ?」

 ミエルの動きが止まった。

「肌は荒れているし、髪もパサパサだ。ドレスも薄汚れている。……それに、その歳でその喋り方は、少々痛々しいと思わんかね?」

 子爵の視線は、値踏みするように冷ややかだった。

 かつて夜会で会った時は、ロザリンドが高価な化粧品や美容液を用意し、専属のメイドが髪を結い、最高級のシルクを纏わせてくれていた。

 今のミエルは、栄養不足とストレスで肌が荒れ、自分で結った髪は崩れ、安っぽい化学繊維のドレスを着た、ただの若作りをした無職の女だったのだ。

「そ、そんな……。でも、子爵様は私のこと、可愛いって……」

「ああ、可愛いペットとしてならな。だが、飼い主の手を噛む狂犬はいらんよ」

 子爵は、テーブルの上の新聞を放り投げた。
 そこには、『ピンク色の悪夢! 名門工場の崩壊』という見出しの記事があった。

「君だろう? バークリーの工場をメチャクチャにしたのは。『可愛くしたい』とかいう妄言で、貴重な機械を全損させたそうじゃないか」

 子爵の声が低くなる。

「社交界じゃ笑い者だよ。『破壊神ミエル』とな。そんな疫病神を家に置けば、我が家まで傾いてしまう」

「ち、違います! あれはヴィンセントが……!」

「言い訳は見苦しいぞ。……おい、つまみ出せ」

 子爵が手を振ると、屈強な従僕たちが現れ、ミエルの両腕を掴んだ。

「いやっ! 離して! 私は被害者なの! お願い、置いてよぉ! 何でもするからぁ!」

 ミエルは泣き叫び、床にしがみつこうとしたが、あっさりと引き剥がされた。

「二度と来るな、この寄生虫め!」

 ミエルは、固い石畳の上に放り出された。

 ドレスが泥で汚れる。
 膝を擦りむいて血が滲む。

 鉄格子が目の前で閉ざされ、門番たちの嘲笑う声が聞こえた。

「う……、うぅ……」

 ミエルは起き上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
 通りすがりの人々が、泥だらけのピンク色の女を指差してヒソヒソと話している。

「あれが噂の……」

「いい歳してあんな格好……」

 ミエルは、ふとショーウィンドウに映った自分の姿を見た。
 そこには、涙で化粧がドロドロに崩れ、顔を歪ませた、見知らぬ女がいた。

 可愛くない。
 ちっとも、守ってあげたいと思わない。

 ただの、ヒステリックで薄汚れた女。

(これが……、私?)

 寒気がした。
 今まで自分が輝いていたのは、自分の魅力のせいではなかった。

 ロザリンドという完璧な土台の上に立っていたからこそ、スポットライトを浴びることができていたのだ。

 土台を壊し、ヴィンセントという宿主を食い潰した今、彼女に残されたのは、何の価値もない自分自身だけだった。

「いやぁ……、見ないで……!」

 ミエルは顔を覆い、その場から逃げ出した。
 だが、行く当てなどどこにもない。

 実家は借金で消滅し、友人もいない。
 技術も、知識も、常識すらない。

 あるのは悪評と、空っぽのプライドだけ。

 冷たい風が、彼女の薄いドレスを容赦なく吹き抜けていく。

 かつて、可愛いという武器だけで世の中を渡っていけると信じていた女の末路は、誰からも顧みられることのない、路地裏の闇へと消えていった。

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