「君の成果は私の指導のおかげ」と笑うモラハラ夫は、幼馴染みにご執心です。~では、私がいなくなったらどうなるか、拝見させていただきましょう~

水上

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第37話:新しく結ばれた糸

 ロザリンドだ。

 写真よりもずっと美しく、ずっと遠い存在。
 隣には、背の高い知的な男性が寄り添っている。

 彼が何かを囁くと、ロザリンドは声を上げて笑った。
 その笑い声は、鈴の音のように軽やかで、ヴィンセントの心臓を締め付けた。

(私だ……。私が、あの笑顔を見るはずだったんだ)

 ヴィンセントは無意識に足を前に出した。
 声をかければ、気づいてくれるかもしれない。

 「ヴィンセント様?」と、昔のように優しく呼んでくれるかもしれない。

「ロザ……」

 声をかけようとした瞬間、ガラスに映った自分の姿が目に入った。

 薄汚れ、腰の曲がった、惨めな男。
 その隣に映る、光り輝く女王のような彼女。

 住む世界が違う。
 いや、生物としての格が違う。

 今の自分が彼女に近づけば、彼女のドレスを汚すだけの泥にしかならない。

 ヴィンセントの足が止まった。
 喉がひゅっと鳴った。

 声をかける資格すらない。
 視界に入ることすら罪深い。

 それが、彼女を搾取し、踏みにじった男に与えられた罰だった。

 ロザリンドが、ヴィンセントの方をちらりと見た。

 心臓が止まりそうになった。
 気づいたか?

 だが、彼女の視線は、ヴィンセントを通り過ぎ、その背後の街路樹へと向けられただけだった。

 彼女の瞳に、薄汚れた男の姿は映らなかった。
 認識すらされなかった。

 風景の一部。
 ただの背景。

 ロザリンドは再びアーサーに向き直り、幸せそうに微笑んで、迎えの馬車へと乗り込んでいった。

 馬車が動き出す。
 遠ざかる車輪の音。

「……う、うぅ……」

 ヴィンセントはその場に崩れ落ちた。
 涙が溢れて止まらなかった。

 後悔という名の氷柱が、胸に深々と突き刺さる。

 彼女はもう、彼を憎んでさえいない。
 彼の存在は、彼女の中で完全に消滅したのだ。

 それが永遠に癒えることのない傷として、ヴィンセントに残された。

 ショーウィンドウの中では、ロザリンドがデザインしたドレスが、春の光を浴びて誇らしげに咲き誇っていた。

 その輝きを、ヴィンセントはただ、暗い路地裏から見上げることしかできなかった。

 数日後。
 ロザリンドの執務室の窓辺には、一輪の花が飾られていた。

 どんな寒さにも負けず、凛と咲く青い花。

「ロザリンド、次の視察の時間だ」

「ええ、行きましょう。新しい世界が待っているわ」

 彼女は書類を鞄に詰め、颯爽と歩き出した。
 過去を振り返ることはない。

 彼女の人生という物語において、ヴィンセント・バークリーという登場人物の出番は、とっくの昔に終わっていたのだから。

 氷は溶け、花は咲いた。

 その花は、自分の足で大地を踏みしめ、自分の力で太陽を仰ぐ、誰よりも強く美しい大輪の花だった。

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